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巨象は再び踊れるか? SoftLayer買収でクラウドを強化するIBM

 IBMがパブリッククラウド企業のSoftLayerを買収すると発表した。この分野で最大の非上場クラウドベンダーだ。クラウドでは、AWSなどの新興ベンダーが市場の主導権を握っている。ハードウェアとソフトウェア、保守サービスを柱としてきた老舗IBMも対応を迫られており、この買収をどう生かしてゆくのかが注目される。

買収と組織変更でクラウド事業を加速

 SoftLayerはIaaSベンダーで、AWSなどに対抗すると位置づけられる。顧客数は2万1000社、米・欧・アジアに13カ所のデータセンターを持ち、非公開企業としては最大規模のパブリッククラウドベンダーである。2012年6月時点の年商は3億6400万ドルで、2013年の年間売り上げは4億~5億ドルを見込んでいるという。

 IBMはSoftLayer買収でパブリッククラウドの強化を図る。IBMのグローバル・テクノロジー・サービス担当上級副社長、Erich Clementi氏はプレスリリースで「パブリッククラウドの基盤構築を加速し、幅広いクラウドの選択肢を提供する」と狙いを説明している。

 また、IBMはSoftLayer買収と合わせ、「クラウドサービス」という部門を新設してクラウドを強化することも発表した。クラウドサービス部門は、IBMのグローバル・テクノロジー・サービス(GTS)の下に位置づけられ、IBMがこれまで自社で進めてきたクラウド事業「SmartCloud」とともにSoftLayer事業を担当する。

新興企業に押されるIBM

 もちろんIBMも、クラウドの潮流を受けて、これまでクラウド事業に取り組んできた。既に、電子商取引、調達、顧客サービス、人事など100以上のSaaSを提供しており、スーパーコンピューター「Watson」をベース技術に利用した顧客サービス「Client Engagement Advisor」などの特化型ソリューションの提供も進めてきた。

 また、サーバー、ストレージ、ネットワークを一体化した「IBM PureSystems」、企業向けIaaSの「IBM SmartCloud Enterprise+」も展開しており、世界10カ所にクラウド用のデータセンターを構えている。これらを通じて、クラウド関連事業を2015年末までに年70億ドル規模に拡大させる目標を掲げている。

 SoftLayerの買収は、これらのクラウド戦略を一歩進めようというものだが、これに対して、たやすいことではないとのメディアの見方がある。

 2015年までに70億ドルという目標についてGigaomは、ハードウェアなどの売り上げが込みになった数字とみており、これまでのSmartCloudについても「パブリッククラウドで地位を確立しているというが、実際にはほとんど知られていない」と厳しい評価を与える。

 また、IBMがクラウドでターゲットとする既存顧客も、AWSにワークロードの一部を移行中あるいは移行を計画しており、「IBMにとってAWSは大きな脅威になっている」というMorgan Stanleyのレポートを紹介している。

 さらに、元IBM幹部の証言から、SmartCloudのコードは「むちゃくちゃ(nightmare)」で、AWSなどのパブリッククラウドベンダーに対抗するには技術的に問題があったと指摘する。そこで、SoftLayerやRackSpaceといったベンダーを買収して技術を獲得する戦略を進めていたというのがGigaomの見方だ。

 SoftLayerの買収については、Forbesも「クラウドの買収ではなく、技術と顧客の買収」と分析する。表面上はSmartCloud Enterprise+とSoftLayerは競合関係にあるが重複はほとんどなく、IBMのパブリッククラウド/マネージドホスティングサービスは既存の大手顧客を狙っているのに対し、SoftLayerはWebベンチャーなどの中小規模企業が中心という。「水面下では、IBMはクラウドプラットフォームをどのように自動化すべきかなどを学習しているところだ」と述べている。

 Information Technology Intellifence Consultingのアナリスト、Laura DiDio氏はCIO Todayに対し、クラウドではどのベンダーも「1カ月もじっとしていると後れをとるリスクがある」と動きの速いクラウド市場で戦うことの難しさを指摘している。

 Gigaomは買収での課題として、1)大手を相手にしてきたIBMと、ベンチャーを相手にしてきたSoftLayerとの企業文化の衝突、2)IBMはOpenStack支持であるのに対し、SoftLayerはCloudStack支援のCitrix Systemsとの関係が深い、3)AWSに対抗するにあたって、新設のクラウドサービス部門は追加のサービスを買収によって獲得するのか、内部で開発するのか――の3つを洗い出している。

クラウドベンダー転身へのカギを握るOpenStack

 他方、楽観論もある。Gartnerのアナリスト、Lydia Leong氏はGigaomに対し、SmartCloudとSoftLayerの重複がないことはIBMにとって良いチャンスになりうるとの見解を語っている。

 Forbesは具体的に、SmartCloudとSoftLayerをOpenStackベースに移すことで、両サービスの差異を明確にして、それぞれへのニーズと顧客を維持しながら、統合できるチャンスを得られる、と述べている。「(IBMの)グローバルテクノロジーサービスが正しく戦略を進めることができれば、IBMは関連性のあるクラウド事業者になることができる」

 IBMはLinuxにフォーカスすることで、メインフレームからの転身に成功した。OpenStackは、再び同じような生まれ変わりのチャンスになりうるというのだ。

 クラウドは、既存の資産や固執するビジネスを持たないベンチャーの革新的なアイデアと大胆な戦略で急速に切り開かれている市場だ。IBM(のみならず、Oracle、Hewlett-Packardなど)は、どちらかというと、市場や顧客ニーズに背中を押されるように対応してきたに過ぎず、市場を切り開いたというにはほど通い。「IBMは重要なベンダーだが、レガシーな技術のため、スタッフを変えて革新を進めることが難しい」とGigaomは言う。

 IBMは1993年初めに経営不振に陥り、Louis Gerstner氏をトップに迎えてサービス企業へと生まれ変わって復活した。この変身ぶりをGerstner氏は「巨象も踊る」と表現した。IBMはクラウド時代に再び踊ることができるのだろうか――。

(岡田陽子=Infostand)