大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ

Dreamforce 2017で見せた、米Salesforce.comのいくつかの変化

 米Salesforce.comは11月6日~9日(現地時間)、米国カリフォルニア州サンフランシスコのモスコーニセンターで、「Dreamforce 2017」を開催した。

 今年で15回目を迎えたDreamforceは、会期中に13の基調講演と、2700以上のセッションが行われ、全世界91カ国から、約17万1000人が参加したほか、1000万人以上が基調講演などをオンライン視聴したという。日本からも、パートナーや顧客など約600人が参加した。

 Dreamforce 2017の会場に着いて最初に目に入ったのが、「Welcome Trailblazers」の文字だ。

 今回のDreamforceは「Trailblazer(先駆者)のためのイベント」と位置付けられ、Salesforce.comのマーク・ベニオフ会長兼CEOの基調講演のテーマも、「We Are All Trailblazers!」と題して、来場者である“Trailblazer”たちを迎えた。

Dreamforce 2017の基調講演に登壇する、米Salesforce.comのマーク・ベニオフ会長兼CEO

 Salesforce.comでは、オンライン学習サービスである「Trailhead」を用意している。Trailblazerは、これに関連させた言葉ではあるが、同プログラムを受講した人たちだけでなく、パートナーやユーザー企業を問わずTrailblazerと定義。また、開発者だけに限定せず、利用者や経営者までを含めたSalesforce.comにかかわるすべての人々を、Trailblazer(先駆者)と呼んだ。

 会場のあちこちに、「Trailblazer」の文字が掲げられており、ベニオフ会長兼CEOの基調講演において、導入事例として紹介されたT-Mobile、アディダス、21世紀FOXの各社についても、「T-MOBILE IS A TRALBLAZER」などという形で紹介。基調講演、セッション、展示会のあらゆるシーンで、来場したすべての人々をTrailblazerと呼んでみせたのだ。

 つまり、今回のDreamforce 2017には、17万1000人のTrailblazerが参加したということになる。

 Salesforce.comでは、今後、この言葉を広く使うことになりそうだ。

「Welcome Trailblazers」の言葉で来場者を迎えた
すべての人や企業がTrailblazerと呼ばれた

 もうひとつ、ユニークだったのは、会場のモスコーニセンター全体を、「National Park(国立公園)」に見立てた作りとしていた点だ。

 Salesforce.comのキャラクターたちが、自然のなかにいる様子を演出するとともに、自然のなかを「トレイル」するという関連性を持たせた。昨年のDreamforceでは森をイメージしていたが、それを拡大した格好だ。

 展示会場内でも、岩場を模した演出が行われており、最近の展示会では、「雲(クラウド)」の図柄ばかりが多いのに比べると、むしろ新鮮な印象を受けた。Salesforce.comは、当面、このイメージで演出する考えのようだ。

モスコーニセンター全体をNational Parkに仕立てていた
基調講演会場も国立公園の雰囲気で演出した

「my」の冠をつけた5つのブランドを発表

 今回のDreamforce 2017では、「Fourth Industrial Revolution(第4次産業革命)」がキーワードのひとつとなった。

 ベニオフ会長兼CEOは、基調講演のなかで、1784年の蒸気機関の誕生、1870年の電気の登場、1969年からのコンピューティングの広がりによる3つの産業革命に続いて、現在、「インテリジェンス」による第4次産業革命の時代を迎えたと位置付け、「人工知能をはじめとする次世代のテクノロジーを活用して、顧客と新たな形でつながることが第4次産業革命となる。すべてのビジネス、産業、経済を改革するものであり、カスタマーはその中心にいる。そして、第4次産業革命に最適なプラットフォームを提供する企業がSalesforce.comになる」と語る。

第4次産業革命がキーワードに

 また、「第4次産業革命のためのCustomer Success Platform」として、「my」の冠をつけた5つのブランドを発表した。ちなみに、これらは新製品という位置付けではなく、マーケティングブランドとしているのもユニークな点だ。

 発表したのは、新たな学習プラットフォーム「myTrailhead」、CRM向け人工知能の「myEinstein」、顧客向けに画面をカスタマイズできる「myLightning」、モバイルアプリの開発を支援する「mySalesforce」、IoTデータを活用した「myIoT」である。「my」という言葉からわかるように、いずれもパーソナライズできる機能を強化している点が特徴だ。

パーソナライズ化を進めた製品群を発表

 例えば、myEinsteinでは、新たにEinstein Prediction Builderと、Einstein Botsを提供。クリック操作だけで、AIを利用したカスタムアプリケーションを開発できるようにしており、「すべてのスキルレベルの管理者と開発者が、AIを活用できるようになる。スマートで、パーソナライズされた顧客体験を提供するために必要なツールを提供する」と定義する。

 これまでEinsteinは、プラットフォームのひとつとしてCustomer Success Platformのなかに組み込まれる形で提供されてきたが、myEinsteinでは、「AIをより民主化する」と表現するように、顧客のニーズに合わせてAIアプリを構築してカスタマイズできる部分に力を注いだ。

 Salesforce上の構造化されたデータと非構造化データを使用して、AIモデルを構築し、Salesforceのワークフローに簡単に埋め込むことができる。また、使用時に自動的に学習を繰り返し、正確で、パーソナライズされた予測を提供できるとした。

 デモンストレーションでは、データサイエンティストではない一般ユーザーが4回クリックするだけでmyEinsteinを実装できる様子を紹介した。

 また、事例のなかでは、金融機関において、データをもとに口座を解約しそうな人を抽出し、事前に防ぐ手だてを講じることで、解約率を下げたりといった利用のほか、学生を支援する団体では、大学を退学しそうな学生を抽出して、課題となっていることを解決するための提案を行ったりといった利用が可能だ。また、eコマースサイトでは、購入履歴やサイトの操作履歴などをもとに、myEinsteinがそれらのデータを分析して、パーソナライズ化した広告などをユーザーのスマホに表示したり、返品や交換などの問い合わせに対して、Einstein Botsが回答するといった利用も紹介した。

 これらの機能は、現在はパイロット版が提供されており、2018年夏に一般入手が可能になる予定だ。

顧客が容易に実装できるようになったmyEinstein
myEinsteinを利用すると、4回のクリックで実装できる

企業ごと、個人ごとに最適化した学習環境の構築が可能な「myTrailhead」

 Dreamforce 2017の会期中に発表された内容のなかで特に注目しておきたいのが、「myTrailhead」である。

 Trailheadは2014年からスタートしている、Salesforceの製品および技術に関するオンライン学習サービスであり、開発者などを対象に、すでに400万ものバッジを与えている実績がある。エンタープライズ分野において、多くの教育メニューをそろえながら無償で提供している仕組みは、Trailheadだけだといっていいだろう。

 myTrailheadは、その仕組みを活用しながら、ユーザー企業が独自のコンテンツなどを活用しながら、学習環境をカスタマイズできるプラットフォームとして新たに提供することになる。企業ごと、個人ごとに最適化した学習環境の構築が可能になるというわけだ。

myTrailheadは、新たなビジネスにつながるか

 企業において継続的な学習環境を構築でき、従業員のスキルを高めるための基盤になると位置付けるとともに、「急速なテクノロジーの変化やビジネススピードが加速している環境に対応するためには、企業において、継続的な学習がこれまで以上に重要になる。そうした課題を解決することができるmyTrailheadは、第4次産業革命時代に向けたプラットフォームといえる」と、ベニオフ会長兼CEOは語る。

 学習環境を新たなプラットフォームとして広く提供するという発表は、これまでのSalesforce.comのビジネスからは、一見、大きく離れているように見える。

 だが、これをHCM(Human Capital Management)やタレントマネジメントという観点でとらえたらどうだろうか。

 Salesforce.comでは、この仕組みにおいて、すでに、Trailheadの受講履歴や取得したバッジの詳細などをパーソナライズ化して表示したり、それをもとに偏りがないように受講を進めたり、といった機能を用意している。myTrailheadを通じて、こうした機能を活用し、社員の人材育成に活用する提案が可能になるというわけだ。

 同社では、「myTrailheadによって、従業員のキャリアのあらゆる段階で、インタラクティブな学習カリキュラムを作成して、企業に継続的な学習文化を植え付け、従業員を育成できることができる。これは新たなプラットフォームになる」とする。

 myTrailheadは、自社のブランドを使った、従業員のための個人学習コンテンツを、数回のクリックで作成するガイド付きセットアップツール「Trail Maker」、従業員のスキルと専門知識を完全に把握し、得られたバッジや蓄積されたポイント、学んだスキルを表示する「Trailhead Profile」、従業員ごとの独自の学習ルートを構築して共有するためのTrailmixesを作ることができる「Trail Mixer」、従業員に動機づけを行い、個人ごとの学習を割り当てることができるアプリの「Trail Tracker」、学習の準備やスキルを評価するための「Trail Checker」で構成されている。

 Dreamforce 2017では、Salesforce.comの幹部から、myTrailheadを指して「HCM」や「タレントマネジメント」という表現が用いられることはなかったが、myTrailheadによって、WorkdayやCornerstoneなどが得意とする分野にSalesforce.comが進出する地盤が作り上げられた、といってもいい。Salesforce.comの新たなビジネスへの進出を予感させる発表であったといえよう。

 なおmyTrailheadは、2018年上半期にパイロット版の提供が開始される予定だが、価格設定などは現時点では未定だ。どんなビジネスモデルになるのかも明らかにはしていない。

Googleとの戦略的パートナーシップを発表

 Dreamforce 2017で、もうひとつの目玉となったのが、Googleとの戦略的パートナーシップの発表である。

 Salesforce.comは、グローバルでのインフラ拡張に向けて、Google Cloud Platformをコアサービスとして使用するとともに、Salesforce LightningおよびQuipとG Suiteを連携。GmailやGoogleカレンダーなどを組み合わせて利用できるようになる。また、2018年上半期を目標に、Salesforce Sales CloudやSalesforce Marketing Cloudと、Google Analytics 360をシームレスに統合した形で利用できるようにする考えも示した。

 Google Cloudのダイアン・グリーンCEOは、「シームレスなパートナーシップを組むことは顧客のためになり、この協業を通じて、顧客は、パワフルに仕事ができるようになる」と語った。

Googleとの提携を発表した

Dreamforceならではのカラーも引き続き保持

 一方でDreamforceの特徴は、事業方針や製品発表などにとどまらず、教育や環境の持続可能性に関するセッションや、女性の雇用や平等性を訴求したり、慈善活動を行ったりする場にしている点だ。これは、これまでのDreamforceと変わらない部分である。

 ベニオフ会長兼CEOは基調講演のなかで、創業以来進めている1:1:1モデルについて時間を割いて説明した。

 「これまでに230万時間以上の社員の活動時間、1億6800万ドル以上の助成金、3万2000団体以上へのプロダクトの提供を達成している。そして、われわれが始めたこのプログラムは、多くの企業にも広がっており、現在では、3000社以上の企業が1:1:1モデルを実践している。これを始めたときには、ここまで広がることはまったく考えていなかった」と振り返った。

 会期2日目には、ミッシェル・オバマ氏が講演を行い、ファーストレディーの時代から、子供の教育の大切さや、女性の社会進出や活躍について発言し続けていることをあらためて強調したが、こうした場が設けられるのもDreamforceならではの特徴といえるだろう。

 Dreamforce 2017は、会期中には10本以上のリリース発表やブログ投稿が行われ、昨年に比べると発表内容が多いものとなった。そして、製品の進化や新たな領域へ踏み出すといったSalesforce.comの変化がいくつかみられる一方で、慈善活動などに積極的に取り組む姿勢など、変わらない部分は決して変わらないという姿勢を見せたDreamforce 2017であったといえる。