事例紹介

明治安田生命の新営業端末~3万台のWindows 8タブレット導入の狙い

Windows 8タブレット導入事例

明治安田生命保険の本社ビル
橋田和己氏

 「生命保険業界はスキームが大きく変わりつつある。高齢化が進むなか、営業スタイルも事務処理も新しいやり方が求められている」――明治安田生命保険相互会社 情報システム部 ITプランナー 橋田和己氏は、生命保険を取り巻く状況をこう説明する。これは同社だけではなく業界全体が共有する課題であり、現在、生命保険各社は競うようにして顧客の囲い込みに向けた新たな取り組みを開始している。

 そうした動きのひとつとして注目されるのが、「生保レディ」とも呼ばれる営業職員に対してタブレットを配布し、顧客とのコミュニケーションおよび事務処理のツールとして活用させるスタイルだ。

 配布するタブレットもその普及度もさまざまだが、明治安田生命保険の場合、2013年9月にWindows 8 Proを搭載した富士通製カスタマイズドタブレットを3万台導入し、全国1200カ所の営業拠点に展開した。「競合他社に比べて当社のタブレット導入は遅かった方」と橋田氏は言うが、規模としては国内生命保険会社の中ではトップクラスだ。

 今回、橋田氏にWindows 8タブレット導入にまつわる経緯や生命保険業界が抱える課題、さらにエンタープライズにおけるモバイル導入についてお話を伺うことができたので、これを紹介したい。

営業職員が前線で活用する強力な武器

 明治安田生命保険は、明治生命保険と安田生命保険が合併し、2004年1月1日に新会社として発足した。2014年1月で合併から10周年を迎えた同社は現在、事務手続きの簡素化や事前コンサルティングを含むビフォーサービス・アフターサービスの拡充を図っており、「お客様に“満足”を超えて“感動”を実感いただけるようなサービスをお届けする」(同社サイトより抜粋)ことを目指している。

 9月に導入したWindows 8タブレットは、高齢化社会も視野に入れた、営業職員が前線で活用する武器といえる。明治安田生命ではこれを「マイスターモバイル」と呼ぶ。

マイスターモバイル
PCスタイル

 ニーズに合わせて独自にカスタマイズされたモデルで、12.1インチという大型の広視野角液晶パネルを備えながら880gと軽く、本体の厚みも15mmに抑えられている点が特徴だ。画面は4:3と一世代前のPCと同じ比率とした。これは説明する営業職員にとっても、画面を見る顧客にとっても使いやすいサイズだという。実際、文字サイズもはっきりと大きく表示されるようになっており、高齢化への配慮が感じられる。また、長時間外出する営業職員の活動スタイルを考慮し、十分な駆動時間のバッテリと最新モバイル通信環境であるLTEを標準装備している。Windows 8を搭載したカスタマイズドタブレットの導入は、富士通としては明治安田生命が最初のケースになるという。

 営業職員はこのタブレットを使って、商品/サービスの説明や契約前後のコンサルティング、電子サインによる各種契約手続きなどを行っている。保険設計書を表示するほか、商品説明の際には動画を用いることもあり、顧客からもわかりやすいと評判とのこと。また、マイスターモバイルの液晶パネルは静電容量と電磁誘導の両方に対応するので、指によるマルチタッチ操作に加え、専用ペンによるなめらかな操作が可能で、電子サインを行う際もユーザーに負荷がかからない設計になっている。

 積立配当金のお支払いや契約者貸付などの手続きを電子化し、タブレット端末の画面上で電子サインすれば、処理されるようにした。請求書類への記入・押印を省略し、簡単・迅速な事務処理が可能となり、顧客にとっても営業職員にとっても利便性が高まった。「電子ペンによる書き心地などのインタフェースに関しては、相当にこだわった」と橋田氏。入力されたデータはLTEなどを通して明治安田生命のバックオフィスに送信される。

説明資料を表示
電子サインの様子

Windows 8タブレットを選んだ理由は?

 「もともと保険業界では、営業職員がノートPCなどの携帯端末をもってお客さまのところに伺うケースは多かった。タッチパネルをペンで操作することは多く、携帯性を重視すると、こうしたタブレットへの流れは自然に思える」と橋田氏。明治安田生命の場合、合併前の1997年から携帯端末(東芝製の初代「Libretto」)を使って営業を行っていた。もっとも当時は現在のようにモバイル回線が整備されていなかったので、顧客訪問時に端末にデータを入れて行かざるを得なかった。

 明治安田生命では5~6年に1度、システムの大幅な更改を行っており、営業職員が携帯する端末を新しくしている。最初の携帯端末から4世代目となる今回は、5年前とはモバイルを取り囲む状況が大きく変わった。特に最初のiPadが登場した2010年以来、PCでもケータイでもなく、タッチUIを基本とした軽くて薄いタブレットがコンシューマの世界を大きく変え、エンタープライズにもその影響が及んだ。回線も高速なLTEが利用でき、カメラやGPSを使えるのが当たり前だ。iOSに続いて、AndroidやWindowsが市場に参加したことで、モバイルエンタープライズの選択肢も大きく広がった。

 その中から明治安田生命がWindowsタブレットを選択したわけだが、その理由は「まず第一に、当社にはWindowsの資産が数多くあり、システム構築ノウハウも持っているので、Windowsタブレットであればスムースな移行が実現できることが挙げられる」(橋田氏)。

 iOSやAndroidを調査した2011年当時では、印刷やプログラム配布機能が十分整っていなかった。今回のタブレットでは、その懸念も無用だった。特にWindows 8を搭載したマイスターモバイルは、Windows 7タブレットに比べ、端末の起動/終了が高速化され、タッチパネルの操作も非常にスムーズだった。

 もうひとつの大きな理由は、3万台という大規模導入に伴う価格面でのスケールメリットだ。カスタマイズドタブレットと聞くと、個別のニーズを反映するため高く付くのではという懸念があるが、これほどの規模となるとスケールメリットが発生する。「導入にあたっては、液晶パネルのサイズや軽さ/薄さなど、特にインタフェースに関する要望をかなり聞いてもらった」と橋田氏は語る。

セキュリティ面の工夫

 セキュリティについては端末へのログオン制限を徹底するほか、「マイスターモバイルはデータレスなので、営業職員が自宅に端末を持ち帰った場合でも顧客情報が端末から漏えいすることはない。基本的に、業務以外のことはできない設計にしている」(橋田氏)という。

 また、高齢者の顧客の中には電子サインになじみがなく不安を抱く人もいて、丁寧に説明して納得が得られなければ、従来通りに紙ベース事務処理を行っているという。

「ただ、ほとんどのお客さまからはマイスターモバイルについて“いろんなことがやりやすくなった、わかりやすくなった”と高い評価をいただいている。“そのマシンはどこで売っているのか”と話のきっかけにつながるケースもあり、営業職員とのコミュニケーション向上にも役立っている」(橋田氏)。

顧客の使いやすさを一番に

 今回の更改は2011年10月に計画が承認され、2013年9月から本格的な導入が始まっている。「6年は使い続けられる製品を選んだつもり」と橋田氏は強調する。

 営業職員が必ずしも高いITリテラシを有するわけではないため、「端末の慣れはもちろんのこと、今まで使ってきた業務が確実に継続利用できることがもっとも重要」という。

 今回の更改においても、iPadやAndroid端末が候補に上がらなかったわけではない。だが、「(OS環境がまったく異なる)iPadは職員が使いこなせるようになるには時間がかかる。また、Androidはバージョンアップの頻度が高く、企業ユースには時期尚早と思えた」と橋田氏。継続利用の点から、また顧客の使いやすさを一番に考え、カスタマイズされたWindows 8タブレットを選択した。

 「マイスターモバイルにはGPSやカメラといった機能も搭載しているが、これらは現時点では営業活動や事務処理にでは活かしていない。いずれ本人確認書類をカメラで撮影して代替とするなど、生命保険会社ならではのユースケースを増やしていきたい。特にペーパーレス化の促進に関しては、この端末でできることはかなりたくさんあると思う」と橋田氏。

 現在、明治安田生命は全社を上げて“能動的な対面サービスによるアフターフォロー”に取り組んでいる。生命保険業界では、一人ひとりの顧客とどれだけ息の長い付き合いをしていけるのか、その多くは営業職員の腕にかかっている。新たに導入したこのタブレットが転機を迎えた生命保険業界にどんな新風を吹き起こすのか、今後とも注目していきたい。

五味 明子