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3つの方針と4つの事業環境整備によりグループ全体でDXを推進――、サッポログループのDXへの取り組みを見る
2023年1月6日 06:00
サッポロホールディングスが2022年3月にグループ全体のDX方針を発表してから、約10カ月が経過した。サッポロビールなど、事業会社が個別で推進していたDX戦略をグループ全体として統合。「働き方の変革」などの3つのグループDX方針と、650人のDX推進人財の育成、新たなデータ基盤の確立などで構成する4つのDX事業環境整備を推進している。2023年1月からスタートした新たな中期経営計画においても、DXへの取り組みは重要な柱のひとつだ。
本稿では、サッポログループのDXへの取り組みを追った。
3つのグループDX方針と4つのDX事業環境整備でDXを推進
サッポログループは、サッポロホールディングスを持ち株会社として、サッポロビール、ポッカサッポロフード&ビバレッジ、サッポログループ食品、サッポロライオン、サッポロ不動産開発などの事業会社で構成される。
事業領域がそれぞれに異なり、各社のキャッシュフローのなかで投資を行う経営が推進されるなど、独立性が高いのがサッポログループの特徴だ。その流れを汲む形で、DXへの取り組みも事業会社がそれぞれに推進してきたため、グループ全体でのDX方針を打ち出したのは、これが初めてだった。
サッポロホールディングス IT統括部DX企画グループリーダー兼サッポロビール改革推進DX推進グループリーダーの安西政晴氏は、「2020年からグループDX戦略について検討を進めてきた。すでに、事業会社ごとにはデジタル化に向けた動きが始まっていたが、このままでは、グループ全体で見たときにロスが発生する部分が大きいと感じた。また、マーケティング投資や設備投資とは異なり、DXへの投資は通常のキャッシュフローのなかでの判断が難しいこと、事業会社ごとにDX投資に対する考え方の差や、人財育成に対する投資の違いが生まれやすいことなども課題となっていた。サッポロホールディングスの投資枠のなかで、グループ全体が横並びでDXに投資する必要があると判断。そこで、2021年に本格的な検討を開始し、グループDX方針の骨子を固めていった」という。
サッポロホールディングスの尾賀真城社長は、2022年1月、年頭あいさつのなかで、いきなり、「全社DX宣言」を打ち出した。
これまで「DX」や「デジタル」という言葉を使ってこなかった尾賀社長の全社DX宣言に、グループ社員の多くが驚いたという。さらに、2022年2月には、全社員を対象にしたDX・IT人財育成プログラムを開始することを社内に発信。そして、2022年3月のDX方針に関する対外的な発表を行うといったように、矢継ぎ早に手を打った。
「2022年は、年初からDXに関してはロケットスタートを切った。戸惑う社員がいる一方で、いよいよ、サッポログループがDXに本腰を入れて取り組むことになることへの期待感を持つ社員も少なくなかった」と、サッポロホールディングスの安西氏は振り返る。
サッポロホールディングスが取り組むDXは、「お客様接点を拡大」、「既存・新規ビジネスを拡大」、「働き方の変革」の3つのグループDX方針と、「人財育成・確保」、「推進組織体制強化」、「ITテクノロジー環境整備」、「業務プロセス改革」の4つのDX事業環境整備で構成されている。
3つのグループDX方針において、「お客様接点を拡大」では、顧客の「理解を深める」、顧客との「接点を増やす」、顧客と「直接つながる」ことで、理解し、つながり、一人ひとりの「記憶に深く残る特別な時間や体験を提供」することを実践していくとした。
また、「既存・新規ビジネスを拡大」では、これまでの固定概念にとらわれない新しい価値の創造や、お客さま起点で考えぬかれた新しい価値の創造、それらの価値を提供することで、これまでの商売、新しい商売を大きく、太くしていくことにチャレンジすることを掲げている。
そして「働き方の変革」では、お客さま起点で考えぬかれた新たな価値の創造と、稼ぐ力を増強する、新たな技術を活用し、自らも、もっと楽に、もっと楽しく働ける世界をつくり、グループ全体としての情報網の構築を行い、あらゆるステークホルダーとつながり、ともに成長し続ける環境をつくることを実践するとした。
「DXの方針を定めたいと社長の尾賀に相談したところ、『DXによって、お客さまとつながり、ビジネスを拡大し、社員が楽に働けるようにしたい』という発言があった。このシンプルでわかりやすい言葉を、グループDX方針に据えた。社員にとっても腹落ちしやすいDX方針だったのではないか」と語る。
「人財育成・確保」と「推進組織体制の強化」
注目されるのは、4つのDX事業環境整備において、わずか10カ月間でも、すでに大きな成果を生み始めている点だ。
ひとつめの「人財育成・確保」では、2023年までに650人規模のDX推進人財を育成することや、4000人のグループ全社員を対象にしたDXリテラシー向上のための教育を実施し、グループ全体の戦略推進力向上を図ることを目指している。
「DXの推進においては、人財育成が1丁目1番地となる。トップの判断で、グループ全社員に対して教育を行うことを掲げ、まずはDXに対する共通理解を進めることを優先した。すでにeラーニングを活用して、すべての社員が1回目の教育を完了した。また、2年間で650人規模のDX推進人財の育成目標を掲げ、初年度は300人の育成を目指した。だが、いきなり600人の応募があり、初年度で600人の教育が完了した」という。
目標とした650人のうち、150人がリーダー人財、500人を推進サポーター人財と位置づけ、これにより、各事業場に1人のリーダーが置かれ、そこに数名のサポーターが配置されるという構図を目指した。つまり、650人という規模は、すべての事業場でDXを推進する人財を確実に配置し、グループ全体にDXを浸透させるために必要な陣容というわけだ。
150人のリーダー人財は、3つのカテゴリーにわけることができる。ひとつは、DXビジネスデザイナーである。自社の戦略に沿って、デジタルビジネスの企画、立案、推進などを担うことができ、DXプロジェクトの管理、推進を担う人材だ。すでに70~80人の人財育成を完了している。2つめは、DXテクニカルプランナーだ。ここでは、DXに関するデジタル技術やデータ解析に精通したデータサイエンティストなどの人財と、現場でデジタルツールを実装し、ノーコード/ローコード開発を行える人財を育成する。約40~50人の人財育成が完了した。
そして、3つめがITテクニカルプランナーであり、システム基盤の方針設計、開発、保守、運用のほか、サイバーセキュリティやガバナンス対応など、高度なスキルを持った人財となる。約20人の育成が完了しており、情報システム部門とは異なる分野から、新たな人財として育成したという。
注目しておきたいのは、DX推進人財の育成において、全社員の15%にあたる600人もの社員が一気に応募してきたことだ。
「15%の社員が、自らやりたいと手を挙げてくれた。サッポログループのDXに対して、高い関心を寄せる社員が多いことの証しである。しかも、DX推進人財育成への応募者は、若手や特定の部署に限定されるのではなく、あらゆる世代、あらゆる部署からのものになった。20代、30代、40代の応募人数はほぼ均等。50代の応募も多かった。全事業場に1人ずつのリーダーを配置するためには、調整が必要だと考えていたものの、それも杞憂(きゆう)に終わった。1人も調整をせずに配置ができた」という。
デジタルに関して学ぶことができる機会と、学ぶ方法が、会社から明確に示されたことは、社員にとってもモチベーションを高めるきっかけになっているようだ。同時に、DXに対するグループ社員の意識を変化させることにもつながっている。
一方で、DX人財の新規採用や外部人財の登用にも取り組んだ。ここでは、新卒者を対象にデータサイエンティストの採用を開始。ITインフラまわりではキャリア採用を推進しており、これも、グループ全体のDXの水準を引き上げることにもつながっている。
2つめの「推進組織体制の強化」では、サッポロホールディングスの経営会議に属する「グループDX・IT委員会」を設置。グループ各事業会社のDX戦略推進を多角的に支援し、加速させる体制を敷いた。
「各事業会社が進めていたDXの推進体制を見直し、グループ全体の統一感のもとで推進するための体制が必要だと考えた。また、経営層の意識改革を進める役割も必要であった。グループDX・IT委員会は、各事業会社のDX担当役員と、DX担当部門のトップなど約20名で構成。各事業会社のDXの推進状況について情報交換を行い、相互連携の可能性や人財交流も行っている。また、人財育成分科会をはじめとした分科会活動も行い、そこで取りまとめた内容を関連部門に提案したり、事業会社が足並みをそろえて、テーマに取り組むことができる体制を整えたりしている。各事業会社がDXを推進するための支援、調整役を果たしている」という。
「ITテクノロジー環境の整備」と「業務プロセス改革」
3つめが、「ITテクノロジー環境の整備」である。
2025年を目標に、ビジネスや社会環境の変化に柔軟に対応できる効率的なデータ基盤をクラウド上に確立し、データレイクを構築するという。これにより、データの民主化を推進し、社員が誰でもデジタル技術を活用できる環境を整備することで、さまざまなビジネス課題の解決を図ることができる環境を構築する。
「現在は、すべてのデータがオンプレミスにある。これらのデータを、すべての社員が使える状況に整備し、データドリブンの体質にしていくことが、DXを推進する上での大前提となる。攻めのDXにおいても、守りのDXにおいても、データが活用できる基盤が必要になる。データ統合やデータのクレンジングを含めて、大変な苦労を伴う作業だが、これから3年間は、そこに投資をしていくことになる」。
さらに、基幹システムとの連携、各システムに対する適切なセキュリティ対策も実施。切れ目がない高度な監視体制の構築、システムやデータのバックアップの強化、アクセスを限定したシステム運用も進める。
「データを活用し、そこにAIなどの最新技術を組み合わせることで、これまでにできなかったことが可能になる。例えば、サプライチェーンにおいては、いまは、調達、生産、物流、販売のそれぞれの部門が、それぞれのタイミングで、それぞれにデータを見ているにすぎないが、ひとつのデータ基盤上でデータがつながり、リアルタイムで同じデータが見られるようになれば、業務のやり方が大きく変化する。販売状況にあわせた生産や調達により、廃棄ロスが減ったり、販売機会を逃さずに商品を供給したりといったことが可能になる」
現在でも、データを活用した新商品の需要予測などを行っているが、そのために多くの時間が必要だったり、データを引き出すために多くの費用がかかったりしているのが実態だ。「数100万円をかけて、数10時間をかけて、やっと分析するためのデータが出そろうのがいまの状況。だが、データ基盤が整えば、わずか1秒でデータがそろう。次元が異なるビジネスができる」とする。
最後が「業務プロセス改革」である。
サッポログループでは、2018年から、BPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)を開始しており、この取り組みをベースに、将来の業務や会社のあり方、働き方へとシフトする活動を行っている。また、RPAの導入を促進しており、約100の業務を自動化。単純作業に従事していた社員を、創造性の高い仕事にシフトするといった成果が生まれている。
「今後は、RPAによる業務の置き換えを増やすというよりも、Microsoft 365で提供されるPower Platformの活用による現場でのアプリ開発を促進していくことが大切だと考えている。すでにテスト運用を開発しているものがあるが、アプリ開発や管理に関するルールづくりを進め、市民開発のリスクをとらえながら、適切な運用を進めていきたい。ここにも育成したDX推進人財の果たす役割が大きい」とする。
なお、2022年12月時点で、グループ全体で約36万時間の業務効率化を達成する目標を掲げていたが、これもほぼ達成できたという。
経営基盤のひとつとしてDXをしっかりと位置づける
サッポロホールディングスの安西氏は、これまでの約10カ月間のグループDXへの取り組みを振り返り、「やりたいことはやれている」とする。だが、その一方で、「大切なのはDXをやることではなく、DXを通じて、サッポログループがどう変わるかという点である。DXによって、組織の壁を越えたコラボレーションがはじまり、直感的な意思決定からデータをもとにした意思決定へと移行。さらには、石橋をたたいて渡るのではなく、小さなことからスタートし、検証をしながら、実装をしていくといった風土に変わるといった動きが少しずつ見られている。先日、アイデアソンをやろうと声をかけたら、約100人が手を挙げてくれた。営業部門に最適なツールを、ほかの部門のメンバーばかりが集まって、自主的に開発するといったケースも生まれている。この10カ月間で、会社のなかの雰囲気が変わってきているという実感があるのは確かである」とする。
育成したDX人財からは、DX企画書が約150件起案されており、これらのプロジェクトの推進をサポートするとともに、実装に向けた活動をスピードアップするための組織として、「DX★イノベーションラボ」を、2023年年初に本格稼働させるという。同ラボを通じて、グループ内の関連組織と、DX企画書起案組織、外部パートナーが三位一体となって、プロジェクトを推進していくことになる。
サッポロホールディングスでは、2026年を最終年度とする中期経営計画を、2023年1月からスタートしたところだ。この中期経営計画は、2026年度に創業150周年を迎える同社が、事業構造を転換し、新たな成長に向かうことを打ち出す内容になっている。そのなかでも、DXは重要な取り組みのひとつになる。
「経営基盤のひとつとして、DXをしっかりと位置づけたい。DXと人財は、企業を変える源泉である。2023年3月以降には、新たな中期経営計画のもとで、DX方針をどう進化させていくのかといったことも発表していきたい」と語る。
サッポログループのDX方針は、スタートして間もないが、早くもいくつもの成果があがっている。新たな中期経営計画の推進とともに、DXへの取り組みは、さらに加速することになる。