事例紹介

業務の1/3は問い合わせ対応という間接部門の悩み――、社内FAQとAIチャットボットで解決したサッポロの取り組みを見る

 総務・経理・ITなどの間接部門は各事業部門からの問い合わせを受けることが多く、それが労働生産性の向上を妨げる原因ともなっている。創業140年を超えグループ従業員7900人というサッポログループも、その悩みは深刻だった。

 社内に散在し、人の頭の中にだけあるノウハウをまとめ上げ、求めている人にAIチャットボットで迅速に提供する仕組みを成功させたサッポロホールディングス改革推進部 BPR推進室の河本英則氏に、プロジェクトの背景や課題解決方法、成功の秘訣(ひけつ)などを聞いた。

サッポロホールディングス改革推進部 BPR推進室の河本英則氏

生産性向上の足を引っ張る「属人化」

 サッポロホールディングスは、サッポログループのグループ本社であり、間接部門(人事、総務、経理、ITなど)の機能が集約されている。河本氏が所属する改革推進部のミッションは「グループ・事業会社の経営基盤に変革をもたらし、最終的にグループ全体・各事業の利益創出に貢献すること」。業務を集約し標準化することにより、効率化や高度化、内部統制の強化を進める。そのためには、業務の廃止や簡素化、自動化といったBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)が必要だ。

 「業務標準化しなければ、属人的な業務は機械化できないですよね。それがすごく重要なので、われわれはまずBPRありきで話をしている。会社・組織として必要な業務をしっかり棚卸ししないと、今後のデジタルには対応できないと考えています」。

 労働生産性が上がらない理由のひとつに、社内の問い合わせ対応の多さがあり、間接部門では、業務の3~4割が問い合わせ対応だったという。

 また、業務が属人化していることには、別の弊害もある。「平均年齢が46歳で、かつ私のような35歳前後の人間が少ないんです。ナレッジが頭の中にだけある状態で、そういったベテランが10年20年後にいなくなってしまうと、会社にとって必要なナレッジがそのままなくなってしまうのです」。

 これらの解決策として取り組んだのが、「知識・ノウハウ」「マニュアルやQ&A」「引き継ぎ資料」などを格納するFAQデータベースと、対話を通じて回答を得られるAIチャットボットの組み合わせだ。

【サッポログループにおける課題】

・間接部門では、社内からの問い合わせ対応が業務の1/3を占める
・平均年齢が高く、ベテランのナレッジが失われる危機に

問い合わせ内容の可視化からスタート

 プロジェクトはまず実態調査から始まった。

 その結果、「FAQは、作ったことがないという人はあまりいないんです。皆さん何かしらFAQを作っている実績があるのですが、マネジメントスタイルが確立されていない。データの精度にはバラツキがありました。また、『人事のFAQはここにあります』『経理のFAQはここにあります』と言うけれど、必要な時にそれがどこにあるか分からないので、見ている人はほとんどいない。そして、誰も見ていないので更新されない。これがすごく悪循環でした」といった状況が浮き彫りになった。

 また、「問い合わせが可視化されていないため、こういうFAQがある、ああいうFAQがあると、同じ部署でも違うことを言い出すんです。電話応対で日ごろこんなのがあったというぼんやりした記憶で会話しているので、根拠が明確ではなかったんです」といった問題もあった。

 そこで河本氏は、電話で来ている問い合わせを全部書き出してもらったという。「問い合わせのベースがないと、FAQ管理の優先順位も分からない。その根拠をしっかり作りましょうということです」(河本氏)。

【FAQの課題】

・各部署でFAQはあるはずだが、どこにあるか分からずメンテナンスされていない
・どのような問い合わせがあったか可視化されていないし、蓄積されていない

 なお、こうした作業の後には、可視化したFAQのデータをきちんと整理して格納する"箱"が必要だが、サッポロではオウケイウェイヴの「OKBIZ. for FAQ」を使っている。

 実際のシステム導入にあたっては、TRAINAはSaaS型のため容易な導入が可能であり、"箱"として利用しているOKBIZ.も、デザイン変更程度の手間で簡単に導入できたという。

 河本氏はこうした点を評価しているが、その理由について「運用設計の方に、より多くの時間をかけたいからです。各間接部門の協力も必要なので、全部そちらに注力しています」と、その理由を説明している。

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 さてここからは、FAQシステム運用の課題を、情報を提供する側と質問する側に分けて解説しよう。

情報を提供する側の課題

 コールを受けた人がFAQデータベースを検索して回答し、データベースになかったら追加しておくというコールセンターでの運用は、社内FAQではなじまない。

【課題①】質問を受けた人が、データベースに登録するのは負担
 そもそも、自分の仕事があるのに他部署からの問い合わせに対応するのはストレスだし、質問を受けた人がデータベースに登録するのは負担が増すばかりだ。

 「われわれはそこに打ち手を講じていまして、データベースの登録作業やログのアウトプットレポーティングに関しては、すべてわれわれ改革推進部でやっています。一応Excelでフォーマットを作っていますが、メールでも何でもいいので送ってもらえれば、データ登録はこちらでやります。間接部門には、『そのFAQを見た問い合わせ利用者が参考にならなかったなら改善してほしいし、FAQとして存在していなかったなら作ってほしい』ということをお願いして、運用が回っている状態です」。

⇒【解決策】FAQデータベースへの登録はFAQプロジェクト側が行う

【課題②】自分たちの専門用語で考えがち
 人は自分たちの専門用語で考えがちで、FAQの質問文もその用語を使ってしまう。しかし、利用者が質問した言葉と専門用語が違っていれば、FAQシステムではヒットしない。

 「そこで、オウケイウェイヴのFAQマネジメント研修をやりました。目的を理解して、利用者の目線でFAQを作りましょうというものです。われわれは専門用語で問い合わせを作っているなと、言われてハッとしました。利用者目線では『予定表がおかしい』であって、『Outlookのスケジュール機能がおかしい』ではない。そういう目線で書かないと、FAQとしては意味がないという気づきを得て、FAQ作りをしています」(河本氏)。

⇒【解決策】専門ベンダーの持つノウハウを吸収して生かす

質問する側の課題

 電話で質問するのと違って、チャットならいつでも問い合わせできるのがメリットだが、それでも問題がないわけではない。

【課題①】ポータルからFAQサイトにたどり着けない
 分かりにくかった各部署のFAQを一本化したが、そのFAQサイトが見つけられなければ同じことだ。

 「社内ポータルサイトにあると埋もれますから、OKWAVEの社内問い合わせサイトはWindowsのスタートメニューの中に入れました。そもそも、ポータルサイトが障害で開かなかったら、FAQサイトの意味がない。昨年末にWindows 10に切り替えたので、そのタイミングでFAQとチャットは外だししました」(河本氏)。

⇒【解決策】FAQへの入り口は見つけやすいところに設ける

スタートメニューのイメージ

【課題②】回答にたどり着けない
 チャットに質問を入れても、すぐに欲しい答えが返ってこなければユーザーはイライラしてくる。逆に、「問題が解決した」という経験があると、「次も使おう」という気になってもらえる。そこで、スタート後しばらくして、画面のリニューアルと機能追加をしている。

●追加機能[1]最近見られたFAQ
 「利用者にチャットで質問させるのではなく、質問が多いものはあらかじめ出してしまえと。例えば、Windows 10を全社導入したのでその関連FAQをあらかじめ出しました。人事異動や年末調整など、季節ごとによくある質問もそこに盛り込んでいます。探すまでもなく、ポチポチと押せばFAQが出てくるというメニューを設けました」(河本氏)。

●追加機能[2]申請手続き
 「弊社は社内申請が多いのですが、問い合わせを可視化すると、申請に関しては一問一答で終わらないことが分かりました。二次三次の問い合わせが発生するので、これはもうフロー化しようと。福利厚生で申請したいならここ、というようにカテゴリとフローを選択していくと、最終的に申請ページまで飛ばす仕組みにしています」(河本氏)。

 これら2つの追加機能によって、利用数は劇的に上がったという。

⇒【解決策】利用者が見たい物をすぐ見つけられるようにする
・よくあるFAQをあらかじめ掲示
・申請手続きはフロー化

社内体制作りのポイント

 社内FAQの整備は、間接部門に協力を仰ぐなど、トップダウンの支持がなければ推進が難しいプロジェクトだが、その成功にも秘訣(ひけつ)がある。

 「2016年の後半、当時はITの部署にいたのですが、問い合わせ対応で労働生産性が上がらないので、AIを使ったFAQシステムを作りたいという企画を社内制度に応募しました。これは、会社を変えるための施策として、一般社員からチャレンジングな提言ができる制度で、論文審査を通ると社長を含めた経営層へプレゼンすることができます。当時、社内でAIに詳しい人はなかったので、下から順番に説得していくとスピード感が失われると思い、論文提出は大変でしたがこの制度を活用しました」(河本氏)。

 また間接部門を動かすにあたっては、業務上のどんなメリットがあるかをきちんと示したという。「『FAQを作りましょう』と言ったら、誰もが『え?』ってなる。そこではなく、目的は会社の事業の成長のために本来業務の企画策定に専念すること。そのために問い合わせ時間を削減しましょう、という言い方で口説いていきました」と、河本氏。

 さらに、各部門にはなるべく負荷をかけないように、使えるリソースはどんどん活用していった。「当初は各間接部門からキーマンを選出してやっていたのですが、通常業務の合間を縫ってやるので優先順位が落ちて進まない。そこで、BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)もしているITのヘルプデスクにお願いしました。というのは、彼らにはインシデント管理のノウハウがあった。そこで協力をお願いして、FAQデータベースの登録や、マネジメント研修も受けてもらいました。とにかく、間接部門の負担を軽くしたかったのです」。

 現在はヘルプデスクに別体制を作っているとのことで、社員だと感情的な話になるが、外部パートナーなら理詰めと計算で話が進むということかもしれない。

 またツール選定については、河本氏は以下のように説明する。

 「OKWAVEは金融機関のFAQなどで実績があり、FAQを管理する部分にすごく長けているという印象を受けています。FAQを利用者が本当に見ているか分からないというジレンマはあったので、それが全部可視化され、アンケートを活用すればFAQのPDCAも回せます」。

 逆に言えば、必要だったのはきちんと整理整頓できる"箱"で、特定の機能に注目したわけではないとのことだ。ユーザーインターフェイスはチャットにする、と決めていたこともあり、レコメンド機能などは使っていないという。

 AIについては、学習データを登録するのが大変な作業となるが、NRIのTRAINAはTRUE TELLERというテキストマイニングの知見をベースにしているため、その部分での負担が軽いという。

 「TRAINAでは質問文はひとつしか入れません。このワードとこのワードは実は同じ意味といったものでは、NRIのテキストマイニングが役立っています。ただし、社内用語は教え込まなければなりませんね」。

 いずれにしろ、どちらもツールにこだわっていたわけではなく、運用でFAQのPDCAを回すための体制作りの方を重視していたとのこと。結果として、AIチャットボットによるFAQシステム活用の実証実験では、以下のような成果が出ている。

・45%は人手を介さずAIチャットボットから回答
・FAQの検索時間が従来の平均3分45秒→30秒へと大幅な時間短縮

【成功の秘訣】
・トップのGOサイン
・担当部門に「FAQ作りましょう」と言っても刺さらない(目的は事業の成長)
・データベース登録をアウトソース
・ツールありきではなく、何をやりたいかが先決

チャットボットの画面例

大きな成果を上げた「Windows 10入れ替えプロジェクト」でのFAQサイト

 FAQシステムと連携した社内問い合わせAIが大きな成果を上げたのが、先述したWindows 10への切り替えだった。5000台のPCを入れ替えるため、旧パソコンからデータ移行をどうするのかなど、問い合わせが殺到するのは必至。そこで、専用FAQサイトに200件以上のFAQを作り、「最近見られているFAQ」として開示した。
 通常のヘルプデスクは4名体制だが、Windows 7に入れ替えた時には8名に倍増していた。それが今回は、2名の追加で収まっているという。FAQサイトが、ヘルプデスクへのコールを吸収しているということだ。

 「電話対応は丁寧ですが、1人で同時に複数人には対応できないので、対応可能な人数には限界があります。チャットとFAQを整備し、誰でも24時間見られるという対応によって、コール数は1431件で済みました。一方でFAQサイトには3カ月間で16万件のアクセスがあったのです」(河本氏)。

 また、500件近くのアンケート結果があり、分かりづらいもの、解決しなかったものに関してはすぐにFAQを直すというPDCAを回したとのこと。これによって、解決率をさらに上げられたという。

 こうしたシステム拡張については、現在継続的に行われており、「昨年の10月くらいに機能を追加した新しいUIをリリースしてから、当初は1000件だったFAQが一気に2000件に増えました。申請手続きも120個作っていますし、今はサッポロビールだけでなくポッカサッポロやサッポロライオンにも展開し、ポッカサッポロで1000件、サッポロライオンで150件くらいのFAQになっています」とのことだ。

 なお、現在の状況としては、「チャット問い合わせの利用数は週に100件以上、回答率60%くらいは維持しています。回答にたどり着いた人のアンケート結果を見ると、8~9割が『参考になった』となっています」と、良好な結果であることを示した。

 今後は、一般的な社内FAQの活用についてはグループ各社へと横展開していく予定だが、さらに、サッポロビールの営業部門の営業FAQについても計画があるという。

 「今、全社的にBPRをやっているので、その活動に乗せて、必要な業務は何かという会話のもと、FAQをしっかり管理したい。そこでさらにブラッシュアップしていけると思っています」(河本氏)。