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“パフォーマンスハングリー”なユーザーがフラッシュストレージの市場を拡大する? ~NetAppの戦略を考える

「ストレージの重要性はいまやキャパシティからパフォーマンスに移りつつある。フラッシュストレージは今後ますます、われわれにとって欠かせないものになる」――。

 2月19日、米国サニーベールで開催された米NetAppのグローバルプレスイベントで、セントラルカリフォルニア子ども病院のバイスプレジデント兼CIOであるカーク・ラーソン(Kirk Larson)氏はこう語った。

 ユーザー企業のCIOが実体験にもとづいて語る言葉だからこそ、シンプルなフレーズでありながら、重さと強さをもってわれわれの心に響く。患者の命を預かる病院においては、いまや医師や看護師がどれだけ速くデータにアクセスできるかが、ストレージ選択における重要なカギになっているという。経営のスピード化の流れはストレージ業界にも確実に影響を与えつつある。

 高パフォーマンスを求めるユーザーのニーズとは対照的に、NetApp、日立製作所、EMC、IBMといったストレージのビッグベンダーのフラッシュに対する取り組みは、オールフラッシュ製品を積極的にリリースする、米Fusion-ioや米Tintriといったベンチャー企業に比べて遅いという点が、かねてから指摘されていた。

 それだけに今回、NetAppが19日のプレスイベントで発表したオールフラッシュアレイ「EF540」は、ビッグベンダーとして最初のオールフラッシュ製品というだけでなく、今後のストレージ業界全体の流れを占う意味でも興味深い製品だといえる。

 今後、ストレージはフラッシュ全盛の時代へと突入していくのか、それともディスクストレージとのすみ分けが進むのか。本稿ではNetAppのエグゼクティブ数名にインタビューした内容をもとに、NetAppおよびフラッシュストレージ市場の方向性について探ってみたい。

EF540はHDDからフラッシュへの過渡期の製品

オールフラッシュストレージのEF540
プロダクトオペレーション部門のシニアディレクター、モヒート・バトナガー氏

 「われわれは昨日今日、フラッシュ分野に参入したわけではない。EMCが2009年にエンタープライズSSDをストレージに搭載して話題になったが、われわれはそのころすでにフラッシュへの取り組みを開始していた」と語るのは、NetApp本社でマーケティング部門のシニアディレクターを務める、ジェニー・グリムス(Jennie Grimes)氏。

 オールフラッシュアレイをなぜこの時点でリリースしたのかという質問に対し、「顧客のニーズがパフォーマンスに向かっていることは以前からわかっていたが、価格との兼ね合いがあった。EF540は顧客のパフォーマンス指向が強まっている中で生まれたいわば過渡期の製品」と答えている。つまり価格とニーズが一定の顧客層に対して折り合ったポイントで生まれた製品ということになる。

 また、「キャパシティあたりの単価で考えればEF540はまだ手ごろな価格とはいえない。だが顧客がエンタープライズレベルのオールフラッシュ製品を求める声にわれわれは応えるべきであり、その最初の成果がEF540」と説明してくれたのは、プロダクトオペレーション部門でシニアディレクターを務める、モヒート・バトナガー(Mohit Bhatnagar)氏。ここ数年、NetAppのフラッシュテクノロジを指揮する上層部のひとりだ。

 前述したように、NetAppをはじめとするストレージのビッグベンダーは、積極的にフラッシュ製品をリリースするベンチャー企業に比べ、フラッシュへの取り組みの遅さが指摘されていた。NetAppの基幹製品であるFASシリーズなどにおいては、ユーザーの要求に応じてコントローラやアレイにフラッシュを適用することは可能だが、やはり、オールフラッシュに対しては慎重な姿勢を崩さないできていた。

 ではビッグベンダーはなぜフラッシュストレージに対して慎重なのか。

 この疑問に対してバトナガー氏は「フラッシュのパフォーマンスの高さは誰もが認めるメリットだが、エンタープライズで日常的に利用するには、価格だけでなく、信頼性と寿命がネックとなる。われわれはフラッシュが抱える強さと弱さを考えながら、製品ポートフォリオを構成している」と答えている。

 信頼性や可用性、拡張性といったエンタープライズならではのニーズを満たすには、オールフラッシュストレージは、ビッグベンダーにとって現時点でもかなりハードルが高い存在といえる。

 「データレプリケーション、データリカバリ、データコンシステンシー(一貫性)、エンタープライズ利用に耐えるストレージはこの3つの条件を譲ることはできない。現時点でこれを満たせるオールフラッシュストレージはEF540だけ」(グリムス氏)。

ストレージにおけるパフォーマンスとキャパシティの関係性
パフォーマンスとキャパシティの関係性とストレージに求められるニーズを図示しながら説明するバトナガー氏。フラッシュと同様、ディスクストレージも引き続きポートフォリオを拡大するとしている

多様なOSと広範なポートフォリオがNetAppの強み

 管理の面からは、バトナガー氏は「データ保護の観点から言えば、HDDベースのストレージとフラッシュベースのストレージでは、データマネジメントが大きく変わる。そこでわれわれはフラッシュを扱うためのOSとして、EF540にはData ONTAPではなくSANtricityベースのOSを新たに開発して搭載した」と述べる。

 そして、2014年以降に登場するとされている次世代フラッシュアーキテクチャ「FlashRay」においては、ONTAPベースのまったく新しいOSを開発中だという。これらのOSは互いに補完し、互換性を保つ関係にあり、たとえばSANtricityからData ONTAPに対してレプリケーションを行ったり、データセンター間でスナップショットを取ったりすることも可能としている。

エンタープライズソフトウェアエコシステム部門 バイスプレジデントのフィリップ・ブラザートン氏

 NetAppがほかのストレージベンダーと最も差別化できるポイントとして強調するのが、このOSの使い分けだ。「ストレージベンダーはデータマネジメントに対して最も関心を払うべき。データを適切なレイヤで管理するという意識がなければ、顧客のデータを預かれない」と強調するのは、エンタープライズソフトウェアエコシステム部門 バイスプレジデントのフィリップ・ブラザートン(Philip Brotherton)氏。

 MicrosoftやVMwareといったパートナー企業のソフトウェアをNetApp製品と組み合わせ、顧客に最適なワークロード管理の環境を提供することに注力している同氏は、「ある特定のワークロードに対して、専用の高速ソリューションを求めるニーズもある。ベンチャー企業のフラッシュ製品はそうしたニーズに応えたものが多い」と話す。

 しかし、「一方でわれわれが提供すべきは、さまざまなワークロードが混在する中で、データの性質にあった適切なストレージであり、当然、管理すべきレイヤは異なる。データおよびワークロードごとに適切なOSを用意できるのはNetAppならではの強み。フラッシュ製品にもこの思想は生きている」(ブラザートン氏)との違いを強調する。

 実はNetAppは今回、EF540および次世代フラッシュアーキテクチャ「FlashRay」とともに、ハイエンドプラットフォームである「FAS6200」ファミリの新製品を3モデル(FAS/V6220、FAS6250、FAS6290)発表している。FASシリーズではフラッシュも一部採用されており、新製品では「IOPSは80%向上、レイテンシは90%削減」との効果がうたわれた。

 「フラッシュだけに製品を特化することはありえない。HDDベースのストレージがラインアップから消えることはない」と強調するのはバトナガー氏。

 「道路を走るのにロケットは必要ないのと同じこと。いまは時代の流れが速いので、10年後のことまでは言えないが、少なくとも5年後にHDDレスになるとは考えにくい。だからEシリーズやFASシリーズなども充実させていく方針に変わりはない。顧客に対してこれほど広い選択肢を提供できるストレージベンダーはほかにない」(バトナガー氏)。

ベンチャー企業では提供できないエンタープライズフラッシュを日本でも

コーポレートバイスプレジデントのタイ・マッコーニー氏

 「オールフラッシュ市場がスタートアップで込み合っていることはもちろん知っている。だが“スタートアップの製品を使うのはやはり怖い”という企業にとって、これまでハイブリッドタイプの製品しか選択肢がなかった。いまのフラッシュストレージは電気自動車の市場とよく似ている。使いたいというニーズとそれを作る技術があっても、電気自動車を充電する場所が少ないように、フラッシュストレージを使う環境が整っていない。だからわれわれが最適なフラッシュストレージのロードマップを提供する」と語るのは、日本法人のネットアップ株式会社で、昨年まで代表取締役社長を務めていた現コーポレートバイスプレジデントのタイ・マッコーニー(Ty McConney)氏。

 「まだインフラが整っていない状態だからこそ、今後の展開を考慮した健全なロードマップが必要となる。われわれはEF540とともにそれを提供する」と語る。

 現在、NetAppの社内には60名を超える人材を抱えたフラッシュ専門チームが存在しており、フラッシュポートフォリオの拡充に向けて着々と作業を進めているが、特にFlashRayに搭載される新OSの開発が注目される。

 「EF540のSANtricityがハイパフォーマンススポーツカーだとしたら、新OSはもう少し手の届きやすいハイブリッドカーのような存在にしたい」とマッコーニー氏。日本市場に対しては「われわれにとって最も需要なターゲット。私が在籍していたころからのモメンタムを維持していくためにも、フラッシュストレージに関して積極的な展開を図っていく。もちろんサポートも万全なかたちで用意したい」と強調する。

 日本市場をよく知るマッコーニー氏だけに、日本市場からの製品やサポートに対するニーズが、新製品にも反映される可能性は高そうだ。




 EF540のようなエンタープライズレベルのオールフラッシュを求める顧客は「ハイパフォーマンスデータベース、特に高速なリアルタイム分析に対するニーズが非常に強い」とブラザートン氏は指摘する。

 グリムス氏はそうした顧客を「パフォーマンスハングリーな人々、光の速さで分析を望む人々」と形容している。このどこまでも速さを求めるパフォーマンスハングリーの強い要望が、フラッシュストレージ市場を次の段階に押し上げているとグリムス氏は指摘している。

 銀行や証券といった金融機関はもとより、ヘルスケア、eコマース、製造業といった分野でもパフォーマンスハングリーの存在が目立ってきているという。「パフォーマンスハングリーの環境では、アクティブな状態にしておきたいデータ量が膨大になってきており、データをストアするのではなく、リアルタイム分析へのニーズが非常に高い」とグリムス氏。

 ディスクストレージに比べ、インフラが整っていないフラッシュストレージ。その状況下で、今後のフラッシュ市場の動向と、ディスクストレージとのすみ分けをにらみながら、NetAppは市場にES540を投下した。

 ほかのエンタープライズストレージベンダーがまだ様子見状態である中、ある意味、賭けともいえる決断だ。その賭けを後押ししたのは、パフォーマンスハングリーに代表されるユーザー企業からの強い声にほかならない。

 ベンダーではなく、ユーザーが市場を開拓する――。フラッシュストレージの今後は、ユーザー企業とベンダーの関係に大きな変化をもたらすソリューションとしても注目される。

(五味 明子)