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マイクロソフトが自動車業界での取り組みを説明、“ソフトウェア定義型自動車”戦略を推進

エコシステムやコミュニティが重要なポイントに

 日本マイクロソフト株式会社は26日、自動車業界における同社の取り組みについて説明会を開催した。米Microsoft 自動車産業担当 ディレクターの江崎智行氏は、説明会の冒頭でこの業界について、「すでに自動車のコネクテッド化は当たり前の時代になった。そこに自動運転や電気自動車などの新しい波が来ている。また、ソフトウェアで定義された自動車、つまりSDV(Software-Defined Vehicle)へと進化していく時代に向かっている」と述べ、こうした時代の中では「Do More with Less」(より少ないリソースでより多くのことを実現すること)が重要だとした。

 江崎氏は、自動車・モビリティ産業の重要事項としてCASEの進化を挙げた。CASEとは、「Connected(コネクテッド)」「Automated/Autonomous(自動運転)」「Shared & Service(シェアリング)」「Electrification(電動化)」のこと。CASEに関してマイクロソフトでは、5つの分野を定義した上で取り組みを進めていると江崎氏は述べ、その5つが「車両イノベーションの加速」「レジリエントなオペレーション」「組織生産性の向上」「差別化された顧客体験」「新たなモビリティサービスのエコシステム」であるとした。

米Microsoft 自動車産業担当 ディレクター 江崎智行氏

車両イノベーションの加速

 江崎氏は、この分野の課題を1社で解決することは困難になってきていることから、「加速するイノベーションの中で、エコシステムやコミュニティが重要なポイントになる」と述べた。

 そこでマイクロソフトでは、SDV(ソフトウェア定義型自動車)戦略を推進している。まず江崎氏は、前提として「マイクロソフトはSDVソリューションの開発には取り組むが、商品化することは一切ない。当社は顧客がSDVに取り組み、それを商用化する際に不足している技術を提供するという立場だ」という点を明確にした上で、同社のSDV戦略について語った。

マイクロソフトのSDV戦略

 SDV戦略の1点目は、オープンソースの推進だ。マイクロソフトは、オープンソースコミュニティのEclipse Foundationによる「Eclipse SDV Working Group」の戦略メンバーを務めており、その中でSDVに必要な機能を定義し、開発・標準化に取り組んでいるという。

 2点目は、商用化を支援すること。Eclipse SDV Working Groupの活動によってできあがったオープンソースの資産を活用し、パートナーやOEM、主力メーカーらの商品化を支援するという。

 そして3点目が戦略的パートナーシップだ。江崎氏は、半導体サプライヤーなどとのパートナーシップを継続するとしており、「その中で当社のIoTエッジテクノロジーが車載エッジとして活用できるか議論する可能性もある」と述べている。

 Eclipse SDV Working Groupの活動は、「アップストリーム」と「ダウンストリーム」に分かれており、アップストリームでは完全なオープンソース活動を行う。ここではコミュニティを中心に、非競争領域のコンポーネントを共通のコンポーネントと位置付け、協調しながら開発。そこでできあがった資産を標準化するという。

 ダウンストリームでは、アップストリームでできあがったオープンソース資産を商用化していく。ここでのマイクロソフトの役割は、オープンソース資産をAzure環境で最適に動作するよう統合していくことだ。「通常オープンソース技術を自社の本番環境で使おうとすると、不足している部分を自ら個別最適する必要があるが、マイクロソフトは顧客が量産化する際に必要な部分を提供し、顧客の商品化を支援する」と江崎氏は説明している。

Eclipse SDV Working Group

レジリエントなオペレーション

 この分野について江崎氏は、「不確実性に柔軟に対応できる体制を構築することが重要だ」として、Mercedes-Benzの事例を紹介した。Mercedes-Benzはマイクロソフトと協業し、同社のデジタルプロダクションエコシステムである「MO360」を進化させた「MO360 Data Platform」をAzure上に開発。これにより、潜在的なサプライチェーンのボトルネックをより迅速に特定し、生産リソースの優先順位を動的に決められるようになるという。

 すでにMO360 Data Platformは、世界の乗用車向けの30の工場にて展開されている。Mercedes-Benzは同プラットフォームにて、デジタルプロダクションやサプライチェーンの見える化、予測精度の向上に取り組んでおり、2025年までに自動車の生産効率が約20%向上すると見込んでいるという。

Mercedes-Benzの事例

 また江崎氏は、マイクロソフトがサステナビリティにコミットしていることについても触れ、「マイクロソフトは2030年までにカーボンネットゼロを実現しようと取り組んでいるが、同時に自社の経験や技術を活用し、世界中の自動車メーカーや航空会社、運輸会社、都市が、より効率的に運営され、二酸化炭素排出量を削減できるよう支援している」と述べ、その一端を「Microsoft Cloud for Sustainability」が担っているとした。

サステナビリティへのコミットメント

組織生産性の向上

 データの民主化が進む中、マイクロソフトは「Microsoft Power Platform」でローコード・ノーコードの開発を実現しようとしており、「Power Platformが世界中の現場で展開され、日々の改善活動が継続的に続いている」と江崎氏は述べている。

 例えば、Toyota Motor North Americaでは、Microsoft Power Platformを活用して従業員のアイデアをアプリ化。すでに400以上のアプリが従業員によって作成されているという。

 「市民開発ツールを使うことで、現場担当者が自らアプリケーションを開発できるようになった。ローコード・ノーコードの世界では、気づいた課題を解決するソリューションを自ら開発し、改善するようになる。それを継続的に繰り返すことにより、さらに迅速に現場が改善され、効果が高まっていく」(江崎氏)

差別化された顧客体験

 江崎氏は、「差別化はメタバースで実現できる」として、コンシューマーメタバースとインダストリアルメタバースの事例を紹介した。

 まずコンシューマーメタバースでは、FIATによる新車のバーチャルショールームを紹介。このバーチャルショールームでは、自宅にいながらにしてメタバース上にいる商品の専門家から説明を受け、新車の購入までできるようになっている。

FIATのバーチャルショールーム

 インダストリアルメタバースでは、日産自動車が「HoloLens 2」と「Dynamics 365 Guides」を活用し、「Intelligent Operation Support System」を構築した事例を取り上げた。これにより、自動車の生産手順が自習型でトレーニングできるようになり、トレーニング時間が10日間から5日間に短縮できたという。

新たなモビリティサービスのエコシステム

 マイクロソフトは、今月上旬に開催された「CES 2023」にて、リファレンスアーキテクチャによるパートナーエコシステムの支援を発表している。ここで定義したリファレンスアーキテクチャは、「コネクテッドフリート」「AVOps」「デジタルセリング」だ。

 コネクテッドフリートは、より高速で安価、かつ高価値のフリート管理ソリューション。パートナーの独自機能による高付加価値ソリューションの構築を支援するという。

 AVOpsは、自動運転機能のためのクラウド、エッジ、車両、AIの包括的なサービスセット。設計から開発、評価、デプロイというワークフロー全体において求められるツールチェーンを、統合的なツールセットとしてパートナーと共に提供するという。これにより、「Azure上で顧客のエンツーエンドのワークフローをすべてカバーするため、顧客は自動運転の差別化要因にフォーカスできる」と江崎氏は話す。

 そしてデジタルセリングでは、従来型顧客の再発明を支援する。コミュニケーションやセールス、オペレーションの向上にメタバースを活用し、顧客体験に大きなインパクトを与えるとともに、より対話型のコミュニケーションができるよう取り組むという。

 江崎氏は、「マイクロソフトにとってパートナーエコシステムは生命線だ。このリファレンスアーキテクチャに基づくパートナーエコシステムの強化は、今まで以上に深いエンジニアリングレベルでのコラボレーションとなり、パートナーが構築するビルディングブロックを成熟させるものだ」と述べた。

リファレンスアーキテクチャによるパートナーエコシステム支援

日本での取り組みは

 日本での取り組みについては、日本マイクロソフト 執行役員 常務 モビリティサービス事業本部長の竹内洋二氏と、モビリティサービス事業本部 ソリューション企画・開発本部 業務執行役員・本部長の上野貴文氏が説明した。

 モビリティサービス事業本部は、2021年7月に新たに設立された事業部。自動車業界だけでなく、鉄道、航空、海運、物流業界など、モビリティに関わる多くの業界を担当する。竹内氏によると、この事業部はグローバルでも日本のみの試みだという。というのも、「日本はこの業界にてグローバルで活躍する企業が非常に多く、世界最高水準のレベルでサービスを展開しているユニークな市場。また、新たなデジタル化への機会と投資が非常に多い市場でもあるためだ」(竹内氏)という。

 「モビリティサービス事業本部では、人とモノを運ぶことだけでなく、デジタル技術をうまく活用することで、新たな体験を届けることに貢献したいと考えている。モビリティサービス事業本部のミッションは、モビリティサービス企業のサポートはもちろん、業界を超えたさまざまな企業間での連携や、そこで提供されてる製品・サービスを、ソフトウェアの力を使って有機的に融合し、世界でも戦える新たな価値を提供していくことだ」(竹内氏)。

日本マイクロソフト 執行役員 常務 モビリティサービス事業本部長 竹内洋二氏

 同事業本部の具体的な活動のひとつに、サステナビリティ領域での取り組みがある。上野氏は、「日本の自動車業界は多くのサプライヤーに支えられており、サプライチェーンのCO2管理が重要性を増してきている。そこで当社では、Microsoft Sustainability Managerで業界特有の課題を解決すべく、新たなツールの開発を開始している」と話す。また、日本は自動車企業が非常に多いユニークな市場だとして、「今後国際競争力を維持・強化するには、協業できる領域はできるだけ協業し、本来の競争領域に最大限に投資することが重要だ。その上でサステナビリティという領域は、多くの場面で協業できると考えているため、当社も幅広く活用できるソリューションを提供していきたい」としている。

 一方、SDVについては、「日本でも要望が高まっているが、日本の自動車業界は垂直統合型だといわれている。今後はEclipse Foundationのようなオープンソースをうまく活用し、競争力を高めていく必要がある」(上野氏)として、日本企業のEclipse Foundationへの参画を呼びかけた。

 市民開発については、「トヨタ自動車やJR東日本など、すでにさまざまな企業がPower Platformで業務効率の改善を実現している」と上野氏。また、マイクロソフトでは、市民開発を推進するPower Platformのユーザー会も運営しており、現在100社以上が参加していると上野氏は述べ、「今後もこういう活動を通じ、市民開発者の育成をサポートしていきたい」とした。

日本マイクロソフト モビリティサービス事業本部 ソリューション企画・開発本部 業務執行役員・本部長 上野貴文氏