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意識すべきは“顧客のライフサイクル”~Oracle RightNow担当者が語るカスタマーエクスペリエンスのあるべき姿

デイビッド・バップ氏

 Oracleがクラウドベース(SaaS)でCRMサービスを提供するRightNow Technologiesを買収したのは2011年11月のことである。単なるCRMアプリケーションではなく、顧客が製品やサービスから受ける快/不快の感情や期待/失望などの経験値を“カスタマーエクスペリエンス”と位置づけ、そのカスタマーエクスペリエンスを向上させるための支援サービスをクラウドで提供していた同社は、クラウドやビッグデータがトレンド化するとともに多くの巨大IT企業から買収の提案を受けていたという。

 現在ではOracle Cloudの重要なSaaSポートフォリオ「Oracle RightNow Cloud Service(以下、RightNow)」として展開されているが、このRightNowが4月9日、顧客対応の設定や更新、管理の自動化を支援する新機能を追加し、最新バージョンとして新たに発表された。本稿では同日開催された「Oracle CloudWorld Tokyo」に合わせて来日したOracleのアプリケーション開発 グループバイスプレジデント デイビッド・バップ氏のメディア向けセッションの内容をもとに、現在のカスタマーエクスペリエンスのあるべき姿に迫ってみたい。

カスタマーエクスペリエンスとは

 そもそもカスタマーエクスペリエンスとはどんな“経験値”を指す言葉なのだろうか。それを説明する前に、カスタマーエクスペリエンスという概念が登場してきた背景についてすこし触れてみたい。

 カスタマーエクスペリエンスは現在のエンタープライズITを席巻する「ソーシャル」「モバイル」「ビッグデータ」「クラウド」という4つのテクノロジトレンドと密接に関連している。この4つのテクノロジはもともとコンシューマの世界で生まれ、発展したものだ。そしてこの4つは個別に普及しているのではなく、それぞれが組み合わさることで爆発的な拡がりを見せ、いまもその勢いは衰えていない。

 TwitterやFacebookといったソーシャルメディアは、主にスマートフォンに代表されるモバイルデバイスが、文字通り世界中の人々の手に渡り始めたことで生活に密着した存在となり、そこから生まれる膨大で多様なデータはクラウド上に収集され、ビッグデータとして解析される。互いが影響を及ぼし合うことで普及も進化も加速した4つのトレンドは、人々の生活スタイルを一変させた。

 「我々の行動はテクノロジの進化で大きく急速に変わった。つねに接続、つねに共有、つねに意識――このユーザの行動パターンの変化はコンシューマの世界を飛び越え、企業にも大きな、というよりはむしろ破壊的と言うべき変化をもたらしている」とバップ氏。

 電車に乗っているとき、あるいはオフィスでの休憩時間、スマートフォンやタブレットを握りしめている人はここ数年で激増している。それはつまり、誰もがいつでもどこでも情報を発信し、リアルタイムで世界中の人々と共有する機会をもっていることにほかならない。ユーザは何かに好感を覚えたり、不快な感情を抱いたとき、迷わずスマホを手にし、ありのままの感情を入力し、ソーシャルで発信し、一瞬にして世界中で共有されることになる。

 こうした状況は企業にとってチャンスでもあり、また脅威でもある。カスタマーエクスペリエンスとは、ひとりひとりの消費者が企業の製品やサービス、あるいは社会的活動から受けた感情や印象を情報として可視化し、発信し、拡散し、共有する。それが良い情報――たとえば「お問い合わせ窓口の対応が親切だった」「良い商品なのでまた購入する」といったポジティブなものだったら企業のビジネスにも良い影響を与える。しかしネガティブなもの――「店員の対応が悪かったので二度と買わない」「問い合わせメールを送っても返信がない」「サイトのFAQの文章がわかりにくい」といった情報の場合、それはポジティブなものよりも加速して拡散し、マイナスの影響力も大きくなる。バップ氏は米国で行われたある調査を引き合いに出し、「不快な経験(bad experience)をした顧客の26%はFacebookやTwitterといったソーシャルメディアにネガティブなコメントを投稿し、86%はその企業の製品を購入しなくなるなど、いっさいの付き合いをやめてしまう。ビジネスの主導権を握っているのは顧客であるということがより明確になり始めている」としている。

 ネガティブなカスタマーエクスペリエンスがビジネスに与える影響は、先に挙げた4つのテクノロジの普及とともに深刻化している。新規顧客の獲得、利益率の高いビジネス関係の維持、効率的なリソース活用、こうしたことがバッドエクスペリエンスのせいですべて困難になってしまう。バップ氏によれば「前向きなカスタマーエクスペリエンスを提供する努力を怠った場合、企業が失う平均的な年間収入額は売上の20%にも達する」としており、カスタマーエクスペリエンスを重視しない企業は、もはや成長や収益維持が不可能になっているとしても過言ではないという。

顧客のエンゲージメントを図るカスタマーライフサイクルジャーニー

らせん状の図

 では、企業はカスタマーエクスペリエンスを向上させるためにどのような施策を取るべきなのだろうか。バップ氏はここで「顧客が企業との接点において辿るカスタマーライフサイクルジャーニー」とするらせん状の図を提示している。顧客がある製品に対してアクションを起こす場合、「購入(BUY)」と「所有(OWN)」の2つの段階に大きく分けられる。このとき製品を提供する企業がカスタマーエクスペリエンスを向上させるためには、購入の段階ではマーケティングと営業を、所有の段階ではサポートとサービスを充実した内容で提供する必要がある。

1. NEED … 顧客がある分野の製品/サービスに興味や関心をもったり、必要性が生じる
2. RESEARCH … どんな製品/サービスがあるのかを調査する
3. SELECT … リサーチした製品/サービスから特定のものを絞り込む
4. PURCHACE … セレクトした製品/サービスを購入する
5. RECEIVE … 購入した製品/サービスを受け取る
6. USE … 受け取った製品/サービスを使いはじめる
7. MAINTAIN … 使い始めた製品/サービスを使い続ける
8. RECOMMEND … 使い続けている製品/サービスを他の顧客に勧める

 1~4までが購入、5~8が所有のフェーズにあたる。そしてこのライフサイクルが正しくループさせ、既存顧客をつなぎとめながら新規顧客をも開拓していくには、各ポイントでのカスタマーエクスペリエンスを把握し、正しい施策を取り、顧客の次のアクションへとつなげていく必要がある。まずはこのライフサイクルをしっかりと意識すること、カスタマーエクスペリエンスの向上の最初のカギはここにあるというのがオラクルの主張だ。

 その支援を効果的に行うのが、RightNowのようなあらゆる販売チャネルを網羅し、あらゆるデバイスに対応できるクラウド型のツールとなる。いまや1~8までのフェーズのほとんど、場合によってはすべてがオンライン上で完結する。モバイルで購入した製品をクラウド上で使い、その評判をソーシャルに書き込み、それを読んだ別のユーザーが興味をもつ、そのデータはビッグデータとしてクラウド上に蓄積される。そうした時代だからこそ、カスタマーエクスペリエンス向上を支援するツールもまた、クラウドから提供されたほうが親和性が高いというのは納得できる。

ポリシーオートメーション機能が強化されたOracle RightNow Cloud Service

新しくなったOracle RightNow Cloud Service。新機能のオートポリシーマネジメントはカスタマーポータル機能に含まれる

 Oracle RightNow Cloud Serviceはオラクルによる買収以前から導入している日本企業も少なくない。同サービスが支持されている理由としてバップ氏は、「ダイレクトセールス、代理店販売、ショップでの販売、オンライン販売、コンタクトセンター、ソーシャルメディアなどオンライン/オフラインのさまざまなチャネルを横断し、顧客ごとに最適化されたエンゲージメントを提供する」「カスタマーエクスペリエンスがネガティブに振れた場合には、自己もしくは支援機能による解決を図る検索/ナビゲーション情報を必要に応じて提供する」「すべての顧客エンゲージメントは確実に割り当てられ、トラックし、解決される」という点を挙げている。そして今年2月に登場した新バージョン(国内提供時期は未定)では、

・Web … カスタマーポータル機能、エンゲージメントエンジン、チャット機能
・Social … コミュニティ管理機能
・Contact Center … エージェントデスクトップ機能
・Engage … フィードバック機能
・Cloud … アプリケーション構築機能

 といった各機能が強化されており、新機能として「ポリシーオートメーション機能」が追加されている。「ポリシーオートメーション機能では、複雑でチャネルごとにばらばらになりがちなドキュメントやマニュアルを、実行可能で一貫したフォーマットに迅速に自動で変換する。特有の状況にある顧客に対しては、ダイナミックで個別化された質問票を用意することも可能。また過去の決定事項をドキュメントとして記録できるので透明性も担保され、コンプライアンス報告にも対応できる」(バップ氏)

 なお、RightNowのデータセンターは北米の5カ所やシンガポールのほか、現在は日本での開設も予定されている。

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 テクノロジの進化と普及により、確実に個人が力をもつ時代に突入した現在、顧客対応を間違えばその機会損失や被害は昔に比べはるかに大きくなった。だが、逆に顧客のロイヤリティを高めることに成功すれば、ビジネスを大きく前進させることも昔に比べチャンスが大きくなっているのも確かだ。以前、ソーシャルメディアでの情報発信を開始した企業の担当者が「これまでお客様対応とはクレーム対応を指していた。だがソーシャルを通してはじめて、自社の製品にファンがいることを知った」と話していたが、企業自身も新しい顧客対応の時代を迎えたといえる。

 カスタマーエクスペリエンスはいわば顧客の感情に基づいた指標である。定量化も可視化もしにくい感情をテクノロジで制御しようとする前に、まずカスタマーエクスペリエンスのライフサイクルを意識し、どのポイントでの施策を強化すべきなのかを理解する。RightNowのようなツールの導入を検討する前に、まずこのライフサイクルを意識し、投資すべきポイントを見極めるだけでも、顧客対応の改善に大きく近づくと言えそうだ。

(五味 明子)