大河原克行のキーマンウォッチ
GlobalLogicの能力を世界各国から持ち込み日本市場にあわせた形で展開する――、ニテッシュ・バンガ社長兼CEO
日立が最大の成長エンジンに位置付けるGlobal Logicの戦略を聞く
2022年11月18日 06:00
米GlobalLogicのニテッシュ・バンガ社長兼CEOが来日し、インタビューに応じた。GlobalLogicは、日立製作所(以下、日立)が2021年7月に買収したデジタルエンジニアリング企業であり、日立の小島啓二社長兼CEOは、「成長モードにシフトした2024中期経営計画の成長戦略の中心はLumadaであり、最大の成長エンジンはGlobalLogicになる」と位置づけている。
バンガ社長兼CEOは2018年にGlobalLogicに入り、2022年10月にCEOに就任したばかりだ。CEO就任直前は、COOとして、GlobalLogicのグローバルでのサービスデリバリー、オペレーション、人材採用などを担当していた。そして、2022年4月に設立したGlobalLogic Japanの社長兼CEOも兼務。日本に約10年間に在住した経験もあり、日本のビジネスにも詳しい。
バンガ社長兼CEOに、GlobalLogicの事業戦略について聞いた。
日立グループの一員となり、リーダーとしての立場をより強固なものに
――まず、GlobalLogicの概要を教えてください。
GlobalLogicは、2000年9月に設立したChip-to-Cloud(チップからクラウドまで)に対応できるデジタルエンジニアリングサービス企業であり、高度なソフトウェアエンジニアリング技術やエクスペリエンスデザイン力、多様な業界に関する専門知識を有しています。
米国カリフォルニア州サンノゼに本社を置き、世界15カ国で2万8000人以上の従業員を擁しています。ちなみに、約7000人の社員がウクライナの拠点で勤務していますが、日立グループの支援を受けて、従業員とその家族は安全に仕事をしており、ウクライナでの事業継続率は98%に達しています。事業のレジリエンスが証明されたともいえます。
また、テクノロジー・通信・メディア、自動車・製造、金融・小売、ヘルスケア・メディカルといった業界を中心に展開し、今後は、エネルギーやモビリティ、コネクテッドなど、日立が得意とする分野において、グローバルの顧客、そして日立自身のデジタル変革をサポートしていくことになります。
さらに、70以上のプライベートブランドカスタマーラボ、39のエンジニアリングセンター、9つのデザインスタジオがあり、全世界のアクティブな顧客数は500社以上です。2022年3月期の売上高は12億8000万ドルで、フォーチュン1000社からの売り上げが約6割を占めています。年間2000以上ものプロダクトをリリースしています。
――2021年7月に日立による買収が完了し、1年以上を経過しました。どんな成果がでていますか。
PMI(経営統合、業務統合、意識統合)は順調に進んでいます。デジタルエンジニアリングサービスのリーダーであるGlobalLogicが日立グループの一員となったことで、リーダーとしての立場をより強固なものにできたと考えています。日立との連携によって、日立の広範な顧客に対してアプローチができるようになったことは、GlobalLogicが大きな成長の機会を得ることにつながります。
また、GlobalLogicはインドに1万5000人のエンジニアがいますが、インド市場でのビジネス規模は小さいものでした。しかし、日立はインドで大きなビジネスを行っており、社会インフラのプロジェクトも推進しています。このリソースを活用することで、インドにおける日立の競争力の強化にも貢献できます。
さらに、これまでは日本、アジア太平洋地域でのプレゼンスがありませんでしたが、2022年1月にGlobalLogic Japanを設立し、地理的な面でも新たな市場へのアクセスが可能になりました。加えて、日立は次世代技術を含めて、研究開発投資に積極的であり、GlobalLogicの研究開発の成果と組み合わせることで、次世代のビジネスソリューションを実現し、これをグローバルに提供できるようになると考えています。
――GlobalLogicのM&A戦略について教えてください。GlobalLogicにとって、いま足りないピースはどこだと考えていますか。
GlobalLogicは急速な成長を遂げている企業であり、今後もその成長を維持しなくてはなりません。そのためには、オーガニックな成長に加えて、M&Aも活用し、継続的な投資が必要です。
具体的には、3つの方向性でM&Aを考えています。ひとつめはバーチカルでの拡大です。特に、日立が得意とするインダストリー分野でさらなる拡大が必要であり、エネルギーなどのユーティリティ、鉄道などの輸送分野といった領域に対しては、現在のGlobalLogicのケーパビリティでは対応が難しいため、M&Aによる体制強化を考えています。
2つめはホリゾンタルです。ここではテクノロジーが重要になります。デジタルエンジニアリングやデザイン、クラウド、モバイル、ネットワーク、アプリケーションでは優れたテクノロジーを持っていますが、ブロックチェーンやメタバース、NFT、サイバーセキュリティなどのテクノロジー分野に対しては、内製で構築する部分に加えて、M&Aで獲得することも考えています。
そして、3つめが地理的な拡大です。これは人材の獲得にもつながります。社内の人材育成や採用も進めますが、新たな地域への進出においては、M&Aも必要だと考えています。例えば、ルーマニアやブルガリアといった東欧、あるいは中欧の国々には、優れたデジタル人材がいます。コロンビア、メキシコ、エクアドルといった南米や中米にもデジタル人材が豊富です。アジア太平洋地域でもデジタル人材の獲得は必要です。こうした地域での人材獲得にもM&Aは有効であり、新たな地域での異なる人材の獲得を進めているところです。
――GlobalLogicは、人材育成および人材獲得が得意な企業だと言われていますが。
GlobalLogicの最大の強みは、デジタル人材を常に拡大し続けている点です。市場から優れた人材を採用する仕組みやツールをそろえていますし、社内には人材育成に専念しているチームがあり、優れた人材育成プロセスを持っています。それらによって、エンジニアのライフサイクル全体に対するアプローチを行っています。
人材採用については、独自のツールを活用して、数千人の候補者のなかから、スピーディに優秀な人材にアプローチできるようにしています。候補者とは緊密なコンタクトを取り、いかに会社に興味を持ってもらうかといったことに取り組んでいます。GlobalLogicに入社することによって、成長するための支援を受けられること、さまざまな学習ツールを提供できることなどを示しています。
新卒者や数年の経験しかない社員をデジタルエンジニアに育成するアップスキルのプロセスを用意していることもその一例です。AIを活用し、一人ひとりの評価を行い、学習ニーズをとらえ、個人ごとにカスタマイズした最適な育成を実施することで、ITエンジニアをデジタルエンジニアに変えることができます。
GlobalLogicでは、年間5000人~7000人の人材を採用しており、日立グループ全体のデジタル人材の強化にも貢献できますし、GlobalLogicの人材育成プラットフォームを活用し、日立の人材の育成も行うことができます。すでに第1弾となる日立のエンジニアたちが、デジタル人材になるための教育を受けています。
また、社員がGlobalLogicに定着するための手も打っています。社員がモチベーションを維持し、エネルギッシュに働いてもらうためのツールやプロセスを用意しています。AIツールを活用して、社員のいまの状況をマネージャーが把握し、幸せに仕事ができているのか、なにか課題はないのか、その課題を解決するにはどうするのかといったことを、マネージャーが考え、解決策を提示することができます。
報酬についても、日立のサポートもあって、持続的なインセンティブプログラムを2022年度から導入しました。さらに若手エンジニアなどを対象に、トークンを付与する仕組みも用意しています。例えば、エンジニアが書いたあるソースコードが全社的に使えるものとして重宝された場合、トークンの価値があがるといった仕組みです。こうした数々の取り組みを通じて、GlobalLogicのリテンション率は業界内でも最高水準となっています。
一方で、会社を離れた社員に対しても、また戻れる仕組みを用意しています。会社を辞めた元社員とも、継続的に連絡を取れる仕組みがあり、実際、一度、GlobalLogicを離れた社員が、また戻ってくるというケースも多いのです。
GlobalLogicが持つデジタルエンジニアリングの手法を、日本市場をとらえた文脈のなかに入れていく
――2022年4月にGlobalLogic Japanがスタートし、約半年を経過しています。日本市場において、どんな役割を果たしますか。
日本法人の設立は、日立による買収が完了した2021年7月から考えていました。GlobalLogicは、過去10年以上をかけて構築してきたデジタルエンジニアリングを実現するための手法を数多く持っています。ただし、これは、従来のITシステムの開発手法とはまったく違うものであり、アジャイルな手法でソリューションやプロダクト、プラットフォームを開発していくことになります。こうしたGlobalLogicが持つ能力のすべてを日本で展開したいと考え、GlobalLogicによる100%子会社として、GlobalLogic Japanを設立しました。GlobalLogicが持つスピード感とオープンな透明性、コーディネーションやサポート力、グローバルの知見や経験を集約し、価値を提供することが役割になります。
しかし、日本では働き方が違うこと、仕事の進め方が違うこと、ビジネス慣習にも特別なものがあります。それを前提にGlobalLogicの能力をどう生かすかを考えました。
GlobalLogicが持つデジタルエンジニアリングの手法を、「日本」という市場をとらえた文脈のなかに入れることが重要であり、日本の顧客が、デジタル変革をうまく展開できるように支援するための準備をしてきました。外資系企業が日本に参入する場合には、グローバル統一の手法でやろうとすることが多いのですが、そうした考え方は日本市場にはふさわしくないと考えています。GlobalLogicの能力を世界各国から持ち込みながら、日本の市場にあわせた形で展開することを重視しました。
日本では3つのアプローチを考えています。ひとつめは「Sell To」であり、日立のグループ企業に対するDX支援し、日立の顧客に対して、次世代のプラットフォームやプロダクト、ソフトウェア、サービスを展開するためのサポートです。2つめは、「Sell With」であり、ここでは日立のデジタルシステム&サービスセクター(DSS)と連携することで、DXに向けた新たな提案を行うことになります。そして、3つめが「Sell Direct」であり、日立とGlobalLogicの双方にとっての新規顧客の開拓です。プライベートエクイティを通じた展開など、GlobalLogicが持つ独自のルートを活用した取り組みも含まれます。
GlobalLogic Japanの設立からすでに半年を経過していますが、非常に強い引き合いがあります。「Sell To」、「Sell With」、「Sell Direct」の3つのアプローチのそれぞれにおいてパイプラインが充実しており、日本では、すでに10以上のプロジェクトがスタートしています。
実は、私はIT産業で25年以上の経験がありますが、同時に、日本に10年間在住していたことがあります。勤務していた企業の顧客の1社が日立でした。日本の文化や伝統、仕事のやり方を知っており、言葉も少しわかります。
――日本での経験は、バンガCEO自身の仕事のやり方などにどんな影響を及ぼしましたか。
私が初めて日本に来たのは2000年のことで、当時、都内の道路標識には日本語だけが表記されていました。2002年にサッカーワールドカップが日本と韓国で開催され、それにあわせて英語の表記が加わったことを思い出します。
日本に住んだことで忍耐力がつきました(笑)。全体像を見て、じっくりと考えることの重要性も知り、細かいことに注意を払うという癖もつきました。これを学べたことは大きな経験でした。
日立は顧客の1社でしたから、日立の企業文化に対しては理解しており、その点では、日立グループに入っても大きなサプライズはありませんでした。新たな体制となったとき、私から、GlobalLogicの社員に対して、日本の企業の仕事の進め方や、日本の企業に期待すべきことなどを説明しました。そうした成果もあり、PMIは順調に進んでいます。
この1年半で感じたのは、日立が非常にオープンな企業であるという点です。また、私たちが求めるスピードに対しても柔軟に対応してもらっています。意思決定のプロセスも、GlobalLogicが求める時間にあわせるために変えてくれました。M&Aのプロセスについても、日立はしっかりとしたプロセスを踏みますが、競争環境を考えて、迅速に決定しなくてはならない場面では、日立もオープンに、迅速に動くことでサポートをしてくれました。ポジティブな関係が生まれ、日立グループのなかにもアジャイルの考え方が浸透しはじめています。
――日立には、創業の精神として、「和・誠・開拓者精神」がありますが、これはGlobalLogicの経営にどう生かすことができますか。
GlobalLogicは、イノベーションやスピードを重視する会社であり、それは、開拓者の精神につながるところがあります。GlobalLogicが急成長を遂げることができたのは、オープンで、誠意をもって、顧客と接してきたことであり、これは日立の創業の精神に通じるものがあると思っています。GlobalLogicは、人々の生活をより良くすることを目指している企業であり、これは、日立の社会イノベーション事業の考え方にもつながります。両社の哲学や考え方を似ているところが多いと感じていますから、日立グループの一員になったから、GlobalLogicのなにか変えるということはありません。
日本の企業の経営トップはDXに対して高い関心を持ち始めている
――日本では、DXの進展が遅れていると言われますが、バンガ社長兼CEOは、どうとらえていますか。
いま、日本の企業の経営トップは、DXに対して高い関心を持ち始めていると感じています。経営にテクノロジーを持ち込むことが大切であるということに気がつきはじめています。
また日本の企業は、新たな提案をすると、必ずといっていいほど、「すでに実績はありますか」と聞きます。私がかつて日本でビジネスを行っていた時には新規事業を担当していましたので、その回答に苦労したことを覚えています(笑)。
現在は、その考え方にも一部変化があるのではないでしょうか。コロナ禍での経験によって、日本の企業も、新たなことに、より早く取り組もうという意識が出てきたと感じています。
そして、最も変えていかなくてはならないのは、DXには失敗が伴うことに対する理解です。日本の経営トップの意識には少しは前進があるといえますが、もともとはリスクを抑えようという仕事の仕方が中心でしたから、なかなか意識改革が進まないというのも事実です。DXは失敗から学んでいくことが大切です。試して、失敗して、学ぶことが大切であり、それによりDXを加速することができます。
――DXを推進する上で重要な要素はなんでしょうか。
DXは、要件定義をして、構築して、2年後にようやくそれを実現するというウォーターホール型では実現できません。速く失敗し、学習し、修復し、リリースを繰り返すというやり方が必要です。
GlobalLogicは、アジャイルな手法を用いて開発をしている企業です。フィードバックを得て、改善を繰り返すというやり方を取っています。DXの最後の姿は誰にもわかりません。また、次世代の製品やサービスがどうなるのかといったこともわかりません。だからこそ、アジャイルの手法を取らなくてはいけないのです。ここに、GlobalLogicが持つデジタルエンジニアリングを生かすことができます。
DXを実現する上で大切なのは、「ソフトウェアデファインド」、「クラウドとデータの活用」、「デザインによるイノベーション」、「新しい収益モデル」の4点だといえます。
いまは、すべてのものをソフトウェアで定義する時代となっています。ハードウェアもソフトウェアで定義される時代なのです。それにより、製品をリリースする速度があがり、メンテナンスも速くでき、製品を強靭化することができます。これがDXのための第一歩となります。
また、クラウドを活用することが前提となり、データドリフトといわれるように、データは刻々と変わり、そこから導き出される結果も変わるといった状況にも柔軟に対応しなくてはなりません。
さらに、デザインというのは、見た目のデザインだけでなく、その製品やサービスが、どんなエクスペリエンスを提案するのか、どんな機能を搭載しているのか、どんなスケジュールでリリースされるのか、そして、ビジネスデザインはどうするのかといったことも含めて提示する必要があります。これを実現するには、人の声を聞くことがより大切になり、その結果、人を中心にした実世界に則したソリューションが提供できます。
加えて、デジタルを組み合わせて製品をサービス化し、提供する新しい収益モデルを実現することが大切です。新たな収益モデルのひとつとなるProduct as a Serviceの実現には、エコシステムやアライアンスが重要になり、それを促進することで、デジタルを活用した新たな収益モデルを構築することができます。EVが普及すると、電力はEnergy as a Serviceという新たなモデルに変化し、鉄道では、新たなチケッティングサービスや通勤電車の緩和に向けた施策として、Commuter as a Serviceが登場することが想定されます。新たな収益モデルの確立に至ることがDXの終着点となります。
グローバルでの経済環境悪化の影響は?
――グローバルで経済環境が悪化しています。こうした状況はGlobalLogicのビジネスにも影響を及ぼしますか。
社会環境が大きく変化し、厳しい経済環境になっていますが、DXの波はなくなるものではありません。あらゆる企業が、生き残るために、あるいは長期的な成長を続けるために、DXは必須のものと位置づけています。5年前のDXは、PoCや小規模プロジェクトであったり、予算に余裕があればチャレンジしてみたりというものでしたが、いまは状況がまったく異なります。自動車産業では、近い将来にすべてのクルマがEVに変わっていくことになり、この変化の波は止められません。その変化に対応するためには、企業は未来に対する投資を続けなくてはなりません。GlobalLogicの役割は、企業の未来をつくるための支援を行うことです。
経済環境が悪化すると、コストを削減する方向に走ることになりますが、同時に多くの企業はコストを削減しながらも、価値は減らしたくないと考えます。そのためには、コスト効率化が高いサービスを選択しなくてなりません。それに対して、GlobalLogicは、グローバルに分散化し、最適なリソースを活用できる環境が整っており、コスト効率に優れたサービスを提供できます。米国のテクノロジー企業大手では、社員の採用を止めたり、人員を削減する動きが始まっていますが、その代わりにアウトソーシングを選択する動きが出ています。具体的には、プロダクトエンジニアリングの部分をGlobalLogicに任せるという動きがあります。これは、GlobalLogicにとってはビジネスチャンスが広がっているともいえます。景気減速の影響は受けますが、GlobalLogicは伸長できる機会を得ているともいえ、その点では楽観視しています。