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中外製薬が全社データ利活用基盤にAWSクラウドを採用した理由は?

AWSは製薬業界のDXへのメリットを説明

 アマゾン ウェブサービス ジャパン株式会社(AWSジャパン)と中外製薬株式会社は15日、中外製薬が全社データ利活用基盤「Chugai Scientific Infrastructure(CSI)」にAmazon Web Services(AWS)のクラウドサービスを採用したことを発表した。

 これにあわせて、中外製薬がデジタルトランスフォーメーション(DX)とCSIを、AWSジャパンが製薬業界向けのソリューションを語る記者説明会が開催された。

中外製薬のDXのビジョン「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」

 中外製薬のDXについては、同社 執行役員 デジタル・IT統轄部門長の志済聡子氏が説明した。

中外製薬株式会社 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏

 中外製薬は、2019~21年の新中期経営計画「IBI 21」において、「Value Creation」「Value Delivery」「個人化医療の高度化」「人材の強化と抜本的な構造改革」「Sustainable基盤強化」の5つの戦略を掲げている。このうちの「個別化医療の高度化」で、デジタル技術を活用した高度な個別化医療の実現とR&Dプロセスの革新を方針としている。

 また、DXのビジョンとして、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を策定している。その施策としては、「デジタルを活用した革新的な新薬創出(DxD3:Digital transformation for Drug Discovery and Development)」「すべてのバリューチェーンの効率化」「デジタル基盤の強化」の3つが挙げられている。

 例えばDxD3の施策としては、AIを活用した創薬、Real World Data/Real World Evidenceによるゲノム診断、デジタルバイオマーカーの3つが考えられている。また、バリューチェーンの効率化では、自動化された生産や、ニーズを予測し提案する営業が考えられている。デジタル基盤の強化では、デジタル人材獲得や、Rocheや外部とのパートナーシップ、デジタルイノベーションラボ(DIL)が考えられている。

 ロードマップとしては、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」の名のとおり、2030年をゴールとして見据えつつ、ステップを踏んで実現していくという。

AWS上に社内研究用と社外共同研究用のデータ分析環境を構築

 こうしたビジョンのもとで構築されているのが、今回AWSで構築された全社データ利活用基盤「CSI(Chugai Scientific Infrastructure)」だ。「秘匿性が高い社内データの部門横断的な活用」「社外のアカデミアや病院との共同プロジェクト」「作業の共通化・自動化による環境構築コスト削減・期間の短縮」「高いセキュリティ」が実現できるという。

 CSIでは、社内研究用と社外共同研究用とで分離された環境に、データや解析アプリケーションが入る。テクノロジーとしては、AWSのクラウド環境に、インフラ構築自動化ツールのAnsible、課題管理プロセス管理ツールのAtlassian Jiraが採用され、自動構築用スクリプト管理にはGitHubも使われている。

 志済氏はAWSを採用した理由として、機能面とともに、「エンジニアのコミュニティの活性度が高く、情報が広く公開されている」ことを挙げた。また、採用したメリットとしては、「積極的に新技術の取り込みを行っていて、技術革新のスピードが速い」ことや、「協業する企業がAWSを開発プラットフォームとしていることが多いため、スピード、コミュニケーション、コスト(ROI)の面から有利」なことを挙げている。

AWSの製薬業界のDXへのメリット

 AWSの製薬業界向けのソリューションについては、同社 技術統括本部長 執行役員の岡嵜禎氏が説明した。

アマゾン ウェブサービス ジャパン株式会社 技術統括本部長 執行役員 岡嵜禎氏

 国内におけるヘルスケア関連の顧客としては、「印象的な事例」として、理化学研究所 生命医科学研究センターと、京都大学 大学院医学研究科附属ゲノム医学センターの2例を岡嵜氏は紹介した。

 理化学研究所 生命医科学研究センターでは、全ゲノムシーケンスの解析という大規模データを高いセキュリティのもとに扱えたという。また、京都大学 大学院医学研究科附属ゲノム医学センターの事例もゲノムの解析で、こちらではオンプレミスやスーパーコンピュータとAWSを組み合わせて解析を行ったという。

 続いて、国内における製薬企業向けサービス提供者も紹介。バリューチェーン全体にわたって支援していると岡嵜氏は語った。

国内におけるヘルスケア関連の顧客
理化学研究所 生命医科学研究センターの事例
京都大学 大学院医学研究科附属ゲノム医学センターの事例
国内における製薬企業向けサービス提供者

 岡嵜氏は、AWSが支えるDXの4つの要素として、「先進的な機能を誰もが利用」「アイデアをすばやくスケール」「最も重要なことにフォーカス」「迅速に実験」を挙げた。

 これを製薬業界におきかえたメリットとしては、「最も幅広く奥の深いサービスをすぐに利用」「アイデアをすばやくスケール」「最も重要なことにフォーカス」「低コストで迅速に実験」「業界特有のセキュリティ・コンプライアンス対応」「ユーザー、パートナー、技術者の活発なコミュニティ」の6つを岡嵜氏は挙げる。そして氏は、海外展開のメリットを付け加えた。

AWSが支えるDXの4つの要素
製薬業界におきかえた6つのメリット

製薬バリューチェーンの段階ごとのDX支援

 ここで、先に触れた製薬バリューチェーンの段階ごとに、DX支援のユースケースを岡嵜氏は紹介した。

製薬バリューチェーンの各段階

 まず創薬研究段階のケースは、インシリコ創薬(コンピュータ上での創薬)のものだ。課題としては、最新CPU調達に時間がかかることや、キャパシティのプランニングやサイジング、大規模になるデータなどがあった。これに対し、GPUなどの豊富なインスタンス選択や、スポットインスタンスによる低コスト化などのAWSのメリットで対応したという。

 その結果、スケールアップの容易さと従量課金により、短時間で必要なだけのサーバーを立ち上げて処理できるようになり、新しい研究を迅速にできるようになったという。

創薬研究段階のケース:インシリコ創薬
スケールアップの容易さと従量課金により研究が迅速に

 続いて臨床開発段階のケースは、バーチャル治験でのものだ。遠隔・在宅での治験を実施し、法規制に対応するために、株式会社MICINのオンライン診療サービス「curon」ではAWSを基盤に採用した。コンテナのマネージドサービスAWS Fargateと、豊富なパートナーソリューションを活用し、スケーリングやデプロイを自動化した。

 これにより、「7割ぐらいの差別化につながらない業務を軽減して、そのぶん今まで手が付けられなかった重要な業務ができる」と岡嵜氏は語った。

臨床開発段階のケース:株式会社MICINのオンライン診療サービス「curon」
差別化につながらない業務を軽減して、重要な業務へ

 製造段階のケースは、スマートファクトリ-(工場データ利活用)だ。課題として、多種多様な工場データの収集・管理や、データ解析による、予測とモニタリング、法規制(コンプライアンス)対応がある。これに対してデータレイクやデータウェアハウスのためのサービスを岡嵜氏は紹介した。

 最後に営業・マーケティング段階のケースは、リアルワールドデータ解析だ。課題として、広範囲のデータを取り込む必要があり、それに対応するためのコンピューティングパワーやデータ容量が必要になる。これに対する例として、メディカル・データ・ビジョン株式会社では、Amazon Redshiftを高速に動かすRedshift RA3インスタンスや、Amazon S3を用いたオンライン納品などに対応しているという。

製造段階のケース:スマートファクトリ-
営業・マーケティング段階のケース:リアルワールドデータ解析

中外製薬のCSIは製薬バリューチェーンの各段階にわたる

 「こうした製薬バリューチェーンの各段階にわたっているのが、中外製薬のCSIだとわれわれは考える」と岡嵜氏は語り、CSIに求められる要件と、そのAWSによる解決を紹介した。

 まず、共同研究先のID・アクセス管理には、共同研究ごとの専用環境(VPC)と多要素認証を岡嵜氏は挙げた。

 外部とのセキュアなデータ転送・共有には、ネットワークとデータ転送関連の豊富なサービス群や、ログ機能を挙げた。

 ゲノムデータ等を取り扱うための高いスケーラビリティーとセキュリティ(データ管理)については、共同研究環境とデータ保管環境を分離して設計し、データへのアクセス管理の徹底を徹底した。

 柔軟なデータ解析については、必要な時に必要な規模感でデータ解析できることを挙げた。

 作業の共通化・自動化については、“Infrastructure as Code”による構築自動化を挙げた。

中外製薬のCSIは製薬バリューチェーンの各段階にわたる
CSIに求められる要件と、そのAWSによる解決

 最後に岡嵜氏は、AWSのセキュリティ対応や、医薬品・医療機器のコンプライアンス対応を、製薬・医療分野へのアピールに追加した。

セキュリティ対応や、医薬品・医療機器のコンプライアンス対応