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目指すは長けたサービスの良いとこ取り!マルチクラウドに取り組む企業の“今”

 政府が打ち出した「クラウド・バイ・デフォルト原則」と、クラウドベンダーによるサービスの多様化を両輪に、企業のIT基盤として当たり前の選択肢となったパブリッククラウド。そうした中、用途ごとに複数のクラウドを使い分けるマルチクラウドの動きも企業の間で急速に広がっている。マルチクラウドをテーマとした日本オラクル株式会社のプライベートセミナーの模様をダイジェストでレポートする。

 アマゾンがAWSで先鞭をつけたパブリッククラウドは、ベンダー各社の得意技術を生かした新サービスが相次ぐことで、「どう上手く活用するか」を検討する段階に差し掛かっている。そうした中で注目を集める活用法が、複数クラウドを組み合わせて“良いとこ取り”を目指すマルチクラウドだ。

 ただし、実践の道のりは平坦ではない。企業システムは企業ごとに異なり、最適な組み合わせを自身で見極める必要がある。無論、そこで直面する課題もさまざまだ。

 日本オラクル株式会社は2月1日、マルチクラウドの最適な在り方について先進企業の取り組みを共有するためのプライベートセミナー「実践者が語るリアルなマルチクラウド」を開催。マルチクラウドを活用する各社の担当者が、そのメリットや注意点などについて、各社各様の立場から考えを披露した。

本セミナーは日本オラクル株式会社本社ビル22階のカフェを会場に開催。アルコールや食事が提供され、日本オラクル株式会社 永久 舞氏による乾杯の音頭でスタートした

システム課題の解決手段がマルチクラウド化

株式会社ファンコミュニケーションズの鈴木誠司氏

 最初に登壇したのは株式会社ファンコミュニケーションズの鈴木誠司氏。日本最大級のアフィリエイトサービス「A8.net」を手掛ける同社は、2万社の広告を255万のWebサイトに配信。そこでの確実な配信のために2011年からマルチクラウド化を推し進めてきたという。

 最初の取り組みは広告配信/トラッキングシステムの複数クラウドでの稼働を通じたシステムの冗長化と、「Amazon Route 53」を用いたDNSラウンドロビンによる最大で200Mbpsもの大量トラフィックの分散である。

 2015年には仮想ルータで問題が直面するも、クラウドを見直すことで対応。「原因は通信先との3ウェイハンドシェイク時に応答が返ってこず、仮想ルータがメモリを使い切って停止してしまうことでした。どんな通信が発生するかを事前に想定したクラウドの選定もマルチクラウド運用のポイントと言えます」と鈴木氏は強調する。

 これらの施策の間、同社ではメジャーなクラウドを一通り試し、最終的にはシステムの約9割をAWSとIDCFクラウド上に集約。そのうえで現在、さらなる安定性の向上を目指し、OLTP対応の自律型データベースクラウド「Oracle Autonomous Transaction Processing」(ATP)の検証を進めているという。

 現在、Amazon RDSでOracle Databaseを運用している同社だが、設計次第では、パフォーマンスが出ないこともあるという。例として、db.m4.2xlargeインスタンスの最大帯域幅は1Gbps。対するAWSの汎用SSD(gp2)の最大帯域幅は2Gbps(256MB/s)で、「インスタンスサイズによってはストレージ性能が発揮できず、そこでのボトルネックが障害の原因になることがあります」(鈴木氏)。インスタンスサイズを上げれば問題は解消するが、それではコストが跳ね上がってしまう。この問題をトランザクションの自動最適化機能を備えるATPが解消してくれるのでは、と期待を寄せていると鈴木氏は言う。

 同社ではクラウドを課題解決の手段と位置づけ、今後も活用の高度化に取り組む考えだ。

株式会社ファンコミュニケーションズが遭遇したAmazon RDSの帯域幅上限問題。転送速度がネットワーク帯域上限に張り付いて障害が発生したこともあると言う

厄介だが技術者として試す価値はアリ!

株式会社リクルートライフスタイルの山田 雄氏

 次に、株式会社リクルートライフスタイルの山田 雄氏が、同社の分析基盤の変遷を踏まえて、マルチクラウドのメリットとデメリットについて解説した。最初のメッセージは意外にも、「マルチクラウドは一見すると素晴らしく見えますが、それは大きな誤解です。行わずに済むなら、それに越したことはない」(山田氏)である。

 2013年に産声を上げた同社の分析環境は、今ではAmazon RedshiftやGCPのBigQueryに、オンプレミスのOracle Exadata Database Machineを組み合わせ、事業データや外部データ、アクセス/アプリログといった多種・大量のビッグデータを分析可能なマルチハイブリッドクラウドに進化を遂げている。

 ただし、その過程ではデータの急増に伴うクエリのレスポンスや通信コスト、キャパシティ管理などの難題に直面。その対応に向け、データ解析や処理基盤の技術/ツールの見直しや、システム構成、ネットワークの大規模な変更などで多大な苦労を強いられたことが上の山田氏の言葉の背景にある。

株式会社リクルートライフスタイルの分析基盤の変遷

 運用も厄介だという。各クラウドベンダーから新サービスが相次ぐこともあり、マルチクラウドでは技術的なキャッチアップも一苦労。また、ボリュームディスカウントを受けにくくなり、運用の手間もクラウドの数だけ増してしまう。

 ただし、「マルチクラウドはクラウド化の選択肢に入れておくべき」とも山田氏は訴える。新サービスは多様な課題対応で大いに活用を見込め、それがひいては他社との差別化につながることもある。その可能性はより多くのクラウドを扱うほど必然的に高まる。

 加えて、マルチクラウド化はエンジニアの技術力を磨き、人脈を広げる絶好の機会であることも大きい。「あらゆる機能を活用できることは、技術者にとって大きな喜びです。また、情報収集を通じてベンダーとのつながり生まれ、視野も確実に広がります」(山田氏)。

 マルチクラウドには課題が多い。しかし、「技術者としては試すだけの価値はある」というのが、苦労を経た山田氏の実感だという。

Oracle Cloudの強みは通信料とクエリの強力さ

株式会社オープンストリームの石田真彩氏

 「クラウドにはベンダーごとに得意分野があります。その点を織り込んだ取捨選択がマルチクラウド化で鍵を握ります」

 株式会社オープンストリームの石田真彩氏はこう指摘したうえで、Oracle CloudとMicrosoft Azureを引き合いに出し、両者の使い分けのポイントを解説した。

 石田氏が挙げるOracle Cloudの代表的なメリットが「コストパフォーマンスの高さ」だ。例えばアウトバウンドの通信料金は10TBまで無料と、5GBまで無料のAzureと比べて無料枠が約2000倍だ。さらに、オンプレミスとクラウドを専用線で接続する「FastConnect」を利用すれば、接続料金こそ発生するが通信料金は無料となる。クラウドの利用が進むほど、インバウンドとアウトバンドの双方で通信量は増す。その削減メリットはいずれの企業にとっても小さくない。

 対するAzureのメリットは、「Active Directoryによる認証のしやすさ」や「分析系サービスの豊富さ」だ。Azure ADはもちろんのこと、オンプレミスのADサーバーを接続して認証基盤に組み込むことも可能。分析系サービスでは、事前に分析モデルが用意されたものも数多く、データ分析のハードルをそれだけ引き下げられる。

 これらを踏まえ、両者の組み合わせの一例として石田氏が提示したのが、Oracle Cloudをデータ基盤に、Microsoft Azureを分析モデルの作成にそれぞれ利用する分析システムだ。

 「Oracle DBはクエリが強力で、SQLだけでデータのクレンジングも可能。そこで、Oracle Cloudで管理/加工したデータをAzureに引き継ぐことで、コード記述が不要な、誰もが利用できる分析環境を容易に実現できると考えられます」(石田氏)。

石田氏が提案するOracle Cloud(データ基盤)とAzure(分析モデル作成)のマルチクラウド構成例

 リクルートの山田氏が指摘したマルチクラウドにおける運用負荷の増大に同意しつつ、この点について石田氏は、「ITスタッフをチームに分け、データ基盤チームはOracle、分析チームはAzureのように、担当のクラウドを決めることで負荷軽減できるのでは」と提案した。

安定稼働と運用自動化を両立する救世主?

株式会社ビヨンドの寺岡佑樹氏

 最後のセッションでは株式会社ビヨンドの寺岡佑樹氏が、MSP(Management Services Provider)の立場から見たOracle Autonomous Databaseのメリットを紹介するとともに、AWSから同サービスに接続する手法を解説した。

 「サーバーのことを丸投げされるのがMSP」という寺岡氏。顧客のサーバーの安定稼働はMSPにとって最重要課題だが、それは極めて困難な取り組みでもある。事実、リソース不足や物理/論理障害、時には不確定な原因によるサービス停止にMSPは長らく手を焼いてきた。

 この長年の懸案解消に向け、「Oracle Autonomous Databaseは救世主とも呼べる存在」(寺岡氏)だという。Autonomous Databaseでは、これまで人手頼りだったプロビジョニングやパッチ適用、バックアップ、モニタリングなどの運用管理作業、攻撃からの保護、障害発生時の修復といった幅広いタスクを、機械学習を基に自律的に処理。結果、サービスの安定性を格段に高められ、運用負荷も抜本的に軽減できるからだ。SLAに謳われる可用性は、パッチ適用やアップグレードのための計画停止を含めて最大99.995%に達する。ダウンタイムに換算すると月あたりわずか2.5分だ。

 「Oracle Autonomous Databaseの意義の大きさは、煩雑で膨大な作業だけでなく、精神的な疲労から解放されることからも明らかです」(寺岡氏)。

 こう説明した後、寺岡氏はAWSとの接続法について紹介。その手続きは以下のように極めてシンプルだ。

 最初はインスタンス登録画面でのインスタンス作成だ。設定項目はOracle Cloudのコンソールに表示されるディスプレイネームとデータベースネーム、CPUのコア数、ストレージ容量の4つ。この作業が終えるとプロビジョニングが始まりインスタンスが作成され、次の画面でAWS接続に必要な資格証明をダウンロードする。

 一方、AWS側では、EC2のインスタンスにOracle Databaseとアプリケーションを接続するためのOracle Instant Clientや開発言語の拡張モジュールをインストールし、ダウンロードしておいた資格証明を配置しておく。Oracle Instant ClientはオラクルのWebサイトから無料でダウンロードでき、PHPを使用する場合、OCI8モジュールはPHPの拡張モジュール配布サービスのPECLからインストールできる。

 あとは接続からクエリ発行、結果取得までのコードをPHPで記述するだけだ。使用する関数で特徴的なのは、データベース接続のoci_connect、クエリ発行のoci_parse、データ取得のoci_fetch_arrayくらいのもの。あとは、普通にPHPでコードを書けば動く。

Amazon EC2からOracle Autonomous Databaseを利用するために寺岡氏が作成したPHPのサンプルコード

 Autonomous Databaseを初めて試した寺岡氏は、「管理画面のGUIで迷うことなく設定のすべてが行えました」とその手軽さを話し、「障害を完璧に防ぐことは不可能ですが、Oracle Autonomous Databaseを利用することで、どんな障害も切り抜けられるようになるはずです」と強調してセッションを締めくくった。

 セミナー終了後は懇親会が催され、ビールやワインを楽しみながら、講演者を囲んでセッションでは触れなかった裏話を聞き出す光景がそこかしこで見られた。日本オラクルでは、技術者コミュニティの育成、交流の場として今後も同様なセミナーを開催していくという。興味のある方は、connpassの「Oracle Innovation」グループでイベント情報をチェックしていただきたい。