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富士通と大阪大学、量子コンピュータの計算効率を向上させる新技術を開発

量子コンピュータ早期実用化への“道筋を確立”

 富士通株式会社と大阪大学量子情報・量子生命研究センターは28日、量子コンピュータの実用化を早めることができる高効率位相回転ゲート式量子計算アーキテクチャ「STARアーキテクチャ」において、位相回転操作時の位相角の精度を向上させる技術と、量子ビットの効率的な操作手順を自動生成する新たな技術を開発したと発表した。

 これにより、量子コンピュータの計算規模を飛躍的に拡大。誤り耐性量子計算(FTQC:Fault-Tolerant Quantum Computation)において、6万物理量子ビットを用いて、現行コンピュータでは約5年かかる物質のエネルギー推定計算を、わずか約10時間で実行可能になるという。

 6万量子ビットは、現行コンピュータの計算速度を超えるのに典型的に必要と言われていた規模よりも1桁少ないものであり、早ければ2030年頃に実現する予定だ。

富士通 富士通研究所フェロー兼量子研究所の佐藤信太郎所長(左)、大阪大学 量子情報・量子生命研究センターの藤井啓祐副センター長(右)

 両者は、2021年10月1日に「富士通量子コンピューティング共同研究部門」を大阪大学量子情報・量子生命研究センター内に設置。富士通が推進する「富士通スモールリサーチラボ」の一環として、エラー訂正に基づく量子計算技術の研究開発に取り組んできた経緯がある。2023年3月には、STARアーキテクチャの確立を発表していた。

 量子コンピュータでは、量子ビットの状態がノイズによって変わり、その結果、計算を間違う量子エラーが発生するという課題があり、それを解決するために、複数の物理量子ビットから1つの論理量子ビットを形成し、エラーが発生しても、冗長化によりエラーから守る、量子エラー訂正が活用されている。この量子エラー訂正を実施しながら計算を行う枠組みがFTQCだが、ここでは、基本量子ゲートを組み合わせることであらゆる量子計算を実行しており、これまでは100万物理量子ビットを使用しないと、意味のある計算ができないとされていた。

誤り耐性量子計算(FTQC)とは

 STARアーキテクチャは独自の量子計算アーキテクチャで、量子計算に欠かせない位相回転を効率的に実行することで必要な量子ビット数や量子ゲート操作回数を1桁以上削減することができる。具体的には、論理Tゲートを、物理量子ビットの回転を使った位相回転ゲートに置き換えることで、位相を減らすことができるという。

STARアーキテクチャ

 だが、STARアーキテクチャの実用化において2つの課題があった。

 ひとつめは、位相回転ゲートのエラーを訂正しない代わりに、精度を高く保ち、エラーを低減する工夫をしているものの、精度が限定的であり、計算可能な規模に限界があることだ。もうひとつは、具体的な計算問題を解く際に、STARアーキテクチャ自体の基本的な計算ルールである論理ゲートは明らかになっているものの、その計算問題に適した量子ビットの操作方法である物理ゲートの手順が確立されていない点だった。

STARアーキテクチャの課題

 新技術では、STARアーキテクチャの位相回転操作時の精度を向上させる技術と、量子コンピュータにおける量子ビットの効率的な操作手順を確立。実用アルゴリズムによって、実問題を解ける範囲にまで計算可能規模を拡大している。

 位相回転ゲートの精度向上では、エラー耐性を強化した位相角の準備方法を再構築し、エラーを1000分の1に抑制する新しい位相回転技術を開発。これまで困難だった物理量子ビットの回転を冗長化する手法を開発し、ひとつの回転エラーが位相角に及ぼす影響の軽減に成功したという。材料物性計算においては、1000倍の計算規模にまで拡大。高温超伝導体開発のための理論モデルであるハバードモデル(材料物性計算)のエネルギー推定計算が可能になり、この成果をもとに、新たな高温超伝導材料の発見や電力インフラの送電ロス削減などにつなげることができるという。

位相回転ゲートの精度向上
計算規模拡大の効果

 量子ビット操作手順の確立については、量子ビットを動的に活用して位相角生成および転送失敗の影響を低減させる仕組みを採用。操作が完了した量子ビットを、違う量子ビットの操作のために利用。量子ビットの具体的な操作手順を自動生成する量子回路ジェネレータを構築して、量子計算の基本的な操作である論理ゲートから、実際に量子ビットを操作する物理ゲートまでを一気通貫で変換。さらに量子ビットの操作手順を動的に変更することにより、計算時間を極限まで短くし、位相回転ゲートを多く含む計算の実行を10倍以上高速化する。

 富士通 富士通研究所フェロー兼量子研究所の佐藤信太郎所長は、「6×6結晶格子では、4万量子ビットで、現行コンピュータと同等の性能を発揮し、8×8結晶格子では、6万量子ビットで現行コンピュータよりも1000倍速い計算が可能になる。STARアーキテクチャの計算規模を拡大することで、数万量子ビットで量子優位性の達成が可能となり、実用計算への適用を可能にした」と述べた。

ハバードモデルの計算リソース見積もり
富士通 富士通研究所フェロー兼量子研究所の佐藤信太郎所長

 大阪大学 量子情報・量子生命研究センターの藤井啓祐副センター長は、「6万量子ビットで、意義のある計算ができることが証明でき、Early-FTQC時代における量子コンピュータの実用化に向けて大きく前進した。新しい材料や医薬の発見、金融や経済の動向予測、産業を変革する新原理の発見などへの活用が期待される」と語っている。

 また、「物理量子ビットが大量に必要なのはエラー率が高く、冗長率を上げる必要があるためである。エラー率が下がれば、必要な量子ビットも減ることになる。それと同時に、今回の技術のように、新しいアイデアによって、量子ビットを減らすといった成果も考えられる」と述べた。

大阪大学 量子情報・量子生命研究センターの藤井啓祐副センター長

 富士通では、STARアーキテクチャを、さらに発展させるとともに、世界に先駆けて実用的な量子コンピュータを実現することを目指しており、脱炭素化や新規材料の開発コスト削減などの社会課題解決に貢献するという。

STARアーキテクチャをさらに発展させるとともに、世界に先駆けて量子コンピュータ実機での実用量子計算を実現する