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通信キャリアSDN化競争の序盤戦に圧勝したIntel、レイヤ1のアクセラレーター内蔵第4世代Xeon SPや低消費電力技術投入をMWCで発表
2023年3月6日 12:44
米Intelは、2月27日~3月2日(現地時間)までスペイン王国バルセロナ市にあるFira Gran Viaで行われた「MWC 2023」に出展し、通信キャリア向けソリューションの展示を行った。
同社は、会期初日となる2月27日(現地時間)に報道発表を行い、同社が「Sapphire Rapids EE」の開発コードネームで開発してきた「vRANブースト内蔵第4世代インテル Xeon スケーラブル・プロセッサー」(以下vRANブースト内蔵第4世代Xeon SP)を発表したことを明らかにした。
vRANブースト内蔵第4世代Xeon SPは、従来は外付けのアクセラレーターだったレイヤ1アクセラレーター「ACC100」相当の機能が、チップレベルで統合されてもの。これまでPCI Expressカードなどの形で実装されてきたレイヤ1アクセラレーターが不要になり、vRANを構築しようと考えている通信キャリアに、消費電力の観点でも性能の観点でもメリットを提供できる。
今回Intelは、5Gのコアネットワーク、vRANで多くの顧客を獲得したことを明らかにしており、商用化されたvRANでは100%に近い市場シェアを得ていると説明しているなど、5Gの仮想化という半導体メーカー間の競争では序盤戦に圧勝した形だ。Intelはさらに、消費電力の削減を実現する技術を導入していくことで、さらなる顧客の獲得を目指していく。
本年のMWC 2023の話題の中心は5G向けネットワーク機器のSDN化、コアネットワーク/RANの仮想化が進展
MWCはもともとの名称がMobile World Congress(現在はこの名称は使われず、3レターのMWCが正式名称になっている)だったことからもわかるように、ワイヤレス通信業界、具体的に言えば通信キャリアの集まりとして始まり、そこに通信インフラのメーカー(エリクソンやノキアなど)や機器メーカー(サムスンなど)が参加するような、巨大なイベントとして成長したという背景がある。コロナ禍で開催されなかった年は別にして、この10年はずっとスペインのバルセロナで開催されており、例年2月の末から3月上旬に開催されている。
スマートフォンが成長していた時代には、スマートフォンのイベントかと見間違うほど、スマートフォンが話題の中心だったが、近年は通信キャリアにとっての最大の興味が5Gの普及になっていることもあり、話題の中心は、5Gとそれを構成するインフラに関することになっている。中でも大きな注目を集めているのは、5Gをバックエンドで支えるコアネットワーク(ユーザー管理などサービスを提供する基盤)の仮想化(NFV:Network Functions Virtualization)、そして基地局など無線部分とコアネットワークを接続するRAN(Radio Access Network)の仮想化(vRAN)に関する話題だ。
従来こうしたコアネットワークやRANは、ノキアやエリクソン、日本で言えばNECや富士通などの通信機器メーカーが提供する、固定機能を持つハードウェアにより構成されていた。4G世代になるLTEやその拡張版になるLTE-Advancedなどはいずれも、そうした固定機能の旧来型の通信機器により制御されてきた。
しかし、5Gではそれが大きく変わろうとしており、そうした固定機能のハードウェアが、SDN(Software Defined Network)として知られる、ソフトウェアと汎用プロセッサの組み合わせに置き換えられるのがトレンドになっている。SDN化するメリットは大きくいうと3つあり、1つ目は機器に障害が発生した場合でも、別の機器上に仮想化されたソフトウェアを移動して稼働を続けられる冗長化が容易であること、2つ目は、例えば契約者が急に増えた時などに、あらかじめ用意しておいた物理サーバー上に仮想マシンを増強して増えた負荷に対応し、逆に減った時には仮想マシンを落とすことで減らす――、そうしたリソースの増減を柔軟にできること、そして3つ目は、汎用サーバーに比べると高価な専用機よりはハードウェアの単価が安価になり、コスト削減が可能になることにある。
また、5Gの標準規格である5G NRで規定されているSA(Stand Alone)機能を実現するには、5Gに対応したコアネットワークが必要になるが、初期の5GではNSR(Non Stand Alone)と呼ばれる、コアネットワークをLTEのものを流用する仕組みが利用されてきており、無線部分は5Gに対応していても、5Gの固有機能(例えば低遅延など)は利用できなかった。それをSAにする場合には、コアネットワークを更新する必要があるのだが、どうせコアネットワークを更新するなら、SAへの移行時にSDN化されたコアネットワークへ移行するというのがトレンドになっている。
Intelによれば本年の終わりまでには90%の5GのコアネットワークがSDNになると予想されていると説明しており、急速にSDN化が進んでいるのだ。
コアネットワーク、vRANの多くでXeon SPが採用されたIntelは、vRANブースト内蔵第4世代Xeon SPを発表
コアネットワークがSDNになっていく中で、Intelはこの大部分を抑えたと考えられている。というのも、今回のMWCで展示されたコアネットワークは、ほとんどのデモがIntelのXeonスケーラブル・プロセッサー(以下、Xeon SP)がベースになっていたからだ。このMWC前までは、最新製品だった第3世代インテルXeon スケーラブル・プロセッサー(以下、第3世代Xeon SP)がベースになった展示が多かった。例えば、IntelブースではNTTドコモ、KDDI、そして楽天モバイルという3つの日本の通信キャリアのロゴが展示されており、それぞれvRANなどにXeon SPを採用していることを明らかにしている。
もっとも、こうしてコアネットワークがNFVを利用してSDNになっていく過程で、Xeon SPが採用されるのは不思議でもなんでもない。というのも、SDNで実現されるコアネットワークは、通信キャリアのデータセンターそのものであり、データセンターの市場シェアがIntel(とAMD)で90%以上を占めている現状を考えれば、Intel(やAMD)が提供するx86プロセッサが選択されるというのは非常に自然な流れだ。
そして、5Gのより高度化に向け、注目されているもう1つのSDN技術がvRANだ。vRANとは、仮想化されたRANという意味で、RANとは基地局の電波を受ける部分を含む無線基地局とコアネットワークを接続する部分のうち、ハードウェアを代替することが難しい無線部分を別にして、それ以外の部分をソフトウェア+汎用プロセッサに置き換えるものだ。2023年末には90%がSDNになる勢いでコアネットワークの置き換えが進んでいるのに対して、RANの方はまだまだ置き換えは始まったばかりで、昨年は構想だけだった通信キャリアやベンダーがほとんどだったが、本年のMWCでは実際に構築してデモを行っている通信キャリアやベンダーが増えてきた形でこれから本格的な普及を迎えることになる。
Intelが今回のMWCで発表したのは、そうしたvRAN向けの新しいCPUとなる、vRANブースト内蔵第4世代Xeon SPとなる。vRANブースト内蔵第4世代Xeon SPの最大の特徴は、従来は「ACC100」という製品名でPCI Expressカードの形で提供されてきたレイヤ1(OSI参照モデルで言うところのネットワークの物理層のこと)用のアクセラレーターを、CPUのダイに内蔵していることだ。
ACC100はネットワークの物理層でFEC(Forward Error Correction、前方誤り訂正機能)と呼ばれる付与されている冗長パケットを利用した誤り訂正を処理する際に、FECの処理だけを行うためのアクセラレーター。このFECの処理をCPUで行うと、ほとんどそれだけでCPUの処理能力がとられてしまうため、vRANを汎用プロセッサで構築する場合には、こうしたアクセラレーターとセットで利用するのが一般的だ。第3世代Xeon SPまではIntel自身のACC100や、QualcommやMarvellといったサードパーティーのISVなどから提供される同種のアクセラレーターカードと組み合わせて実現されるのが一般的だった。しかし、vRANブースト内蔵第4世代Xeon SPではこれがCPUダイに統合されることになったので、そうしたレイヤ1のアクセラレーターカードを組み合わせなくても、CPUだけでvRANを構築できる。
それにより、アクセラレーターカードを導入することはもちろんのこと、そのアクセラレーターカードの消費電力も削減できるので、vRANシステム全体で消費電力を削減できるとIntelは説明している。
今回IntelはそうしたvRANブースト内蔵第4世代Xeon SP、そして前世代の第3世代Xeon SPを含めて、「現時点で商用化されているvRANに関しては限りなくすべてがIntelベースになっている」(Intel 副社長 兼 ワイヤレスアクセスネットワーク事業部 事業部長 クリスティーナ・ロドリゲス氏)という状況で、実際にMWCでデモされていたvRANはいくつかの例外を除いて、Intelベースだったのは事実だ。つまり、vRAN普及競争の序盤戦においてIntelは他の汎用プロセッサメーカーを大きく引き離している状況になっていると言える。
ウクライナ紛争により発生したエネルギー危機により、データセンターの消費電力削減が大きな課題として急速に浮上
だが、Intelとて弱点がないわけではない、その最大の課題は消費電力だ。といってもそれは5GのコアネットワークやvRANに限った話ではなく、データセンター向けのCPU/GPUなどの汎用プロセッサが共通に抱えている問題である。
データセンター向けCPUのトップベンダーはIntelだが、GPUのトップベンダーはNVIDIAであることは論をまたないと思うが、1月10日に米国で行われた第4世代Xeon SPの発表会にビデオ出演したNVIDIAのジェンスン・フアンCEOは「データセンターは既に全世界の4%の消費電力を占めている。5年前にはわずか1%だったのにだ。このままで持続的に成長できるはずはなく、すべてのアプリケーションでアクセラレーターを利用すべきだ」と述べ、IntelのCPUと同時にNVIDIAのGPUをアクセラレーターとして利用することを訴えている(フアン氏が第4世代Xeon SPの記者会見にビデオ出演したのは、同社のDGX-H100が第4世代Xeon SPを採用しているため)。
フアン氏の言うとおり、このままのペースでデータセンターの消費電力が増えていけば、いつか破たんすることは目に見えている。特に昨年のMWC 2022の会期直前に発生したロシアのウクライナ侵攻後、欧州ではエネルギー問題は喫緊の課題になっており、エネルギー料金が高騰するなど市民生活にも大きな影響が出ている。このため、増え続けるデータセンターの消費電力に対してより厳しい目が向けられるようになっているのが現状だ。
また、欧州はカーボンニュートラルへの取り組みがもっとも盛んな地域とも言え、エリクソンやノキアといった欧州のネットワーク機器ベンダーもいち早くカーボンニュートラルへの取り組みを明らかにするなど、企業をあげてそうした課題を実現しようとしている。そうした中において、性能が上がったから消費電力も上がったでは許されない世界になりつつあるといえる。
Intelのロドリゲス副社長は「Intelも消費電力の削減には精力的に取り組んでいる。今回のvRANブースト内蔵第4世代Xeon SPではアクセラレーターをCPUに内蔵することで、消費電力は25%下がっている。また、同じ電力であれば性能は2倍になっており電力効率は改善されている」と述べ、Intelも電力効率の削減に取り組んでおり、今回レイヤ1のアクセラレーターをCPUに内蔵させたことで大きな電力効率の改善を実現していると説明した。
また、コアネットワークの電力効率の改善に向けて、「Intel Infrastructure Power Manager for 5G core reference software」(以下、Intel Infrastructure Power Manager)の提供を行うと明らかにしている。このIntel Infrastructure Power Managerは、ノートPCなどに利用されているSpeedStepと同じような仕組みで、負荷に応じてクロック周波数を可変する仕組みだ。
例えば、朝など、それほどスマートフォンを使っているユーザーが多くない時間にはクロック周波数を下げるなどして性能をあえて下げることで、消費電力を小さくする。その逆に夕方のようにスマートフォンを利用するユーザーが多くなってくると、消費電力と引き換えにはなるが性能を上げて処理を行い、負荷をきちんと処理できるようにする。これによりシステム全体で約30%の消費電力が削減可能であると、Intelでは説明している。
こうした取り組みを行うことで、IntelベースのコアネットワークやvRANでも消費電力を下げ、より高効率な5Gのインフラを作る努力を続けて行くと、Intelは説明した。
チップレットやEコアを採用したデータセンター向けCPUなど低消費電力向けのポートフォリオを拡大するIntel
Intelのロドリゲス氏によれば、そうした省電力に関する取り組みは、この世代で終わりというわけではないという。「将来的にはチップレットの技術を活用して、アクセラレーターをパッケージレベルで統合も可能になるし、EコアだけのCPUを計画しているなどポートフォリオの拡大を行っていく」と述べ、将来シリコンやパッケージのレベルでさまざまな技術を組み合わせて行くことで、より省電力なソリューションの拡大を実現していくと説明した。第4世代Xeon SPでは各種のアクセラレーターをチップ上に搭載しているが、将来はチップレットを利用してGPUをパッケージレベルで統合したり、FPGA、さらに追加のアクセラレーターを統合したり――、そうしたことにより、CPUからGPU、FPGA、アクセラレーターなどにオフロードしていくことで低消費電力を実現していくという意味だ。
Intelが既に公開しているロードマップによれば、IntelはSapphire Rapidsの後継となるEmerald Rapidsを本年の後半に、そして製造プロセスノードをIntel 3に微細化したGranite Rapidsを2024年に投入すると明らかにしている。これらは従来のXeon SPの延長線上にある製品になるが、同時にクライアントPC向けCPUでE(Efficiency)コアと呼んでいる、電力効率や並列実行に特化したCPUコアをベースにした、Intel 3で製造される「Sierra Forest」を同じく2024年に投入する計画だ。
現時点ではIntelはSierra Forestの詳細を明らかにしていないため、vRAN向けに利用できるのかなども含めて詳細は不明だが、そうした製品ラインアップを拡充することで、通信キャリアの「より低消費電力なソリューションが欲しい」という声にも答えられるようになる可能性がある。
その意味で、Intelとしては第4世代Xeon SPの特徴であるアクセラレーターを充実させることで、消費電力を削減していく戦略を「Rapids」シリーズの方で推進していき、同時に「Forest」のラインでArm CPUのような電力効率に特化した他社CPUと戦う、そうした二正面戦略を考えている可能性が高いと言えるだろう。
特にvRANに関しては、顧客獲得競争はまだまだ始まったばかり。確かに序盤戦に関してはIntelの圧勝と言って良いと思うが、今後同じx86アーキテクチャのデータセンター用CPUを持つAMD、そして低消費電力や電力効率に強みを持つArmプロセッサ勢との競争がより激化していく可能性は高いといえるだろう。