特集

4つのコダワリから見る、ヤマハ無線LANの新フラグシップモデル「WLX413」

実機で計測した耐温度性能や電波到達距離などのホワイトペーパーも公開

 ヤマハが2021年3月に発売した企業向け無線LANアクセスポイント「WLX413」は、同社のアクセスポイント製品のうち、最新のフラグシップモデル(ハイエンドモデル)に位置付けられる。Wi-Fi 6のトライバンドに対応したほか、ヤマハ製アクセスポイントの第3世代製品として、より進化した新しい管理機能を持つ。

 そうしたことから、これまでの製品よりもかなり高価になったにもかかわらず、大きな注目を集めている。

 本稿では、どのような狙いでWLX413を開発したかのか、そして、ヤマハならではのコダワリをどう詰め込んだのかという点について、ヤマハ株式会社 コミュニケーション事業部の商品戦略グループ 山本欣徳氏と、CC開発部ネットワークソフトグループ 守屋忠彦氏、CC開発部ハードウェアグループ 新川智大氏に話を聞いた。

WLX413の外観

ネットワーク担当者の不安に向き合ってきた歴史を持つ

 WLX413の話に入る前に、まずはヤマハの無線LANアクセスポイントの歴史を振り返ろう。ヤマハのアクセスポイントは、2013年に発売された「WLX302」(現在は生産終了)に始まる。

 今では信じられないことだが、当時はまだ、企業では無線LANはメインの通信回線となっていなかった。そうした時代に、ヤマハが企業向け無線LANで狙ったのは2点。当時に非力なアクセスポイントで多く見られた「何台もの端末が接続すると不安定」という声に対しては、2.4GHz帯で50台と5GHz帯で50台、合計100台つながるという数字を公表し、企業でも安心して使えるようにした。

 また、「無線は見えないので、トラブルが起きたときに何が起こっているかわからない」という声に対しては、Webベースの「無線LAN見える化ツール」を搭載することにより、迅速なトラブル解決をサポートしている。

 後者については、「社内に無線端末の開発経験のあるメンバーがいて、その『トラブル時にこんな機能がほしい』という知見を生かしました」と山本氏は内幕を語った。

ヤマハの「WLX302」でトラブルを解決、無線LANの見える化が生んだ効果
https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/event/677031.html

 こうして登場したヤマハの無線LANアクセスポイントは、現在5モデル。第2世代製品としては、WLX402WLX313WLX202の3製品が、第3世代としてはWLX413とWLX212の2製品が販売されている。

 世代の違いは、デザインからも見てる取れるだろう。

ヤマハの無線LANアクセスポイント製品

より速く:Wi-Fi 6トライバンドや10GBASE-Tに対応

 さて、今回のWLX413に関しても、ヤマハがアクセスポイントで重視したアプローチが脈々と受け継がれている。

 そのコンセプトは「より速く、より多く、より広く、より便利に」だ。この4つについて順に見ていこう。

 1つめは「より速く」だ。WLX413では、ヤマハのアクセスポイントとしては初めてWi-Fi 6(IEEE 802.11ax)に対応した。しかも、Wi-Fi 5(IEEE 801.11ac)のデュアルバンド対応だったWLX402(前ハイエンドモデル)と異なり、5GHz帯が2バンド、2.4GHzバンドのトライバンド対応となっている。機器全体のスループットは、何と合計5.9Gbpsだ(理論値)。

Wi-Fi 6、トライバンドによるスループット

 Wi-Fi 6トライバンド対応によって無線LANのスループット性能がギガビットを大きく上回っていることから、有線LANのインターフェイスも、10GBASE-Tや2.5GBASE-T/5GBASE-Tといった高速イーサネットに対応した。

 現在、市場に出ているWi-Fi 6アクセスポイントでは、2.5GBASE-Tや5GBASE-Tのインターフェイスを搭載し、10GBASE-Tに対応しない機種も多いが、ヤマハでは、「技術的はそんなに大きな違いはないというと言いすぎですが、やるべきことには大きな差はありません。そのため、フラグシップということもあって10GBASE-Tを採用しました」(新川氏)のだという。

 「またネットワークスイッチによっては、10GBASE-Tと1000BASE-Tに対応しているものの、2.5GBASE-Tや5GBASE-Tには対応していない製品もあります。そういう機器に接続することも考えて、10GBASE-Tに対応させました」(新川氏)。

 このほかWLX413では、ショートフレーム(ショートパケット)性能も重視している。これは、コロナ禍において企業のワークスタイルが大きく変化する中で、遠隔会議の利用が拡大しているが、リアルタイム性の確保の観点から、遠隔会議では通信にショートフレームが利用されているからだ。しかし、データの中継を担うネットワーク機器にはショートフレームの処理が大きな負荷になっており、快適な遠隔会議のためには、スムーズな処理が求められるているのだという。

 そこでヤマハでは、WLX413のショートフレーム性能を従来製品よりも向上させた。これを示すため、同社は実際にWLX413とWLX402(前世代のハイエンドモデル)のショートフレーム転送処理性能を測定・比較し、技術資料として公開している。それによると、ショートフレームの転送性能において、WLX413の性能はWLX402の約3倍になっているとのことだ。

 加えてWLX413では、トライバンド対応のミッドレンジモデル「WLX313」と同様、Fast DFSやWDS(後述)などをサポートした。

 このうちFast DFSは、DFS(Dynamic Frequency Selection)によって通信が切れることを防ぐ機能だ。5GHz帯(W52を除く)は気象レーダーや航空レーダーなどと帯域を共有しており、Wi-Fiでは、それらの電波を検出した場合にチャンネルを譲ることになっている。これらのレーダー波を検出した場合は、干渉しないチャンネルに切り替えることになるが、それを調べるために、最短でも60秒間通信が切れてしまう。

 これを防ぐのがFast DFS機能で、同機能を有効にした場合、2バンドある5GHz帯のうち1つで常時チャンネルのスキャンを行い、レーダー波と干渉しないチャンネルを把握しておく。そしてレーダー波を検出した場合、通常の無線LAN通信に使っているもう1バンドのチェンネルを、すみやかにレーダー波と干渉しない別のチャンネルに切り替えることで、通信への影響を小さくする仕組みとなっている。

 ただしFast DFSを有効にすると、安定した通信が可能になる代わりに、5GHz帯の1バンドを無線LAN通信に利用できなくなるので、その点はトレードオフとなる。

Fast DFS機能

より多く:500台の接続を実験で検証

 2つめは「より多く」だ。WLX413では、同時接続端末数が500台と公表している。「この点が一番のポイントと言える」と山本氏は語った。

 Wi-Fi 6の規格では、上り回線でのMU-MIMO対応など、同時通信に関しても性能向上が見込まれている。「せっかくヤマハとして初めてWi-Fi 6に対応するのであれば、多台数に挑戦すべきだろうと考えて、注力し、挑戦したポイントです」と山本氏。

 1台でも多くの台数が接続できるのであれば、アクセスポイントを何台も設置することなく、少ない台数で対応できるようになる。これによってユーザーがアクセスポイントを渡り歩くことも少なくなり、安定して通信を行えるようになるわけだ。「実際に500台を接続しなくても、機器としての余裕として使っていただきたいなと思っています」と山本氏は述べた。

 なお、この500台というのは単なる理論値ではなく、ヤマハでは実験にてしっかりと検証を行っているという。これまでもヤマハでは数字上だけの理論値でなく、実際につながること、そして実用できることを重視して接続可能台数を公表してきた。

 今回の500台という数字でもそれは同様とのことで、守屋氏は、「実機ではありませんが、専用の測定器を使って500台がしっかり接続できることを確認しました。また、実機でも250台の端末を用意して、一斉にアクセスポイントにつなぎ、問題なくつながることを確認しています。さらに、動画を流して安定性のテストも行いました。250台の端末を用意するのは今までの(従来機の)100台に比べてかなり大変でしたが、かなりがんばって、しっかり品質を担保できるようにテストを実施しています」と話す。

 実は、専用の測定器だけでなく、実機で検証することには大きな意義がある。測定器では試験条件を容易に再現できるのが利点だが、実機に比べると通信内容がおとなしく、似たような通信になりがちだという。

 それに対して実機では、自分以外の端末と関係なく勝手に動くので、自然と複雑なパターンとなる。特にヤマハでは、多台数試験のときには、機種をできるだけバラバラにして試験するため、微妙な動きの違いや相性問題なども発生するという。そうした点も検証できるため、実機で試験することに意義があるのだという話だった。

 「実機検証はコストもかかるが、このような評価によって開発中に発見される問題もあるため、品質を保つために実施しているのです」(守屋氏)。

実機による多台数接続実験の様子。各無線端末にスループット測定のための専用ソフトをインストールして測定し、測定作業を実施している。また棚はウレタン、床は発泡スチロールになっており、突起のある壁は電波を吸収するようになっている。電波吸収体は天井に設置されているほか、床の発泡スチロールの下にも敷いてあるとのこと

堅牢さ:ちゃんと50℃でも100%の性能を出す

 3つめに行く前に、コンセプトの4つのポイント以外にヤマハがこだわった点として「堅牢さ」も紹介しておこう。

 ルータなどヤマハの通信機器は、堅牢で壊れにくいという定評がある。そうした中の1つとして、動作環境温度への対応がある。「WLX302のときは動作環境条件が0~40℃でしたが、それ以降は0~50℃となっています」と山本氏。「しかも、ちゃんと50℃でも100%の性能を出せるようにしています」。

 無線機器では、電波送信時に無線のICの温度が上がる。それによって使えなくなることがあるので、一般的な回避策として、送信間隔を広げて対応するという製品もあるという。その場合、カタログスペック上で50℃に耐えることになっていても、性能は落ちてしまうわけだ。それに対して、ヤマハでは50℃でも送信間隔を広げることなく、100%の性能が出せるようにしているという。

50℃でも100%の性能を発揮

 とはいえ、WLX413では性能も上がりアンテナも増えているのだが、「設計にあたって、サイズはできるだけ大きくしたくなかったのです」と新川氏は語る。WLX402と比べて、WLX413では平面サイズが84%ぐらいに小さくなっているが、厚みが増え、体積では同じぐらいになっているという。「性能がアップグレードした分を同じサイズで実現しているので、実質、小型化できていると思う」(新川氏)。

 その分、熱源も集約されているわけだが、それでも50℃でしっかり動作することを意識して製品化を行った。黒い底面は一見プラスチックのように見えるものの、実はアルミダイキャストを採用。さらに表面積を増やすよう蛇腹状態にして、十分な放熱性能を確保した。

 もちろん、ヤマハでは50℃での動作も試験をしている。「接続して負荷をかけた状態で、常温で出ていた性能が50℃で長時間でも劣化しないところを実機で確認しました」と新川氏は誇らしげに語った。技術資料では、こうした耐高温性能の検証結果も公表されている。

参考:
WLX413技術資料
ホワイトペーパー(耐温度性能)

より広く:金属部品に苦労しつつ無指向性と指向性の2つのアンテナを搭載

 さて、4つのコンセプトに戻ろう。その3つめは「より広く」である。

 WLX413では、2系統の5GHz帯のアンテナの特性を、それぞれ無指向性と指向性に割り振っており、正面の少し離れたところでも、それほど離れていないが横方向などでも、安定して電波が届くようになっている。

 このうち指向性アンテナでは、アクセスポイント同士を無線LANでつなぐWDSブリッジ機能の利用が意識されていた。WDSブリッジを利用すれば、例えば異なる建屋間で有線LANが敷設できないような場合に、5GHz帯のチャネル1つを利用して無線LANで接続する、といった使い方が可能だ。

 「WLX413では、WDSブリッジによって遠距離でも高速に接続し、バックボーンとして使ってもらうというというのもユースケースとなっていたので、WDSブリッジも重視しました」(新川氏)。

無指向性と指向性のアンテナを搭載、WDSブリッジにも対応

 なお設計にあたっては、指向性アンテナの方向性をどれぐらい絞るかに苦労したという。「なるべく最適な指向性になるように、アンテナの配置や形状などを調整して、どちらでも使いやすいように調整しました」と新川氏は語る。

 内蔵アンテナについては、もう1つ苦労したことがある。WLX413は前述のとおり、熱対策のため金属部品を多用した。電波は金属を通りぬけられないため、それが指向性に影響を与えてしまう。

 「金属に影響を受ける状況の中で、なるべく広く電波を飛ばせるように工夫しました。それと同時に、金属を利用して指向性を持たせることもしています。金属のいいところと悪いところをなるべく生かし、アンテナを両立させられるように工夫しました」(新川氏)。

 WLX413の利用時に、電波の到達距離が実際にどのくらいになるのかについても、ヤマハでは技術資料を公開している。設置にあたっての参考になるだろう。

より便利に:クラスター管理とクラウド管理に対応、RADIUSも4000人まで対応

 最後の4つめは「より便利に」である。

 WLX413など第3世代のアクセスポイントは、ネットワーク管理者を支援する機能として、クラスター管理とクラウド管理の機能を備えている。

 クラスター管理の機能は第3世代の最初の製品となるWLX212から新たに提供されたもので、アクセスポイントを接続するL2ネットワークにおいて、自動的に無線LANのクラスターを作成し、無線LANコントローラーを別途用意しなくとも、容易な管理を行えるようにしていいる。

 また、LANに接続して電源を入れるだけで設定が完了する「ゼロコンフィグ」機能を利用できるので、クラスターに追加された場合は、キッティングをしなくとも、自動で必要な設定を反映してくれる。つまり、追加用アクセスポイントは設置だけすれば、いちいち設定しなくてすむわけだ。監視やソフトウェアアップデートなども一括して行えるので、管理者の負担はかなり軽減される。

 なおWLX413のクラスター機能では、最初に接続したアクセスポイントがマスターとなり、最大128台のヤマハ第3世代のAPを管理できる。ただしWLX413とWLX212の混在環境では、WLX413が20台+WXL212が108台で、最大(計128台)となっている。

 前ハイエンドモデルのWLX402は従来型の無線LANコントローラー機能を搭載し、さらに管理台数は最大49台(自分を含めて50台)だったので、WLX413は管理可能台数が大きく増えている。

 「こうした128台の接続についても、実際にアクセスポイントを用意して128台での管理を確認して、品質を担保しています」と守屋氏は説明する。「新しいフラグシップとしてお客さまに認識してもらうには、WLX212と一緒にしてしっかり使ってもらえないといけません。WLX212と一緒に使ったときに、不具合ないのはもちろん、使い勝手がいいように機能を考えて作りました」。

クラスター型管理

 また、WLX413はクラウド管理にも対応している。ヤマハのクラウド型ネットワーク統合管理サービス「YNO(Yamaha Network Organizer)」が無線LANコントローラーの役割を持ち、一連のWLX413/WLX212をクラウドから一括管理できる。クラウド管理は、企業向けWi-Fiの最近のトレンドの1つだ。

 「WLX413やWLX212には、YNOの最大1年間のライセンスも付属しています。それによって、クラウド管理機能を試すハードルを下げています」と山本氏は付け加えた。

YNOによるクラウド型管理

 こうした管理機能については、第3世代の最初の製品であるWLX212の時から、ヤマハは繰り返しアピールを行ってきた。弊誌でも実機を操作し、これらの機能を実際に試用してみたので、あわせてご覧いただければと思う。

ヤマハが7年分の知見を生かした――、最新アクセスポイント「WLX212」に詰まった“コダワリ”【後編】
https://cloud.watch.impress.co.jp/docs/special/1290351.html

 そのほか管理機能の強化点としては、認証機能である内蔵RADIUSサーバーが最大4000ユーザーという大規模に対応した。WLX402では2000ユーザーまでだったが、「2000ユーザーでは足りないことがある、という指摘をお客さまから受けました」と守屋氏は言う。

 さらに、クライアント証明書の発行を含む認証局機能も持っており、完結したRADIUSサーバーの機能を備えている。クラスター機能を利用していれば、こうしたRADIUSのユーザー情報や証明書の情報もその中で冗長化されるため、マスターが停止しても新しいマスターに引き継がれ、認証に支障はない。

「最近ではスマートフォンで、プライバシー保護のためにMACアドレスをランダム化して追跡しにくくする機能が実装されています。そのため、MACアドレスは端末の認証には使いものにならなくなっており、端末を認証するためには、クライアント証明書による端末の認証のような管理を考える必要が出てくるんじゃないかと思っています」と、守屋氏は背景を説明した。

RADUISサーバーで最大4000ユーザーに対応

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 最後に山本氏は、今回の話の締めくくりとして、「ヤマハでは、ルータもアクセスポイントもスイッチも、同じところで作っているので、哲学は共通している」と語った。

 今回のインタビューの中では、カタログスペックを向上させるだけでなく、そのスペックの中での実用性や信頼性をしっかり押さえること、そして検証環境を工夫することでしっかりした性能評価をして、実際に性能が出ていることを確認していることが繰り返し語られた。

 そうした姿勢が、店舗のような小規模のところから、全国規模の企業の中央拠点までで使われ、技術者に信頼を受けるヤマハのネットワーク製品の変わらぬ伝統といえそうだ。