大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ
シャープの液晶パネル工場は、なぜAIデータセンターになるのか?
名乗りを上げたソフトバンクとKDDIの思惑とは
2024年6月10日 06:15
シャープの液晶パネル工場である大阪府堺市の堺ディスプレイプロダクト(SDP)が、AIデータセンターとして再スタートを切ることになる。
このAIデータセンターには、2つの陣営が名乗りを上げている。
ひとつは、KDDIと米Super Micro Computer、データセクションによるAIデータセンター構築である。6月3日にニュースリリースで公表した。
ここにはシャープも参加して、構築に向けた協議を開始することに合意。今後、早期の稼働を目指すという。NVIDIAの最先端AI計算基盤である「GB200 NVL72」を約1000ユニット導入するAIデータセンターとなり、これはアジアでは最大規模になるとのこと。
合意内容についてKDDIなどでは、「AIが加速的に進化するなか、急増するAI処理に対応できるAIデータセンターの構築が求められているが、大規模なAI計算基盤を持つデータセンターを構築するにあたっては、最先端の演算装置の調達、設備の発熱を抑える高効率な冷却システムの整備、電力、場所の確保の3点が課題となる」とし、「これらの課題に素早く対応したAIデータセンターの構築を目指すべく、NVIDIAの最先端のAI計算基盤を構築すること、Supermicroが発熱量に対応可能なプラットフォームを提供することで協議を開始する。KDDIは、ネットワークの構築および運用をサポートし、電力の調達と場所の確保については、シャープが堺市に保有する施設や設備の活用を検討するなど、各パートナー企業のアセットを集結する」としている。
もうひとつの陣営は、ソフトバンクである。こちらは6月7日にニュースリリースを出し、SDPの土地および建物を活用した大規模なAIデータセンターの構築に向けて、シャープと基本合意書を締結したことを明らかにした。敷地面積全体の約6割にあたる約44万平方メートルの敷地と、延べ床面積約75万平方メートルの建物に、受電容量で約150MW規模のデータセンターを構築して、2025年中の本格稼働を目指すという。将来的には、受電容量を400MW超の規模にまで拡大する見込みだ。
ソフトバンクによると、「AIデータセンターの構築について、2024年1月から協議を進めており、ソフトバンクは、シャープ堺工場の土地や建物、電源設備、冷却設備などを譲り受けることで、データセンターの早期構築を図り、2024年秋ごろに着工し、2025年中に本格稼働させることを目指す。環境負荷が低いデータセンターとして、クリーンエネルギーの活用を検討する予定である」としている。
また、「このデータセンターは、生成AIの開発、およびその他のAI関連事業に活用するほか、社外からのさまざまな利用ニーズに応えるため、大学や研究機関、企業などに幅広く提供していく予定である。さらに、ソフトバンクとシャープはAI関連事業における連携を検討していく」としている。
ソフトバンクのニュースリリースでは、写真が添付され、赤枠で示されたところが、シャープから譲り受ける部分としている。ここには、SDPの液晶パネル工場のほか、電気、水、ガスなどのインフラエリア、物流施設などが含まれる。
シャープでは、KDDIなどとの契約において、「堺工場のなかで、ソフトバンクとは異なる場所で、最適化を見込める提案を行い、協議を開始した段階」としており、KDDI陣営は、ソフトバンク陣営が契約したエリア以外の約4割の敷地のうち、SDPが持つ2つのカラーフィルター棟などがAIデータセンターとしての契約対象になりそうだ。
また、インフラエリアをソフトバンクが抑えるため、KDDI陣営がAIデータセンターを運営する際には、ソフトバンクが購入したインフラエリアから電源供給を受けなくてはならないということも想定される。
KDDIとソフトバンクのライバル2社が、同じ敷地内でどう共存するかも注目される。
AIデータセンターを設置することになるSDPとは?
シャープの液晶パネル工場が、AIデータセンターに転換する動きは、シャープが5月14日に開催した2023年度連結業績発表において明らかにされた。
シャープでは、2024年9月末までに、SDPにおける大型液晶ディスプレイの生産を停止することを発表。同時に、SDPの建屋およびユーティリティを活用してAIデータセンターへと移行。さらに、AIデータセンター関連ビジネスを推進することを発表した。また、SDPの生産業務従事者に対する社外転身支援プログラムを用意することも同時に明らかにしていた。
今回のKDDIおよびソフトバンクによるAIデータセンターの構築は、これを受けたものになる。
SDPは、「液晶のシャープ」を象徴する基幹工場である。その拠点での生産が停止され、AIデータセンターへと変貌することで、シャープそのものの事業戦略も大きく見直されることになる。
実際シャープでは、大型液晶ディスプレイの生産停止に加えて、亀山工場や三重工場で生産している中小型液晶ディスプレイの生産規模を縮小。カメラモジュール事業や半導体事業はパートナーへの事業譲渡の方向で検討を進めることを発表している。
デバイス事業を大幅に縮小し、完成品を中心としたブランド事業に集中した事業構造へと転換することを打ち出しており、シャープにとっては大きな節目を迎えることになる。
では、KDDIおよびソフトバンクがAIデータセンターを設置することになるSDPとは、どんな拠点なのか。
SDPは、2009年にシャープディスプレイプロダクトとして設立した液晶パネル生産の専門会社である。
SDPは、グリーンフロント堺と呼ばれるエリアにおける中核的拠点になり、ソフトバンクが発表した譲渡される約6割の敷地というのも、グリーンフロント堺全体のなかでの比率を指す。
この場所は、新日本製鉄(現・日本製鉄)が所有していた127万平方メートルの敷地を取得し、再構築したもので、甲子園球場が32個入る広大な敷地に、SDPによる液晶パネル工場、凸版印刷および大日本印刷の子会社による液晶パネル生産のためのカラーフィルター工場、コーニングによる液晶パネル向けマザーガラス工場が進出。それらを棟間輸送で結ぶほか、液晶パネル生産と近い技術を持つ薄膜太陽電池の工場も設置される計画だった。
当時の発表によると、グリーンフロント堺全体では、約1兆円の投資が行われ、そのうち、地上4階、延べ床面積59万平方メートルを誇る液晶パネル工場だけで、約3800億円を投資するという大規模な計画が打ち出された。
第10世代の液晶パネルは、畳5.6畳分に匹敵する2850×3050mm(生産開始時には2880mm×3130mm)という当時としては最大規模のサイズであり、これをフル稼働時には、月間7万2000枚を生産することになっていた。42型のパネルであれば、1枚で18面取ることができる。
もともと製鉄工場があった場所だけに、電気やミス、ガスなどの供給体制も充実しており、大型液晶パネルの大規模な生産拠点としては最適な場所といえた。
しかし、SDPへの投資は、残念ながら、シャープの業績悪化の主因になってしまった。
2009年10月から稼働したSDPは、一気に生産を加速する計画であったが、リーマンショック後の世界的なテレビ需要の低迷と、液晶パネルの過剰生産によってテレビの価格競争が激化。そうしたなかで、韓国勢が政府の支援措置やウォン安によって競争力を高めたのに対して、日本は円高の影響によって、グローバルでの価格競争力を失うという状況に陥り、第10世代という最新設備の強みを生かせず、SDPの稼働率は上がらないままだった。
液晶テレビで一世を風靡(ふうび)した「亀山モデル」を生産していた亀山工場の約4倍という巨艦工場の低迷によって、シャープの業績は一気に悪化することになる。
2011年度には3760億円の最終赤字に続き、2012年度には5453億円という過去最悪の最終赤字を計上。2012年には、現在のシャープの親会社である鴻海グループの郭台銘CEO(当時)の投資会社がSDPに出資。これにあわせて、シャープディスプレイプロダクトから、堺ディスプレイプロダクトへと社名を変更(SDPの略称はそのまま使用)。さらに、凸版印刷および大日本印刷の子会社の液晶カラーフィルター事業もSDPに統合した。
2013年からは4K液晶ディスプレイの量産を開始し、同年には世界最大の120型液晶ディスプレイを開発、2016年には8Kディスプレイを開発するなど、液晶ディスプレイの最先端をリードしつづけてきたが、生産ラインは想定していた稼働率には達しない状況が続き、2019年までに、別の投資会社が約8割の株式を取得。シャープは、約2割の株式を保有している状況だった。
シャープでは、当初は、この株式も売却する方向で検討していたものの、シャープ復活の立役者でもあった鴻海出身の戴正呉会長(当時)が一転して、SDPの完全子会社化を決定。戴氏が会長退任直前となる2022年6月にシャープが完全子会社化した。しかし、これが新体制にとっては、悪い置き土産となってしまったのだ。
当時、戴氏は、SDPの完全子会社の理由について、「国際情勢や大型パネルの市場動向、シャープの事業戦略などを勘案すると、いま、このタイミングで完全子会社化することが、将来のシャープにとって、必ず良い決断になると考え、今回の決定に至った」とコメント。「テレビのコスト構造において大きな割合を占めるパネルの安定調達が極めて重要になるなかで、完全子会社化が、グローバル市場での競争を勝ち抜き、より収益性が高いテレビ事業を展開できる」と語った。
しかし、2022年度からスタートした呉柏勲社長兼CEOによる新体制に移行してからの2年間、シャープは一度も黒字化していない。2022年度は2608億円の最終赤字。2023年度も1499億円の最終赤字となっている。
その足かせになっているのが、SDPであった。
2022年度のディスプレイデバイス事業は664億円の営業赤字を計上。減損損失として、SDP関連で1884億円を計上している。また、2023年度はディスプレイデバイス事業の営業赤字が832億円に拡大。ディスプレイデバイス事業などでの減損として1223億円を計上している。
呉社長兼CEOは、「前経営陣の判断に、プロセス上の責任はない」としながらも、「連結子会社化後の市場変化により、当初想定した再生計画の遂行が困難になった。そこで、SDPの生産停止を決定した」と語る。
シャープにとって、これだけの巨艦工場は、もはや維持できないと判断したわけだ。
ちなみに、当初計画していた薄膜太陽電池工場の建屋は、現在、シャープの本社として利用されている。また、液晶パネル工場は、ほぼ同規模の第2棟を建設できるだけの場所を隣接する形で確保していたが、この土地はクボタに売却し、2022年10月に、同社が研究開発拠点「グローバル技術研究所」を稼働させている。
AIデータセンターとしてとらえた場合、SDPが持つ施設は、極めて高いポテンシャルがある。
まずは大量の電力を確保するためのインフラが、グリーンフロント堺のなかに整っている点だ。かつては大規模な製鉄工場が稼働していた実績を持つ場所であり、いまでも液晶パネルの一貫生産を支える大規模インフラは、AIデータセンターの運用にもそのまま生かすことができる。
そして、SDPの建屋は第10世代の液晶パネル生産を行っていた施設だけに、サーバーを設置する耐荷重の観点からも問題はない。
実際、第10世代の液晶パネルの生産には、テニスコート一面分ほどの大きさを持つ露光装置などが導入されていたほどだ。
KDDIの発表のなかで示されたように、AIデータセンターに導入されることになるNVIDIAの「GB200 NVL72」は、36個のGrace CPUと、72個のBlackwell GPUを、ひとつのラックスケールデザインで接続した「水冷式」のラックスケールソリューションである。ソフトバンクでもAIデータセンターと銘打っているからには、同様のGPUサーバーの導入が想定されることになる。
生成AIの学習に使用されるGPUでは、今後、TDPが300Wを超えることが想定されており、既存の空冷方式では、冷却の限界を超えることになるとの見方が一般的だ。AIデータセンターというコンセプトを考えれば、当然のことながら、冷却効率に優れた水冷装置の導入が前提となる。既存データセンターでは導入が難しい水冷ラックソリューションの導入において、耐荷重という点でも、SDPの建屋の堅牢性は最適だといえるだろう。
一方で、シャープにとっても、メリットがある。
シャープの呉社長兼CEOは、「鴻海は、AI向けサーバーの生産においては、世界で40%のシェアを持ち、AIデータセンターに関してもノウハウを持っている。シャープが持つクラウドAIやエッジAIの活用においても協業が可能であり、ストレージ、コンピューティングといったハードウェア面でも協力できる」とする。
つまり、KDDIおよびソフトバンクのAIデータセンターの構築において、鴻海グループやシャープにとっても、新たなビジネスを創出できるチャンスが生まれるというわけだ。
実は、シャープの白物家電は、「AIoT家電」としてネットに接続した各種サービスを提供しているが、そのためのデータセンターをグリーンフロント堺のなかに自前で設置し、運用している実績がある。同社ECサイトの運営もここで行われている。データセンターの効率的な運用を考えれば、進出企業とも新たな連携が想定できる。
気になるのは第10世代液晶パネル生産に関わる装置の行方だ。あまりにも規模が大きいため、海外移転は難しいというのが関係者の見方であり、日本でもこの設備を受ける場所はなさそうだ。また、今回のKDDI陣営、ソフトバンク陣営の発表では触れられていないSDPの2つのカラーフィルター工場の間にある広い空き地や、コーニングが持つマザーガラスの生産棟、もともとは薄膜太陽電池の生産棟として建てられたシャープ本社の今後の活用も気になるところだ。
鴻海グループ、シャープ、KDDI、そして、ソフトバンクによって、さまざまな思惑が錯綜(さくそう)するSDPのAIデータセンター化の動きではあるが、データセンター事業を行う企業にとって、SDPの施設は、利用価値が大きいことに間違いはない。