特別企画
「Sybaseの進化はHANAとともに」~2つの“リアルタイム”を追求するSAPのデータベース戦略
ただひたすら“速いデータベース”を目指す
(2013/7/5 06:00)
SAPジャパン株式会社は6月12日、データウェアハウジング専用データベースエンジン「SAP Sybase IQ 16」のリリースを発表した。SAPブランドの一製品としてSybase IQが提供されるのは、これが最初のリリースとなる。
トランザクションマネジメントに強いSybase ASE、データウェアハウジングに特化したSybase IQ、モバイルや組み込みのニーズに応えたSybase SQL Anywhereという3つのラインアップを抱え、世界中に数多くの導入事例を誇るSybaseだが、SAPに買収されてからはSAP HANAの影にやや隠れがちな印象がある。
筆者は今年5月中旬に米国オーランドで開催されたSAPの年次カンファレンス「SAPPHIRE NOW 2013」に参加したが、SAPはHANAに社名を変えるのではないかと思わされるほどHANA一色で、Sybaseに関する話題を聞くことは開催期間中、ほとんどなかった。
インメモリデータベースであるHANAを同社製品のメインプラットフォームに据えるSAPだが、もうひとつの重要なデータベースブランドであるはずのSybaseを今後どう位置づけ、HANAといかに差別化していく戦略なのか。
SAPPHIRE終了後、SAPジャパンでSybaseビジネスを担当する、ソリューション本部 テクノロジーエンジニアリング部 シニアディレクターの原利明氏、ビジネスソリューション統括本部 データベースソリューション部長の安藤秀樹氏の2名に、お話を伺った。
HANAはアプリケーションの基盤、Sybaseはデータベースエンジンそのもの
「SAPはSybaseへの投資をこれからも積極的に続けていく。HANAという存在があろうと、それは変わらない」――。インタビューの冒頭、原氏はまずこう前置きしている。
SAPに買収されて以来、Sybaseの存続に対する不安は少なからずユーザー企業の間にもある。だが原氏も安藤氏もそうした不安を払拭するかのように「少なくとも当面の期間、HANAとSybaseは互いを補完しながら、別々のブランドとして存在してく」と明言する。その姿勢を内外に示すために出された最初のリリースがSybase IQ 16だといえる。
SAPは現在、HANAを中心とした「リアルタイムデータプラットフォーム(RTDP)」戦略を打ち出している。OLTP/OLAPを問わず、データベースのリアルタイム性を可能な限り追求していくというもので、Sybaseの3つのラインアップもこの中に組み込まれている。
今回リリースされたSybase IQ 16に関して安藤氏は「HANAのニアラインストア(NLS: Near Line Store)としての役割、EDW(Enterprise Data Warehouse)としての役割」の2つの役割をRDPで担っていると説明する。
「クラウドからモバイルまで、あらゆる環境におけるアプリケーションの基盤となるのがRDTP。例えば機械どうしが会話するM2Mな環境において発生するビッグデータを、その誕生から消滅までのライフサイクルに渡り、どのプロセスにおいても高速かつ適切に処理する統合プラットフォームとして機能させることができる。SybaseはHANAとともにRDTPの中心的な役割を担う。HANAがフロントエンド処理を、Sybase IQがバックエンドのDWHを、といったケースも増えてくるだろう」(安藤氏)。
このRDTPの考え方やSAPPHIRE NOWでのメッセージなどから見るに、SAPはHANAを単なるインメモリデータベースではなく、SAP ERPなど同社のアプリケーション製品を支えるメインプラットフォームとして位置づけていることは明らかだ。SAPPHIRE NOWと前後して発表されたSAPのマネージドクラウド「SAP HANA Enterprise Cloud」などはその最たるものだろう。
これに対しSybaseは「アプリケーションの基盤として進化するHANAとはやや方向性が異なり、Sybaseはデータベースエンジンそのものの性能を突き詰めている」と原氏は表現している。
データベースとして、それもリアルタイム性を追求するリレーショナルデータベースエンジンとして、「トランザクション処理」「データウェアハウジング」「モバイル」という3つの領域で進化していく、そして進化の過程でHANAとの間で時折技術的なマージを行う――。これが現在のSybaseの方向性だということができる。
リアルタイムの2つの意味~データの処理速度と大量データの分析速度
ここでSybaseがこだわる“リアルタイム”という言葉についてもう少し言及してみたい。原氏は「リアルタイムには2つの意味がある。ひとつはデータ処理そのものを超高速に行うクイックレスポンスという意味、もうひとつはデータをいかに速く分析の対象にするかという意味」と説明している。
まずデータ処理そのものの高速性、つまりデータの鮮度を保つために「今後は積極的にHANAのインメモリ技術を取り入れていく」と原氏は説明する。
「カラム指向という点も含め、HANAとSybaseはアーキテクチャとして似ている部分もが多く、機能の取り込みはそれほど難しくない。実際、Sybase IQ 16ではローディングエンジンの改善やデルタマージなどにおいてHANAの技術を採用した。これまでIQではOLTPに関する機能は捨ててきたともいえるが、データの鮮度を担保するには1行ずつのトランザクション処理といった少量の行操作への対応も必要となる。HANAの技術を取り込んだことで、捨てていたOLTP的な利用が実現した」(原氏)。
データの処理速度そのものが速くなれば、次に目指すのは「ERP自体をリアルタイム処理するような規模」(原氏)も考えられる大量データの高速分析である。原氏はここが「ペタバイト級のデータベースとしてのSybaseの強みが発揮できるポイント」だと強調する。
「インメモリデータベースとしてのHANAが、現時点で扱えるデータのサイズはやはりテラバイト級といったところ。ペタバイト級のデータを高速処理するとなれば、断然Sybaseに軍配が上がる」と原氏。
ペタバイト級のデータベースはすでに実用段階にあるとはいえ、ユーザーが満足するリアルタイム性を備えたものは多くない。またクラウドの普及に伴い、1つのクエリを分散したノードで高速処理できるような機能も求められている。そうしたニーズに応じてノンストップで拡張できる分散データベースであることもSybaseの優位性を支えている。
「ビッグデータを支える技術としてもっとも脚光が当たっているHadoopは、たしかに大量のデータを蓄積するという面では非常にすぐれている。だが、分析においては演算というプロセスが欠かせない。テーブルという概念をもったリレーショナルデータベースはこれからのビッグデータ時代でも必要とされる技術であり、Sybaseはこの路線を踏襲する」(原氏)。
Sybaseが実現するリアルタイムの世界を具体的に描くとどういうイメージになるのか? こう質問すると原氏は、M2Mが医療に貢献する例を取り上げている。
「例えば人体に埋め込んだセンサーが、患者の血圧データを秒単位で吸い上げ、クラウド上に逐次データがアップされる。そしてあるしきい値を超えたら家族のモバイルデバイスに自動的にアラートが届くといったプライベートな医療機械を想定する。しきい値も固定ではなく、その患者の過去の血圧データとの比較、同じ病気や似た症状をもつ人とのグルーピングなどで分析結果が変わる。秒単位で増えていくデータを格納、処理し、さまざまな角度から多様な分析を行って危険な状態になることを未然に防ごうとする時、データベースをいちいちチューニングするといった手間は考えられない。Sybaseが目指すのは、そうした環境を限りなく速く実現する、データベースエンジンとしての存在だ」(原氏)。
データ処理のスピードと分析するまでのスピード、その両方を極限まで突き詰めて真のリアルタイムを実現することで、これまでできなかったことを可能にする――。Sybaseが追い求めるのは限りなき速さへの挑戦とも言える。
15年以上に渡る市場での実績をバックグラウンドとする速さへの欲求は、そのままSybase開発チームのモチベーションとなってきた。もしかしたら近い将来、SybaseとHANAはSAPの中で完全に統合されたブランドとなってしまうことも十分に考えられる。だが、データベースエンジンとしてどこまでも高速性を求めるその姿勢、ただひたすら“速いデータベース”を目指す姿勢はおそらく今後も変わることはないだろう。