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AWSクラウドが可能にした日本企業のイノベーション――、「AWS Summit Tokyo 2017」基調講演レポート
大阪ローカルリージョン開設も発表
2017年6月1日 12:05
「クラウドはいまやコスト削減の手段としてだけではなく、イノベーションのプラットフォームとして存在する。クラウドへとシフトする流れは不可逆であり、逆行することはない」――。
5月31日、東京・品川にて開催されたAmazon Web Services(AWS)のプライベートイベント「AWS Summit Tokyo 2017」のオープニングキーノートで、日本法人アマゾン ウェブ サービス ジャパン 代表取締役社長の長崎忠雄氏は、クラウドへの移行が進む現状をこう表現している。
クラウド市場の急速な拡大はそのまま、市場シェアのトップを行くAWSの成長の早さを物語っている。AWSの2017年第1四半期の売上高は36億ドル、TTM(Trailing Twelve Months:過去4回分の決算の合計)ベースの年間売上高は133億ドルに上り、日本円で軽く1兆円を超える。
「テクノロジカンパニーとして史上最も速いスピードで成長している企業」(長崎社長)であるAWSだが、あらためて驚くのは、パブリッククラウドという事業だけでこの数字をたたき出している点だ。そして、その成長が衰える気配は今のところまったく感じられない。
AWSは同社最大のグローバルカンファレンスとして毎年11月~12月に米ラスベガスで「AWS re:Invent」を開催しているが、それとは別にサンフランシスコ、ニューヨーク、ベルリン、シンガポール、東京といった世界各国の大都市で、ローカライズ色の強いイベント「AWS Summit」を開催している。
その中でも、東京で行われる「AWS Summit Tokyo」は最大規模のサミットであり、年々、そのスケールは大きくなっている。今回のAWS Summit Tokyo 2017は事前の参加登録者数は2万人を超え、開催期間は4日間(5/30~6/2)に拡大、セッション数は150以上で会場も3カ所に分散されており、すべての数字が1年前を大きく上回っている。
「AWSは毎月、数百万を超える顧客に利用されているが、日本の顧客数も現在は10万社を超えている」という長崎社長の言葉にあるように、AWSクラウドの普及に関していえば、日本は間違いなく世界トップクラスの市場規模を誇っている。
東京リージョンが開設されてから6年、この間、日本のIT業界に多くの変化をもたらしたAWSだが、2017年の現在、国内クラウド市場における次のターゲットをどこに定めているだろうか。本稿では長崎社長の基調講演の内容を紹介しながら、AWSが日本企業に対して用意する次の一手を探ってみたい。
EC2よりも手軽に利用できるAmazon Lightsail
長崎社長は基調講演において、東京リージョンを利用するユーザーに向けて3つの新発表を行っている。
ひとつめは、2016年11月のAWS re:Invent 2016において発表された簡易VPSサービス「Amazon Lightsail」の、東京リージョンでの提供開始だ。5月31日からすでに利用可能になっており、月額5ドルから80ドルまで、5つのプランが用意されている。
Lightsailは、あらかじめAWSによって決められたスペックのリソースを利用するので、ユーザーはリソースの選択に多くを悩む必要はなく、EC2よりも手軽にサーバー環境を構築できる。また月額料金に転送料金やディスク料金が含まれている点も魅力のひとつだ。初めてAWSを利用するユーザーや、専任のIT担当者を置けないSMBやスタートアップ企業に適したサービスで、2016年のローンチ以来、東京リージョンでの提供が待たれていたが、ついに開始の運びとなった。
2つめは仮想デスクトップサービス「Amazon WorkSpaces」に、6月2日から無料利用枠が用意されたことだ。AWSは、ユーザーが事前に試せる環境として、いくつかの主だったサービスの無料利用枠を用意しているが、そのラインアップへ新たにAmazon WorkSpacesが加わることになる。在宅勤務やリモートオフィスに勤務する従業員向けの環境として、あるいは一時的な開発環境としてニーズの高いWorkspacesを、最大12カ月の期間にわたって無料で試すことが可能となる。
そして、今回のAWS Summit Tokyo 2017で最も大きなインパクトがあった3つめの発表が、2018年の大阪ローカルリージョンの開設だ。この発表に関しては詳細は明らかになっておらず、長崎社長は「特定の顧客のみに利用を限定したローカルリージョンを新たに開設予定」とだけ言及している。
この発表の前に、長崎社長は「日本は自然災害が非常に多い地域であり、データセンターの可用性と堅牢性を高めることは事業者として非常に重要」と語っているが、大阪のデータセンター開設に関してはディザスタリカバリの面から顧客からの要望を受けての決定であるのはほぼ間違いない。
特に金融機関など規制が厳しい業界からは、アベイラビリティゾーン(AZ)ではなく、国内にもうひとつのリージョンを望む声は以前から非常に強くあり、今回の発表はそうしたニーズに、AWSとして現状取りうる最大限の対応といえるのかもしれない。もっとも“ローカルリージョン”がどういった存在となるのかは明らかになっておらず、今後のAWSの発表に注目したい。
この3つの新発表のほかにも、長崎社長は日本のユーザーに向けたサービスの拡充として、リセラー経由の契約で日本準拠法を選択可能にしたことや、日本円を含む支払い通貨の選択肢が増えたことなどを挙げている。
【編集注 6/2追記】
AWS広報によると、リセラー経由でなくとも日本準拠法を選択可能になっているとのことです。
また、2015年からマネジメントコンソールが段階的に日本語化されて提供されているが、長崎社長は「なるべく早急に100%の日本語化を実現したい」としている。
ユーザー企業4社が登壇、活用事例を発表
基調講演にはAWSの国内ユーザー企業4社によるプレゼンテーションが行われ、それぞれのAWS活用事例が発表されている。以下、簡単にその概要を紹介する。
三菱東京UFJ銀行 専務取締役 村林聡氏
銀行のようなレガシー企業であっても、デジタルトランスフォーメーションの流れに乗ることは必須。三菱東京UFJ銀行(MUFJ)は現在、オープンイノベーションを掲げ、APIのオープン化(MUFJ APIs)、ブロックチェーン、AI/ディープラーニングといった分野で戦略的な取り組みを実行している。こうしたイノベーション事業だけでなく、既存事業においてもAWSクラウドをコアプラットフォームのひとつとして育成中で、さまざまなAWSサービスを積極的に活用している。
AWSはIT業界にとってのシェアリングエコノミーのような存在。業界全体で大事に育て、ともに成長していきたい。
セイコーエプソン IT推進本部 本部長 熊倉一徳氏
セイコーエプソンは創業以来、ものづくりの会社として存在してきた。たとえ時代遅れといわれようともそれだけは今後も変わらない。その上で、サイバー空間との連携を密にし、より多くの人々とコラボレーションしながら当社ならではの価値を提供していく。
その基盤としてクラウドは必須であるという信念をもって、クラウドファーストとクラウドファストを掲げ、ITトランスフォーメーションとデジタルイノベーションに臨んでいる。特にデジタルイノベーションにおいてはLambdaなどサーバーレスアーキテクチャを活用してアプリケーションの開発スピードを上げている。AWSには今後もイノベータとして、またクラウドのリーダーとして、市場をけん引しつづけてほしい。
レコチョク 執行役員 CTO 稲荷幹夫氏
レコチョクは2014年にAWSへの全面移行を行った。会員システム、決済システム、dヒッツシステムなど、オンプレミスのOracle RAC上にあったデータをすべてAuroraへ移行したが、その際にDevOpsの体制を組み、当時のDBAをすべて開発チームにマージした。
現在、レコチョクはVRに力を入れているが、配信方法、熱暴走など端末への負荷、画質や音質などに課題が多い。だがリアルタイム配信がこれから重要になってくることを考えるとやはり常に配信はreadyな状態にしておく必要があり、AWSが最適なプラットフォームだと実感している。
Sansan 共同創業者 Eight事業部 事業部長 塩見賢治氏
個人向け名刺管理サービスのEightの利用者数は150万人、登録されている名刺の数は1億枚で、日本の名刺交換の10%にあたる。サービスはすべてAWS上で構築しており、東京リージョンの開設にあわせて別のクラウドサービスからAWSに移行した。それ以来、ずっとAWSの進化と新機能に支えられてきた。あのとき思い切ってAWSに移行してほんとうに良かったと思っている。
現在、Eightはグローバル展開を検討しているが、そうした面でもAWSは非常に心強いパートナー。世界中のすべての名刺がEightになる、という夢を実現するため、今後も全社規模でAWSのサービスを使い倒していく。
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ここ1年ほど、“デジタルトランスフォーメーション”というバズワードをあらゆるところで耳にする。
クラウドやIoT、AIといった最先端のテクノロジを駆使してビジネスを飛躍的に伸ばすというトレンドが語られる際、必ず引き合いに出されるのはUberやAirbnb、あるいはGEといった米国の企業であり、国内企業はそれに比べてイノベーションのスピードが遅れている、といったかたちで批判される場合も少なくない。
だが、ことAWSクラウドの利用に限って言えば、日本企業の事例は世界的にも注目すべきものが多く、先進性や導入規模においても決して海外企業に引けを取らない。ユーザーコミュニティのJAWSのように、日本が世界に先駆けているユニークな活動もある。パートナー企業のレベルも高く、最上位のプレミアムパートナーはNRIやcloudpack、NTTデータなど7社も存在する。
長崎社長は「デジタルイノベーションの流れは確実に日本にも来ている」と強調するが、AWSクラウドの導入こそが国内におけるデジタルトランスフォーメーションを先導している感すらある。
長崎社長は基調講演において「クラウドがもたらす変革」として以下の6点を挙げている。
1.イノベーションの加速
2.(リソースを)もたざる戦略を支援
3.経営の課題とITの課題を同時に解決
4.(自然災害など)不測のリスクに備える
5.セキュリティやコンプライアンスなど信頼性の担保
6.既存のリソースを有効活用するハイブリッド環境
こうしてみると、デジタルトランスフォーメーションを既存の環境とすり合わせながら実現していくには、クラウドは必須であることがわかる。特に日本企業は急激すぎる変化を嫌う傾向が強いが、AWSであれば既存環境とのゆるやかな共存が可能であることは、多くの事例が証明している。日本企業に適したデジタルトランスフォーメーションのためのプラットフォームとして、その普及はさらに拡大している。
いままでできなかったことが、クラウドの力によってできるようになる――。それこそがクラウドの最大のメリットであり、デジタルトランスフォーメーションの源泉でもある。最初のサービスを開始して11年、東京リージョン開設から6年、常に日本企業に新しい価値観をもたらしてきたAWSクラウドだが、今後は日本企業のイノベーションを推進するという新しい役割を期待されつつあるのかもしれない。