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プロアクティブなアナリティクスがビジネスに衝撃的な価値をもたらす~SAS FORUM JAPAN基調講演レポート

 ビッグデータ分析は、過去の事例から分析を試みる「リアクティブなレポーティング」と、過去と現在の分析からさらに踏み込んで未来に起こり得る事象を予測し、戦略を立てる「プロアクティブなアナリティクス」、この2つに大きく分けて考えることができる。このうち、ビジネスアナリティクスソフトウェア市場で長年にわたって高いシェアを維持しているSASがフォーカスしているのは後者の「プロアクティブなアナリティクス」だ。アナリティクスのパワーはビジネスにどんな価値を与えるのか。4月18日、東京・パレスホテルにおいて行われた「Analytics 2013 - SAS FORUM JAPAN」の基調講演に登壇した3名のプレゼンからそのインパクトを検証してみたい。

アナリティクスは収益に差を付ける分岐点~SAS Japan社長 吉田仁志氏

吉田仁志氏

 最初に登壇したのはSAS Institute Japan(以下、SAS Japan) 代表取締役社長兼SAS 北アジア地域副社長の吉田仁志氏。毎年開催しているSAS FORUM JAPANだが、今回初めてアナリティクスを前面に打ち出したところ、過去最高の集客を記録、「それほど日本企業のアナリティクスに対する関心が高まっていることの表れ」と評価する。

 なぜアナリティクスに対する関心が急激に高まっているのか、その理由について吉田氏は「アナリティクスを活用している企業は収益性が高まっているという数字がはっきりと出ている。多くの企業が“もっと突っ込んだ分析を行わないとまずい”という危機感に駆られるようになってきた」と分析する。

 SASが「MIT Sloan Management Review」とともに、2500名の“CxO”を対象に行った共同調査の結果、70%以上の企業が「アナリティクスによって自社の競争力が増した」と回答しており、アナリティクスを活用したことで業界平均より26%以上高い収益性を得たという。また、「アナリティクスを革新的に活用している」と回答した11%の企業は「データを中核資産とみなしているため、競合他社よりもアナリティクスを戦略的に用いる段階まで進んでおり、イノベーションを推進しやすい組織へと変ぼうしている」(吉田氏)という。

 アナリティクスがビジネスを劇的に変えるという事実が歴然としている一方で、アナリティクスに対して消極的な姿勢を見せる企業も26%存在する。彼らがアナリティクス導入の課題と見ているのは「データの品質や統合に問題がある」「正しいデータにアクセスできない」「組織の壁」「データ分析の習慣がない」「データ分析の人材がいない」などさまざまだ。そして、多くの日本企業もこのカテゴリに属すのではないだろうか。

 ではこの課題を克服し、アナリティクスで先行する企業のようにデータを扱うにはどのようなアプローチを取ればよいのか。吉田氏は「目的の明確化が最も重要。成功する企業は分析のテーマが明確で、ビジネスの課題を解決するために必要なデータを洗い出すという姿勢がしっかりしている。データを整備することが目的になってしまってはいけない」と強調する。

 例えば、ある商品の売り上げを伸ばす、そうした具体的なビジネス上の目標をもち、そこからドリルダウンしてデータを整備し、アナリティクスにつなげていかなければならない。つまりアナリティクスもデータの整備も目標を達成するための手段であるにもかかわらず「いつの間にかデータの整理や統合が目的に変わってしまい、際限なくマイニングを続けている企業が少なくない」(吉田氏)という。

 そもそもアナリティクスとは、「経験や直感による経営、過去のデータを見える化したBI、それらからさらに踏み込んで分析を行い、未知の将来を予測し、経営に役立てる、それがアナリティクス」と吉田氏は定義する。そしてアナリティクスがもっている「データマイニング」「データモデリング」「予測と機械化」という3つの側面を理解し、自社のビジネスにそれそれを適合させれば、先の調査で登場した“11%の先進的な企業”に並ぶことができるとしている。「11%の企業が圧倒的な収益を出しているのは、“レポート(BI)は見るもの、分析は考えるもの”というアナリティクスに対する姿勢が確立しているから。また、誰もがアナリティクスのプラットフォームにアクセスして使う環境も整っているから。これが非常に重要で、AmazonやWalmartなどの業界を変える存在の企業はみな実践している」(吉田氏)

 アナリティクスの導入には文化の問題も絡んでくる。吉田氏は「日本では分析の重要性を理解し、使いこなすという教育が行われておらず、アナリティクスに対する土壌がないことが大きな問題。韓国も中国も今やアナリティクスの教育に力を注いでいるが、日本でそうした動きがないのは残念」と指摘、国策としてアナリティクスの土壌を育てるべきと提言し、「そのためのお手伝いをSASもしていきたい」と語る。

 プレゼンの最後、吉田氏は「アナリティクスを、日本企業のイノベーションの原動力に」と結んでいるが、そのためには企業の自助努力とともに国がどういった施策を取るのかも重要なカギを握るといえそうだ。

SASのインメモリアナリティクスプラットフォームがプロアクティブな未来予測を可能にする~SAS上級副社長 ジム・デイビス氏

ジム・デイビス氏

 吉田氏に続いて登壇したのはSAS Institute 上席副社長 兼 最高マーケティング責任者 ジム・デイビス(Jim Davis)氏。同氏はまず、現在の企業がビッグデータ分析において直面している課題として「5年前とは明らかに違ってきているデータをめぐる現状」を指摘する。「扱うデータが爆発的に増え、投げかける質問(クエリ)が複雑になり、分析にかかわるユーザーベースが拡大した。なにより顧客がスピードを求めるようになり、より迅速な意思決定が必要とされている」(デイビス氏)。

 そうした現状において、SASはデータ、アナリティクス、プラットフォームという3つの側面から企業の迅速な意思決定、事実に基づく正確な意思決定を支援していきたいとデイビス氏は強調する。「以前は構造化されたデータだけがアナリティクスの対象だったが、いまはソーシャルメディアなど非構造化データが増大し、構造化データと組み合わせた複雑な分析が必要となっている。従来のRDBMSの処理能力を明らかに超えており、タイムリーな答え(意思決定)を得るのがむずかしい。既存のアーキテクチャから脱した、結果を数秒で得るアナリティクスのプラットフォームが必要。そのプラットフォームこそ、アナリティクス市場でNo.1の座にある我々が提供するインメモリアナリティクスソリューション“SAS Visual Analytics”」(デイビス氏)。

 SAS Visual Analyticsは2012年にSASが発表した、コモディティなブレードサーバー上で稼働するインメモリエンジンである。デイビス氏は同社がインメモリに注力した理由として「アナリティクスの時間を大幅に削減するには、ディスクからデータを取り出して移行するなどという作業ではもう限界。従来のRDBMSとは離れた別のプラットフォームが必要。データを抽出している時間などない、というニーズが増えている。ならばデータをメモリにストアするインメモリは、数日あるいは数時間かかっていた作業を数秒に短縮するアナリティクスのツールとして非常に合理的」と説明する。

アナリティクスのタイプとデータサイズを関連付け説明

 ここでデイビス氏は、アナリティクスをリアクティブ(reactive)とプロアクティブ(proactive)という2つのタイプに分けて説明している。「リアクティブなアナリティクスには、アラートやレポート、サマリ統計、さらに“四半期の売り上げ”“過去10年で最も人気のある製品”などのOLAP分析などが含まれる。いわば正統なBIであり、合計する/集約する/レポートするといった作業に代表されるが、しかし過去の焼き直しにすぎない。これに対しプロアクティブなアナリティクスは将来を見通す分析として現在、非常にホットな分野。最適化、予測モデリング、統計分析などで、例えば金融機関におけるリスクの算出や、顧客との関係を正確にとらえてその関係を維持/発展するためのキャンペーンを立てるモデリング、さらには適正価格をはじき出す最適化などがその一例」(デイビス氏)。

 デイビス氏はさらに、アナリティクスのタイプとデータサイズ(ラージデータ/ビッグデータ)を関連付け、従来のBIはリアクティブとラージデータが交差する部分であり、「過去のデータに基づいた意思決定が必要な場合に有効」(デイビス氏)だが、現在、多くのユーザーはリアクティブとビッグデータが交差する象限(ビッグデータBI)に向き合わざるを得なくなっており、「RDBMSのような古い技術やツールしかないため、正しいアナリティクスが行えない状態にある」(デイビス氏)という。

 一方で一部の先進的な企業は、ラージデータとプロアクティブが交差する象限(ビッグアナリティクス)に移行しており、データ処理の大幅な削減や最適化モデルの適用で大きな効果を生み出しつつあるとしている。また、最後のビッグデータとプロアクティブが交わる象限は「イノベーションが生まれるビッグデータアナリティクス」と説明しており、これまで最適化したくともできなかったビジネス、例えば膨大な商品と多くの実店舗を抱えるデパートではこれまで4、5日かけて商品の最適化を図っていたが、これが1時間でできるような事例も生まれてきているという。年に1、2回しかできなかった分析が毎日できるようになれば、そこには確実にイノベーションが生まれる。スピードがビジネスを変える典型といえる。

 そしてビッグアナリティクス、さらにはこれまでインメモリでは無理とされてきたビッグデータアナリティクスの分野で、SASのソリューションが活躍しているとデイビス氏は強調している。「金融や小売りなど、あらゆる業種でハイエンドなアナリティクスをこなす実績を上げている。10億を超えるデータをHadoopと連携させながら処理したり、500億行のデータ処理も1時間かけずに実行可能。SASは唯一、インメモリアナリティクスを可能にした企業であり、ビッグデータの障壁を取り除くことができる企業」(デイビス氏)

 ラージデータからビッグデータへ、リアクティブからプロアクティブへ、過去の分析から未来の予測へ――データの増大とともに、過去のアーキテクチャに縛られないアナリティクスツールが求められる時代にあって、SASはインメモリソリューションをひとつの解として提示した。アナリティクスどころかレポーティングすらもおぼつかない日本企業が少なくない中にあって、SASの提案が今後どう受けとめられるかが注目される。

日本企業はまず意思決定を明確に、そして人材の育成と確保を~マッキンゼー ポール・マクナーニ氏

 最後にマッキンゼー・アンド・カンパニー プリンシパル ポール・マクナーニ(Paul Mclnerney)氏が登壇し、「ビッグデータを生かした意思決定が生み出す圧倒的な競争力」と題した特別講演で、アナリティクスで大きな効果を上げている先進的企業の実例を紹介した。

 マクナーニ氏はまず、アナリティクスが注目されるようになった経緯として、映画『マネーボール』に端を発するスポーツ分野での採用を挙げており、サッカーの日本代表チームもアナリティクスを戦略に生かしていることを紹介している。そして「スポーツ以外の各業界でもビッグデータが効率的に使われ始めており、個別の製品の売り上げを上げるだけでなく、会社全体の利益を大幅に上げているところも事例は少ないが存在する」と語り、その代表として英国の大手スーパーマーケットチェーンTesco、世界最大のECサイトを運営するAmazon、クレジットカードビジネスで急伸するCapital Oneの事例を紹介している。

・Tesco … 1994年から2010年の15年間で営業利益が6倍に。大幅に利益が上がったポイントでは必ずデータ分析を生かした施策が行われている。特にTesco.comをスタートさせてからの顧客データを活用したプロモーションが大きく奏功している

Tescoの事例

・Amazon … 徹底したデータ主義で、すでに世界でダントツトップのECサイトであるにもかかわらず、いまだに成長を続けており他を寄せ付けない強さを誇る。価格情報や物流情報を常に自動解析しており、価格変更もダイナミック。特に著しい成長を遂げているのがレコメンデーションによる売り上げで、以前は売り上げの5%程度にすぎなかったが、現在はエンジンの大幅な精度向上により35%以上、金額にして2兆円以上を世界中で稼ぐ

・Capital One … クレジットカード事業は金融業ではなく情報産業であるとし、データをビジネスの中心に置いて組織構造と事業を一から構築、事業を急伸させる。マーケと分析をひとつのチームとし、統計と数学にたけた人材を多用

 こうした先進的な企業と比較すると日本企業のアナリティクスに対する取り組みは数世代遅れているように見える。マクナーニ氏は日本企業がビッグデータ活用に成功するための優先課題として以下の4つを挙げている。

(1)ロードマップの明確な定義 … まずは意思決定からスタートし、バランスのとれたアプローチを用いる

(2)人材の確保 … ビッグデータ分析を専門とする人材を確保する

(3)組織の構築 … 組織内のビッグデータ利用を"推進する"プロセスを構築する

(4)フロントラインの整備 … フロントラインのビッグデータ利用を可能にするプラットフォームとアプリケーションを開発する

 ここで最も重要なのはやはり(1)の意思決定にあるとマクナーニ氏は強調する。意思決定がなされていない状態でデータ分析を行っても意味はない。ロードマップを明確に定義するのはトップの重要な仕事であり、ここが策定されて初めてアナリティクスは意味をもつ。ビッグデータを本当に経営に生かしたいのなら意思決定、戦略、プロセス、人材、ソフトウェア、分析、そしてデータといった要素がすべて必要であり、これらの要素を組み合わせたロードマップが成功の基盤となる。

日本は人材確保が急務

 その次に重要なのが人材の確保であり、現在日本が世界と比較してもかなり遅れているのがここだとマクナーニ氏は指摘する。「米国ではデータ分析の専門家を育てる教育機関が数多く存在し、韓国やインドも教育に力を入れている。だが日本にはデータ分析の人材を育てる教育機関はわずか1カ所だけで、これは企業だけではなく国策レベルで取り組む必要があると言わざるを得ない。企業がデータサイエンティストを自力で育成するとしたら3年くらい先をめどにしたほうがいいかもしれない」(マクナーニ氏)。

 ビッグデータ、そしてアナリティクスというバズワードが注目されるようになり、データの重要性がようやく日本企業でも理解されつつある一方で、マクナーニ氏が挙げた課題の解決にはまだ多くの企業が程遠い状況にある。企業として、国として、データアナリティクスをどう推進していくのか、真剣に議論すべき時期を迎えているのは間違いない。

(五味 明子)