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Amazon.com CTO ワーナー・ヴォゲルス氏は今年でre:Inventから“卒業”に

IaaS基調講演では「Graviton5」を発表

 12月1日~12月5日(現地時間、以下同じ)に、クラウドサービス事業者AWS(Amazon Web Services)の年次イベント「re:Invent 2025」が、米国ラスベガス市にあるThe Venetian Expoなどの会場で行われた。

 会期4日目となる12月4日には、午前中にAWS ユーティリティコンピューティング担当副社長 ピーター・デサンティス氏とAWS コンピュート&マシンラーニングサービス担当副社長 デーブ・ブラウン氏によるIaaS関連の基調講演が行われ、午後にはAmazon.com CTO ワーナー・ヴォゲルス(Werner Vogels)氏による基調講演が行われた。

re:Inventからの卒業講演を行うAmazon.com CTO ワーナー・ヴォゲルス氏、Tシャツのメッセージは「Open mind for a different view. And nothing else matters」(違うモノの見方にオープンでいるべし、それ以外はささいなことにすぎない)

 この中でAWSは、同社のArmプロセッサーの最新製品となる「Graviton5」を発表したほか、同社がマット・ガーマンCEOの基調講演内で発表した「Trainium3」向けのインスタンス「Trn3 UltraServer」で、CPUとしてGravitonを選べるようになったことを明らかにした。もちろん従来のx86プロセッサーとの組み合わせを選ぶことも可能で、顧客が自由に選択できるようになる。

従来は「Monday Night Live」として行われてきたIaaS基調講演は「Thursday Morning Live」に

 今やどこのクラウドサービス事業者(CSP:Cloud Service Provider)にとっても、AI向けのソリューションが最重要であることは論を待たない。このことは、1990年代半ばから後半に急速にインターネットが普及した時に、ほとんどのITベンダーがインターネットへの対応を明らかにして、盛んにインターネット向けのサービスなどをリリースしていったのと同じような状況だと言える。

 それから30年近くが経って、インターネットが広く普及している今から見ると、その当時にインターネット向けの製品やサービスをリリースしなかった企業が愚かに見えるだろう。そうしたことを考えれば、CSPやIT企業がAI向けの製品やサービスを充実させる方向に進んでいるのは妥当な選択だと考えられる。

 今回行われたAWSの年次イベント「re:Invent 2025」でも、12月2日のAWS CEO マット・ガーマン氏の基調講演、12月3日のAWS エージェンティックAI担当副社長 スワミ・シヴァスブラマニアン氏の基調講演などではAIが話題の中心で、AI以外のAWSのサービスに関しては、ガーマンCEOの最後の10分で25製品が紹介される――そんな状況で、AWSにとっても、そして参加者にとっても興味の中心がAIにあることは明らかだろう。

 AWSの祖業であるIaaS(Infrastructure as a Service)関連の話題は、近年はAWS ユーティリティコンピューティング担当副社長 ピーター・デサンティス氏などが担当するIaaS向けの基調講演――「Monday Night Live」と呼ばれる――で語られることが通例になっていた。ただ、月曜日の夕方の基調講演は、最重要イベントの火曜日朝に行われるCEO基調講演の前座感が強い扱いだったことは否めなかった。

 しかし、今年は会期4日目にあたる12月4日の午前中に行われた。こうしたテックイベントでは、朝に行われる基調講演の方が優先度の高いイベントであり、その意味ではIaaS関連の話題が、全体講演、AI講演に次いで3番目に重要な講演であることを示している。このことは、IaaSの位置づけがAWSの中でも再び上昇していることを意味している。

 眼鏡をかけ、AWSロゴがついたスタイリッシュなベルトというオシャレなファッションをまとうなど、昨年の講演時からはイメチェンして登場したデサンティス氏は、「クラウドを支えるインフラの重要性は以前とまったく変わっていないし、AIによりそれが加速していると言える。AI時代のインフラとして必要なのは、セキュリティ、可用性と性能、弾力性、コスト効率、俊敏性の5つだ」と述べ、AWSはそうした特徴を備えたインフラをこれからも提供していきたいと説明した。

IaaSに必要なのはセキュリティ、可用性と性能、弾力性、コスト効率、俊敏性の5つ
AWS ユーティリティコンピューティング担当副社長 ピーター・デサンティス氏

 例えば俊敏性の話題では、2010年ごろのクラウドの勃興期に、「ジッター」という深刻な課題に直面していたことを紹介した。これは、仮想化ソフトウェアで発生する数百マイクロ秒の性能低下で、アプリケーションの性能に大きな影響を与えていたという。

 デサンティス氏は「われわれは、独自の半導体となるNitroを開発して、ジッター問題を解決した。ソフトウェアだけではできないことをカスタム半導体の開発により実現したのだ」と述べ、AWSがカスタム半導体を開発してEC2向けに投入してきたことが、その上で動作しているSaaSのサービスなどにもいい影響を与えてきたのだと強調した。

ジッター問題
Nitroによりジッター問題を解決

AWSのカスタムCPUとなる「Graviton5」が発表、192コアとCPUコア数は倍に

 今回の基調講演の中で、AWSは、同社のデータセンター向けArm CPUとなる「Graviton5」を発表した。Gravitonは、2018年に最初の製品が発表された、AWSの子会社「Annapurna Labs」が設計しているカスタムCPUで、Arm社のデータセンター向けCPU IPソリューションである「Neoverse」を基に、周辺部分やメモリコントローラーなどをAnnapurna Labsが設計し、受託製造半導体メーカー(ファウンダリー)に製造を委託している形になっている。今回発表されたGraviton5は、その最新版だ。

Graviton5

 Graviton5は、ArmのNeoverse V3という最新のIPデザインを採用しており、CPUコアはGraviton4の96コアから倍の192コアになっている。このようにコア数を大きく増やせた理由の1つとしては、製造に利用するプロセスノードが5nm(Graviton4)から3nmに微細化されたことが挙げられる。

 また、Graviton5の発表を担当したAWS コンピュート&マシンラーニングサービス担当副社長 デーブ・ブラウン氏は「パッケージあたりに192コア」と発言しており、ダイあたり192コアと言っていないので、おそらく2ダイが1パッケージに混載されているチップレット技術を応用しているのだと推定される。

AWS コンピュート&マシンラーニングサービス担当副社長 デーブ・ブラウン氏がGraviton5を説明

 Gravitonシリーズは、以前からメモリコントローラーはチップレットの形でパッケージ上に混載されてきたが、それは今回も同様だ。同社が基調講演内で公開したチップの概念図では、12個のメモリコントローラーがあることが確認できたので、Graviton4と同じ12チャンネルのメモリコントローラーだと考えることができる。

 また、キャッシュ階層の見直しも行われている。特に大きな変更はL3キャッシュの増量で、Graviton4は36MBと、現代のデータセンター向けCPUとしては少ない容量になっていたのだが、今回は192MBへ増量され、AMDやIntelのx86プロセッサーのデータセンター向け製品の半分程度には強化されている。

 L3キャッシュを大容量にすることは、メモリレイテンシの削減の面で確かに効果があるのだが、その反面SRAMの容量を増やすことは消費電力の増加につながる。Graviton4でL3キャッシュが36MBと比較的小さな容量にとどめられていたのは、そうした性能と消費電力のバランスを取った結果だと推測できるので、今回はやや性能の方に寄せた設計だと考えられる。AWSによれば、Graviton5のCPUコア性能自体は従来のGraviton4と比較して20%向上すると説明している。

Graviton5の特徴

 なお、今回、AWSはGraviton5やその写真などをなぜか明らかにしなかった。2023年にGraviton4を発表した時には実物を公開しているのに比べると、やや奇異な感じを受けた。後述するM9gというGraviton5を搭載したECインスタンスがすでにプレビュー提供されていることを考えると、実物がすでに存在することは間違いなく、テックの世界でも情報公開が当たり前の現状を考えると、首をひねりたくなる不思議な対応だった。

Graviton5を搭載したM9gインスタンスのプレビュー提供開始

 AWSは同日に、Graviton5を採用したEC2インスタンスの「M9g」のプレビュー提供開始を発表している。このM9gはGraviton5ベースのインスタンスで、DDR5-8800のメモリに対応している(従来のGraviton4ベースのM8gはDDR5-5600まで)。また、M9gでは、新しいNitroの投入によりネットワーク性能などが引き上げられており、そちらの点でも性能が向上している。

M9gインスタンス

 M9gは従来のM8gと比較して性能が25%向上し、アプリケーションレベルではデータベースでは最大30%、Webアプリケーションでは最大35%、マシンラーニングでは最大35%、性能が向上すると説明している。なお、2026年にはさらに、C9g、R9gというインスタンスが投入される計画になっている。

 今回の基調講演では、Gravitonの具体的なユーザー事例として、Appleの事例が紹介された。Appleは昨年もTrainium2のユーザー事例として登場したが、今年はGravitonの事例として紹介されたことになる。

 Appleは、自社のプラットフォームであるiOS、macOSなどに向け、アプリケーション開発用のプログラミング言語として「Swift」を提供している。Swiftは、Appleのプラットフォームに向けたアプリケーションを記述するプログラミング言語であるのと同時に、開発環境でもある。Swiftを用いた開発はオンプレミスでも行えるし、クラウドでも行える。この特長を生かして、Swiftのコアサービスのコード自体をSwiftで作り直し、それをAWSのGraviton上で動かすようにして、x86からArmへの移行を実現したのだという。Appleによれば、これにより性能が40%向上し、コストを30%削減できたとのことだ。

Gravitonの採用で性能向上とコスト削減を発表
Apple クラウドシステム・プラットフォームズ担当 副社長 ライアン・ミラッシディ氏

Trainium3のEC2インスタンスでGravitonとの組み合わせの提供開始を発表、対応ブレードを会場で展示

 なお、AWSは、12月2日に開催されたマット・ガーマンCEOの記者会見の中で、同社のAI向けASIC「Trainium3」のGA(一般提供開始)を発表し、同時に次の世代に該当する「Trainium4」の構想を発表している。昨年のre:Invent 2024ではTrainium3の構想が発表され、本年のre:Invent 2025でGAが発表されていることからもわかるように、おそらくはTrainium4も来年のre:Invent 2026でGAになるのがAWSのロードマップだと考えられる。

 GAになったTrainium3だが、同時に「Trn3 UltraServer」と呼ばれるEC2インスタンスの一般提供も開始されている。Trn3 UltraServerには、64基のTrainium3から構成されるTrn3 UltraServerと、144基のTrainium3から構成されるTrn3 UltraServer Gen 2という2つのEC2インスタンスが用意されており、ニーズによって使い分けられる。

 今回AWSは、Trainium3単体の性能に関してはほとんど言及せず、性能で言及したのはTrn3 UltraServerに関してになる。Trn3 UltraServer Gen 2は、従来のTrainium2を搭載したTrn2 UltraServerに比べて、性能が4.4倍、メモリ帯域が3.9倍となった。これにより、同じ電力での出力トークンが約5倍になり、現状のAI処理で利用者が重要視している、電力あたりのトークン性能が向上することが最大の特徴となる。

 また、今回そうしたTrn3 UltraServerにおいて、サーバーブレード上で、CPUにGraviton(どの世代かは明らかにされなかった)、ASICにTrainium3、ネットワークにNitroという、AWSが提供するカスタム半導体を搭載したものを提供開始すると明らかにしている。従来のTrainium2までのシステムでは、CPUアーキテクチャがx86であったので、今後Armも選択することが可能になることを意味する(AWSによれば、今後もx86を選択することは可能とのこと)。

Graviton、Trainium3、Nitroという組み合わせのEC2インスタンスを提供

 こうしたボードはre:Invent 2025の展示会場で展示が行われており、Graviton、Trainium3、Nitroなどが1つのサーバーブレード上に搭載されていることを確認できた。

展示会場に展示されていたGraviton、Trainium3、Nitroが搭載されたサーバーブレード
Graviton
Trainium3

 なお、今回のre:Invent 2025の展示会場では、各種の展示が行われていたが、別記事で紹介している、トレンドマイクロが12月1日(米国時間)に発表した「Trend Vision One AI Security Package」のデモも行われていた。

 Trend Vision One自体は、すでに提供されているトレンドマイクロのセキュリティツールで、最大の特徴はオンプレミス、クラウド(AWS、Google Cloud、Microsoft Azure、OCI)のセキュリティを横断的に管理可能な点だ。そのTrend Vision Oneに、AIのセキュリティ機能を管理する「AI Scanner」、「AI Guard」が追加されたことが明らかにされ、そのデモが行われていた。

Trend Vision OneのAIセキュリティ機能デモ。AIのリスクをスコア化して表示することが可能に
AI Scanner機能

プログラマーが進化を受け入れるなら「AIにより仕事を奪われる」ことなんてないとAmazon CTO ヴォゲルス氏

 re:Inventでは例年、木曜日の午前中に行われていたAmazon CTO ワーナー・ヴォゲルス氏による開発者向けの講演が、今年のre:Invent 2025では木曜日の夕方に行われ、閉幕基調講演に位置づけが変更されて行われることになった。

 2014年のre:Invent 2014から、11年にわたってこの開発者向けの基調講演を担当したヴォゲルス氏だが、今回のre:Invent 2025の閉幕基調講演をもって、re:Invent基調講演のスピーカーからは引退することが講演の冒頭に明らかにされ(Amazon CTO職は引き続き続けるともアナウンスされている)、急遽、ヴォゲルス氏の「卒業公演」へと意味合いが変更されて続けられた。

 ヴォゲルス氏の講演では、冒頭に明らかに映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(原題:Back to the Future)のパロディー版となる動画「Back to the Beginning」が流され、主人公の一人であるドクに扮したヴォゲルス氏がデロリアンに乗り込んで、1962年、1972年、1985年、1992年、2005年に旅する様子が映された。

Back to the Beginning
ドクに扮したヴォゲルス氏がタイムマシンに乗って1962年に向かう

 1962年には、最新の開発ツール「COBOL」だという会話が交わされると会場は笑いの渦に包まれていた(本誌の読者には説明の必要はないと思うが、COBOLはメインフレーム用の開発言語で、今では時代遅れの象徴としてやり玉に挙げられることが多い)。

1962年には最新テクノロジーだったCOBOL

 その中では「クラウドで開発者の仕事はもうなくなるか?」などの架空の新聞やWebサイトなどが示され、いつの時代も新しいツールが登場するたびに、開発者の仕事はなくなるのか、人間の仕事はなくなるのか、といった疑問が繰り返されるということを風刺した。

1985年にはC++が…と開発者のツールは日々進化している
2010年にはクラウドは仕事を奪う?まさに今のAIは仕事を奪うの議論と同じ…

 その動画の後に登場したヴォゲルス氏は、「The elephant in the room」という英語を使って、現在の状況を説明した。これは、象が部屋にいるという状況があるにもかかわらず誰もそれに触れないという「人は見たいと思うものしか見ない」という状況が、今の時代にも起きていることを指摘した。

The elephant in the room

 ヴォゲルス氏は「AIに仕事を奪われるという話だが、確かにいくつかのタスクは自動化されることは事実だ。しかし、もしあなた自身が進化できるのであれば、それに対しての答えはノーだ」と述べ、技術の進化に合わせてエンジニアも発想を変えていくことで、開発者としての仕事がなくなるわけではなく、むしろレオナルド・ダ・ヴィンチやガリレオ・ガリレイといったルネサンス期の科学者のように、何か新しいことを成し遂げられるはずだと指摘。現在は、そうしたルネサンス期のような状況で、エンジニアは「好奇心」を持って新しいものを受け入れ、それを活用することが重要だと強調した。

AIに仕事を奪われる?あなたが進化するならノーだ

 ヴォゲルス氏はそうした新しい何かの代表例として、AWSが今年から提供を開始している開発ツールのKiroを紹介。Kiroの開発者であるAWS 上席主任ソフトウェアエンジニア クレア・リグオリ氏をステージに呼び、Kiroの説明を行った。

AWS 上席主任ソフトウェアエンジニア クレア・リグオリ氏

 リグオリ氏は「最初にKiroを開発した時には、周りの人にKiroのことを説明しても理解してもらえず、まずは仕様書からコード、その逆にコードから仕様書を作るというKiroのプロトタイプを作ってみせたら、急に物事が動き出した」と話し、機能をプレゼンなどでは理解してもらえなかったが、実際にデモを作ってみせたら周りに理解してもらえて開発が進んでいったという経緯を説明し、エンジニアにはエンジニアのコミュニケーションのやり方があるのだと指摘した。

エンジニアはほかの人とコミュニケーションを取ることが大事だが、その取り方にもやり方がある
Kiroは仕様書とコードを行き来できるツール

 講演の最後にヴォゲルス氏は、「Amazon.comのECサイトで消費者が購入のボタンを押した背後には、カタログやデータベースの管理を行っている人がいて、パッケージを届けるロジスティクスを構築したり担当したりする人がいる。そうしたエンジニアがきちんと仕事をしていなければ、消費者には商品は届かない。私は皆さんがしっかり仕事をされていることを誇りに思っている。エンジニアよ、誇りを抱け」と述べ、AmazonのCTOという技術職を統括する立場からも、詰めかけたエンジニアに感謝の言葉を述べ、そしてエンジニア自身が誇りを持って仕事に取り組んでほしいとまとめて、自身のre:Invent卒業公演を終えた。

エンジニアよ、誇りを抱けというクラーク博士ばりの名言で講演を締めたヴォゲルス氏
最後の言葉を終えると、詰めかけた観衆からスタンディングオベーションで送られるヴォゲルス氏