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Linus Torvalds氏、「テクノロジーは飛躍的に発展するものではなく一歩一歩進むものだ」

~Open Source Summit Japan 2023基調講演

 米The Linux Foundationによる、Linuxとオープンソースソフトウェア(OSS)に関する日本でのカンファレンスイベント「Open Source Summit Japan 2023」が、12月5日~6日に都内で開催された。

 Linux開発に関するLinuxConを中心に、Automotive Linux Summit、CloudOpen、ContainerCon、Critical Software Summit、Embedded IoT Summit Emerging OS Forum、Open Source Leadership Summit、Operations Management Summit、OSPOCon、SupplyChainSecurityConといった個々のイベントが集まったイベントだ。国外からの多数の参加者を集めていた。

 初日の基調講演の1つとしては、Linuxの生みの親であるLinus Torvalds氏が登壇した。ここでは、その模様と、Linux FoundationのExecutive DirectorのJim Zemlin氏の基調講演とを合わせてレポートする。

Open Source Summit Japan 2023

Linux Foundationにとって「成功」は「Impact(影響)」を与えること

 Jim Zemlin氏は、Linux FoundationのOSSにおける役割について紹介した。

 ちなみに氏は、講演冒頭で「みなさん、おはようございます」「(私は日本に来るのが好きで)12月は特にすばらしいですね」といった、日本語でのあいさつを流ちょうに話し、場内の喝采(かっさい)を浴びた。

The Linux FoundationのExecutive DirectorのJim Zemlin氏

 Zemlin氏はまず、Linux Foundationにとって「成功」とは何かという問いを投げかけてから、それは「Impact(影響)」を与えることだと答えた。つまり、コラボレーションによってどのぐらいテクノロジーを開発して世の人々の役に立つか、という意味だ。

 氏は、Linux Foundationが何をしているかについて、友人からは世界中に行って講演してパーティしていると見られ、母親からは世界を助けていると見られ、世の中からは社会活動家と見られ、開発者からは金をばんばん使う金持ちとして見られる、といったイメージを紹介して笑いをとった。

 そして実際にしていることは、開発者がコードに集中できるようにさまざまな“退屈だが重要な”サポートをすることだと説明した。

Linux Foundationの「成功」とは「Impact(影響)」を与えること
いろいろな人のLinux Foundationのイメージはこう?
実際にLinux Foundationがしているのは“退屈だが重要な”サポート

 Linux Foundationの対象とする範囲は、もはやLinuxにとどまらず、さまざまなOSSや、RISC-Vプロセッサのようなオープンハードウェア、地図情報のOverture Mapsのようなオープンデータなど、広範囲にわたっている。

 それらのプロジェクトに対して、Linux Foundationはエコシステムを作る。Zemlin氏は「プロジェクト」「プロダクト」「プロフィット(収益)」のサイクルを見せたあと、さらにそれを細分化し、「これらを網羅しなくてはいけない」と語った。

 Linux Foundationのすべてのプロジェクトを見ると、世界で毎日40万人ほどのコントリビューターが作業しているという。Zemlin氏は、この人数に平均的な給与を掛けると、合計260億ドルほどになるので、Linux Foundationは世界有数のソフトウェア会社だとジョークを言った。

Linux Foundationの対象とする範囲は広範囲にわたる
プロジェクトのエコシステムを作る
「Linux Foundationは世界有数のソフトウェア会社」

 「これはすべてImpactのため」とZemlin氏。世の中に大きな影響を与えているプロジェクトの代表としては、Linuxがある。そのほか、大手通信会社が採用するネットワーク自動構築運用のONAPや、コンテナオーケストレーションのKubernetes、機械学習フレームワークのPyTorchなど、さまざまな例を氏は紹介した。

 そのほか、Linux Foundationの奨学金やLinuxカーネル開発のメンタリングプログラムにより人生が変わった人からの感謝の声なども、Zemlin氏は紹介した。

「すべてImpactのため」
大きな影響の例:Linuxやトレーニングなど

 最後にZemlin氏は、「必ずしもわれわれに協力的ではない世界中の開発者とともにImpactを生み出すためのLinux Foundationの秘密」として、「Helpful(役に立つ)」「Hopeful(希望に満ちた)」、そして最も大事なものとして「Humble(謙虚)」の3つの言葉を挙げた。

「Helpful」「Hopeful」「Humble」

Linus Torvalds氏「オープンソースはプログラミングというよりコミュニケーション」

 Linus Torvalds氏の基調講演は、古参Linuxカーネル開発者のDirk Hohndel氏(Head of the Open Source Program Office, Verizon)との対談で行われた。この形式をTorvalds氏はしばしば採用するが、氏がジョークめかして言うところによると「トークをしなくていいから」だそうだ。

Linus Torvalds氏(左)と、Dirk Hohndel氏(Head of the Open Source Program Office, Verizon、右)

 まず、数日前にRC版リリースされたLinux 6.7-rc4について。クリスマス前に出て「私はマージウィンドウのときに忙しいので、今年のクリスマスは静かに過ごせそうだ。何か大きな問題が起こらないことを願っている」とTorvalds氏。

 Linux 6.7の変更点については、「いつもどおりの“退屈なリリース”で、退屈なのはいいこと」としながら、「6.7はいつもと少し違い、コミット数でこれまでになく大きなリリースになった。新しいファイルシステム(Bcachefs)が加わったためだ」と説明した。さらに「安定性や一貫性を保ちつつ、開発のスピードアップをしている。これはいいことだが仕事も増えている」と語った。

 次は、Linuxカーネル開発でのRust言語の採用について。「Rustは最初のインフラが昨年マージされたところ。まだカーネルでRustに完全に異存しているところはない。ただし、大きくなっていて、ドライバーやサブシステムで使われるようになっている」とTorvalds氏は答えた。

 自身でのRustコードの経験についてHohndel氏が突っ込むと、「読んではいる(笑)」とTorvalds氏。そして、自分では最近それほどカーネルのコードを書いているわけではなく、ほかの人のコードをマージするなどの「Tech Lead(技術リーダー)」の役割だと語った。

 11月に開催されたLinuxカーネル開発者の会議「Linux Kernel Summit」で話しあわれたという「メンテナー疲れ」の話題も出た。Torvalds氏は、メンテナーには通常の開発者と違うスキルがあり、ほかの人の書いたコードがいいアプローチかどうか見極める鑑識眼を持っている必要があるという。これは何年もやっていて身につく部分があるため、メンテナーはなかなか代わりがきかないという。

 「コードには正しい答えがあるので簡単だが、人間関係は目標が異なっていたりして難しい」とTorvalds氏。「オープンソースはプログラミングだと思われているが、実はコミュニケーション。メンテナーは、互いの文脈やコードの意図を翻訳して伝えることができる必要がある」(Torvalds氏)。

 これについてさらにHohndel氏が、すっかり白髪になった2人を例に、メンテナーの高齢化と将来についても話題をふった。これについてTorvalds氏は、前述のRustなど、カーネルの中でも若い人を引き付けている分野があると回答。さらに、カーネル本体は間違いがないことが求められるためベテランの比率が高くなるが、ドライバー側にはより若手が入りやすいだろうと答えた。

 Hohndel氏はAIがコードを書くかもしれない将来についても話題をふった。Torvalds氏は、AIがコードを書く手助けをするかもしれないとしつつ、「いまもプログラムを機械語ではなくCやRustで書く。それと同じようなものかと思う」と答えた。

 さらに、バグは簡単ではなく驚くようなところから起こるものがあるとして、「意図とコードを比較して、バグを見つけたり、コードを訂正してくれたりするものがあるといいかもしれない」と語った。

 続く話題として、オープンソースに続いてオープンデータの革命が起こるか、ということについてHohndel氏は尋ねた。

 それに対し、Torvalds氏はまず「オープンソースの考え方は広く受けいれられるようになっている」と回答。30年前は「なんでやっているの? どこでもうけるの?」と聞かれたが、いまはオープンがスタンダードになったため聞かれることがなくなったと話し、「大きなプロジェクトではオープンにして共有するほうが簡単ということになった」と答えた。

 さらに「私は常に、エンジニアに拍手を送る。『10年後にはこうなる』といったことは言いたくない。テクノロジーでは長期的な計画はうまくいかない」とTorvalds氏。「近場でドタバタしていて山頂にたどりつかないこともあるかもしれないが、テクノロジーは飛躍的に発展するものではなく、一歩一歩進むものだ」と語った。