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富山市、「IoTで歩く高齢者を支援するプロジェクト」の第1弾イベントを公開

汎用的な“すでにあるもの”を調達して低コストでIoTを実現

 クラウド、Surface、市販の機器を使ったIoTで、高齢者が歩いて健康でいることを支援したい――。

 日本マイクロソフト株式会社は26日、国立大学法人富山大学、三協立山株式会社と共同で実施している「富山発・高齢者向けホコケンIoTプロジェクト」の第1弾イベントの様子を公開した。

 このプロジェクトは、富山大学歩行圏コミュニティ研究会(通称:ホコケン)が進めている「歩いて暮らしたくなるまちづくり」の一環として実施されている。三協立山がカートを、マイクロソフトがクラウドなどのテクノロジーを提供し、富山市の街中を高齢者がカートを使って歩き、その利用状況をクラウドで管理するIoTプロジェクトだ。6月26日に開催されたイベント第1弾では、Surfaceを搭載したカートを使って高齢者が実際に街中を歩き、Surface付きカートを実際に利用した感想や課題などが話し合われた。

Surfaceを搭載したカート
6月26日のイベントの会場地図

 初めてSurface付きカートを利用した高齢者からは、「画面が鮮明で見やすい」「歩いている状況がタイムリーに更新されるのが良い」といった意見がある一方、「天気が良い仲での利用は画面が反射してみにくい」「文字が小さい」「画面を見ながら歩いていると、何かにぶつからないか不安」といった率直な声も挙がった。

 こうしたイベントは、プロジェクト実施期間の1年間に4回程度実施する予定で、利用者の声を受けてシステムなどの改善も行っていく予定だ。

 日本マイクロソフトの榊原彰執行役 最高技術責任者は、「今回のプロジェクトで実現したIoTは、汎用的なすでにあるものを調達して実現した。プロジェクト実施期間は6月26日から一年間だが、その間、取得したデータは個人を特定するものではなく、富山市、三協立山、日本マイクロソフトの3者で共有してPower BIでの分析を行い、カートの使われ方、今後の方向性などを検討していく」と話している。

日本マイクロソフトの榊原彰執行役 最高技術責任者
今回のプロジェクト参加者がカートを中心にして集合

中心街を歩いて移動することで商店街活性化を狙う

 富山市では、富山大学、富山市行政、富山市星井町地区長寿会、地元企業・商店街が協働で、歩いて暮らしたくなるまちづくり実現に向けたプロジェクト「ホコケン」を進めている。

 このベースとなっているのが、森雅志富山市長が就任以来実践してきた、鉄道、路面電車、バスといった公共交通を主軸とした拠点集中型のまちづくり「コンパクトシティ」への転換だ。

 全国的に都市生活者の住居が郊外に移管した結果、都市の中心部が廃れ、シャッター商店街となっていく中、「人を街に戻し、活性化をはかるために公共交通網の拡充を進め、運行会社ごとにバラバラに運営されている交通網を、ITを使って連携を進める試みを行ってきた。さらに、寝たきり高齢者を減らすことを目的に、自動車に乗って移動するのではなく、公共交通+徒歩によって高齢者も歩く環境を作る」(森市長)と、中心街を歩いて移動することで、都市の中心部の商店街活性化を狙っている。

 ホコケンが中心となり発足したのが、「富山発・高齢者向け ホコケンIoTプロジェクト」。ホコケンに加え、建材、マテリアルなどを事業とする三協立山、マイクロソフトが加わり、自分の足で歩行することができる高齢者に加え、足腰が弱くなった高齢者でも町歩きができるよう、歩行補助車「まちなかカート」を開発。そこにマイクロソフトのテクノロジーを活用することで、カートを利用した高齢者の歩行距離、歩行時間などをプロジェクトメンバーが取得できる「ホコケンIoTシステム」を作った。

 6月26日に開催されたイベントでは、カートにSurfaceを設置。地元に影響力を持つ高齢者に協力してもらって、実際にカートを利用して町歩きを行い、そこで取得したデータがSurfaceからMicrosoft Azureに送られるシステムを実践した。

 富山市には観光客も利用できるレンタルサイクルが街中に設置されている。今回のプロジェクトがうまくいけば、将来的にはカートを自転車のように置いて、高齢者でも市街地を歩いて散策することも可能となる。

 富山市の森雅志市長は、「高齢者イコール弱者ではなく、地域に貢献してもらうためのツールとしてのカート作りを三協立山にお願いした。そこにマイクロソフトが加わることで、IoTでさまざまな情報を取得し、カートでの移動状況をデータとして取得することができるようになった。富山市としては地域にプラスになるものと、大きな期待を寄せている」と今回のプロジェクトの狙いを述べた。

富山市の森雅志市長
富山市街地は、レンタサイクル、路面電車などが市民の足として提供されている。将来的にはカートもレンタサイクルのように街角に置いてレンタル利用も構想されている

 カートを製作した三協立山は、富山市に隣接する富山県高岡市に本社を置く。3年前から今回のプロジェクトに参加し、初めてカート作りを始めた。

 三協立山の代表取締役社長である山下清胤氏は、「富山市の市街を歩くということでは、ライトレール(道路を走る鉄道)の線路を超えて高齢者が利用することになるので、強度と安全性が必要であることはいうまでもないが、利用している高齢者が格好良く見える、“カートのフェラーリ”にしてほしいというリクエストも挙がった。そこで社内の若い技術者、デザイナーでチームを作り開発に取り組んだ。男性高齢者の方が利用していると女性が振り返ってみるようなものを作ろうと作り上げたものなので、今回、参加される皆さんは、何人の女性が振り向くのかもしっかりカウントしてほしい(笑)。この活動は富山市内だけでなく、日本中、世界中に広がるものになってもらいたい」と話した。

森市長、三協立山の山下社長はカートを持って町歩きを体験
三協立山の代表取締役社長、山下清胤氏

 なお、今回製作したカートは、家庭に導入するものではなく、富山市側が保有することを考慮。折りたたんで家庭に置くことを想定せず、スーパーのカートのようにカートを並べて置くことをデザインとなっている。

戻ってきたカートは、スーパーのカートと同じように重ねて設置することができる

 ホコケンからこのプロジェクトに協力している富山大学は、2005年に旧富山大学に、旧富山医科薬科大学、旧高岡短期大学の3大学の再編統合によって誕生した。今回のプロジェクトには、芸術学部の学生と教員がプロジェクトのロゴなどのデザインを担当。医学部看護学科の学生が街を歩く高齢者をサポートするなど、さまざまな学部を持つ大学の特性を生かしてプロジェクトを支えている。

 富山大学の遠藤俊郎学長は、「私自身はこのプロジェクトに最初からかかわっているわけではないが、このプロジェクトは大変素晴らしいと思っている。三協立山にはぜひ、10万円以下でこの製品を全国で販売してほしい。日本人の健康寿命は、男性では70歳。全国民が健康寿命をさらに延ばすには、自分の足で歩くことが不可欠。是非、このカートを全国発売し、自分の足で歩く人を増やすことにつなげていただきたい」と、カートの一般製品化をリクエストした。

富山大学の遠藤俊郎学長
イベント参加者が着用していたTシャツは、富山大学でデザインされたもの

市販の製品、サービスを利用した低コストIoT

 今回のプロジェクトに参加するモニターは40人で、試作機も含めて約100台のカートが用意された。6圧26日に開催されたイベントでは、一部のカートにSurfaceが搭載され、参加者は富山市街を歩き体験を行った。

 カートにはセンサーが取り付けられており、イベントに参加した店舗に近づくと、カートの上部前面に取り付けられたSurfaceに、その店舗の情報が表示される仕組みとなっている。

 店舗の情報は、参加店舗の担当者が手書きメッセージを書いて、それを手に持っているところをSurfaceで撮影したもの。Instagramにその写真データを送り、InstagramからMicrosoft Azureを通して、カートに搭載されたSurfaceに配信される。カートに取り付けられたセンサーが参加店舗に置かれたビーコンマーカーに反応することで、近くのお店のメッセージが表示される。

 「新たにアプリを作ることも検討したが、将来的に店舗で独自にメッセージを配信することも可能になるように、汎用的に使われているInstagramを活用することした」(日本マイクロソフトの榊原氏)。

Surfaceには、Microsoft Azureを経由してお店からの手書きメッセージ付き写真が表示される
イベントに参加した店舗に置かれたビーコンマーカー
店舗の壁の片隅に密かに置かれているビーコンマーカー

 また、Surfaceが搭載されていないカートについては、自転車用の走行距離計測器を改良したものを搭載。自転車の場合は10m単位で行っている距離計測を10cm単位で行うことでカートの利用状況を把握して、Bluetoothでデータを飛ばし、歩行器を管理するセンターに置かれたRaspberry Piの機器から、Microsoft Azureにデータを配信する仕組みとなっている。

 Microsoft Azure側の仕組み作り、一部機器の変更などは行っているものの、基本的には市販品を利用したIoTシステム。市販品を利用することで、低コストで、短期間に利用開始できることがメリットで、横展開がしやすいというメリットもある。

自転車の走行計測器を搭載したカート
データの送受信を行うRaspberry Pi(左上)

 今回のイベントに参加した高齢者は、居住する地域に影響力を持つ人ばかり。ホコケンの代表である中林美奈子 富山大学准教授によれば、「1回目のイベントということで、お店からのメッセージは参加者の皆さんにSurfaceを持って撮影してもらっている。イベントに参加した高齢者というよりは、研究会のアクションリサーチャーとしての役割を果たしていただいた」という。

ホコケンの代表である中林美奈子 富山大学准教授

 イベント終了後は参加者から、カート、システムへの率直な感想が寄せられた。Surfaceをカートの上面に設置したことから、前述のような「光って見にくい」といった声や、「高価なものなのでSurfaceをつけたカートを屋外に置いたまま店舗に入りにくい」という声も挙がっている

 システムそのものについては、「字が小さくて読みにくい。拡大できるとよい」、「地図が出ても良いのでは。あと何メートル歩けばこんな店があるといった情報があればいいのでは」といったリクエストがあがった。

 また、「途中でデータがゼロになってしまって、何メートル歩いたのかわからなくなってしまった」といったトラブルや、「タブレットがうまく起動しなかった」という声もあった。「タブレットばかり見ていると、転ばないか心配」という意見もあった。

 日本マイクロソフトも含め、こうした声を受けて改善できる部分は改善し、数カ月後に2回目のイベントを開催することを予定している。

イベント終了後は、参加者から忌憚のない意見が寄せられた