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富士通、「Fujitsu Uvance」で治験領域での取り組みを開始 医療データを活用したエコシステムの構築を推進

 富士通株式会社は26日、「Fujitsu Uvance」において新たに治験領域での取り組みを開始し、製薬企業や医療機関などとともに、医療データを活用したエコシステムの構築を推進することを発表した。これにより、国際共同治験を日本に誘致する取り組みを加速し、日本のドラッグロスの解消を目指すという。

 また今回の取り組みは、Fujitsu Uvanceにおいても新たなビジネスモデルへの挑戦と位置づけており、ITシステムを導入することで収益化を図るのではなく、治験プラットフォーム上で治験が計画され、実行されることで継続的に収益を計上する仕組みとしている。データを販売するビジネスとは異なり、製薬会社が治験プラットフォームを利用することで収益が発生。顧客の成長とともにUvanceのビジネスが成長する。国内だけでなく、海外の製薬企業などを対象にしたグローバル展開も推進することになる。

 具体的な取り組みとして、治験プラットフォームを提供するスタートアップ企業の米Paradigm Healthと戦略的パートナーシップを結び、日本での取り扱いを独占的に行うとともに、富士通の医療データ利活用基盤「Healthy Living Platform」と、AIサービスである「Kozuchi」を活用し、医療機関が持つ医療データの収集や加工を促進。治験計画業務の効率化と、計画業務の期間半減を実現することを目指す。

医療機関と製薬企業を繋ぐプラットフォーム

 医療データの加工においては、ヘルスケアドメインに明るいデジタル人材が、富士通研究所が開発したLLMをもとにエンジン開発を行っており、高い精度で医療用語を抽出できるようになっている。今後は、この分野におけるCohereとの連携も進め、短期間でデータを加工する技術を向上させる。

 また、Healthy Livingの新たなオファリングとして、「Patient-centric Clinical Trials」を8月26日から提供する。大規模言語モデルを活用した治験文書の自動作成サービスであり、製薬企業が治験開始に必要な文書作成期間に6カ月、合計2万時間をかけて、100種類以上の文書を作成している実態や、データ分析までのリードタイムが3カ月に達している状況を改善。治験特化型のLLMを活用することで、80%の文書を自動作成し、文書作成の作業期間を50%削減できるという。

治験文書作成業務のデジタル化の遅れ
Patient-centric Clinical Trialsの導入効果
Patient-centric Clinical Trialsは、製薬企業の既存フォーマットで記載されている内容をLLMが分析し、グローバル標準のタグを付与してデータベースに自動的に格納し、それをもとに文書を作成するという

 富士通 執行役員 EVP グローバルソリューションの大塚尚子氏は、「富士通は、データとAIを組み合わせたデータインテリジェンスによって、日本のドラッグロスの課題にアプローチしていく。医療データの収集や加工を標準化し、人手に頼った治験プロセスをデジタル化する。治験環境を整備して、日本で実施される国際共同治験数を現在の数倍に増やす。新薬上市の短期化と、治療オプションの多様化を目指す」とした。

富士通 執行役員 EVP グローバルソリューションの大塚尚子氏

 また、富士通 ソーシャルソリューション事業本部 Healthy Living Headの荒木達樹氏は、「治験プラットフォームを活用することで、計画当初から実現性の高い治験を設計できるようになり、圧倒的な時間短縮ができる。医療データをもとに治験を計画する製薬企業と、治験を実施する医療機関とが対話するモデルになっていることから、治験の開発プロセスを、従来のモノローグ型からダイアローグ型へとパラダイムシフトできる。これを米Paradigm Healthの連携によって実現する。富士通のHealthy Living Platformが医療機関からのデータ収集、加工を担い、Paradigm Healthの治験プラットフォームを活用して分析し、製薬企業に価値提供を行う。また、ヘルスケアとライフサイエンスをつなぐ、クロスインダストリーの取り組みという点でも新たな価値を提供できる。日本のドラッグロスをなくし、誰もが自分にあった治療を選べる世界を実現したい」と述べた。

富士通 ソーシャルソリューション事業本部 Healthy Living Headの荒木達樹氏
治験プロセスのパラダイムシフト

 米Paradigm Healthは、米国内の16社製薬企業が採用し、40のヘルスシステムが稼働。940の医療機関と連携しているという。

 米Paradigm Healthのケント・トールケCEOは、「国際共同治験を背景としたドラッグロス問題による格差が生まれないようにする必要がある。また、これまでの臨床試験のプロセスは、バイオ製薬産業の進展に追いつけていないという課題もある。Paradigm Healthの治験プラットフォームでは、デジタル技術、大規模言語モデル、最新の分析手法により、臨床研究の新たな未来を実現している」と前置き。

 「富士通とのパーナトーシップによって、より効率的な臨床試験を日本で実現し、コストを下げ、新薬上市までの期間を短縮することが可能になり、新薬パイプラインを拡大できる。被験者の組み入れに時間がかかるという問題にも対応できる。日本全国の病院に治験プラットフォームを展開するだけでなく、日本の患者の健康と福祉を向上させる新たなソリューションを共同で開発することも可能だ。世界で最も効率的な臨床モデルを作り上げることで、日本が国際共同治験に参加し、患者は革新的な医薬品治療にアクセスでき、ドラッグロスを解消することを目指す」と述べた。

Paradigm Health CEOのケント・トールケ氏

 海外で承認された新薬が日本で使えない「ドラッグロス」は、大きな課題となっている。

 富士通の大塚執行役員 EVPは、「体調不良を感じて通院し、検査をした結果、標準的な治療法がない希少疾患のひとつと診断された場合、米国の患者は新薬による治療を行うかどうかを打診され、希望に沿って新薬の投与を行ったり、それを拒否できたりする。だが、日本では新薬が承認されていないため、患者が新薬の投与を選択することができない。こうした不合理を解決していきたい」とする。

 現在、治療方法がない希少疾患は341病名ある。また、欧米では承認されているが日本では未承認の薬は143品目、そのうち国内開発に未着手の薬は86品目あるという。

ドラッグ・ロスの現状

 また、富士通の荒木Headは、「日本で新薬を速やかに展開するためには、日本での国際共同治験を増やしていくことが大切だが、日本の医療環境の特有さなどもあり、日本がその対象から除外されることが多く、国際共同治験数では世界で23番目となっている」と現状を指摘。

 「先進的な取り組みを、日本に多く導入することで、国際共同治験の少なさや、ドラッグロスの問題を解決していくことができる。いまは、個別化した治療を適用するための狭間にあり、そこにデータが活用できる。今回の取り組みは、創薬において断絶していた研究と開発のデータのやりとりを実現する第一歩になり、このなかから新たな治療法が生まれてくることを期待したい」と語った。

国際共同治験数の現状

 一方、富士通が提供する医療データの利活用にいち早く賛同し、今回の治験プラットフォームに関しても、共同研究を行うことを発表した国立がん研究センターでは、がんゲノムスクリーニングプロジェクトにおける医療機関の負荷軽減や、試験環境のさらなる向上を目指すという。

 国立がん研究センター東病院の後藤功一副院長は、「この20年間で、日本の基礎医療は大きく進歩しており、肺がんの治療選択は、組織型を調べるものから、遺伝子変化を調べて、分子標的治療薬による個別化医療(ゲノム医療)が行えるように変化してきた。だが、個別化医療の対象は、それぞれのカテゴリーが肺がん全体の3%未満であり、患者を見つけて、臨床試験を行い、治療薬の承認を得ることは困難だった。そこで、LC-SCRUM-Asiaを立ち上げて、20社以上の製薬会社が登録し、希少疾患の患者に有効な治療薬を届けることを目指してきた。過去10年間で、約2万例の肺がん患者が登録し、遺伝子解析を受け、個別化医療の実現を目指している。今後は、富士通およびParadigm Healthの力を借りて、対応する遺伝子解析を同定して、患者に正しい情報を届け、地方の病院でも最新の知見情報を得られるようになる。承認薬がない場合には治験薬での治療を行うことができ、個別化医療の開発に貢献することになる」と述べた。

国立研究開発法人国立がん研究センター東病院 副院長の後藤功一氏

 なお富士通では、Fujitsu Uvanceの重点分野のひとつとして、「Healthy Living」を掲げている。

 患者中心のヘルスケアサービスや、デジタルを活用した革新的な創薬に取り組んできた経緯があり、Healthy Living Platformでは、国内10病院で稼働に向けた準備が進んでおり、2024年度には30病院での稼働を計画している。

 今回、新たに展開する治験領域では、2030年度に200億円規模の売上高を目指すとともに、計画段階に加えて、実行段階にも支援対象を拡大する予定だ。患者が必要な医薬品を早期に入手でき、自分にあった治療を選択できる社会の実現に貢献していく姿勢を示した。