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社会課題を先端技術によって解決していく――、富士通研究所が最新の研究成果を公開
2017年9月21日 06:00
株式会社富士通研究所は20日、2017年度の研究開発戦略に関する説明会を開催。また、最新の研究成果についても公開した。
富士通研究所の佐々木繁社長は、「富士通は営業利益率10%以上、海外売上比率で50%以上を目指しているが、そのなかで富士通研究所は先端技術で富士通グループの成長をけん引する役割を担っている。富士通研究所では、日本で約1200人、米国に約75人、中国に約110人、欧州に約45人の研究者を擁し、日本では123プロジェクト、海外では14カ国44プロジェクトが動いている」と話す。
そして、その中身について「量子コンピューティングやAI、ビッグデータ解析、医療AIのほか、中国、欧州、日本などでは交通監視AIにも取り組んでいる。応用研究が10%、事業化研究が30%、先行研究が50%、先端基礎研究が10%の構成比になっている。未来観と世界観から洞察した社会課題を先端技術によって解決していく」と、現在の取り組みについて説明した。
また、「コンピューティングレボリューション」、「説明可能な人工知能」、「異業種をつなぐデータドリブン・プラットフォーム」、「つながるものを飛躍的に拡大」、「つながる世界へシステムを革新」、「データの信頼性を確保」、「人間の感覚、感性、錯覚を理解し協調」、「フィジカルとケミカルの融合」という8つの先端技術トレンドに取り組むことで、社会課題の解決に挑んでいく姿勢を示した。
一例として挙げたのが、物流および流通における社会課題の解決だ。
「世界のeコマース市場は、2019年には35兆ドルに達すると予測されており、さらに2030年には国際取引が3倍に増加する。陸、海、空の境界線を越えて、物流をグローバルに管理し、SCMや配送、労働時間、エネルギーの最適化、AIおよびコネクテッドによるスマートモビリティの実現に取り組む必要がある。輸送ルート組み合わせの最適化によるラストワンマイル運送、商品サービスマッチングによる少量多品種運送、消費エネルギー最小化による勤務・労働条件・車両監視などにより、ICTで将来のeコマースを支える必要がある」などと述べた。
また、Human Empowermentの考え方を示し、「ここでは、人は情報の中にいることが大切である」としたほか、異業種データの組み合わせから、顧客の全体像を把握し、接点を発見する「Connected Digital Place」、ハイパーコネクテッド・クラウドの世界において「Human Centric Innovation Digital Co-creation」に取り組むといった富士通研究所の姿勢などについても言及した。
あわせて、AIを活用し情報の共有化と意思決定の迅速化を図るのがR&D戦略の考え方であること、量子コンピューティングではグローバルでの共創関係が重要であり、トロント大学や1QBitなどとの戦略的パートナーシップを結んでいること、説明可能なAIという観点から意味と根拠と関係性を持った成長する知識データベースの活用などに取り組んでいることも示す。
「富士通研究所の研究員は、材料、デバイス、通信、コンピュータシステム、ソリューションといった幅広い領域において、アグレッシブに取り組んでいる」とした。
量子コンピューティング技術の実用化に向けた取り組み
また、富士通研究所が開発した2つの新技術を発表した。
ひとつは、組み合わせ最適化問題を高速に解く計算機アーキテクチャ「デジタルアニーラ」において、複雑なパラメータ設定を行わずに、組み合わせ最適化問題を解く新技術である。
富士通研究所の堀江健志取締役は、「昨年、量子コンピュータを超える新アーテキクチャーとしてデジタルアニーラの試作を発表した。今年に入り、1Qbitと量子コンピュータ技術を応用したAIクラウドでの協業。クラウドでデジタルアニーラのトライアル提供を開始。応用領域の明確化が進み、準備段階が完了。今後は実問題適用に向けて取り組むことになる。これによって、従来解けなかった実問題を解決し、社会に貢献していく」と説明。
「組み合わせ最適化手法には、扱う問題の種類ごとに数週間単位の準備期間が必要であったが、これを1日未満に短縮し、最適解を得られるパラメータ設定を、試行錯誤による繰り返し探索を可能にする。新素材の開発や創薬への活用、500銘柄のポートフォリオを最適化することでの投資リスクの削減が可能になった」とする。
また、デジタルアニーラの応用においてトロント大学と協業したほか、富士通研究所の新研究拠点をトロントに設立したことについても説明。「デジタルアニーラのグローバル展開を加速する」とした。
Deep Tensorとナレッジグラフの融合による「説明可能なAI」
もうひとつは、グラフ構造のデータを学習する富士通研究所のAI技術「Deep Tensor(ディープテンソル)」と、学術文献などの専門的な知識を20年にわたり蓄積した「ナレッジグラフ」と呼ばれる、グラフ構造の知識ベースを関連づけることにより、大量のデータを学習させたAIの推定結果から、推定理由や学術的な根拠を提示する技術だ。
富士通研究所 人工知能研究所の岡本青史所長代理は、「新たな技術は、AIが導く結果の根拠や理由を説明できる、まったく新しいAIになる」と切り出し、「ディープラーニングは、AIのブレイクスルー技術であるが、ブラックボックスのため、社会実装できる領域が限定的であった。だが、説明可能なAIにより、説明責任を果たすことができ、新たな発見ができ、AIを改善することができる。知の獲得、知の構造化、知の創出によって、あらゆる領域にAIを展開可能になる。現代のブラックボックスAIを進展させることができる」とした。
Deep Tensorでは、推定結果に加えて、推定因子を特定。Deep Tensorの推定結果に至る根拠をナレッジグラフを用いて構成するといった技術によって、説明可能なAIを実現した。
すでに、ゲノム医療分野で応用。Deep Tensorでは18万件の疾患系変異データから学習し、ナレッジグラフでは1700万件の医学論文から100億を超える知識を構築。変異から疾患に至る医学的に裏付けされた根拠を構成するとともに、診療の説明責任を果たすことができるほか、医学や薬学の新発見、専門家の見解の改善といった成果につなげることができるという。
「ヘルスケアのほか、金融分野においては、業績や経済指標から企業の成長を予測。コーポレート分野では、従業員の活動データから健康変化を検知できるといった利用が可能になる」とした。
HEMTの発明と情報通信分野への貢献
一方、研究会戦略説明会では、富士通研究所 名誉フェローである三村高志氏による「HEMTの発明と情報通信分野への貢献」と題した特別講演が行われた。
三村氏は、1979年に新構造デバイス「HEMT」を発明。優れた高周波性能を融資、衛星放送の爆発的な普及や、大容量送受信技術を実現。電波望遠鏡、衛星放送受信アンテナ、車載用ミリ波レーダーなどに応用され、情報通信技術の発展に大きく貢献してきた。三村氏は、これらの貢献により、先ごろ、第33回京都賞を受賞している。
HEMTは、電子を動きやすくする構造上の工夫により、高い周波数の信号や電力の増幅、およびスイッチングを可能にするトランジスタのひとつである。さまざまな化合物半導体への応用が可能である点も特徴で、高効率アダプタや高速ダウンローダなどの中核技術となっている。また、新たな材料であるGaNの登場により、電源電圧が10倍になり、電流は4倍になり、高出力化を実現。薄い障壁層による優れた高周波性能、自然環境のなかでの強い耐性を実現。サーバー用電源、携帯電話基地局向けにも利用されるようになった。
三村氏は、「富士通研究所は、今後もHEMTを活用したイノベーションを続けていく。エネルギーの高効率利用、宇宙空間までのボーダレスな無線通信・伝送、革新的医療技術の進展による健康な社会の実現、科学技術の発展や未知の領域の探索に貢献し、持続可能な社会の実現に寄与したい」と述べた。
さまざまな最新技術を公開
なお、研究開発戦略では、最新技術も公開した。公開された富士通研究所の研究成果を紹介する。