トピック

マルチクラウド環境でもQNAP NASの優れた機能を――、
クラウド版NAS「QuTScloud」で何ができるのかを検証した

 NASベンダーとして知られる「QNAP」から、クラウド向けQTSオペレーティングシステム「QuTScloud」がリリースされた。Amazon EC2、AzureなどのパブリッククラウドやVMware ESXiなどにインストールできるソフトウェアで、ストレージ統合やクラウド連携、VPNアクセスなど、独自に進化してきたQNAPの便利な機能を、好みのプラットフォームで活用できるサービスだ。

 同社にその概要をインタビューするとともに、実際にAzureを使って「QuTScloud」を稼働させ、Amazon S3へのシームレスなアクセスなどを試してみた。

NASの「使い勝手の良さ」をクラウドに

 「QuTScloudは、ひと口に言えば、ハードウェア要件や複雑なメンテナンスなしで、QNAP NASのメリットを享受できるようにするクラウド専用QTSオペレーティングシステムです」。

 そう語ったのは、QNAP株式会社 営業部 プロダクトマーケティングマネージャーの原幸人氏だ。

QNAP株式会社 営業部 プロダクトマーケティングマネージャーの原幸人氏

 QNAPというと、本誌の読者の多くはNASベンダーとしてのイメージが強いかもしれない。

 もちろん、QNAPは現在もNAS業界をリードするベンダーのひとつであることは間違いない。しかし、その中でも特に同社は、「ファイル共有」だけにとどまることなく、NASの可能性を常に探り続けてきたベンダーである。

 アプリによる豊富な拡張機能はもちろんのこと、業界でいち早く取り組みを始めた仮想環境への対応(仮想マシンやコンテナ)も既に高い評価を得ており、さらに近年は新製品のリリースが相次ぐネットワーク機器(スイッチやルーター)の開発にも積極的だ。実際にこうしたメリットを享受している読者も多いのではないだろうか。

 今回登場したQuTScloud(リリースは2020年7月)は、こうした新しい取り組みのひとつだ。

 QuTScloudクラウドとは何か? という問いに、原氏はこう答える。「QuTScloudは仮想環境で動かせるNASのOSです。従来はハードウェアとセットで提供してきた、QNAPのNAS向けOSであるQTSを、Amazon EC2やAzure VMなどのパブリッククラウドやVMware ESXiなどの汎用的なプラットフォームで稼働させることができます」。

 そう、QuTScloudはQNAPの製品だが、NAS、つまりハードウェアではなく、ソフトウェアとして提供される製品となる。定額制のライセンス(月額8.99ドルから)を購入することで、クラウド上の仮想マシンに展開して利用できる。

 「なぜNASのOSをクラウドに?」そう思うのも無理はない。そのあたりをさらに原氏に解説してもらおう。

Amazon S3の管理で困っていませんか?

 QuTScloudが力を発揮するのは、さまざまなクラウドサービス上にストレージが散在するケースだ。例えば、原氏は次のような例を挙げて説明してくれた。

 「例えば、Amazon S3にデータを保存している企業は少なくありませんが、Amazon S3のデータへのアクセスは誰もが簡単に利用できるものとは言えません。QuTScloudで『HybridMount』を利用すれば、QuTScloud経由でAmazon S3のデータにシームレスにアクセスできます」。

 QNAPのNASでは、従来のハードウェア型のNASでも「HybridMount」と呼ばれるアプリによって、NASからAmazon S3に接続可能となっており、NAS上のファイルエクスプローラーである「File Station」や、Windowsクライアントのエクスプローラーなど使い慣れたユーザーインターフェイスで、NASの共通フォルダーと同様にシームレスにAmazon S3上のファイルにアクセスすることができた。

 QuTScloudなら、この機能を、特別なハードウェアを用意することなく、クラウド上で素早く、しかもリーズナブルに利用できるわけだ。

 前述したように、QNAPはコアとなるNASの技術をさらに「便利に活用する」ための技術力に長けているが、原氏が「QNAPはNASベンダーとして知られていますが、いわゆるマルチクラウド戦略を推進するためのソリューション開発にも積極的な投資をしています」と語る通り、Amazon S3やGoogle Drive、OneDrive Businessなど(対応サービスは30近く)、さまざまな場所に点在するストレージをクラウド上の「QuTScloud」で統合しようというのが、QuTScloudのひとつの狙いというわけだ。

 もちろん、QuTScloudを使うメリットはそれだけではない。

 昨今の社会状況の劇的な変化によって、テレワークの需要が増えてきたが、テレワーク環境をワンストップで実現するソリューションとしても魅力的だ。

 「QVPN Service」という機能を動作させることで、QuTScloudをVPNサーバーとして利用することもできる。独自方式のQBelt、PPTP、L2TP/IPsec、OpenVPNの接続を簡単な設定ですぐにセットアップ可能だ。

 中小企業や拠点などでは、回線環境の問題(MAP-EやDS-Lite環境で外部からのアクセスが難しい)などでオフィスへのVPN接続が難しいケースもあるが、グローバルIPが割り当てられたクラウド上のQuTScloudなら、こうした課題もクリアできる。

 このほか、従来のNASと同様に、SMBを使ってQuTScloudの共有フォルダーを利用することも可能だ。ただし、クラウド上の仮想マシンの場合、SMBのポートを開放してしまうと外部からのアクセスを防ぐためのセキュリティ対策が不可欠となる。技術的には可能だが、実際にはVPNとの併用が現実的だ。

 原氏によると「QuTScloudは、VMware ESXiなどでも利用できます。使いやすいGUIの管理画面や豊富な機能を独自ハードウェアで活用できるので、プライベートクラウドでの活用もおすすめです」とのことなので、ファイルサーバー目的であればオンプレミスのESXi環境での利用を検討するといいだろう。

10~15分ほどでデプロイOKの手軽さ

 では、実際にQuTScloudを使ってみよう。

①ライセンス入手
 まずは、ライセンスを用意する。QuTScloudは、月単位または年単位の定額制サブスクリプションとなっており、稼働させるマシンのコア数によってプランがいくつか用意されている。QNAP Software Storeから購入可能なので、あらかじめライセンスを購入し、アクティベーション用のライセンスキーを入手しておく。

あらかじめQuTScloudのライセンスを購入し、アクティベーション用のライセンスキーを確認しておく

②デプロイ
 デプロイは驚くほど簡単だ。QuTScloudは、AWSやAlibaba Cloud、Microsoft Azure、DigitalOceanなどさまざまなクラウドプラットフォームに対応しているが、今回試したのはAzureだ。

 Azure Marketplaceから「QuTScloud」で検索すると仮想マシン用のイメージが表示されるので、ここから「作成」ボタンをクリックして仮想マシンのスペックなどを設定すれば、10~15分ほどですぐに準備が完了する。

 なお、今回利用した仮想マシンのスペックは以下の通りとなる。QuTScloudの要件としては2GB以上のメモリと48GB以上のストレージが要求されるので、コストや性能に応じて仮想マシンを選択するといいだろう。設定およびアクセス用のポート443(HTTPS)も開放しておく必要がある。

サイズStandard B2ms(8,912円/月)
vCPU2
RAM8GiB
データディスク200GB
ポート443(HTTPS)アクセス許可
今回はAzureのデプロイ。Marketplaceからデプロイできる
VMは2コア、メモリ8GiBのB2msを利用。最低2GBのメモリがあれば稼働させられる。HTTPSを開けておくことを忘れずに

③初期設定
 デプロイが完了したら、Azure上で仮想マシンのIPアドレスを確認し、そのアドレス宛にブラウザでアクセス(443を開放しておく必要あり)すると、初期設定画面が表示される。

 ①で入手したライセンスのライセンスキーをLicense Manager画面で確認し、初期設定画面に入力する。その後、管理者アカウントのパスワードなどを設定し、初期化を開始する。

 仮想マシンのスペックによっては、この処理にしばらく時間がかかるが、完了すると管理者アカウントでのログインが可能になるので、ログイン後、最低限の設定をする。

 「ストレージ&スナップショット」を起動してデータディスクを初期化したり、「コントロールパネル」からユーザーやグループを作成したり、「共有フォルダー」から共有フォルダーを作成しておく。

VMが用意できたらブラウザでアクセスする。ライセンスキーを入れてアクティベートしよう
ハードウェア版QNAP NASと同様に初期設定をすれば利用可能となる
設定が完了するとGUIの管理画面が表示される。ストレージの作成やユーザーの登録などが簡単にできる

 これで初期設定は完了だ。デプロイも短時間で済むが、GUI画面で誰でも簡単に設定できるのがメリットだ。

 なお、パフォーマンスは以下の通りだ。前述した通り、実際の運用時はセキュリティに注意する必要があるが、一時的にSMBポートを開け、送信元IPアドレスを限定、さらにQuTScloud上でSMBを暗号化ありのSMB3.0に限定して計測した。

CrystalDiskmarkの結果。セキュリティ設定に配慮してSMB3.0で接続すれば100MB/s以上をマーク。ポテンシャルはかなり高い

 SMB直接ではシーケンシャルでリード124MB/s、ライト168MB/sなのでかなり高速だ。イメージとしては、1GbpsのLANに接続されているNASと遜色(そんしょく)ない印象となる。製品としてのポテンシャルは十分に高いと言ってよさそうだ。

 ただし、実際にはSMB直接アクセスは現実的ではないため、VPN経由でのアクセスとなる。試しにQuTScloudのQVPN Service機能を使って、QBelt(独自のSSL VPN)でアクセスした結果は以下の通りだ。さすがにパフォーマンスは落ちてしまうが、それでも10~20MB/sなので、100MbpsのLANと同等以上のイメージの速度で利用可能だ。

VPN(QBelt)経由では10~20MB/sほど。リモートアクセス目的ならこれでも十分に実用的

Amazon S3をマウントしてシームレスに使う

 最後に冒頭でも触れたマルチクラウド向けの機能を試してみよう。HybridMountを使って、Amazon S3、Google Drive、OneDrive for Businessをマウントしてみた。

①アプリの導入
 初期設定が済んだら、利用したいアプリを「App Center」から追加する。主要なアプリは自動インストールされるが、今回はクラウドストレージをマウントするための「HybridMount」をインストールしておく。

HybridMountをインストールしておく

②リモートマウント作成
 HybridMountを起動し、「リモートマウントの作成」からサービスを追加する。追加方法として、以下の2通りがあるので選択する。HybridMountでは、無料でファイルクラウドゲートウェイを2つまで作成可能(3つ以上はライセンス追加)なので、より利便性が高い「ファイルクラウドゲートウェイ」で作成する。

・ファイルクラウドゲートウェイの作成
 QuTScloud上にデータをキャッシュ可能
 File Stationからアクセス
 共有フォルダーとしてエクスプローラーなどからアクセスできる
 ストレージプール必須

・ネットワークドライブマウントの作成
 キャッシュなし
 File Stationからアクセス

マウント方法が2種類ある。エクスプローラーなどからアクセスしたいなら「ファイルクラウドゲートウェイ」で作成する

③サービスを構成
 設定画面で「Amazon S3」を選択し、Amazon S3側で作成しておいたアクセスキーと秘密キーを入力し、バケット名を設定する。

Amazon S3の接続情報を入力する
同様にいくつかのサービスをマウントしておく

 これで設定は完了だ。File Stationを利用すると、一覧にQuTScloudの共有フォルダーに加えて「Amazon S3(バケット名)」が表示される。また、VPNでQuTScloudに接続すればエクスプローラーから「\NAS名」などでアクセスしたときに同様に「Amazon S3(バケット名)」フォルダーとして利用できる。普通にファイルをコピーしたり、開いたりできるので非常に手軽だ。

 個人的にAmazon S3のストレージには「リーズナブルだが使い勝手は・・・」というイメージがあったが、QuTScloud経由なら、使い慣れたファイルサーバーと同じように扱えるため非常に手軽だ。

ファイルクラウドゲートウェイでマウントするとWindowsクライアントからエクスプローラーでAmazon S3などを利用可能
もちろん、File Stationを使ってブラウザ経由で利用することもできる

クラウドストレージ活用を検討している人に

 以上、QNAPからリリースされたQuTScloudの概要をインタビュー形式で掘り下げつつ、実際に製品を使ってみた。

 デプロイの手軽さも優秀だが、やはりGUIですべての管理ができること、Amazon S3のマウントなどもウィザード形式で簡単にできることに感心した。シンプルにマルチクラウド環境のストレージを統合したい場合はもちろんだが、急遽、マルチクラウドのストレージを含むテレワーク環境を構築しなければならない場合などに心強い製品と言えそうだ。

 原氏によると「QuTScloudは、クラウド型(オブジェクトストレージ)のデータを保有している企業、ハイブリッドクラウドを導入しているオフィスや複数拠点でのファイル共有が必要な企業、データをクラウドに移行することでシームレスな複数拠点におけるコラボレーションを実現したい企業、軽量でコスト効率の良いプライベートクラウド上のNASを必要としている中小企業などに適した製品です。優れたファイル管理システムと豊富な機能を手軽に利用できます」という。

 「クラウド上のNAS」と聞くと違和感を抱くかもしれないが、実際に使ってみると、NASで培った技術を活用した統合クラウドプラットフォームという印象が強い。原氏の挙げたケースに当てはまるような課題があれば、導入を検討してみるといいのではないか。

 なお、本稿掲載(2020年12月)時点で、メールアドレスの登録で5ドルの割引が受けられるクーポンコードを利用できる。QuTScloudの利用を検討している場合は以下のアドレスから事前に申し込んでおくといいだろう。