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富士通、量子シミュレーターの量子回路計算を200倍高速化する技術を開発

 富士通株式会社は19日、量子シミュレーター上で、量子コンピューターの初期の使用方法として提案されている量子・古典ハイブリッドアルゴリズムを、従来のシミュレーション所要時間と比較して200倍高速に実行できる技術を開発したと発表した。

 従来の量子・古典ハイブリッドアルゴリズムを活用した量子回路計算では、解きたい問題の規模に応じて量子回路計算の回数が増大してしまい、特に材料や創薬分野のシミュレーションのように多くの量子ビットを必要とする大規模な問題では、数百日も要することが課題となっていた。

 現在、誤り耐性量子コンピューター(FTQC:Fault-Tolerant Quantum Computer)の開発が世界的に進んでいるが、現状の量子コンピューターはノイズの影響を除去しきれないなどの多くの課題がある。一方で、FTQCに先んじて量子コンピューターの有用性を示すため、100から1000量子ビットの小・中規模でノイズを許容する量子コンピューター(NISQ:Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)向けの実応用の検討も進められている。

 代表的なNISQ向けのアルゴリズムであるVQE(Variational Quantum Eigensolver:変分量子固有値ソルバー)を応用することで、例えば、富士通では量子アプリケーション開発のための量子シミュレーターを開発し、量子回路計算そのものの高速化に取り組んできた。しかし、VQEは問題の規模の増大に伴い量子回路計算の繰り返し回数が増加するため、計算の実行には非常に時間がかかり、特に多くの量子ビットを要求する大規模な問題では、量子シミュレーターの場合、数百日程度要すると試算され、実用に向けた量子アルゴリズムの開発が課題となっていた。

VQEの全体フロー

 富士通はこの問題に対し、繰り返し実行される量子回路計算を複数同時に分散処理し、さらに精度の劣化を抑えて量子回路計算量を削減することで、200倍の高速化を実現する技術を開発した。

 量子・古典ハイブリッドアルゴリズムでは、量子回路計算を実行する処理と、古典コンピューターを利用して量子回路のパラメーターを最適化する処理を交互に繰り返すことで、最もエネルギーの低い状態、例えば分子の基底状態を与えるような量子回路を求めている。しかし、古典コンピューターによる量子回路のパラメーター最適化では、パラメーターを微小変更した膨大な量子回路を準備し、それらの回路すべてに対して量子回路計算を逐次実行し、その結果から最適なパラメーターを導出する必要があるため、特に問題規模が大きい場合膨大な計算時間が必要となる。単純に回路計算を高速化するためノード数を増やすことは通信オーバーヘッドなどの影響で限界があり、新たな技術が求められていた。

 開発した技術は、パラメーターを微小変更した量子回路それぞれが互いに影響を及ぼすことなく実行できることに着目し、量子シミュレーターの計算ノードを複数のグループに分割し、RPC(Remote Procedure Call)の技術を活用して、ネットワークを通して量子回路計算のジョブを投入することで、各グループが異なる量子回路を実行できる。この分散処理技術を用い、パラメーターの異なる複数の量子回路を同時に分散実行して最適化することを実現し、計算時間を70分の1に短縮することを可能とした。

 また、量子・古典ハイブリッドアルゴリズムにおける計算量は、解きたい問題における式の項数に比例し、その項数は一般的なVQEでは量子ビット数の4乗となるため、問題規模が大きくなると計算量が増大し、現実的な時間で結果を得られなくなる。富士通は、世界最大級となる40量子ビットの量子シミュレーターの内、32量子ビットを活用した規模の大きい分子のシミュレーションを通して、規模が大きくなるほど項の総数に対する係数の小さい項の割合が多くなること、かつ係数の小さい項が計算の最終結果に与える影響も微小であることを発見した。この特性を利用し、式の項数の削減と計算精度の劣化防止を両立させることを実現し、量子回路計算時間を約80%削減できた。

最適化のための量子回路計算の処理フロー
問題の規模による式の係数値の度数分布の違い

 これら2つの技術を組み合わせることで、32量子ビットの問題に対して1024の計算ノードを8つのグループに分割して分散処理した際、従来では200日と見積もられていた32量子ビットの量子シミュレーションの実行時間を、1日で実現可能なことを世界で初めて確認した。これにより、量子ビット数の大きい問題に対する量子アルゴリズムの開発が進み、量子コンピューターの材料・金融の分野への応用が進むことが期待されるとしている。

 富士通は今後、開発した技術を、富士通のハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」に搭載し、金融や創薬をはじめとするさまざまな分野での量子コンピューターの実用化検討を加速すると説明。さらに、技術を応用して、量子シミュレーターだけでなく、量子コンピューターでの量子回路計算を加速できることを検証していくとしている。