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Linux 6.18 LTSから「日本のオープンソースの現状」まで――Open Source Summit Japan 2025現地レポート

Linus Torvalds氏が語る、長年変わらぬ開発哲学とメンテナンスの極意も

 米The Linux Foundationによる、Linuxとオープンソースソフトウェア(OSS)に関する日本でのカンファレンス「Open Source Summit Japan 2025」が、12月8日~10日に都内で開催された。

 今回は併催イベントとして、恒例の車載Linuxに関する「Automotive Linux Summit」に加え、新たにAIとオープンソースに関する「AI_dev」も開かれた。

 その効果もあってか、今回は過去最高の1100名以上の事前登録を集めたことを、Linux Foundation日本代表の福安徳晃氏が初日の開幕あいさつで報告した。

Open Source Summit Japan 2025

Jim Zemlin、オープンなAIモデルとソフトウェアインフラの意義を語る

 初日の12月8日には、Linux FoundationのExecutive DirectorのJim Zemlin氏の基調講演が行われた。

 Zemlin氏は、Linux Foundationにクラウド技術や自動車関連、あるいは映画など、さまざまな分野のオープンソースのプロジェクトが集まっていることを紹介。そのうえで、最近特に注目すべきこととして、オープンソースとAIに関するトレンドについて語った。

 なおLinux Foundationは、会期中の米国時間12月9日に、エージェンティックAIで標準的に使われる技術であるMCPプロトコル、gooseフレームワーク、AGENTS.mdファイルに関する団体「Agentic AI Foundation(AAIF)」の設立を発表している。

Linux FoundationのExecutive DirectorのJim Zemlin氏
テーマは「オープンソースのAI」

 Zemlin氏は、GPT-5をはじめとする大規模言語モデル(LLM)において、GPUサーバーのデータセンターや電力などに莫大(ばくだい)な投資がなされ、それがハイパースケーラー企業に集中していることを取り上げた。そして、現在「AIバブル」ではないかといわれているような大手の投資は、インフラの部分に集中していると語った。

 同氏はAIを、エネルギー、GPUデータセンター(AI工場)、ソフトウェアインフラ、AIモデル、アプリケーションの5つの層に分類。このうち下2つの層がハイパースケーラーなどによる投資の部分であり、一番上の層であるアプリケーションが、企業が価値を作る部分だと述べた。

 そのうえで、その間のソフトウェアインフラとモデルの層が、オープンソースの強みを発揮する部分だと主張した。

AIに莫大な投資が必要とされている状況
AIの5つの層と、オープンソースが強みを発揮する部分

 まずAIモデルの層について、Zemlin氏は「この12カ月でオープンなモデルがLLMの世界を本格的にコモディティ化し始めている」と言う。2025年初頭にDeepSeek-R1がオープンウェイトのモデルとして登場し、OpenAIなどの先端のクローズドなモデルに近い性能で世界を驚かせた。その後、ほかにもオープンウェイトのモデルがいくつか登場し、それがさらにAIモデルの“蒸留”にも使われ、AIのエコシステムを変えた、と同氏。こうしたオープンなモデルは、先端モデルを数カ月遅れで追い、90%近くの性能を発揮し、6倍安いと語った。

 さらに、特定用途に特化した小型のAIモデルも使われていることを紹介。オープンソースはAIモデルの層で、性能と効率のバランスを再調整するのに重要な役割を果たしていると説明した。

オープンなモデルとクローズドなモデルの進歩
オープンなモデルとクローズドなモデルの比較
AIモデルの性能と効率のバランス

 続いてソフトウェアインフラの層について。Zemlin氏は、かつてのWebの世界での「LAMPスタック」(Linux、Apache、MySQL、PHP)のように、AI時代においても「PARKスタック」(機械学習ライブラリの「PyTorch」、AIモデル、分散AI演算フレームワークの「Ray」、コンテナオーケストレーションの「Kubernetes」)が事実上のプラットフォームになっていることを取り上げる。

 「これらがオープンソースで開発されていることは重要だ。なぜなら、オープンソースはすべてのハードウェアから高いパフォーマンスを引き出すことが得意だからだ」とZemlin氏。

 そして、かつてLinuxカーネルが、カーネルを使うさまざまな企業によって、さまざまなハードウェアでのパフォーマンスや電力削減などの効率化が進められたことを例として挙げた。

AI時代の「PARKスタック」
オープンソースはすべてのハードウェアでの効率化に有利

 これらの次の段階について。AIは、トレーニング(モデル作成)から推論(モデルの利用)に広がり、次のムーブメントとしてエージェンティックAI(AIのオーケストレーション)に向かっている、とZemlin氏は言う。

 これは、MCPやA2Aによる連携と、それらのオーケストレーション、対象領域への適用の3層からなる。Zemlin氏は、特定のタスクに特化したAIエージェントを組み合わせるほうが単体のAIエージェントより90.2%上回るというAnthropicの研究結果を紹介した。

 前述したようにLinux FoundationでAAIFを設立したのは、この分野に向けた取り組みと言える。

 Zemlin氏は、2026年には専門的なエージェントのオーケストレーションによって、現実の企業向け自動化が実現するだろうと言い、「オープンソースがこれらすべてを可能にする触媒だ」と語った。

トレーニングから推論へ、そしてエージェンティックAIへ
複数の専門エージェントを組み合わせる意義

Linus Torvalds氏「AIは単なるツールだが、便利なツール」

 2日目の12月9日には、Linuxの生みの親であるLinus Torvalds氏が登壇した。いつものように、古参Linuxカーネル開発者のDirk Hohndel氏(Head of the Open Source Program Office, Verizon)との対談形式で、これはTorvalds氏いわく「スピーチが好きではないから」とのことだ。

 冒頭でHohndel氏はTorvalds氏に対して「いまやYouTubeスター」というネタを振った。これは、YouTuberのLinus Sebastian氏によるPC系人気チャンネル「Linus Tech Tips」にTorvalds氏が出演した動画が、1週間ほど前に公開されたことを指すものだ。Linux Foundationが2人の動画を公開すると数千回の再生数であるのに対し、今回は約350万回(ちなみに本稿の執筆時点では約420万回)の再生数だったとHohndel氏は苦笑した。

Linus Torvalds氏(左)とDirk Hohndel氏(右)

 本題の最初のテーマは、11月末にリリースされたLinux 6.18カーネルだ。このバージョンのハイライトについて尋ねられると、Torvalds氏は「いつもと同じことの繰り返し。私はこれを35年間続けている」と、いつものように回答。新しいハードウェアのサポートが主なものであり、最近は多くのクリーンアップをしているが、革命的な変化は起こさないことが目標だと語った。

 なお、Linux 6.18はLTS(長期サポート)版となった。どのバージョンがLTSになるかは公式に事前発表していなかったが、現在では年の最後のリリースということになっている。これについてTorvalds氏は、以前発表していなかったのは、LTSとなると急いでコードを入れようとする人が増えて、LTSに必要な安定性に反するためだと語った。しかし、最近では皆が慣れ、LTSカーネルを1つ逃しても、1年後には次のLTSカーネルが出ると理解しているだろうと語った。

 このように、コードを受け付ける期間がマージウィンドウで、バージョンごとに2週間設けられる。ここで届くコミット数は通常約1万2000件になり、これをメンテナーがひたすらマージし続け、続く7週間ですべてのバグを見つけて修正した後、Torvalds氏が最終的なリリース版を作る。

 「私は長い間、プログラミングには関わっていない」とTorvalds氏。「コードの細かいことはサブメンテナーを信頼して任せ、私の役割は、メンテナンスや作業の流れ、安定したスケジュールを守ることだ」と語った。

 とはいっても、コードをマージするときに同じ箇所の変更が衝突した場合など、コードを見て問題を判断するといったことはしていると付け加えた。

 こうしたマージにおいて腹を立てる点についてHohndel氏が尋ねると、マージウィンドウの最終日の前日である土曜日にコードが送られてくることや、テストが十分になされておらず、バグの残ったコードが送られてくること、自分のバグを認めない人などをTorvalds氏は挙げた。

Linus Torvalds氏

 次の話題は、開発ツールとAIについて。

 Torvalds氏は、Linuxカーネル開発ではコードチェックなどのツールがたくさんあり、ツール重視の環境になっていると答えた。そして、今回の会期に合わせて12月10日に開かれるLinuxカーネル開発者の招待制会議「Linux Kernel Maintainer Summit」において、大きな議題の1つとして、AI時代のツールやポリシーについて議論がなされると紹介した。

 「私はAIの話題が嫌いだが、AIは嫌っていないし、ツールとして信じている」とTorvalds氏。個人的に、メンテナーの立場なので、コードを書くAIよりコードのメンテナンスを助けるツールに興味があるという。「ツールチェーンの一部として、悪いコードを私に届く前にチェックしてくれて、作業フローが軽くなることを願っている」(Torvalds氏)。

 AIは使えるツールだが、「コンパイラによってコード作成が格段に楽になったのと同じようなもの」とTorvalds氏は言う。「初期のコンパイラはあまり上手なコードを書けなかったが、今日のコンパイラは魔法のようになり、プログラマーが細かいことを気にしなくても最適なコードを書いてくれる。単なる道具にすぎないが、便利なツールであり、それによって新しいことができるようになる」(Torvalds氏)。

 そして最後の話題は、Linuxカーネルのノーリグレッションのルール、つまり変更によって挙動が変わってしまうこと(リグレッション)を禁止し、後方互換性を壊さないことについて。このルールを採用するプロジェクトが少ないことも含め、Hohndel氏は尋ねた。

 これは簡単ではない、とTorvalds氏。例えば、リグレッションで挙動が少し変わってしまったことに気づかず2年ほどが経つと、新しい挙動に依存するアプリケーションが現れ、修正するとそれもリグレッションになってしまうからだ。

 また、ソフトウェア開発が好きな人は、新しいことを探求するのが好きなため、「古いやり方は間違っているから修正しよう」という誘惑に駆られるという。しかし、ほかのソフトウェアが依存するプロジェクトでは、変更によって依存するソフトウェアをすべて壊してしまう、とTorvalds氏は説明した。

 「インフラの変更で挙動が変わると、修正が非常に難しい。だからこそ、Linuxカーネルでは、そのような変更をしないというルールがある。新しいことをするときは新しいインターフェイスを使い、古いインターフェイスはそのままにする」(Torvalds氏)。

調査レポート「日本のオープンソースの現状 2025」が公開

 「Open Source Summit Japan 2025」に合わせて、Linux Foundationによる調査レポート「日本のオープンソースの現状 2025:戦略的なオープンソース活用によるビジネス価値の加速(The State of Open Source Japan 2025: Accelerating business value through strategic open source engagement)」が、日本語版と英語版で同時に公開された。

 その内容について、Linux Foundation日本代表の福安徳晃氏による開幕のあいさつと、Linux FoundationのSVP of ResearchのHilary Carter氏による講演で言及されたので、その部分を紹介する。

「日本のオープンソースの現状 2025:戦略的なオープンソース活用によるビジネス価値の加速(The State of Open Source Japan 2025: Accelerating business value through strategic open source engagement)」
Linux Foundationの日本代表の福安徳晃氏
Linux FoundationのSVP of ResearchのHilary Carter氏

 まず、回答者の96%が、昨年オープンソースが実際にビジネスにおける価値を上げたと回答し、グローバルの54%を上回る数字となった。さらに、74%が将来にも価値があると回答している。

 一方で、オープンソース開発コミュニティの活動を実際にチェックしている回答者はわずか26%で、グローバルの47%を下回る結果となった。

96%が昨年オープンソースが実際にビジネスにおける価値を上げたと回答
オープンソース開発コミュニティの活動をチェックしているのは26%

 技術分野で見ると、日本はクラウドネイティブの採用が進みつつあるが、グローバルの52%に対して33%と下回っていた。一方、進んでいる分野としては、AR/VR技術や製造業分野が挙げられた。

 日本市場の特徴としては、サポートへの要求の厳しさも明らかとなり、89%がサポート対応時間が12時間未満になることを期待している。これについてCarter氏は「海外から日本の組織と仕事をするときには、この要求の厳しさに準備する必要がある」とコメントした。

 オープンソースの価値に関する経営層の理解については、日本は世界の他国と同等で、従業員の85%から少し下がる70%となった。これについてCarter氏は、「多くの場合、経営層が予算について決定を下すため、オープンソースの価値に対する経営層の理解を深めることが非常に重要だ」と語った。

クラウドネイティブの採用はグローバルを下回るが、AR/VRや製造業で進んでいる
日本市場のサポートのレベルの厳しさ
オープンソースの価値に関する経営層の理解

展示会場には各社のデモも

 そのほか各種の講演セッションが開かれ、展示会場も設けられた。

 展示会場では、自動車関連でアイシン、パナソニックオートモーティブシステムズ、ホンダが、AGLベースのシステムを展示していた。

 アイシンのブースでは、AGLベースで作られたスズキの自動車コクピットを展示。パナソニックオートモーティブシステムズは、車載システムの周辺機器の動作をモデル化して車載機器をクラウド上で評価するものをデモ。ホンダのブースでは、AndroidベースのアコードのシステムをAGLの「SoDeV」リファレンスアーキテクチャ上で仮想マシンとして動作する様子をデモしていた。

アイシンの展示
アイシンのシステムの説明
パナソニックオートモーティブシステムズの展示
パナソニックオートモーティブシステムズのシステムの説明
ホンダの展示
ホンダのシステムの説明

 富士通は、サーバーにダイナミックにGPUやメモリーなどを追加できるPRIMERGY CDIを展示していた。サーバーの外にCDIのデバイスを用意し、必要な分量だけをサーバーに追加できるようにするものだ。これまでGPUの追加に対応していたが、新しくメモリーの追加に対応した。これにより、Kubernetesでワークロードを割り当てるノードの柔軟性が向上するという。

 またLLMの1bit量子化技術についても展示していた。同社のLLM「Takane」を、1bitへの量子化(パラメータのビット数を減らすこと)によってエッジAIで動かすものだ。量子化アルゴリズムQEPにより、元の89%の精度を保つという。

 ブースでは、動画から熊を検知して説明を生成する処理を、クラウド利用とエッジAIで比較するデモを行っていた。ローカルではクラウドより早く結果が出るところを見せていた。

富士通のPRIMERGY CDI。右のサーバーに左のデバイスからメモリーを追加する
LLMの1bit量子化技術
量子化と精度維持率
動画から熊を検知し説明を生成するデモ

 Wind Riverのブースでは、Linuxに影響を受けたOSSの組み込み向けリアルタイムOS「Zephyr」をInfineonのボードで動かして、カメラ映像を表示するところを展示していた。

 また、NVIDIAのGPU組み込みPCのJetson Nano上で、同社のLinuxディストリビューションeLxr Proを動かし、NVIDIAの物体検出ライブラリNanoOWLでカメラ映像から物体検出する様子も展示していた。

 さらに、同社が始めたOpenInfra Foundationのエッジ向けクラウドプラットフォーム「StarlingX」にて、KubernetesのポッドとOpenStackの仮想マシンで同じようにアプリケーションが動くところも展示していた。

リアルタイムOSのZephyrをInfineonのボードで動かしカメラ映像を表示するデモ
Jetson nano+eLxr Pro+NanoOWLでカメラ映像から物体検出するデモ
StarlingXで、KubernetesのポッドとOpenStackの仮想マシンで同じようにアプリケーションを動かすデモ

 11月に日本法人を設立したGrafana Labsもブースを出展した。OSSの可観測性プラットフォーム「Grafana」をベースにしたフルマネージドのクラウドオブザーバビリティプラットフォーム「Grafana Cloud」を商用サービスとして提供する。

Grafana Labsのブース

 同じく11月に日本法人を設立した、オープンソースの分析データベース「ClickHouse」もブースを出展していた。高速・大容量が特徴で、MetaやNetflix、Anthropic、Microsoftなどにも採用されているという。商用版としてはクラウドのマネージドサービスを提供しており、来年には商用オンプレミス版も予定しているとのことだった。

ClickHouseのブース
採用企業の例

 2024年に独立した会社として再出発した、ソフトウェア・サプライチェーン・リスク管理のBlack Duck Softwareもブースを出展していた。アプリケーションに含まれるOSSを検出して、ライセンスやセキュリティを管理したり、SBOMを作成したりする。また、自動車やIoTなどのソフトウェアに対するファジングテストのソリューションも持つ。

Black Duck Softwareのブース