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中堅中小こそクラウドでDX実現を――、AWSジャパン、中堅中小企業向け支援を強化 鶴見酒造の事例も公開

 アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社(AWSジャパン)は20日、中堅中小企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援する施策として、オンプレミスからのクラウド移行をサポートする「ITX Lite」や、デジタルイノベーション体験ワークショップ、パートナー連携など5つの支援強化プログラムを発表した。DX推進の必要性は感じているものの、大企業に比べて人材不足やナレッジ不足、経営者の理解不足などに悩まされることが多い中堅中小企業をターゲットに、パートナーとともにさまざまな側面から支援していく。

 説明会を行った7月20日は「中小企業の日」であり、7月は中小企業月間でもある。中小企業の存在意義や魅力に関する正しい理解を醸成することを目的に制定されたこの日に、中堅中小企業向けの支援策を発表したAWSジャパン 執行役員 広域事業統括本部 統括本部長 原田洋次氏は、「日本企業の99.7%を占め、国内の雇用の7割、日本のGDPの5割を生み出している中堅中小企業のDXが進めば、日本のDXが加速することは間違いない。顧客の声を聞き、社会情勢や技術トレンドも反映しながら、日本を支える中堅中小企業向けの支援を拡充していきたい」と語り、今後は同氏が統括する広域事業統括本部が、国内の中堅中小企業およびISV/SaaS事業者のDXとクラウドの民主化、デジタル時代のカルチャー構築などを推進し、加速度的な成長支援を行う役割を担っていくと説明している。

日本企業の99.7%を占め、国内の雇用の7割、日本のGDPの5割を生み出している中堅中小企業だが、DXに取り組む中小規模の企業は約40%となっており、大企業の94.1%と比べて大幅に遅れている。逆に言えば中堅中小企業のDXが進めば日本全体のDXが加速することに
AWSジャパン 執行役員 広域事業統括本部 統括本部長 原田洋次氏

 今回、AWSジャパンが発表した中堅中小企業向けの支援策は

・人材不足
・知識や経験の不足
・資金不足
・経営者の意識

という4つの分野における中堅中小企業の“不足”をカバーすることを目的にしている。

中堅中小企業のDX推進の障害となっている、4つの“不足”するリソース

 具体的な支援策としては、以下の5つのプログラムが用意されている。

AWSジャパン 広域事業統括本部が示した、中堅中小企業向けの5つの支援策。以前から提供していた人材育成や最新テクノロジー導入、パートナー連携の支援に加え、中小企業向けにパッケージングしたクラウド移行プログラム「ITX Lite」や経営層を対象にしたカルチャー改革支援(ワークショップ)など、5つの施策が含まれている

1. 中小企業のニーズに合わせたクラウド移行パッケージ「ITX Lite」
AWSが2021年から大企業向け提供するクラウド移行プログラム「AWS ITトランスフォーメーションパッケージ(ITX)」を、中堅中小企業のニーズにあわせて再構成したパッケージで、ITXと同様に「評価」「準備」「移行」の3フェーズに分けてクラウド移行を支援する。

中堅中小企業の声を反映し、人員不足による意思決定や移行計画の遅れ、移行経験の不足などにフォーカスした支援メニューが中心で、AWSパートナーの紹介や利用料の一部クレジット還元なども含まれる。2023年4月から提供が開始されており、すでに導入済みの企業からは「クラウド移行に向けてのステップが明確になり、コスト面の不安も解消された」(グラフィック)や、「クラウド移行の迅速な意思決定を行うことができ、グループ全体のDX戦略のモデルケースを構築できた」(ダイセーロジスティクス)といった高い評価を得ている。

ITX Liteの概要。中堅中小企業のクラウド移行に対するニーズを分析し、評価→準備→移行の3フェーズはそのままに、どのフェーズにおいても足りない“人員”に特にフォーカスして移行を支援する。各サービスは基本的に無償で提供される

2. デジタルイノベーション体験ワークショップ
「顧客に求められていないモノやコトを作らない」をテーマにした経営層向けのワークショップで、Amazon/AWSのカルチャーの原点である「顧客の視点から逆算する手法(Working Backwards)」を体感できる。体験者からは「顧客視点での課題を解決しながらビジネスを作り出すための本質を発見」「“Start Small, Scale Fast”の考えに刺激を受けた」「クラウドというツールを整えるだけでなくAmazonのカルチャーや考え方から多くのヒントを得られた」と新たな気づきを得られたという声が多く寄せられている。

中堅中小企業の経営者を対象にした「デジタルイノベーション体験ワークショップ」では、Amazon/AWSのカルチャーの原点である「顧客視点から逆算する手法(Working Backwards)」を徹底して学ぶことができる

3. 中堅中小企業のDX推進のカギとなる人材確保と育成
DX推進をリードする人材として技術者にフォーカスし、その確保と育成を推進する各種AWSトレーニング(クラスルームトレーニング、AWS Skill Builderなど)と、認定資格取得に向けた支援を提供する。AWSトレーニングは各種助成金の対象となる場合があるので、具体的な申請方法についてもアドバイスする。

人材確保と育成は中堅中小企業のDX推進にとって最大の課題だが、その中でも特に、コア人材である技術者の確保と育成にフォーカスした支援を提供する。具体的には、クラスルームトレーニング(プレゼンテーション、ハンズオン、グループディスカッション)やオンライントレーニング「AWS Skill Builder」の無償/有償プログラム、AWS認定試験など。各種助成金の対象となるメニューもある

4. 最新テクノロジーによる支援 ‐ 機械学習/生成AI
AWSが提供する数あるサービスの中でも、中堅中小企業の間で注目度が高い機械学習および生成AIにフォーカスしたサービスとして、生成AIの基盤モデルをAPIから呼び出せる「Amazon Bedrock」、機械学習の統合開発環境「Amazon SageMaker」をより簡単に利用できる「SageMaker JumpStart」、AIによるコーディングジェネレータ「Amazon CodeWhisperer」などを紹介。

特に2023年4月に限定プレビューとしてリリースされたAmazon Bedrockは、インフラの管理が不要なマネージドサービスで簡単に生成AIアプリケーションを開発できる環境が用意されており、モデルの多様性やセキュリティといった面からも中堅中小企業が使いやすいメニューとなっている。

「中堅中小企業のユーザーは機械学習や生成AIにおいても“すでにあるサービスをそのまま使いたい”という声が多いが、AWSのマネージドサービスはその要望に応えられるよう、今後もラインアップを拡充していきたい」(AWSジャパン 技術統括本部 技術推進グループ 本部長 小林正人氏)。

中堅中小企業からも要望が多い生成AIについては2023年4月にリリースされた「Amazon Bedrock」による価値提供を進めている。フルマネージドサービスであるためインフラ管理が不要で、多くの基盤モデルから選択でき、APIで簡単に呼びしてAIアプリを開発できるため、中堅中小企業でも適用しやすい。プライバシーやセキュリティなど、安全性の面でも評価が高いサービス
AWSジャパン 技術統括本部 技術推進グループ 本部長 小林正人氏

5. AWSパートナー連携の強化
IT人材が不足しがちな中堅中小企業に対してAWSパートナーとともに支援を強化するため、広域事業統括本部の営業が全国を担当する体制を整えたことに加え、中堅中小企業の顧客と連携するAWSパートナーを支援する取り組みも提供する。中堅中小企業に特化した認定プログラムのローンチを10月に予定。

原田氏は「中堅中小企業のDX推進において顕在化している4つの課題に対し、5つの追加策および強化策でもって支援していく。広域事業統括本部としては、全国の中堅中小企業を、業種業界を問わずサポートするため、これまで以上にパートナーと連携しながら施策を進めていきたい」と語り、地方のAWSパートナーも含めた連携を強化して支援に当たるとしている。

中堅中小企業のDX支援に欠かせないAWSパートナーとの連携をさらに強めるために、中堅中小企業に特化したパートナー認定プログラムを2023年10月ローンチに向けて準備中

鶴見酒造のAWS活用事例

 説明会では、AWSのクラウドサービスを活用してDXを実現した中堅中小企業の具体的な事例として、愛知県津島市にある1873年創業の酒蔵 鶴見酒造 代表取締役社長 和田真輔氏より、麹(こうじ)や酒母、もろみの温度をリアルタイム管理する温度センシングシステムを構築したケースが紹介された。

鶴見酒造 代表取締役社長 和田真輔氏

 日本酒を製造する酒蔵の数は、昭和30年代の約4000をピークにその後は減少を続けており、現在は1200ほどしか残っていない。その最たる理由のひとつが後継者不足で、少子高齢化などの影響で杜氏や酒造職人(蔵人)のなり手が少なく、廃業に追い込まれる酒蔵が後を絶たないという。創業から今年で150周年を迎える鶴見酒造も同様の課題を抱えており、杜氏の経験や勘だけに頼らない製造方法を模索していた。

今年で創業150周年を迎える鶴見酒造は、「我山」「山荘」「神鶴」などの銘柄で知られる日本酒の酒蔵

 ここで和田氏が着目したのが、日本酒の製造工程に欠かせない麹、酒母、もろみの温度をセンサーで計測し可視化(グラフ化)するシステムだ。当初は有線で接続する他社の温度管理システムを利用していたが、データを取得できるまでの時間が長かったり、リモート監視ができなかったりといった問題が発生、そこで大阪に本社を構えるAWSパートナーのラトックシステムの協力を得て、温度センサーから取得したデータを10分ごとにAWSクラウドにアップロードし、温度データをリアルタイムに可視化、杜氏や蔵人が24時間どこからでも手元のPCやスマホで温度を監視できるシステム「もろみ日誌クラウド」を採用した。

 データの処理には「AWS IoT」「AWS Lambda」「Amazon DynamoDB」などリアルタイムデータの扱いを得意とするサーバーレスソリューションが多く採用されており、インフラ管理の負荷やコストの削減にも貢献している。

鶴見酒造が抱えていた経営課題は「品質の良い酒造り」「杜氏の高齢化や人手不足」「若手の人材育成と技術継承」、この解決のためにAWSのサーバーレスサービスを数多く採用した温度センシングシステムをAWSパートナーと協力して構築、多くの成果を得ることができた
日本酒の製造工程の中でも精緻な温度管理が求められる製麹、酒母づくり、麹づくりにおいてラトックシステムが開発した「もろみ日誌クラウド」の子機(センサー)からタンクの温度を10分おきに計測している

 この「もろみ日誌クラウド」を導入したことで、いままでは杜氏や酒造職人の勘や経験に頼っていた部分がデータで可視化され、

・酒質の向上 … 温度変化を“点”ではなく“線”で追えるようになったことで杜氏による的確な判断が可能になり、酒質が向上して、国内外の清酒品評会で金賞や優秀賞を数多く受賞、ブランド力が向上
・労働環境の改善 … 温度の確認が24時間、どこからでも可能になったため、職人が酒蔵に泊まり込んで温度を計測する泊まり込み勤務が解消
・若手社員への技術継承 … 温度変化が可視化されたことで杜氏だけでなく蔵人も温度管理ができるようになり、醸造作業が若手社員中心にシフト

を実現することができたという。

計測されたデータは、Wi-Fiよりも通信距離が長く障害物に強いWi-SUN無線経由で、ゲートウェイ→基地局→SORACOMプラットフォーム→AWS IoTへと送られる。AWSクラウドに集約されたデータはリアルタイム処理され、杜氏や蔵人は24時間どこからでも温度データをチェックできるようになった
取得した温度データの遷移はグラフ化され、PCやスマホから確認できる。これにより酒造職人が寝ずの番で酒蔵に泊まり込むことがなくなり、働き方改革が実現している。また、可視化された温度データをもとに、若い職人を中心とした醸造作業が可能に

 生産性の向上だけでなく、働き方改革や伝統技術の継承などもクラウドで実現した中堅中小企業のケーススタディとして非常に興味深い。加えて経営者自身のDXに対する強い意識、地域のAWSパートナーとの密な連携など、日本の中堅中小企業が参考にすべき要素が多く詰まったDX事例だといえる。

 「日本酒の業界のDXはまだかなり遅れている状態で、これから進めていかなければならない分野。蓄積されたノウハウや最新の技術、そして安定したセキュリティなどが武器になると確信し、AWSの採用を決断した。今後は温度データの変化が日本酒の味わいにどう影響するのかを分析し、事業にひもづけて発展させていきたい」(和田氏)。

 なお、AWSジャパンは今後、中堅中小企業支援の一環として、8月22日~10月4日にかけて「デジタル社会実現ツアー 2023」と題したリアルイベントを全国13都市で開催する。テーマは「地域創生を“さらに”一歩進めるには? 各地域で進む企業や行政の取り組みから学ぶ」となっており、各地域における社会課題の解決やビジネス活性化の加速を目指す人々を対象に、最新テクノロジーの活用や資金調達を含むプロジェクトの進め方、人材育成、生成AIの地域DXへの活用などについて、事例紹介やハンズオンで情報を提供していく予定だ。

8月22日に高松市からスタートする「デジタル社会実現ツアー 2023」では地域創生をテーマに、各地域の企業や行政の取り組みを学ぶことができる