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リテールの現場では「AIエージェントが“主”、人間が“従”」に AWSジャパン・五十嵐氏に聞く小売業界におけるマルチエージェントの台頭
2026年3月2日 06:00
毎年1月、米国ニューヨークでは、全米小売業協会(NRF:National Retail Federation)が主催する世界最大級の小売業界カンファレンス「NRF Retail's Big Show」が3日間に渡って開催される。
同カンファレンスには全米の小売事業者はもちろんのこと、世界中の小売事業者、テクノロジ企業、消費財企業、マーケティング事業者などが参加し、小売業界の最新トレンドやテクノロジに関する展示やセッション、ワークショップなどが数多く行われる。
1月11日~13日に行われた「NRF 2026」には4万人以上が来場、1000社以上が出展し、展示されたブランド数は6500を超えるなど、“世界最大のリテールカンファレンス”にふさわしい盛況で幕を閉じた。
ほかの業界と同様に、小売業界でも、AI、特にAIエージェントの活用は大きな関心事となっており、消費者の購買行動に大きな影響を与える存在として注目が集まっている。デロイトが発表した「小売業界の2026年世界経済予測」によれば、「小売事業者の68%が今後12~24カ月以内にAIエージェントを企業活動に導入する予定」という調査結果が示されているが、NRF 2026でも、実店舗やECサイトにおける顧客体験向上をはじめ、製品開発やサプライチェーン管理、マーケティング/広告に至るまで、ありとあらゆるシーンでAIエージェントが動き回る時代が到来していることを、多くの参加者が実感したようだ。
「リテールにおけるAIエージェントの存在感は1年前と現在では本当に大きく変わった」――。AWSジャパン 技術統括本部 インダストリーソリューション本部 本部長 五十嵐建平氏は、NRF 2026を振り返ってこう語る。
AIエージェントを定義するうえでもっとも重要な要素は、エージェントの“自律性”といわれることが多いが、五十嵐氏は「NRF 2026では、これまではあまり見られなかった、自律的に動くAIエージェント、そしてマルチエージェント連携が実装段階に入ったことを示す展示が多く見られた」という。
人間がAIを動かしていたフェーズを超え、複数のAIエージェントが自律的に動き出すようになったとき、小売の世界はどう変わっていくのだろうか。五十嵐氏に話を聞いた。
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マルチエージェントのユースケース
ひとくちにマルチエージェント連携といっても、いくつかのパターンが存在する。ここでは、NRF 2026でAWSが展示した事例の中から、五十嵐氏がピックアップした3つのパターンについて紹介する。
1.一方向でのフロー … AIエージェント連携によるプロダクトデザイン
プロダクトデザインやマーケティングキャンペーンといったシーンでは、業務フローとしてほぼ一方向で決められたとおりに業務が流れていくことが多い。こうしたやるべきことがパターン化している通常業務/定型業務をAIエージェントに行わせるとどういう効果が得られるのか。
AWSは「The Luggage Lab」と称した体験ブースにおいて、架空のカバンメーカーによる夏の新製品企画というテーマのもとで、複数のAIエージェントが連携しながらスーツケースをデザインしていくデモを展示していた。
このデモには、
・マーケットリサーチエージェント … 市場調査やトレンド、社内のデータなどをもとに顧客のニーズを分析する
・プロダクトデザインエージェント …リサーチエージェントのデータを受け取って、想定ニーズから複数のデザイン案を可視化して提示する
・プロダクトビルドエージェント … デザインされた新製品の製造コストや部品構成、ROIの予測などを実施する
という3つのエージェントが登場し、いずれもAWSのAIエージェントプラットフォーム「Amazon Bedrock AgentCore」上で稼働する。
The Luggage Labの特徴は「AIエージェントが“主”、人間が“従”というワークスタイルが完全に確立されている」(五十嵐氏)という点だ。従来であればAIが分析した情報を人間がチェックし、別のAIシステムにそのデータを入力するというプロセスが一般的だったが、このデモでは人間の介在なしにAIエージェント間で一方向に業務が流れていくため、低コストかつ短期間でオペレーションを完遂しやすくなる。現実的なマルチエージェントオーケストレーションとして、小売の現場に投入しやすい技術だといえるだろう。
2.双方向での議論 … AIエージェント協調によるサプライチェーンの課題解決
プロダクトデザインのようにフローが定型化されている場合と異なり、何が起こるかわからない事態――つまりトラブル対応や非定型業務においては、マルチエージェントはどのように動くことができるのだろうか。
非定型業務の代表ともいえる物流トラブルを想定したデモでは、複数のエージェントが“双方向”でやり取りしながら課題解決に向かう様子が示されていた。ここでもポイントは「AIエージェントが“主”、人間が“従”」である。
サプライチェーンで突発的に発生する物流トラブルにはトラックの故障や港湾封鎖、天候不順(レベル3のハリケーン)などさまざまあるが、いずれも想定通りには進まないことが多く、それでいて迅速な解決を図らなければならない。
デモでは「Amazon Bedrock」「Amazon Bedrock AgentCore」「Amazon Quick Suite(旧Amazon QuickSight:AIエージェント搭載のデジタルワークスペース)」を中心に構築したAIシステム上で、以下のAIエージェントが連携しながら解決にあたっている。
・統括エージェント(コーディネーター) … AIエージェント全体を統括し、リスク評価や最終的な推奨事項を作成する
・物流エージェント … 作業指示の実行管理を行い、コーディネーターに情報を提供する
・在庫エージェント … 資材管理を行い、トラブルから影響を受ける作業指示を特定して代替材料を探す
・輸送追跡エージェント … リアルタイムに輸送監視を行い、遅延出荷の検出や出荷詳細の取得を行う
・実行調整エージェント(コーディネーター) … 分析情報をもとに実行プロセスを橋渡しし、物流エージェントを実行する
基本的には、全体を統括するコーディネーターを中心に、複数のAIエージェントがそれぞれの情報を交換したり、議論を行ったりしながらベストな解決策を探っていくという流れだ。AIエージェント間の会話には人間は参加せず、問題解決の方向性を決定するのもAIエージェントである。人間がやることは最終的な意思決定など重要な選択のサポートのみだが、人間が極力参加しないことでトラブルの被害を最小限に抑え、迅速な解決へとつながるという。
こうした双方向のマルチエージェント連携は、サプライチェーンのトラブル対応のほかにも、状況によって価格を変動させるダイナミックプライシングなどにも適用可能だ。
3.人間との協調 … AIエージェントと人間の連携による顧客サポート
AWSはコンタクトセンターサービス「Amazon Connect」を2018年から提供しているが、2025年11月からは「Connectアシスタント」という、AIエージェントと会話を行うためのインターフェイスが実装されており、AIエージェントによるオペレーター(人間)の支援が強化されている。
前述の2つの事例と異なるのは、人間主体の業務に対して「(AIエージェントが)人間より先回りして情報を検索/提案し、顧客の問題を迅速に解決する支援を行う(五十嵐氏)」という点だ。
また、顧客への一次対応として、AIエージェントが人間を介さずにメールやチャットボットといったチャネルで顧客と自然な会話を行い、場合によっては返品/返金処理やアカウントの更新などを実行することも可能である。こうした時間のかかるタスクをAIエージェントが行っている間に、人間はより高品質なサポート業務にフォーカスすることが可能となり、顧客体験の向上につなげていくことができる。コンタクトセンター(カスタマーサポート)やカスタマーセールスなど、顧客を対象にしたサービスに適用しやすいパターンといえる。
小売業におけるこれらのマルチエージェントのユースケースに共通する点として、五十嵐氏は「人間主体からエージェント主体に、タスクベースではなく役割ベースに」というトレンドがあると指摘する。マルチエージェントの連携に人間がかかわるポイントを最小限もしくは限定的にすることで、コストや時間を大幅に削減することが可能となり、新たなイノベーションが生まれやすくなる。
また、AIエージェントには単機能(タスク)ではなく役割(デザイン、リサーチ、在庫管理、マーケティングなど)を与えることで、マルチエージェント連携における柔軟性を高めることができるという。
「AWSは役割ベースでAIエージェントを実装することを推奨している。タスクベースだとエージェント同士を連携させるのに別の仕組みが必要になってしまう。できるだけ人間と同じ粒度でエージェントを構築することで、柔軟性の高いマルチエージェント連携が可能になる」(五十嵐氏)。
自律的に動くエージェントが増えれば増えるほど、世界は変わっていく
インターネットの普及でECが誕生し、スマートフォンによるモバイルシフトで顧客体験が刷新されたように、AIエージェントの登場は小売業界に今までとは異なるイノベーションをもたらすといわれている。
ターニングポイントを迎えつつある小売業界において、AWSはAIエージェントに関してどのような戦略を取ろうとしているのか、五十嵐氏に聞いた。
――“AIエージェント”というキーワードは、企業によって異なる定義がされていることが多い。あらためて、AWSはAIエージェントをどのように定義しているのか。
AWSは、AIエージェントを「人間の関与を最小限に抑えつつ、設定された目標を自律的に達成しようとするソフトウェアシステム」と定義している。ポイントは“人間の関与を最小限”、そして“自律的”だ。
――小売業におけるAIエージェントの実装は2026年にどこまで進むと予想するか。
“自律的に動くAIエージェント”という点でいえば、徐々に実装が進み、地に足がついた事例が出てくるだろう。小売業界に限った話ではないが、自律的に動くエージェントが増えれば増えるほど、世界は変わっていくと見ている。特にソフトウェアの開発現場などは働き方が大きく変わるのではないか。
――NRF 2026では、ペプシコなどによる先進的なAIエージェント導入事例が多く発表されたが、こうした成功事例に対して日本企業はどのように見ているのか。
日本の小売業界もAIエージェントの導入には高い関心を寄せており、我々への相談も増えている。ペプシコはいまや“エージェンティックAIファースト企業(agentic AI-first enterprise)”を標榜しており、導入済みのAWSクラウド環境をエージェントファーストに進化させていくとしている。
ペプシコは今後、AWSとは顧客体験向上、カスタマーサービス変革、サプライチェーン最適化、社内生成AIプラットフォーム強化などの分野で提携を拡大し、AIエージェントの導入をさらに進めていくつもりだという。
ペプシコのような先進的な事例を日本ですぐに出していくことは難しいかもしれないが、AWSは日本の小売/流通事業が利用しやすいリファレンスアーキテクチャを用意している。ポイントは「すべての従業員がAIエージェントを利用できる環境」「幅広い品ぞろえ」「ビルディングブロック」「安心安全なセキュリティ」だ。「Amazon Bedrock」「Amazon Bedrock AgentCore」「Amazon Quick Suite」「Amazon Nova」などを組み合わせることでさまざまなユースケースに対応可能となっている。
以前は日本市場では言語の壁によってテクノロジの導入が遅れることもあったが、現在はローカライゼーションで悩まされることはほとんどない。日本だけAIエージェント導入が遅れるという理由は取り払われたと思っている。
――小売業に限らず、AIエージェント導入、特に人間の介入を抑えるシステムとなるとセキュリティに関して不安を抱く顧客が多いのではないか。
AWSにとってセキュリティは最優先事項だが、AIエージェントに関しても同様だ。AIエージェントの安全性について我々が自信を持つ最大の理由は、ここ1年で推論能力が爆発的に進化したことによるもので、この進化によってAIオーケストレーションにパラダイムシフトが起こったと言っても過言ではない。
Amazon Bedrockのガードレールポリシーでは自動推論チェック機能を提供しているが、これは数学的な論理と形式的検証技術を用いて、AIが生成したコンテンツの正確性を証明し、ハルシネーションを防ぐものだ。このアプローチは「おそらく正しい」という従来のLLMの確率的推論手法とは根本的に異なり、「確実に正しい」という決定論的保証を提供でき、2000年前のユークリッドの数学的証明と同じ厳密性でコンピュータプログラムのすべての可能な動作を検証する。
AWSは10年以上に渡って、エージェントに「創造性と自律性」を与えながら「安全な動作範囲」を数学的に保証するという技術を使ってきたが、Bedrockのポリシー検証もこの技術がベースになっている。
ほかにも、セキュリティに関してはさまざまな機能強化を常に行っている。例えば、AIエージェントが複数のデータソースを横断する際、エージェントのアクセス権を一元管理してセキュリティ強化を図っている。また、BedrockやQuick SuiteにはガードレールのほかにもAI専用のセキュリティ機能を数多く実装している。AWSのセキュリティに関しては、規制の厳しい金融業界で数多くの導入事例があることからも証明されていると思っている。
――小売業界でのAIエージェント導入では、質の高いデータカタログの整備が必須と思われる。AWSはこの課題に対してどのように支援するのか。
AWSはオープンソースのデータテーブルフォーマット「Apache Iceberg」をいくつかの製品でサポートしており、「Amazon SageMaker」はIcebergと完全互換性のあるレイクハウスアーキテクチャ上で構築されている。複数のデータソースにまたがってデータを一元管理し、ゼロETLなど柔軟な運用を実現するにはIcebergが欠かせず、逆にいえばIcebergできちんとアクセスできるようにデータを整備することが重要となる。今後もデータカタログの中核技術としてIcebergを推進していく。
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なお、AWSジャパンは4月20日、東京・目黒において国内の小売事業者を対象に「AWS Retail Summit」を開催する。五十嵐氏は「日本の小売業界の顧客が抱える悩みをひとつでも解決できるようなイベントにしたい」と語っており、AIエージェントに関連する展示やセッションも行われる予定だ。日本の小売業界でも、AIエージェントが動ける範囲は確実に広がる兆しを見せている。











