インタビュー

「Azure対AWSではなく、Microsoftクラウド対AWSで見てほしい」~米Microsoft 沼本健CVP

SaaSとインフラサービス、ハイアーレベルサービスによる三位一体の強み

 米Microsoftが開催中のパートナー向けイベント「Worldwide Partner Conference(WPC) 2015」において、米Microsoft クラウド&エンタープライズ マーケティングの沼本健コーポレートバイスプレジデント(CVP)がインタビューに応じた。

 沼本コーポレートバイスプレジデントは、「クラウドビジネスの進展には強い手応えを感じているが、チャレンジャーという姿勢は変わらない。今後3年で3倍の売り上げ増を目指す」などとしたほか、「いかに使ってもらうかが重要。そのために、これまでには考えられなかったさまざまな企業と連携している」と、クラウドビジネスに対する基本姿勢をあらためて強調。また、「Power BIは大きな進化を遂げている。これを含めて提供することになるOffice 365 E5は、今後の新たな当たり前になる」として、新たなOffice 365の販売を加速する考えを示した。

米Microsoft クラウド&エンタープライズ マーケティングの沼本健コーポレートバイスプレジデント

ナデラCEOのもとでの変化は?

――サティア・ナデラ氏が米MicrosoftのCEOに就任してから、社内はどう変化していますか。そしてクラウドビジネスに対してはどんな変化がありますか。

 サティアは、CEOに就任する以前は、私の直属の上司でもあったので、個人的に違いはあまり感じないのですが(笑)、もともと顧客志向であり、外向きにビジネスをする姿勢を持っていた人物だけに、それが全社に広がったという感じはします。

 ビジネスレビューにおいても、利益や売り上げ以上に、ユーセージ(使い方)であるとか、コンサンプション(消費)といったことを重視するようになりました。つまり、営業成績よりも、どこでどう使ってもらっているのかということに対する議論が増えてきたといえます。

 そうなると、明らかに会社の雰囲気が変化します。特に、クラウドビジネスにおいては、「使ってもらってなんぼ」という姿勢が最優先されています。例えば、いまではAzure上から、Oracleを購入してもらえるようになっています。これは言い方を変えれば、クラウド事業部門は、Oracleのリセラーになっているというわけです。そして、IBMも、Salesforce.comも同様の立場にあります。これらはすべて、コンサンプションを最重視するという観点から、意思決定を行った結果だといえます。

 それによって、従来はやらなかったようなことが起こっている。そして、パートナーの広がりにもつながっています。今回のWPC 2015の基調講演でも、Apache Cassandraの主要ISVであるDATASTAXのビリー・ボスワースCEOが登壇して、「Microsoftと、こんなに深いパートナーシップが組めるとは思わなかった」と語っていましたが、同社以外にも、同様の動きが増えています。

 Microsoft Azure上の仮装マシンの動きをとらえても、5つに1つ以上はLinuxとなっています。コンテナもMicrosoftが独自に定義するのではなく、コミュニティに勢いがあるDockerを活用するなど、みなさんが使っているもの、慣れ親しんでいるものをどんどん取り入れています。Dockerについては、まずはAzure上でLinux用のコンテナをサポートしますが、そののちに、一貫性のある形でWindowsにも導入することになります。具体的には、次期Windows Serverでは、Windows Server Containerをリリースする予定です。

クラウド利用でPower BIの導入障壁がなくなる

――今回、Power BIが大幅な進化を遂げました。これはクラウドビジネスにどんな影響を及ぼしますか。

 これまでのPower BIと、7月に一般公開されることになる新たなPower BIは、名称そのものは変わっていないのですが、技術としては世代が大きく進化しています。

 既存のPower BIはどちらかというと、ExcelをベースにBIのエンドポイントとして利用する形でしたが、新たなPower BIは、むしろ、「BIのSaaS」と定義することができるサービスへと進化しています。

 従来のBIはオンプレミスのなかにデータがあり、そのデータベースを吸い上げて分析したり、可視化したりということが中心でしたが、今後、BIを活用していく上では、SaaS上のデータが重要になってくる。

 新たなPower BIは、オンプレミスのデータソースだけでなく、幅広いデータソースを利用できるようになります。例えば、Power BIからSalesforce.comのデータソースにログインして、データを吸い上げて、データを分析し、可視化できる。Power BIがSaaSとしての完成度を高めたといえます。

 一方で、オンプレミスに対するコネクティビティも強化しています。オンプレミスのSQL Serverのデータについても、クラウドから分析できるようになる。BIの導入障壁は、BIをやるためにインフラを導入してなくてはならないということでしたが、新たなPower BIを活用することで、データソースはオンプレミスのままで、BIはクラウドから利用するということも可能になるわけです。これによって、導入障壁がなくなり、新たなマーケットへの導入が加速されることになると考えています。

 そして、Power BIは、新たに用意したOffice 365 E5によっても、提供されることになりますから、購入障壁も下がったといえるのではないでしょうか。

新しくなったPower BI

――Office 365 E5は、かなり盛りだくさんの内容になっている印象があります。誰が、誰に対して売るのか、ということがまだ明確に感じられないのですが。

 Office 365 E5は、Power BIのほかにも、Cloud PBXやAnalyticsなどが含まれたスイートということになりますが、今回のWPC 2015で初めて発表された製品ですし、これを理解してもらうには、Microsoftがこれから企業努力をしなくてはなりません。

 ただ、プロダクティビティという観点から考えていった場合に、これからのナレッジワーカーに不可欠なツールがBIとなりますし、セキュリティが重視されるなかで、DLP(データ漏えい防止)のレベルがどんどんあがっていきます。Office 365 E5では、こうした点でも進化を遂げたものになります。

 確かに、中身は盛りだくさんの製品となっていますが、当たり前のレベルがあがっていくというのが技術の世界です。かつては、FAXで送られてきた文書の縁取りをホワイトで消して、コピーするなんてことをしていましたよね(笑)。私も、かつては役所でやっていましたが、そんなことは、いまは誰もしていません。

 生産性のベースラインは、技術によって高まります。当たり前のレベルがどんどんあがっていく。Office 365も、いまはE3が当たり前のレベルかもしれませんが、これからはE5が当たり前のレベルに位置づけられることになるかもしれません。

Office 365 E5

Microsoft Azureのサービスをパッケージ化してわかりやすく

――さらに、新たな製品として、Azure IoT Suiteを提供し、さらに、Cortana Analytics Suiteも発表しました。これはどんな役割を果たしますか。

 Azure IoT Suiteは今年秋から提供を開始することになります。Cortana Analytics Suiteも同様のタイミングで、投入することになります。これは、Microsoft Azureを、Microsoft Azureとして水平展開で売るのではなく、もっとユーザーにわかりやすい形で、パッケージ化するという狙いがあります。

 現在、Microsoft Azureには約60種類のサービスがあります。実に、いろんなことができるサービスとなっています。しかし、チャネルを通じて幅広く販売していこうと考えると、60種類もあるサービスをどうしたらいいのかということになります。今回のSuite製品は、価値を伝えることができるソリューションとして、パッケージ化することで、こうした課題を解決できるというわけです。

 この成果がすでにあがっているのが、EMS(Enterprise Mobility Suite)です。EMSは、Azure Active Directory、Intune、Azure Right Management Serviceによって構成されますが、これらは、EMSというサービスを提供する前から存在した個別のサービスです。60種類のサービスのなかから、モバイルデバイスをセキュアな環境にし、アイデンティティを管理し、モバイルデータを管理するものとして、サービスを組み合わせたのがEMSとなります。またEMSは、3つのサービスを統合するだけでなく、IT部門の人たちがプロビジョニングするための作業を簡素化するといったことも行っています。

 同様の組み合わせでは、先ごろ発表したOMS(Operations Management Suite)があります。これは、Microsoft Azureの基本サービスであるバックアップ、サイトリカバリのほか、サーバーのログ分析を行ったり、事業継続を行ったりといったことをパッケージ化したものです。

 そして、Azure IoT Serviceも同じです。IoTを実現するためのサービスや機能は非常に幅広いものが求められますが、Azure IoT Serviceでは、60種類のサービスから探してもらうために、統合化されたコンソールを提供。デバイスモニタリングや予兆保守などにも使えるサービスを提供します。また、これは半完成品のような形で提供するものであり、パートナーも価値を提供しやすい環境が構築されています。

 Cortana Analytics Suiteも同様のものだと考えてください。ただ、これらに共通している重要な要素は、単なる組み合わせではないという点です。単なる組み合わせであれば、それは価格体系の話でしかありません。こうしたソリューション製品を作るときに大事なのは、サービスに必要なものをまとめるだけでなく、サービスを速く使ってもらうための事前定義型ソリューションであるということです。

 パートナーにとっては、データレイクやストリームアナリティクスといった技術を徹底的に勉強することが仕事ではなく、いかにユーザー企業のビジネスを支援できるかという点が大切。技術障壁を下げ、より速く提供するために、ソリューション型の製品をパッケージとして提供しているわけです。

――Cortana Analytics Suiteの特徴は何でしょうか。

 Cortana Analytics Suiteでは、機械学習の機能を活用することで、さまざまな分析、洞察を、音声による対話を通じて実行できるようになります。例えば、契約更改をしないような顧客の分析、不正トランザクションの検出といった業務を、Cortana Analytics Suiteというパッケージのなかで提供することができます。

 Cortana Analytics Suiteに、“Cortana”の名称を活用した理由は2つあります。ひとつは、Cortanaの特徴である音声認識などの技術をサードパーティが使えるという点。これは、Microsoftが長年研究してきた成果として実現したものです。

 もうひとつは、Cortana Analytics Suiteで作ったアプリが、Cortanaのユーザーエクスペリエンスに統合しやすくなっているという点です。Visionも、Faceも同じインターフェイスのなかで使ってもらうことができますし、Cortanaを利用して、Power BIによる分析を行うこともできます。今後、アナリティクスのアプリケーションにおいては、いかに簡単に対話ができるか、ということが大切になります。そこに、Cortana Analytics Suiteの価値が発揮されることになります。

Cortana Analytics Suite

パートナーのビジネスの枠を広げていけるCSP

――一方で、新たな取り組みとして、CSP(Microsoftクラウドソリューションプロバイダー)プログラムを強化しましたね。

 CSPは、昨年のWPC 2014で発表したもので、パートナーがMicrosoftのクラウドサービスを、自社のサービスやアプリケーションと統合して、ユーザーに提供することができるようになります。

 これまでは、Office 365だけを対象にしていたものを、Azure、EMS(Enterprise Mobility Suite)、Dynamics Onlineでも、このプログラムを利用できるようにしました。これはビジネスモデルの観点から見ると非常に重要なもので、パートナーやユーザー企業は、Microsoftのクラウドだけではなく、さまざまなクラウドを使いながら、統合したサービス、あるいはハイブリッドクラウドサービスといった新たなクラウドを提供することができるようになります。

 言い換えれば、パートナーのビジネスの枠を広げていくことができるものとなり、そこに対して、Microsoftが投資をしたというわけです。クラウドの最適な組み合わせによる提案を行うためのAPIの提供のほか、パートナーポータルの提供など、技術的な投資も行っています。Microsoftの売り上げの92%はパートナー経由によるものですし、パートナーを中心としたクラウドビジネスモデルとは、どういうものであるのかといったことを考えたときに、CSPという仕組みが重要であると考えたわけです。これは競合他社にはない仕組みとなります。

 さらに、これまでにもパートナー向けにクラウドに関する技術的トレーニングを行ってきたわけですが、新たなものとしてAzure Mentorプログラム(AMP)を用意し、パートナーがどうやってAzureの提案を行うのか、どうRFPに対応するのか、どう見積もりを提案するのか、どうインプリメンテーションをするのかといったことを、最初の数件に関してお手伝いをすることにしました。

 特に小規模のSIerには効果があると考えています。技術面でのフォローだけでなく、Azureの提案についても支援をしていくことになります。リモート環境での支援となりますが、数千のSIerを対象にしていきます。

CSP

Microsoftクラウド対AWS、Googleで見てもらいたい

――Microsoft Azureにおける、AWSやGoogleとの差別化はどう考えていますか。

 Microsoft Azure対AWS、Googleという観点でみるよりも、もはや、Microsoftクラウド対AWS、Googleという形で見ていただきたいと思っています。顧客が求めるクラウドの形のひとつに、SaaSがあります。俊敏性を持って、ビジネスにインパクトを求めるという点では有効なクラウドサービスであり、Microsoftでは、Office 365やDynamics CRM Online、Power BIなどを提供しています。

 また、インフラにおいては、Microsoft Azureを通じてサービスを提供しています。既存のデータセンターを拡張するよりも、クラウドを活用した方が柔軟性を持つことができるといった利点を提供することができます。

 そして、もうひとつは、機械学習をはじめとするハイアーレベルのサービスです。Hadoopについても、自分でクラスタを作って、ひとつひとつのマシンを管理するのではなく、何ノードのクラスタが欲しいというだけで、それが提供され、管理の実現を変えることができる。これもAzureによってサービスを提供することができます。

 このように、3つの観点からサービスを提供し、それぞれが有機的に連動した提案ができるという点が、Microsoftクラウドとしての強みとなります。また、Microsoftはオンプレミス向けにもソフトウェアを展開している企業ですから、その点でも強みがある。先ごろ、Azure Stackを発表しましたが、Microsoft Azureと一貫性の高いソフトウェアをオンプレミスでも使えるようにして、ハイブリッドで利用できる環境を提供しています。

 実は、昨年5月に投入したEMSは、わずか1年で1万3000社に導入され、成長率は7割以上。ユーザーの数は7倍になっています。これだけの急成長を遂げている背景には、Office 365、Microsoft Azureとの連携という点が見逃せません。SaaSとインフラサービス、ハイアーレベルサービスというものが三位一体となってサービスを提供できるところに、Microsoftならではの強みが発揮できます。

――沼本氏が、米本社のコーポレートバイスプレジデントとして、クラウド&エンタープライズを担当していることは、日本マイクロソフトのクラウドビジネスにどんな影響がありますか。

 私自身がどんな影響を与えているのかはわかりませんが、少なくとも、クラウドビジネスに限らず、ほかのビジネスを含めて、日本マイクロソフトが困っているときには社内調整をしたり、なにかしらのお手伝いしているのは事実です。本社に勤務している日本人で、幹部クラスは私しかいないので、樋口さんや平野さんからも、お声掛けいただければ、すぐに動きます(笑)。その点では、うまく使ってもらっているのではないでしょうか(笑)

――Microsoft全体では「チャレンジャー」という姿勢を打ち出していますが、クラウドについては、そろそろ、その状況を抜け出しつつあるとは感じていませんか。

 まだまだチャレンジャー精神旺盛ですよ(笑)。手応えがあるのは事実ですが、Microsoftはこの分野で、大きな野心を持っていますからね。CEOのサティアは、当社2018年度において、クラウドの売上高を200億ドルにすることを打ち出しました。いまは、63億ドルの売上高ですから、今後3年以内に、3倍以上にするのが目標です。手応えはいいが、一生懸命にやらなくてはならないのも事実です。

 次世代のビジネスに向けて、後手にならないように、先手を切ってかじを切ることが大切です。クラウドビジネスでは、その意識をより強く持って取り組んでいくことになります。

大河原 克行