事例紹介

失敗しない“学校Wi-Fi”の進め方、全館整備した同志社中学に聞く

反田任氏

 京都市は比叡山の麓に位置する同志社中学校。2010年に小学校・中学校・高等学校が併設される現在のキャンパスに移転して以降、積極的に「学校ICT」に取り組んでいる。

 2012年度にiPadを試験導入し、2014年度からは新入生を対象に1人1台のiPad環境を実現。知的好奇心を刺激するような学びを生み出す「教科センター方式」を採用し、それに応じて設計された建築空間とともに、ICTを使った創造的な授業を行っている。

 そのICT環境を支えるのが、2015年3月に全館整備完了と発表された高速無線LAN環境(関連記事)。

 一般的に学校ICTにおいては、この無線ネットワークの整備が鬼門となり、「遅い」「つながらない」といった声も聞こえてくる。「学校Wi-Fi」はいかにして整備すべきなのか。同志社中学で推進役を担う、図書・情報教育部主任 英語科教諭の反田任氏に話を聞き、スムーズな導入に成功した同志社中学の事例からコツを探りたい。

校舎
グレイス・チャペル礼拝堂
礼拝堂内部
毎朝の礼拝や講演会の場としても使われる

教科センター方式と校舎の空間構成

 同志社中学校では、キャンパス移転に際して「教科センター方式」を採り入れている。教科ごとに「教科専用教室」を用意し、生徒が授業ごとに教室を移動するスタイルだ。教科専用教室には、さまざまな専用教具・教材がそろい、生徒の意欲を高め、自発的な学習を促す狙いがある。

 校舎の空間構成もそれに応じたものとなり、教科専用教室にはそれぞれ「メディアスペース」と「教科教員室」が隣接する。開放的な「メディアスペース」は、協働学習などにより生徒の学びあいを促進し、生徒の作品展示の場にもなる。「教科教員室」にいる教員は、授業以外の時間でも気軽に質問に答えてくれる。

 さらに校舎の中心には、4万冊の蔵書を有する図書・メディアセンターが配置され、メディアスペースと機能的に連携。生徒の調べ学習などを効果的にサポートしている。

「聖書」の教室
教室と、ロッカーなどがあり生徒の拠点となる空間が、廊下を挟んで配置されている
メディアスペース。能動的な学習に利用される
教員が教材準備スペースとしても利用
生徒の作品を展示する場にも
教科教員室(社会科)
校舎の中央に配置される図書・メディアセンター

iPadを利用した創造的な学習

 これらの環境に加え、さらに学習効果を高められないかとiPadを検証。2012年11月に業者から20台のiPadを借り、クラスの半分(約18名)の生徒で行う「ハーフサイズクラス」でICT授業を実践した。そのころ同校には図書・メディアセンターにしか無線LANが整備されていなかったため、反田氏が用意した2台のポケットWi-Fiを利用した。

 「英語の授業は読み書き・リスニング・発音などがあり、学習形態も個別学習・ペアワーク・グループワークとさまざまです。そこで音声や動画を含めた学習コンテンツを独自に作成し、さまざまな学習を行ってみました。生徒にとっては斬新だったようで、予想以上に集中している様子でした」(反田氏)。

iPadを利用した創造的な学習コンセプト
英語で実践した授業の流れ
授業の様子
ペアで音読チェック
LMS(Learning Management System)に書き込み
電子黒板に生徒の書き込みが表示される

 生徒の評価も上々だ。「楽しかった」「分かりやすかった」との声が多数を占め、モチベーションの向上が見て取れた。特に「自分のペースで学習できる」という評価が多く、「一斉の音読練習も、途中で分からなくなるとその後は誤魔化してしまうこともありますが、音読問題などで自分のペースで練習できるのがよかったみたいです。これがiPadやデジタル教材のポイントかな、とこのとき思いました」(同氏)という。

「楽しかった」「分かりやすかった」との声が多く
「音読練習が自分のペースでできてよかった」は97.5%に

 こうした結果を受け、2013年度には1クラスをカバーする40台にiPadを拡充。反田氏が担当する英語の授業のみならず、先生の希望があれば全教科で利用できるようにした。体育で跳び箱を跳ぶ様子を動画で撮影したり、社会で調べ学習に利用したり、活用の幅は広がっていった。

 40台を管理するため、タブレット管理カートも導入した。MacとiPadを接続し、端末やコンテンツを管理するのだが、「設定も迅速。授業後にiPadを元の状態に戻すのも10分くらいでできたので、休み時間で十分間に合いました」(反田氏)。ちなみに現在はMDMツール「MobiConnect」も導入し、ネットワーク越しの端末管理を実現している(関連記事)。

 カートは図書・メディアセンターで管理し、授業で使用する場合に端末とアクセスポイント(AP)を貸し出した。APはバッファロー製の業務用のものを選び、40台のiPadをカバーするため、2台で運用したという。

専用の無線LANネットワーク構築へ

フルノシステムズ製のアクセスポイント

 こうした取り組みを経て、2014年度からは新入生を対象に1人1台の環境を整備。持ち運びやすさからiPad miniを選び、生徒に購入してもらった。台数は約300台、翌年は新たな新入生の分を加えて600台に増える。「40台のころは既存ネットワークを使っていましたが、この数になると厳しいので、新たに無線LANの専用ネットワークを構築することに決めました」(同氏)。

 既存ネットワークの流用では設定変更が大がかりとなり、生徒用にWebフィルタをかけることで教員が必要なWebサイトにもアクセスできない可能性もあり、専用ネットワークは必須だったという。

 無線ネットワークで重要視したのは、「安定した電波供給」「生徒が教室を移動しても追随するローミング性能」「AP複数台の一元管理性」。いくつかの製品を評価し、費用対効果も考慮して、最終的にフルノシステムズを選定した。

 APは各教室に1台、各メディアスペースに1台、図書・メディアセンターに2台、各教科教員室に1台で合計63箇所。サーバー室から無線ネットワークツールで集中管理する。これが全館整備された無線LAN環境の全容となる。

合計63箇所にAPを設置

スムーズに導入できたコツは?

 では、この環境はどのように導入されたのか。大規模な導入でも「問題なく安定して稼働している」とのことだが、うまくいった理由はあったのか。

 2015年3月の全館整備完了を伝えるプレスリリースには「2014年8月からテスト稼働を開始し、調整期間を経て整備が完了した」とあったため、てっきり本稼働までに半年かかったと思っていた。ところが反田氏によれば、実際には2014年9月の時点で導入は完了し、秋頃から稼働していたという。つまり、導入期間はおよそ1カ月。

 ただ、その代わりに2014年3月に業者とともに実機を使った事前調査を行っていたという。APを持ち歩きながら電波状況を調べ、校舎内のどこにどうやってAPを設置すべきか検証したのだ。反田氏も調査に立ち会ったそうで、「廊下や教室などで試し、最終的にはやはり教室がいいだろうと、天井の中央部に設置しました。当初は2教室に1台を検討していたのですが、調査の結果、電波の届かないところが多少発生することが分かったので、思い切って全教室に1台ずつ設置することにしました」という。

 「授業においては、一斉ダウンロード時などに多少遅くなることもありますが、通常の運用としては問題ありません」と反田氏。生徒が授業ごとに教室を移動する「教科センター方式」では、別のAPに切り替わっても接続を引き継ぐ「ローミング」を重視していたが、こちらも「問題なく機能しています」とのこと。

各教室の天井中央部に設置

 話を聞くと、思っていた以上にスムーズに導入できた印象を受けた。「何がよかったか」と訊くと「やはり実機調査がよかった」との回答。「業者の提案だけで、検証せずに導入するケースもあると思いますが、当校はコンクリートも多いので検証しないと分からないことがありました。製品スペックで問題なく見えても、実際の環境によっては問題となりうるのが、無線LANの導入ではないかと思います」(同氏)という。

 ちなみに日本教育情報化振興会(JAPET&CEC)がこの3月に公開した「学校の無線LAN導入・運用の手引き Ver.1.00」でも、「つながらない」「途切れる」「表示画面にばらつきがある」といった無線LANの問題点に対して、「現地調査を実施しないで機器設置している」ことを想定される原因の1つとして挙げている。「休日夜間作業となり、時間が確保できず実施できていない」という事情もあるようだが、やはり学校のような大規模な環境に無線LANを導入する場合、実機調査がその成否を分けるといえそうだ。

ベンダーに聞く実機調査の内容

 では、実機調査はどんなことを行うのか。ベンダーのフルノシステムズに聞いてみた。

 「一般的には、電波調査(無線LANサイトサーベイ)を行います。例えば教室の電波状況として、同一周波数の干渉波や有害電波を発する機器がないか。APの設置計画においては、設置箇所の電波エリア範囲や電波強度を調べ、死角などの状況を把握します。各ポイントごとのデータを取ったら、最終的にマップ化・視覚化します」(同社)。

 結果は環境によって異なるという。「校舎そのものがコンクリートや鉄板などの電波遮蔽効果の高い材質で造られていると電波の到達距離が短くなることも。その場合はAPの台数を増やすなどの対処が必要となります」と同社。実機調査が欠かせない理由だろう。

現地調査の様子

 実際に同志社中学の環境では、「1人1台のタブレット環境ということであり、また、そのタブレットを全校舎で持ち運ぶため、無線の届かないエリアを少なくすることを考慮しました。また、廊下などでも活用するので、いつでも・どこでも利用できるように無線LAN環境を強固にしました。具体的には、高速ローミング機能でAPの切り替えを迅速に行えるように設計しています」(同社)という点に配慮した。APの設置箇所については、高い位置、遮蔽されない位置、距離が短い方が有利などが基本的な考え方となるようだ。

 反田氏によると、電波干渉もほとんど発生していない。これにはフルノシステムズ製品に搭載された「干渉波フィルタリング」が貢献している。通常は生徒のタブレットの電波を優先的に聞くようにして、それ以外の同一周波数の電波はノイズとして意図的に聞かないようにする仕組みだ。

 「授業参観での父兄のスマホなど、他に電波が発生している場合も、その電波をAPが聞かないようにすることで授業への影響を抑えられます。また、事前に生徒のタブレットを登録しておくことで、そのタブレットしかAPに繋がらないようにもなっています」(同社)。

 同社によれば、“学校Wi-Fi”の注意点は「生徒40人分が安定してつながること」「電波干渉に強いこと」「APを集中管理できること」。これらは業務用の無線LAN製品でないとなかなか難しい。先に紹介した「学校の無線LAN導入・運用の手引き Ver.1.00」でも、「コンシューマ製品を利用している」ことは不安定さを招く要因として挙げられている。数台のみの利用であれば問題なくても、先生・生徒が一斉に授業で利用する場合はトラブルとなりかねないからだ。加えて、電波干渉対策やAP集中管理といった機能を備える点でも、やはり“業務用”が望ましいだろう。

 とはいえ、学校は予算が限られていることもある。そこで同社は「まずはスモールスタートで進め、段階的に拡張できる無線LAN」を推奨している。現場の意見としても、反田氏は「教室に有線LANのみがあって無線LANの整備はこれからという場合、いきなり全校配備するのは大変かもしれない。その場合はAPをいくつか用意しておいて、必要な教室に持ち運ぶ運用もありかなと思います」と語る。

 政府は、普通教室の無線LAN整備を2017年度までに100%にする目標を掲げる。今まさに導入計画を進めているという教育機関も多いだろう。気をつけるべきは、「学校Wi-Fiはやり直しが難しい。重要なことは、設計をしっかりと行ってから取りかかることではないでしょうか」(反田氏)。

川島 弘之