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Adobe、生成AI、一気通貫のコンテンツ・エコシステム、リアルタイムCDPなどで多くのイノベーションをアピール

Adobe Summit基調講演レポート

 Adobeは、3月21日~23日(現地時間、日本時間3月22日~24日)にわたって、同社のデジタルマーケティング系の年次イベント「Adobe Summit」を、米国ネバダ州ラスベガス市の会場において開催している。

 初日となる3月21日は、同社 CEO シャンタヌ・ナラヤン氏、Adobe Experience Cloud事業の事業部長であるアニール・チャクラヴァーシー氏などの同社幹部が登壇して、基調講演が行われた。

 この中でAdobeは、同社が大企業向けに提供しているデジタルマーケティングツールである「Adobe Experience Cloud」の新ソリューションについて説明したほか、同日に同社が発表したビジネス向けの生成AI(Generative AI)ソリューション「Firefly」(ファイヤーフライ)に関する説明を行った。

 Adobe デジタルエクスペリエンス事業部門代表 アニール・チャクラヴァーシー氏は「Experience-Led Growth (エクスペリエンス主導の成長)こそが成長の近道だ」と何度も強調し、顧客のユーザー体験を向上させることが、企業にとって成長するための方策だと強調した。

顧客体験の改善が企業の成長につながるとの、Adobeのメッセージ

SaaSの形で提供されているAdobe Experience Cloud、さまざまなアプリケーションが提供されている

 Adobe Summitの発表概要や、Adobe Summitのイベント自体の説明に関しては以下の記事で詳しく説明されているので、そちらをご参照いただきたい。

 Adobe Summitは、同社が大企業向けに提供しているデジタルマーケティングツール「Adobe Experience Cloud」と、それに関連する内容を発表する場になっている。大企業がどのようにデジタルマーケティングを効率よく行い、顧客が企業のサービスを利用するユーザー体験をより良くし、その施策の結果を分析して改善していくポイントはどこなのかを見つけ出す――、そうした一種のPDCAをグルグル回していくのと同じように、デジタルマーケティングの各種施策をグルグル回していくための基盤となるのが、Adobe Experience Cloudになる。

 そうしたAdobe Experience Cloudは、2つのレイヤから構成されている。1つはAdobeが「Adobe Experience Platform」と呼んでいるソフトウェア基盤で、データやコンテンツの保存や処理、さらには、より上位のソフトウェアがAIを利用するための基盤となるAdobe SenseiといったAIプラットフォームから構成されている。今回のAdobe Summitでは、Adobe Experience Platformのうち、特にAIプラットフォームとなるAdobe Senseiの強化について多くの時間が割かれている。

 そして、Adobe Experience Platformの基盤の上で動いているのが、いわゆるSaaS(Software as a Service)アプリケーション群となる。Adobe Analytics(データ分析)、Adobe Customer Journey Analytics(顧客動向分析)、Adobe Real-Time CDP(リアルタイム顧客データ統合管理)、Adobe Experience Manager(AEM、顧客体験管理ツール)、Adobe Target(顧客体験パーソナライズ化ツール)、Adobe Marketo Engage(顧客購買体験ツール)など、コンテンツを作成したり管理したり、そしてその提供しているコンテンツに顧客がどうアクセスして、どういう効果があることを分析したりするツールが用意されており、大企業は必要なアプリケーションだけを契約したり、すべてのアプリケーションを契約したりといった、さまざまな契約形態で利用できるようになっている。

Adobe Experience Cloudのアーキテクチャ。下部のAdobe Experience Platformと上部のSaaSアプリケーションから構成されている

 大企業はそうしたツールを活用することで、例えば、自社のECサイトでの通販体験をより良くして顧客満足度を上げるために特別なコンテンツを提供する、といったことができるようになる。しかも、そのコンテンツは、ユーザーのIDの属性(例えば性別や年齢など)に応じて、表示するコンテンツを変えたり、過去の購買行動から購入しようとしている製品を推定してクーポンを出したり、といったことをシステムが自動的に行える。そして、Adobe AnalyticsやAdobe Customer Journey Analyticsなどを通じて分析して将来の製品展開に応用し、ECサイトの改善を行うことにも利用できるのだ。

顧客のユーザー体験を改善することに注力

Adobeの生成AIはコンテンツの作成やデジタルマーケティングをより効率よく行うための「副操縦士」になる

Adobe デジタルエクスペリエンス事業部門代表 アニール・チャクラヴァーシー氏(左)、Adobe デジタルメディア事業部門代表 デビッド・ワドワニ氏(中央)、Adobe CEO シャンタヌ・ナラヤン氏(右)が3人で

 Adobe Experience Cloudに関して、今回は、基盤となるAdobe Experience Platformのレイヤでもアプリケーションのレイヤでも、新機能などの発表があった。

 もっとも強調されたのは、Adobeが同日に発表した新しい生成AIモデル「Firefly」に関する話題だ。現在、一般消費者向けのサービスとして生成AIが大きな話題になっている。生成AIというのはコンテンツを作り出すAIのことで、画像を生成する画像生成AI、人間の自然言語を理解する自然言語AIと、大きく言うと2つのAIが存在している。前者はStable Diffusionがよく知られており、後者はChatGPTなどが最近よく話題になっている。

 そうした生成AIだが、いくつかの点で大企業が利用するには課題があるとされてきた。最大の懸念は生成AIモデルの構築時に必要になる「学習」(英語で言うとTraining)における、コンテンツの著作権や商標などの処理における、合法性に対する懸念だ。というのも、一般消費者向けサービスではややグレーながら、インターネット上に公開されている著作権で保護された画像データなどを利用して学習している。

 ところが現時点では、日本を含めて多くの国で、AIモデルの学習に著作権で保護されている公開画像を利用することが著作権法に違反するのか、という点に関して、法律にも明確に書いていないし、確固たる判例もない状況で、合法とも言い切れないし、違法であるとも言い切れない状況となっている。「グレーゾーン」というのが正しい言い方で、そうした中で生成AIサービスを提供しているベンチャー企業などでは、「グレーゾーン」であることは理解しながらアグレッシブに問題がないという姿勢でのぞんでいるところが多い現状だ。

 そうした状況であるため、コンプライアンスに敏感な大企業にとっては、生成AIになかなか手を出しにくいというのが現状なのだ。であるなら、自社で生成AIのモデルを構築し、自社が所有しているデータを利用して学習したAIモデルを使ってサービスを展開したいところだが、その場合には、今度はデータ(画像生成AIでは画像)をどう集めるかが課題になってくる。

 そこでAdobeのFireflyでは、AIモデルの学習には、Adobeがクリエイター向けサービス「Adobe Creative Cloud」の一部として提供している「Adobe Stock」のデータ、ないしは既に著作権の保護期間が切れたデータを利用する。Adobe Stockには、事前に著作権や商標などに関して処理済みのデータのみがアップロードされているので、それを利用して学習が行われた結果をもとに生成AIが構築されても、法的な問題を抱える可能性は圧倒的に低くなる。このためFireflyでは、大企業でも安心して生成AIを使えるというのが特徴になる。

 今回Adobeは、このFireflyのAIモデルなどをAdobe Senseiに統合し、「Adobe Sensei GenAI」として提供していくことを明らかにした。Adobe Sensei GenAIは、Adobe Experience Cloudの各種のアプリケーションから利用できるようになるとしており、画像生成AIに加えて、将来的には自然言語の活用などもできるようになる計画だ。

発表した生成AIのFireflyについて説明

 今回のSummitの基調講演では、Adobe CEO シャンタヌ・ナラヤン氏、Adobe デジタルエクスペリエンス事業部門代表 アニール・チャクラヴァーシー氏、そしてAdobe デジタルメディア事業部門代表 デビッド・ワドワニ氏というAdobeのCEOと事業系のトップ2人が勢ぞろいし、Fireflyがどのように大企業のビジネスやデジタルメディアを変えていくのかについて語った。

 Adobe CEO ナラヤン氏は「本日発表する新しい生成AIはコンテンツの作成方法も、顧客のユーザー体験も大きく変えていく新しい技術革新だと信じている」と述べ、Adobeが生成AIの実装は明日を変えるものになると強調した。

Adobe CEO シャンタヌ・ナラヤン氏

 デジタルメディア事業部門代表のワドワニ氏は「生成AIはクリエイターがコンピューターに指示を出して思い通りのコンテンツを作り出す技術だ。言ってみればクリエーティブな副操縦士という存在で、画像生成とテキストに効果をつける機能から始めるが、将来はもっといろいろなことができるようになる」と述べ、Fireflyはあくまでクリエイターが必要とするようなコンテンツを作り出すツールに過ぎず、長い時間をかけてさらに追加機能を実装していく計画だと強調した。

 デジタルエクスペリエンス事業部門代表であるチャクラヴァーシー氏は「われわれはFireflyの機能をAEMに統合して、企業がコンテンツを作成する助けになるようにしていき、コンプライアンス上の問題なく利用する環境を整えていく。また、Adobe Sensei GenAIをExperience Cloudに統合することで、マーケティングのコピーを自動で生成したりなどに活用できる」と述べ、同社の生成AIが、大企業がAdobe Experience Cloudを利用して、顧客のユーザー体験を向上させるコンテンツを作成するときの生産性を向上するなどの助けとなり、副操縦士として従業員のマーケティング活動を助けるモノだと強調した。

いくつもの新機能を紹介、顧客体験を向上させていくことが企業の成長につながると強調

 Adobe デジタルエクスペリエンス事業部門代表 アニール・チャクラヴァーシー氏は基調講演の中で、Adobe Experience Cloudの新しいアプリケーションと機能拡張について説明した。新しいアプリケーションは、「Adobe Mix Modeler」、「Adobe Products Analytics」、「Adobe Express for Enterprise」の3つで、それ以外にもリアルタイムCDP、AEMなどの機能拡張が発表され、デモが行われた。

Adobe デジタルエクスペリエンス事業部門代表 アニール・チャクラヴァーシー氏

Adobe Mix Modeler

 Adobe Mix Modelerは、Adobe Experience Platformの一部として提供されているAdobe SenseiのAIを利用して、複数のチャンネル(例えば、Webサイト、電子メールなど)を経由して行ったマーケティングキャンペーンの効果を自動で測れるツール。

Adobe Mix Modeler:Adobe Senseiを利用した複数チャンネルの効果をAIが自動で計測してくれるツール

Adobe Products Analytics

 Adobe Products Analyticsは、今回Adobe Experience Cloudに追加された新しいアプリケーションで、マーケティングと製品の両方にまたがる、顧客のさまざまな情報を統合して扱えるようになり、例えば、製品担当者などが新製品の分析に利用できる。従来は製品用の分析、マーケティング用の分析をそれぞれ別個に行っていた企業でもAdobe Products Analyticsを導入することで、それらを統合的に行えるようになる。

Adobe Products Analytics

Adobe Express for Enterprise

 Adobe Expressは、クリエイターのような専門知識がないユーザーであっても、より手軽に画像や動画を編集できるようにしたツール。既にCreative Cloud向けに提供されてきたものだ。

 今回発表されたAdobe Express for Enterpriseは、そのAdobe ExpressをAdobe Experience Cloudで利用可能にしており、Webコンテンツ(画像や動画)などを編集して、それをAdobe Experience Manager(AEM)というツールに取り込み、最終的にはコンテンツ配信まで行うことが可能になる。

Adobe Express for Enterprise

 今回、Adobeはコンテンツ・サプライチェーンの4つの段階(企画、制作、配信、分析)において、AEMを利用して生産性能を上げる機能をいくつも紹介している。例えば、CMSがよくわからないユーザーでも、WordやGoogle Docsのようなビジネスパーソンが使い慣れたツールを利用して、Webサイトの編集が行える新機能を追加すると明らかにしている。これにより、CMSのようなWebサイトのコンテンツを編集する専門知識がないようなマーケティング担当者でも、WordやGoogle Docsさえ使えればWebサイトを編集することが可能になる。

コンテンツ・サプライチェーン
企画、制作、配信、分析の4つの段階
Creative Cloudとの連係機能を強化
WordやGoogle DocsをWebサイトの編集ツールとして活用可能

 また、今回クリエイターツールのCreative CloudとExperience Cloudのコンテンツ作成時の連携強化についても発表し、基調講演の中でデモを行った。具体的にはCreative CloudのアプリであるPhotoshopの中に、Experience Cloudのプロジェクト管理ツールであるWorkfrontのパネルが表示され、2つのアプリケーションが連携している様子を確認できた。

PhotoshopとWorkfrontが連携
Premiere ProとWorkfrontが連携

リアルタイムCDPの機能拡張

 Adobe Experience Cloudの中核アプリケーションの1つである「Adobe Real-Time CDP」の機能強化も明らかにされ、複数のパートナー企業との協業が発表されており、既に相互にデータのやりとりができるパートナー企業が450社に達したことが明らかにされている。それにより、消費者の行動をより詳細に分析できて、よりパーソナライズされた体験を顧客に提供することが可能になる。

 Adobe Journey Optimizer(顧客体験のシミュレーションツール)やGenerative Playbooks(生成AIが顧客体験の最適化に向けたアイデアだしを行ってくれるツール)などの機能も追加されている。

Adobe Real-Time CDP
Adobe Journey Optimizer
Generative Playbooks

 講演の最後に、デジタルエクスペリエンス事業部門代表であるチャクラヴァーシー氏は「今回生成AIをはじめとしてさまざまなイノベーションを発表した。そうしたイノベーションは、われわれのお客さまの顧客体験を改善する助けになるものであり、同時にそうした顧客体験の改善こそが企業の成長をリードするのだ」と述べ、新しいAdobe Experience Cloudの新機能などをいち早く導入することにより、同社の顧客のビジネスが成長可能になるのだと強調して講演を終えた。