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中小企業こそがデータ利活用のメインプレイヤーになれるように――、中小企業データ活用フォーラム2021レポート

 中小企業のデータ利活用を推進する「中小企業データ活用フォーラム 2021」が、10月21日にオンライン開催された。データ社会推進協議会(DSA)とインプレスによる共同開催で、中小企業や地場商業者等のプレイヤーに向け、さまざまなデータ活用事例が紹介された。ここでは基調講演と招待講演を中心にレポートする。

「東京都のデジタル戦略について」

 フォーラムは、一般社団法人データ社会推進協議会 代表理事/理事長の奥井 規晶氏による開会挨拶、衆議院議員で初代デジタル大臣の平井 卓也氏の開会にあたっての祝辞メッセージ、「中小企業データ活用フォーラム 2021」委員長で東京大学 大学院情報学環 教授の越塚 登氏による開会の辞からスタートした。

 続いて、東京都 副知事の宮坂学氏が登壇し、「東京都のデジタル戦略について」と題したオープニング基調講演を行った。

 宮坂氏は最初に、インターネット利用率や利用時間、eコマース利用率などの統計結果を示しながら、世界は急速にインターネット前提社会、デジタル前提社会に変化を遂げているが、日本は進んでいるように見えて世界のトップから見ればそれほど高い順位ではなく、日本・東京のデジタル化は後れをとっているとして、「デジタルこそが東京の成長のカギを握る」と指摘した。

 行政サービスについては、住民のニーズに十分には応えられておらず、サービスを提供する側の職員もデジタル環境の整備が不十分と考えている。そうした状況が、膨大なアナログ対応の負担を民間企業に強いているという。「民間の力はよりよいサービス、新たなイノベーションを起こすために使ってもらいたいと考え、私たち東京都はデジタルガバメントに生まれ変わるための取り組みを進めています」と宮坂氏は言う。

 続いて宮坂氏は、東京版のSociety 5.0「スマート東京」への取り組みを紹介した。

東京版のSociety 5.0である「スマート東京」の実現を目指す

 自然・気象、インフラ、くらし・経済の各行政サービスからデータをオープンなビッグデータプラットフォームに収集し、AIも使って行政サービスに活用して、新たな付加価値を提供していく。

 東京都では「スマート東京」の実現に向け、3つの柱を立て、施策を展開しており、さらに「ウィズコロナ」の視点も加味してDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速している。「電波の道でつながる東京(TOKYO Data Highway)」「公共施設や都民サービスのデジタルシフト(街のDX)」「行政のデジタルシフト(行政のDX)」の3つの柱だ。

 TOKYO Data Highwayでは、基地局候補地として都保有の土地アセットをデータ化。約1万5千件の都保有アセットを位置情報込みで通信事業者に開放、データフォーマットを公開して、他自治体の再利用を可能にしている。また5G/Wi-Fi環境の整備も推進している。

 街のDXでは、行政が有するさまざまなインフラ・政策にデジタルテクノロジーを取り入れることで、サービスの質を向上させる。すべての部局で取り組みを進めており、すでに5GやIoTを活用した分野横断的なサービスなども先行して実施している。

 行政のDXについては、まずは「DX-Ready」の状態へ改革する。都の行政手続きの98%をデジタル化する「東京デジタルファースト条例」を昨年度制定。169の行政手続きを「原則」デジタル化するという。

行政DXにより現在、すでに多くのデジタル化が進んでいる

 次いで宮坂氏は、「東京データプラットフォーム(TDPF)」の取り組みについて紹介した。TDPFは、データ利活用推進のため提供者と利用者をつなぐ基盤となり、流通の加速を通じて都民のQoL向上を目指す取り組み。2030年に向け、基盤上でさまざまな官民のデータがワンストップで利用可能になるなど、事業計画のベースとして中長期の目指す姿を検討しているという。

 「データ活用により新たな価値、新しい行政サービスを創造していきます。行政サービスの作り手と受益者の関係ではなく、一緒になってデジタルサービスを作れるようになるために、たくさんのデータが流通するような社会を作っていきたいと思います」と宮坂氏は講演を締めくくった。

『老舗食堂ゑびや』のデータ経営事例

 午後のセッションでは、株式会社EBILAB 代表取締役の小田島 春樹氏とCTO・CSO・エバンジェリストの常盤木 龍治氏による「劇的に生産性と利益率を上げた『老舗食堂ゑびや』のデータ活用法」と題した招待講演が行われた。

 「ゑびや」は、伊勢で創業150年の歴史を持つ。もともとは伊勢神宮の参拝客向け飲食店から始まり、西洋料理など形を変えながらサービスを提供してきた。現在は三重県の海の幸、山の幸を提供するゑびや大食堂、三重の厳選されたお土産物やオリジナル商品を販売するゑびや商店などを展開している。

 EBILABは、老舗食堂ゑびやのデジタルシフト経験をもとに日本中の悩めるサービス業のデジタルシフト支援を提供する、老舗食堂発のスタートアップである。

 「売上を上げるためにテクノロジーを活用してデータを収集するという観点と、経営を楽にするためのIT化という2軸でさまざまなことに取り組んできました。新しいことに取り組むためには経営者自身も時間を作らなくてはなりません。日々の作業に忙殺されていては新しい取り組みは進みません」(小田島氏)。

 「EBILABはAIの会社とよく誤解されますが、そうではなく、丁寧に業務改善を繰り返し、何を自動化するか、何のデータを収集・活用するかを繰り返し考えながら進んできた結果なのです」(常磐木氏)。

 EBILABでは老舗食堂ゑびやでの経験をもとに、さまざまな飲食店向けクラウドサービスの開発・販売・サポートを展開している。

 ユーザーとして自分たちで使って良かったものをサービスとして開発し、提供していく「ユーザーテック企業」だと小田島氏は言う。

 データ経営の重要性について、小田島氏はゑびやでの経験を紹介した。デザイナーを入れて商品開発をして店舗を改装した時のこと、「もう少し売上があって良いという感覚があった。それを数値化しました」と小田島氏。購買前データと購入データを比較して、性別、年齢層で入店しているのに購買に至っていない層を可視化して、そこを補う商品開発や見せ方を変更した。この発見によって1年後には売上が約1.8倍にまで向上した。「商品ラインアップと見せ方を変えただけ、店舗の大きさも変えずにこれだけ伸ばすことができたというデータ活用の例です」と小田島氏。

 データ経営が必要な理由を「データファクトに基づく根拠で商売を繁盛させて、もうけるためです」と小田島氏は強調した。最後に常磐木氏も「経営者自らが商いを実現するためにデータ活用やITからは逃げられません。自らが飛び込んでいくしかありません。皆さんもデータ経営にぜひ取り組んでください。私たちも支援させていただきます」と語り、講演を締めた。

六本木商店街のスマート街路灯の設置とデータ利活用事例

 続いて、「六本木スマート街路灯の設置とデータ利活用の取り組み」と題し、六本木商店街振興組合 理事長の臼井 浩之氏による講演が行われた。

 六本木商店街では、既存の街路灯を新たなスタイルの「スマート街路灯」に建て替えている。

 スマート街路灯は、LED照明はもちろんカメラやデジタルサイネージ、遠隔管理のための通信機器などを装備し、24時間歩行者通行量を計測するとともに、デジタルサイネージから各種情報発信を行う。

 カメラについては個人情報に特に留意して、歩行者数計測と防犯で用途とデータ管理者を分離。双方でアクセスできないように制御している。特に歩行者数計測ではカメラ画像から歩行者数を自動計測して、歩行者数およびその年代、性別を推定したデータのみを保存。画像を保存しない仕組みとしている。

 サイネージでは、商店街情報や第三者の広告に加え、港区政情報や警察・消防情報など公共の情報を表示している。これにより地域振興、防災や防犯の役割も果たしている。「この街路灯をさらに拡大、発展させ、利用を図りたいと考えています」と臼井氏は展望を語った。

 さらに、2020年に実施した「東京都データ利活用プロジェクト」への参加結果についても紹介した。

 東京都では「スマート東京実施戦略」のもと、都市をより良くするテクノロジーで、社会的な課題の解決等に貢献するサービスを、実際にデータを活用して提供する、実証プロジェクトを実施した。六本木商店街はこの実証プロジェクトで「三密回避・混雑回避」のテーマで採択され、8月から11月にかけ実証を行った。

 各種データを掛け合わせた結果、さまざまなことが見えてきた。例えば、人流情報とコロナ感染症情報を掛け合わせでみると、「コロナと人流は、2020年3月の外出自粛要請、4月の緊急事態宣言の時には強い相関が認められましたが、7月に感染者数が増大した時は人流への影響はそこまで大きくありませんでした」(臼井氏)という。

 総括として臼井氏は、データの組み合わせが多面的な実像を浮き彫りにしたと評価。さまざまな気付きを得ることができ、取り組みの先進性には情報発信力が必須であることも認識した。一方で、さらなる有効活用にはデータ流通や広告表示の可能性を広げる環境作りが必要とも話す。最後にデータ利活用の課題として、「独自データ以外のデータを手軽に活用できる環境にはなく、分析にはアナリストも必要となります。データの入手やアウトソーシングのための予算捻出は商店街では難しい」として、行政や企業による協力の必要性を訴え、講演を終えた。

ヤフーやPayPayを擁するZホールディングスの事例紹介

 続く招待講演では、Zホールディングス株式会社 常務執行役員 グループチーフデータオフィサー(GCDO)の佐々木 潔氏が、「データ活用の合言葉は『守り』と『攻め』」と題した講演を行った。

 ZホールディングスはヤフーやPayPay、ASKUL、GYAOなどをグループ企業として擁するAIテックホールディングスカンパニーだ。

 まず佐々木氏は、Yahoo! JAPANのデータ利活用状況を紹介した。Yahoo! JAPANは100を超えるサービスを提供しており、年間のログインユーザーは8千万人以上、デイリーリクエストは1日で2千億回以上にもなる。そこからさまざまな種類の膨大なビッグデータが生まれており、そのデータを事業に活用している。

 Yahoo! JAPANサービス単独のデータ利活用例としては、トップページの分析にDeep Learningを活用したことにより、ユーザーの滞在時間が7%伸びた事例を挙げた。ユーザーそれぞれに興味関心が高いコンテンツを表示することで滞在時間が伸びた結果だ。

 次にサービス横断でのデータ利活用の例として佐々木氏は、Yahoo!ショッピングでYahoo!検索のデータを機械学習で利用したケースを挙げた。Yahoo!ショッピングではユーザーごとにレコメンドを表示しているが、初めての来訪者にはレコメンドを出せない。そこでYahoo!検索で検索した情報を利用してユーザーの興味関心を機械学習で推定し、レコメンドを表示したところ、CTR(クリック率)が4.5倍になったという事例だ。

 次にグループ(企業)横断でのデータ利活用の例としてPayPay銀行とYahoo!ショッピングの事例だ。PayPay銀行が融資の審査を行うにあたり、Yahoo!ショッピングに出店している企業のデータ(ユーザーの声など)を利用して店舗の信頼性を判断。貸倒率を上げることなく、融資可能店舗を50%増やすことができたという。

 こうしたグループでのデータ活用事例を紹介して佐々木氏は、「データの力を日々実感しています」と語る。

 Yahoo! JAPANのデータ利活用状況に続き、佐々木氏はデータ利活用における課題について紹介した。

 アンケートなどの結果から、日本国内では大半の企業がデータ利活用に取り組んでいるが、いまだに成果がないと佐々木氏は指摘。また、データサイエンティストも慢性的に不足しており、データ量についても足りていないという。「つまり、データ利活用における日本の課題は、人財の不足、技術の不足、データの不足といったことです」と佐々木氏。

 ではそれを解決するためにはどうすればよいか。データ利活用における『守り』と『攻め』として佐々木氏は持論を述べた。

 「『守り』と『攻め』と、『守り』を先にしましたが、データの利活用とはまず『守り』、つまりデータの利活用はユーザーのプライバシーが保護され、安心安全である状態が前提となります」と佐々木氏は強調した。

 『守り』を固めた上で、では『攻め』はというと、「人財」が重要となる。データを使える、守れる人財が必要となる。とはいえ、データサイエンティストは慢性的に不足している。ではどうするのか。佐々木氏は、「すべてを一人の人がやる必要はないのです」と言う。

 データ人財には、アルゴリズムを「創造」する人、アルゴリズムを「普及」する人、アルゴリズムを「活用」する人、の3つのタイプが存在する。一般的には創造する人を指してデータサイエンティストとされているが、実際に活用する人まで専門職である必要はない。さらに、すべてを社内でやる必要はなく、コアの部分は外部の専門家を活用することがあってもよいが、すべてを外に出すことは良くないと佐々木氏は言う。

 データについては、まず社内で持つ内部データを活用、分析すべきである。それにはDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が重要となる。そして、どうしても内部データがない、全体のトレンドを活用したいという時には外部データを活用することになる。

 最後に佐々木氏は、「データやAIは魔法ではなく単なる道具です。普通の機械と同じです。うまく使うことでようやく強力な道具になります。使いこなせばビジネスが変わります。もっとデータやAIを活用して日本全体が盛り上がることを期待しています」と述べて、講演を締めくくった。

データ駆動型社会の中小企業におけるデータの利活用

 最後のセッションでは、クロージング基調講演としてパネルディスカッションが行われた。モデレーターは、東京大学 大学院情報学環 教授の越塚 登氏。パネリストは、東京商工会議所 「小規模製造業の好事例発信事業」ワーキンググループ 座長の大川 真史氏、一般社団法人クラウドサービス推進機構 代表理事の松島 桂樹氏、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート 専務理事の南雲 岳彦氏の3名。テーマは「データ駆動型社会の中小企業におけるデータの利活用」だ。

 最初に各パネリストからそれぞれの所属におけるデータ利活用の取り組みについての発表があり、その後に、具体例の掘り下げから「なぜ成功したのか?」、データ活用してイノベーションを起こすには?の2つの論点でディスカッションが行われた。

パネルディスカッションの模様

 ディスカッションのなかからいくつかの話題を紹介する。

・イノベーションの事例について

越塚氏「中小企業はある種イノベーションの宝庫です。面白い例やレガシーだからこそといった事例はありますか」

大川氏「とりあえずやってみよう、という比較的軽めの意識で始めた人が多いですね。グローバルで増えています。レガシー産業で言うと、中小企業でデータの利活用に取り組んでいる人の多くは初期衝動がはっきりしています。現場で毎日の困りごとや自分の欲求をどうにかしたいと思ってる人たちです。それに、経営者は想定外の効果を喜べることがすごく大事と感じます、コストや利益だけではこうした取り組みはうまくいきません。従来のマネジメントのやり方とはちょっと違うと思います」

・データ利活用を成功させるための秘訣

越塚氏「導入だけでなく、データの利活用をうまく進めている事例や、その秘訣はありますか」

松島氏「社長が自ら手を動かしてやっているというケースが多いですね。そうした意味では経営者の世代交代というのは実はチャンスで、二代目社長が自分のやりたいようにやったらうまくいったというケースも多いのです。クラウドツールなども社長自らがノンコードで作りましたといったケースも多くなっています。こうしたことは中小企業だからこそですね」

・データの利活用を進めるのに最適な都市の規模

越塚氏「データ利活用など、中小企業がイノベーションを起こすのに最適な規模はありますか」

南雲氏「組織は大きすぎると意思決定にすごく時間が掛かります。スマートシティと呼ばれる政策も大都市は少ないですよね。例えば、推進協議会などの集まりでも、大企業だらけのところで中小企業が意思を通すのは難しいです。ちょうど良い顔ぶれで話ができるのは30万、小さくて10万くらいの都市が狙い目と思います。近ごろは、成長のドライバーが国ではなく、シティかリージョンだと言われ始めています。そうした単位で自分の成長の場を選ぶのは大事だと思います」

 そのほかにも、海外の中小企業におけるデータの利活用についてや、データの利活用における信頼関係の醸成について、など積極的な議論が交わされた。

 最後にモデレーターの越塚氏は、「私が会長を務めているデータ社会推進協議会(DSA)では、分野を超えたデータ連携を実現するための取り組みとして『DATA-EX』というデータ連携プラットフォームを提供しています。皆で一緒に取り組んでいこうということでやっていますので、問題意識をお持ちの会社の皆さんはDSAにもご参加いただければ幸いです」と語ってパネルディスカッションを締めた。

 なお、ここまで紹介した基調講演、招待講演のほかにも、「加速するデジタル時代のデータ経営」と題した、株式会社セールスフォース・ドットコム Tableauソリューションビジネス本部 Analytics Specialistの木浦 武志氏/セールス ディベロップメント本部 コマーシャル事業部 第3営業部 部長の松井 葵氏による講演、「中小企業の生産性につながるデジタルトランスフォーメーションとは?共創の意識で臨む変革」と題した、株式会社フォーバル コンサルティング事業推進本部 執行役員/コンサルティング事業推進本部 本部長の平良 学氏の講演、「カートシステムのデータを利用したEC売上げアップの事例大公開 小売企業のカートシステム×データ活用最新事例」と題した、株式会社データX Customer success Unit Managerの大薮 悟志氏の講演も行われた。

 各講演とも多くの聴講者を集め、中小企業におけるデータ利活用への関心の高さを伺わせた。