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“ヴァーナーの理念”が根底に流れるAWSの開発者エコシステム
AWS Summit Tokyo 2017基調講演レポート
2017年6月5日 11:22
「クラウドエンジニアとして開発に向き合う際には、いつもヴァーナーの教えが念頭にあった。ヴァーナーの薫陶を受けてきた自分が、ヴァーナーのキーノートに呼ばれて講演をすることになるなんて、本当にうれしい」――。
6月1日、東京・品川で開催された「AWS Summit Tokyo 2017」のDay 3の基調講演にゲストスピーカーとして登壇したソラコム CTO 安川健太氏は、感慨深げにこう語った。“ヴァーナー”とは、Amazon.comのCTOであり、クラウドコンピューティングの生みの親とも称されるヴァーナー・ボーガス(Werner Vogels)氏のことである。
3年ぶりの来日となったボーガスCTOはこの日、基調講演のホスト役を務めたが、その最初のゲストスピーカーとして、数年前までAmazon Web Services(AWS)のソリューションアーキテクトであった安川氏を紹介している。
AWSの現CEOであるアンディ・ジャシー(Andy Jassy)氏とともに、ローンチ以来、AWSクラウドのビジョナリーとして同社のビジネスをけん引してきたボーガス氏だが、言ってみればAWSクラウドとは、ボーガスCTOの開発者としての理念をそのまま反映しているプラットフォームでもある。そしてそれは、世界中の開発者たちを熱狂的に引きつけてやまない。
「AWSは、これまで使ってきたほかのどの環境ともまったく違う」という声を多くの開発者から聞くことがあるが、ではその違いを生み出している“ヴァーナーの理念”とは何なのか。Day 3の基調講演の概要を紹介しながら、AWSクラウドとそのエコシステムを支えるボーガス氏のポリシーに迫ってみたい。
4名のゲストスピーカーによる事例紹介
基調講演では、前述の安川氏を含む4名のゲストスピーカーがそれぞれのAWS事例を発表している。以下、簡単にその概要を紹介する。
ソラコム 共同創業者 CTO 安川健太氏
IoTプラットフォームとして2015年9月にローンチして以来、ソラコムは6000を超える顧客を獲得するに至っているが、その基盤システムはすべてAWS上で構築されている。内部アーキテクチャは、マイクロサービス化されたコンポーネント群がAPIを通じて連携する仕組みになっており、ローンチ以来、ここは変わっていない。全レイヤにわたって、ホライズンスケーラビリティ(水平方向にスケール)とビルトインレジリエンス(障害からの自動復旧)を反映させている。また疎結合化と非同期化もソラコムの重要な設計思想。マイクロサービスを互いに切り離しやすく、かつ、互いに連携しやすくすることで外部のサービスにも対応しやすくなる。
ソラコムは創業以来、AWSと同じフィロソフィーでもってビジネスを展開してきた。AWSがたくさんのクラウドソリューションを生み出したように、ソラコムもまた星の数ほどあるデバイスがソラコムによってつながることで、数多くのIoTソリューションが生まれることを願っている。
NTT東日本 取締役 ビジネス開発本部 副本部長 兼 第一部門長 中村浩氏
NTTの仕事は通信回線を提供するだけではなく、リアルタイムに高画質な画像を届けることも重要なミッション。こうしたニーズに応えるため、NTT東日本ではAWSを利用して「ひかりクラウド」など数多くのサービスを運用している。AWSを選んだ大きな理由はコスト、スピード、アジリティの3つ。さらに当社の「フレッツ光ネクスト」とAWSを直結することで、閉域かつ高速な環境でのAWS活用が実現し、社内で急速に普及した。
このセキュアで高速なAWS環境を、社内だけでなく社外にも提供しようと始めたのが企業向けサービスの「CloudGateway」で、NTT東西あわせて光アクセスサービス2000万契約を獲得している。CloudGatewayにより、日本が世界で最も強く太くAWSとつながる国になる。この強みを生かし、日本の開発者にもクラウドネイティブな環境を提供することで、"re:connect"な流れを作っていきたい。
ソニーモバイルコミュニケーションズ 取締役 EVP 川西泉氏
「Xperia」シリーズに代表されるスマートフォン事業のほかに、「Xperia Touch」「Xperia Ear」「Xperia Agent」といったスマートプロダクト事業を展開中。その一環で、IoTをベースにしたスマートホームなどリカーリングビジネスの実現にフォーカスしている。現在、スマートホームシステムの基盤に「AWS IoT」を中心とするAWSの各種サービスを活用、クライアント認証によるデバイスとのセキュアな通信、MQTTを用いたデバイスとの相互通信、Device Shadowによるデバイスとのデータ同期などが可能になった。
現在では見守りサービス(センサーによるドアや窓の開閉検知、子供の帰宅/外出のチェックなど)や遠隔での家族間コミュニケーション、照明や音楽などのエンタテインメントの自動化による快適な住空間の演出といったサービスを支える基盤として活用中。
グリー 開発・人事統括 取締役 執行役員常務 CTO 藤本真樹氏
グリーは2013年から業績低迷がつづき、ようやく最近になって回復基調になったものの、この4年間は試行錯誤の連続だった。その試行錯誤のなかで、やってよかったことのひとつがAWSへのシステム移行。数千台のオンプレミスサーバーを約1年かけてAWSに移行した。使用しているAWSのサービスは20以上。まずはDirect ConnectによるL3接続、レプリカ構築(レプリケーション、二重書き込みなど)のあとに移行を実現したが、もっとも重要な基盤はDirect Connectで、これがなければ絶対に成功しなかった。
CTOをやっていると“技術選択”の場面に立ち会うことがあるが、未来のテクノロジーがどうなるかわからない以上、その選択は本当に難しい。そんなとき、ひとつだけこだわるポイントがあるとしたら「速さは裏切らない」ということ。何かの判断に困ったら「それは○○(パフォーマンス、開発スピードなど)を速くするのか」という視点でシンプルに考える。速いコンピュータはあっても絶対に困らない。
3つの最新サービス
今回の基調講演において新サービスの発表はなかったが、ボーガス氏はAWS re:Invent 2016や、サンフランシスコで行われた「AWS Summit San Francisco 2017」などで発表された新サービスをいくつか紹介している。
Amazon DynamoDB Accelerator(DAX)
NoSQLサービス「Amazon DynamoDB」とアプリケーション間のアクセラレータとして機能する、フルマネージドのインメモリキャッシュ。アプリケーションを書き換えることなく「10倍のパフォーマンス向上」(ボーガス氏)を実現する。マイクロセコンドのレスポンス、1秒間に数百万リクエストに応答可能。現時点ではプレビュー提供のみ。
Amazon Athena
標準的なSQLでAmazon S3のデータを単に分析できるインタラクティブなクエリ。フルマネージドサービスで提供され、支払いは実行したクエリの分のみ。2016年11月に発表されたサービスだが、すでにAtlassian、Slack、グノシー、News Corpといったメディアやコミュニケーションサービスを提供する企業を中心にグローバルでの導入が進んでいる。
Amazon Redshift Spectrum
Amazon S3のデータにRedshiftクエリを実行、またはRedshiftとS3のデータを結合するフルマネージドサービス。PB(ペタバイト)/EB(エクサバイト)級の膨大なデータセットに対して、複雑なクエリ処理を実行するときに威力を発揮する。「同じ処理をApache Hive(1000ノード)で実行すると5年かかる処理をSpectrumなら155秒で完了」(ヴァーナー氏)。
Amazon Polly
「Amazon AI」を構成する3つのサービスのひとつであるAmazon Pollyに、2つの新機能「ウィスパー(ささやき)」「スピーチマーク」が追加。テキストに音声コードや表現コードを指定することで、抑揚や間合いなどを含む、自然で表現力豊かな音声の再生が可能になる。
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「私は、これまでの開発者としての人生において数え切れないほど膨大な量のサーバーを、何度も何度もハグしてきた。しかし、サーバーが私にハグを返してきてくれたことはただの一度もなかった」――。
数年前、ラスベガスでのre:InventでボーガスCTOはこうに語っていた。サーバーやハードウェアはどんなにその性能が向上しても、いつかは必ず壊れる。ならば壊れることを前提として受け入れ、その障害が運用のボトルネックにならないシステムを構築すべきである。膨大なリソースを投入してスケールアウトし、一部のマシンが機能しなくなっても代替する手段を用意する、そして障害は迅速かつ自動で復旧する仕組みを構築する。
“レジリエンス”や“アジリティ”という言葉で表現されることも多いが、AWSクラウドは、その立ち上げのときからボーガス氏の設計思想をもとに構築されており、次々とローンチされる新サービスにもこのポリシーはすみずみまで浸透している。
今回の基調講演においてボーガス氏は、「スーパーパワー」「スーパーソニック」という言葉を使ってAWSクラウドのスケーラビリティを表現していたが、競合ベンダーを圧倒するパワーとスピードこそがAWSクラウドのコアであり、“ヴァーナーの理念”を具現化する要素なのだろう。
基調講演と同じ日の夜、日本のスタートアップ企業のCTOとのセッションにおいてボーガス氏は、「技術的負債についてどう思うか」という質問に対して「技術的負債があることは決して悪いことじゃない。良くないのは技術的負債を管理せずに放置しておくことだ」と答えたという。問題があるならそれを認めて現状を把握し、迅速な対応を試みる――、原因究明よりも最小限のダウンタイムを重視する、いかにも"Cloud Father"らしい言葉である。
AWSクラウドを技術的側面から支える“ヴァーナーの理念”はAWSだけでなく、ソラコムやグリーのような若い企業、そしてNTTやソニーグループといったエンタープライズの開発者たちの考え方を変え、行動を変え、ビジネスを動かすドライバとなっていることはすでに多くの事例が証明している。
「AWS Summitはテクノロジーイベントではなくエデュケーションイベントだ」と強調するボーガス氏の言葉通り、AWSに触れたユーザーの多くが、今度は自らがAWSを教える側、普及を広げる側に立つ。“ヴァーナーの理念”は変化の激しいIT業界にあって、決して変わることのないAWSエコシステムのコアのポリシーだといえるだろう。