大河原克行のキーマンウォッチ

クラウド、生成AI、オートメーションの組み合わせが、日本の企業を元気にする――、米UiPath・ディネス共同CEO

 「生成AIが登場したことで、オートメーションに対する興味が刷新された。日本が抱える課題を解決するには、生成AIとオートメーションの組み合わせが唯一の解決策になる」――。

 来日した米UiPath 共同創立者兼共同最高経営責任者(CEO)のダニエル・ディネス氏はこう語る。同社では、UiPath Autopilotを発表し、生成AIとオートメーションの組み合わせによる新たな価値を提供。エンタープライズ環境におけるAIの活用を促進し、「AI at Work」を実現する姿勢を示す。

 一方、ディネス氏は、同社新年度が始まる2024年2月から、Chief Innovation Officerに就任することを発表している。「次の来日時は、きっとChief Innovation Officerの肩書が就いている」と笑うディネス氏に、これまでのUiPathの取り組みや、AIによって進化するオートメーションの現状、そして、Chief Innovation Officerの役割について聞いた。

米UiPath 共同創立者兼共同最高経営責任者のダニエル・ディネス氏

年次イベント「FORWARD Ⅵ」を日米で開催

――2023年10月に米国ラスベガスで年次イベント「FORWARD Ⅵ」を開催したのに続き、同じ10月には東京で「FORWARD VI Japan」を開催し、会場には1000人以上が参加しました。UiPath Autopilotの発表をはじめ、AI戦略が鮮明になったという点で、UiPathにとって節目のイベントになった感じがしますが。

 FORWARDは、UiPathのフラッグシップイベントであり、世界中のお客さま、パートナーが集うことになります。実は、FORWARDを開催しているのは、世界中で米国と日本だけであり、この点からも、私たちが、日本の市場を重視していることを理解していただけると思います。

 AIという観点で見ると、今回のFORWARD Ⅵが節目になったというよりは、取り組みが加速したと表現した方が適切だといえます。UiPathは、長年に渡り、AIの開発を進め、それを製品に取り入れてきた経緯があります。ただ、RPAやオートメーションという切り口で見た場合、生成AIの要素が欠けていたことも事実です。生成AIを組み合わせることで、これまで以上に、スピーディーにオートメーションを実現でき、オートメーションの普及に、さらに弾みがつくことになります。テクニカルなスキルが高くない人でも、オートメーションが利用できたり、オートメーションに対する信頼性が高まったりといったメリットを生むことになります。

――UiPathでは、FORWARDを通じて、「AI at Work」という言葉を積極的に打ち出しました。この言葉に込めた意味はなんですか。

 AIをきちんと機能させるという意味でのAI at Work、職場環境にAIを導入するという意味でのAI at Workという2つの意味があります。つまり、AIを実際のユースケースのなかに組み込んで提供することができ、エンタープライズ環境でAIが活用できる時代が訪れていることを示しました。

 多くのテクノロジーカンパニーの場合、AIの導入は個人の生産性を高めることが中心になっています。例えば、マイクロソフトでは、プレゼンテーション資料やスプレッドシートを作成する際に、個人がより効率的に作業を行うことができる部分に着目しています。これに対して、UiPathは、AI at Workの言葉で示したように、エンタープライズのユースケースのなかにAIを組み込み、プロセスをエンドトゥエンドで自動化することを目指しています。ここに、UiPathのAI戦略の肝があります。

――特化型AIおよび生成AIとオートメーション(RPA)を、対抗軸でとらえる議論もあります。例えば生成AIは、これまでのRPAの役割を奪ってしまうのではないかというとらえ方もそのひとつです。UiPathでは、AIとオートメーションの位置づけをどうとらえていますか。

 人間の脳の役割にたとえるとわかりやすいのではないでしょうか。コップを手に持って、コーヒーを飲むという動作をする場合、この動きそのものは、オートメーションの部分となります。ただ、コーヒーを飲むという動きはかなり複雑ですよね。また、泳ぐという動作はどうでしょうか。これもかなり複雑な動作となります。しかし、人はそれらを自然な動作として行うことができます。

 一方、脳には2つの役割があります。ひとつは、認知的な理由づけをすることができるパワフルなエンジンとしての機能であり、これが生成AIにあたる部分となります。また、脳のなかには特化した機能を果たす部分があり、その機能を使ってルーティンのタスクをこなしています。先ほどのコーヒーを飲むとか、泳ぐという動作は、この部分を使っています。

 最初に泳ぎを覚えるというのは、生成AIを利用しているようなもので、認知的な理由づけをもとにして、泳ぐことを学びます。なんども繰り返すと、特化した機能として理解し、自然と身体を動かすことができるようになります。自然と身体を動かす部分を、業務に置き換えてみると、当社の製品でいえば、UiPath Document UnderstandingやUiPath Communications Miningが担うことになります。つまり、生成AIによって、特化した知能を学習することができ、その成果をオートメーションとして動かすという関係になります。

 脳の2つの役割と、それを動かす身体が組み合わせって、自然に泳ぐことができるように、複雑な業務も自然に処理できるようになります。私は、生成AIと特化型AI、オートメーションの関係性をこうとらえています。2つの脳を対抗軸でとらえたり、身体と脳を対抗軸でとらえたりしないのと同じように、AIも対抗軸でとらえるものではありません。

UiPath Autopilotの反響は?

――テキスト入力した情報をもとに、作業を自動化するUiPath Autopilotを発表しました。もともとWingmanとして公表していたものですが、正式発表後の反応はどうですか。

 びっくりするぐらい前向きな反応を得ています(笑)。日本のSMBCをはじめとして、世界各国で、早くこの機能を試してみたいという声を得ています。UiPath Autopilotは、Autopilot for UiPath StudioやAutopilot for UiPath Apps、Autopilot for UiPath Process Mining、Autopilot for UiPath Assistantなどで構成されており、あらゆるビジネスユーザーが、オートメーションにアクセスすることができ、自然言語を使ってワークフローやコード、式を自動生成することができます。モデルに対して、何日もかけてトレーニングしていたものを、数分で実現することが可能であり、1週間に1時間の時間を節約できたり、オートメーションの民主化を促進したりといったことが可能になります。

――マイクロソフトは、生成AIが人を支援することを意図して「Copilot」のブランドを採用しています。それに対してUiPathは「Autopilot」としました。オートメーションの会社としては、これは必然といえる名称だったのでしょうか。

 いくつかの会社がCopilotの名称を使っていますし、UiPathも同様にCopilotの名称を使ってもよかったと思っています。しかし、Autopilotといえば、Automation Pilotの意味であり、UiPathの製品として意味が通りやすいのは確かです。マーケティング部門が考えた名称ですが、私は気に入っていますよ。

――生成AIの力が加わり、オートメーションの導入におけるハードルが下がることで、日本の企業にはどんな変化が起こることになりますか。

 私は、生成AIが登場したことで、オートメーションに対する興味が刷新されたと思っています。特に、日本の企業からの関心が高まっていることを感じます。マクロ経済が厳しさを増すなかで、海外に生産拠点を置いていた企業が、日本に生産拠点を戻すといった動きが出ています。また、日本では少子高齢化を背景にした労働力不足が課題となっており、これらの課題を解決するには、生成AIとオートメーションの組み合わせが唯一の解決策になるといえます。

 日本の企業からは、もっと具体的なユースケースを知りたいという声を数多くいただいています。日本の企業は、ひとつひとつのユースケースをしっかりと見て、納得をしてから導入するという傾向があります。そこには丁寧に対応していきます。ただ、日本において、生成AIとオートメーションの提案を行う際に課題といえる点があります。それは、クラウドの普及が遅れていることです。生成AIは、オンプレミスに比べると、クラウドの方がうまく機能します。生成AIとオートメーションの活用を促進するためには、日本の企業がクラウドへの移行をもっと加速することに期待しています。クラウド、生成AI、オートメーションの組み合わせが、日本の企業を元気にすることになります。

日本市場を重視する事業展開を進めてきた理由

――2005年に創業した当時、どんな会社にしたいと考えていましたか。

 最初は、小さくてもいいので、喜んで働きたいと思えるような会社にし、人生のなかで最高の仕事をすることが目標でした。これが創業メンバーに共通した価値観でした。正直なところ、ここまで大きくなるとは思っていませんでした(笑)。会社を大きくするなんてことは、まったく考えていませんでしたからね。変化の波や、市場成長の波に乗っていたら、たまたま大きくなってしまい、たまたま株式公開してしまい…(笑)

――とはいえ、いくつもの困難があったのではないでしょうか。

 私にとって最大の学びは、自分が得意なことに対してベストを尽くしていれば、いつかは「ご褒美」がもらえることもあるはずだ、ということです。しかし、「ご褒美」をもらうことを目的にしてしまうと、目標を達成することが困難になるということも学びました。

――UiPathは、ルーマニアで創業後、日本市場を重視する事業展開を進めてきました。これはなぜですか。

 UiPathは欧州で生まれ、日本で製品をパーフェクトにし、それを巨大な米国市場で展開し、規模を拡大してきたユニークなサクセスストーリーを持っています。日本でいち早く事業を展開したことで、製品づくりにおいては、日本の大手企業からの声を数多く反映することができ、この繰り返しによって製品の質を高めることができました。

 振り返ってみると、私たちの取り組みと、日本の企業の足並みがそろったことが最大のポイントだったといえます。2017年初期の段階では、日米欧に拠点を設置していましたが、RPAが本格的に広がるなかで、SMBCや電通など、日本にはアクティブな企業が多く、これらの企業とのパーフェクトマッチが進んだことが、ほかの市場との違いとなりました。お客さまとUiPathが一緒になって、RPAを改良し、進化させるといった動きが加速し、それによって、多くのユースケースが生まれ、各社がRPAを使いこなすというサイクルが誕生しました。

――日本には固有の業務処理があったり、それに伴い、業務システムがカスタマイズされていたりといった状況が多いといえます。むしろ、RPAは合わないと言われていた時期もありました。

 実は、その状況がむしろプラスに働きました。ウオーターホール型開発手法を取り入れている企業では、カスタマイズが多く、標準化が難しかったり、APIの提供だけでは解決できないというケースが多く見られたりしていました。しかしRPAは、人の働き方をまねすることが得意です。カスタマイズされた業務を自動化するには、RPAが最も柔軟性をあり、カスタマイズが多い日本の企業にとって、RPAが魅力的なツールでした。

 これは、生成AIも同様です。日本は紙ベースの仕事が多く残っている国です。生成AIを活用することで、より高い精度で紙の情報を読み取ることができ、文書の理解を深め、データとして活用できるようになります。人手に頼っていたルーティンワークの仕事がRPAと生成AIによって自動化され、人は、よりクリエイティブな仕事ができ、働き方に大きなインパクトをもたらすことになります。

――日本の企業と一緒に仕事をすることで、ディネス氏の経営手法には、なにか影響がありましたか。

 私だけでなく、エンジニアを含めて、人生が変わるような体験をしました。日本の企業は、相手を尊重するという姿勢が強く、それに関しては、数多くのインスピレーションを得ました。お客さまの痛みを解決することが、どれだけ大切なことであるか。これは、日本の企業が教えてくれたことです。質が高い製品を、望むタイミングで、望む形で、タイムリーに提供することに対して強いこだわりがあり、それを実現するためには、自分たちはどんなに無理をしてでも成し遂げるという姿勢があります。もちろん、場面によって、イノベーションを優先するのか、クオリティを優先するのか、といった選択を迫られることはよくあります。しかし、UiPathも、お客さまの痛みを解決することに、最大限に力を注ぐことができる姿勢を持った企業でありたいと思っています。

Chief Innovation Officerとして果たす役割

――ディネス氏は、新年度がスタートする2024年2月から、Chief Innovation Officerに就任することを発表しています。どんな役割を果たすことになりますか。

 Chief Innovation Officerの役割は、プロダクトおよびエンジニアリンググループを統括することになります。既存の製品の強化にも力を入れながら、革新的な新たな製品を創出することを目指します。人は、得意なところに力を注ぐことが一番いい。私自身、経営をやるよりは、プロダクトを作る方が得意ですから(笑)。

――経営はあまり好きではないと(笑)

 学びを得られるという点では、経営は好きな仕事です。株式公開するまでのプロセスもいい経験になりましたし、楽しい仕事でした。でも私にとっては、プロダクトを作ることの方がもっともっと楽しいことなんです。ジャーナリストの仕事も、現場に出てインタビューをする方が、出版社を経営するよりも面白いと感じている人は多いのではないでしょうか。

――どんなバランスで仕事をすることになりますか。

 Chief Innovation Officerの役割のひとつが、将来に向けた製品戦略を打ち出すことです。UiPathの製品は、この戦略を軸にして開発されますが、一度打ち出せばいいというものではなく、日々の変化をとらえた点検を常に行い、プロダクトレビューもしっかりと行い、場合によっては現場とも戦いながら、モノづくりをしていかなくてはなりません。また、それにあわせた人材を確保しなくてはなりません。AIカンパニーとして最適な人材を確保することが重要であり、これは多くの企業が、共通して苦労している点ではないでしょうか。ベストなタレントにインスピレーションを与え、採用することは、Chief Innovation Officerの大切な仕事です。

 これまでは経営が7割、モノづくりが3割といった比率でしたが、2024年2月以降は、経営が3割、モノづくりが7割になります。実は、一時期、イノベーションの部分だけに集中したいと思ったことがありました。モノづくりは一切やめようと考えたのです。しかし、モノづくりに関わらないと、現実から切り離されてしまい、まわりのエンジニアが、私の言っていることに対して、真剣に話を聞いてくれなくなったという苦い経験がありました。現場のいまの状況を深く理解していないのに、指示だけ与える人の話なんて、聞きたがらないのは当然です。そうした経験をもとに、Chief Innovation Officerとしての仕事でも、モノづくりに多くの時間を割きたいと考えています。

 一方、経営という観点では、私は、取締役会のExecutive Chairmanを務め、2022年4月から共同最高経営責任者に就いているロブ・エンスリンとパートナーの立場で、経営戦略に関わることになります。

――ディネス氏がChief Innovation Officerに就くことで、UiPathはどう変化しますか。

 プラスにしかならないと思っています。私は、企業戦略と製品戦略を率いていくとともに、企業文化を保持するところにも時間を割くことになります。UiPathは、AIが大きく進化する時代において、重要な役割を果たす企業になるでしょう。例えば、これまで人が行ってきたルーティンワークをAIがやってくれるようになるとどうなるでしょうか。人の働き方が大きく変わるのは明らかです。この部分を担うのがUiPathです。

 きっと次に来日するときには、Chief Innovation Officerの肩書が就くことになりますが、日本においては、常に製品を担当する社員がいますし、これまで以上に、長谷川さん(日本法人の長谷川康一CEO)との結びつきも緊密にして、日本の市場に向けて製品を改善していくつもりです。日本は、食べ物もおいしいですし、特にラーメンとお寿司は最高です。銀座においしいラーメン屋があるんですよ。来日はいつも楽しみにしています(笑)。