Officeのあるべき姿をクラウドサービスとして提供するのがOffice 365
米Microsoftの沼本健コーポレートバイスプレジデントに聞く
Microsoftは、2011年6月30日、Office365を発表した。個人の生産性を高めるのがこれまでのOfficeとすれば、クラウド時代のOfficeともいえるOffice365は、「大手企業から、中堅・中小企業、個人までのすべてのユーザーに対して、優れたコラボレーションを提供するツールになる」と、米Microsoft コーポレートバイスプレジデント オフィスプロダクトマネジメントグループ担当の沼本健氏は位置づける。
そして、「業界全体の課題でもあった中小企業におけるITを活用した生産性向上、コラボレーションの実現に大きく寄与する製品になる」とも語る。そこには、Office 365で新たに開始したシンジケーションパートナーの存在も大きいといえるだろう。来日した沼本コーポレートバイスプレジデントにOffice 365の開発の狙いを聞いた。
■“ひとつのサービス”であるOffice 365
――Office 365は、MicrosoftのOffice製品として、どんな進化を遂げた製品だといえますか。
米Microsoft コーポレートバイスプレジデント オフィスプロダクトマネジメントグループ担当の沼本健氏 |
沼本氏:振り返ってみますと、かつてのOffice製品は、製品単体としての機能進化が中心でした。それが、Office 2003になって初めて、Word、Excel、PowerPoint、Project、VISIOが、同じ発売日を目指した、統一したスケジュールのなかで開発されるようになり、Excelで作成した表を、そのままPowerPointでも表の中身が失われずに利用できるOLE(Object Linking and Embedding)機能に代表される、連携機能も提供してきました。単にひもでまとめてセットにする売り方ではなく、生産性の高いツールとしての連携を実現する世界を目指してきたわけです。
この考え方は、その後のOffice 2007やOffice 2010で、さらに加速し、ユーザーインターフェースを統一するなど、より統合化されたものへと進化した。だが、それはあくまでもOffice製品のなかでの連携強化だったわけです。
今回のOffice 365は、Office WebAppsのほか、Exchange Online、SharePoint Online、Lync Onlineをひとつのスイートとして提供します。個人の生産性を高める製品から、コラボレーションを提供する製品へと大きく進化したことになります。
こうしてみると、突発的にコラボレーション型の新たな製品が登場したのではなく、Office開発チームは、常にお互いが有機的に連携するということを目指して、製品を作り込んできた長年の成果が、今回のOffice 365につながったことがわかると思います。
Exchangeの機能を光らせるために、Outlookが有機的に連携するというように、生産性ツールやコラボレーションツールとしての機能の進化を考えた場合でも、単体での進化よりも、複合体としての進化を重視してきたのです。
ところが、実際の販売形態をみてみると、OfficeはOffice単体として販売し、ExchangeはExchangeとして、SharePointはSharePoint単体としてそれぞれ販売する仕組みとなっています。もちろん、大企業向けのエンタープライズアグリーメントとして、契約上ではまとめることはできますが、販売面ではひとつのものとして提供できる状態にはなっていなかった。
だが、Office 365では、クラウドサービスとして提供することで、4つの製品をまとめて売るという考え方ではなく、ひとつのサービスとして売ることができるようになる。これは大きな進化だといえます。そして、私からみれば、こうした形で使っていただくことは、Officeのあるべき姿で使ってもらうことにつながるともいえるのです。
■Officeのあるべき姿は、最高の状態で統合化されたサービス
――Officeのあるべき姿とはどういうものですか。
Office 365の記者発表会で、その特徴を紹介する沼本コーポレートバイスプレジデント |
沼本氏:最新版のOfficeは、最新版のExchangeと組み合わせて使った時に、最も効果を発揮するように作り込まれています。Officeの開発チームは、なるべくならば、多くのユーザーにそうした組み合わせで使ってほしいと思っています。
自動車に例えるならば、最高の状態で完成系した「車」があるのにも関わらず、一度完成した「車」をバラバラにして、エンジンや車輪、シート、ハンドルなどを別々に販売しているのと一緒です。選択肢に柔軟性を持たせるという点では重要な要素ですから、これからもこの販売形態は続けていきます。
しかし、最高の状態の「車」として統合化したサービスを提供することで、新たなサービスが広がるという考え方もある。これがOffice 365になります。全世界的にみて、ExchangeやSharePointを導入している中小企業は少ない。Office 365として統合化したサービスを提供することで、最新の技術を使っていただきやすい環境が整うといえます。
Office 365で取り組んだのは、各ワークロードの垣根が見えない、統合化された製品にどうやって仕上げていくかということでした。PCを起動させると、Office 365のトップページが出て、そこにはExchangeのメールサービスと、SharePointによるチームの情報共有、Lyncを使用したビデオ会議やIM機能などが一体化した形で、エンドユーザー、IT管理者に見えるようになります。まさにひとつのサービスとして提供している。
この環境は、Office WebApps、Exchange Online、SharePoint Online、Lync Onlineが統合したものであり、まさにOffice 365というスーパースイートが生まれたことになります。
――Office 365の開発では、エンジニアはどんなところに醍醐味(だいごみ)を感じていたのでしょうか。
沼本氏:ひとつあげるとすれば、これまでのエンタープライズスケールにはとどまらない、クラウドサービススケールの開発に挑戦したという点ですね。
また、例えば、Exchangeの開発チームであれば、自分たちでクラウド対応のExchangeを作り、自分たちでそのサービスを提供する役割まで担うことが大きな違いです。そして、このクラウドサービスでの経験が、既存の製品に対してもプラスの影響を及ぼしています。
例えば、Exchangeでは、クラウド環境で運用するためにいかにストレージコストを引き下げるかといった取り組みを行い、Exchangeのコアのコードをどんどん書き換えています。この経験やクラウドへのプレッシャーをもとに、Exchange 2010というオンプレミスの製品においても、SANが要らず低価格のDASを使用して情報をストアできる、といったように、ストレージコストを引き下げる取り組みへとつながっている。その点でクラウドを新たなフロンティアととらえているOfficeチームの挑戦が、オンプレミスを含めてOfficeそのものを進化させることにつながっています。
今回のOffice 365では、Office、Exchange、SharePoint、Lyncを含めた、すべてのOfficeディビジョンの開発チームとの連携が、より一層緊密になりました。連携そのものについては、いまに始まったことではないですから、この部分で苦労したということはなく、むしろ面白さを感じました。ユーザーにとってシンプルな製品に仕上げるには、設計、開発において複雑さを吸収しなくてはならない。Officeが進化していく過程では、課題もいろいろありますが、それはそれで面白いものですよ(笑)。
■中小企業は大きなビジネス機会
――製品発表の場でも感じたのですが、Office 365では中小企業での利用を強く訴求していますね。これは、中小企業に最適化した製品ということになりますか。
沼本氏:これまでのOffice製品が大手企業から、中堅・中小企業、個人までのすべてのユーザーに利用していただいているように、Office 365もすべてのユーザーにご利用いただけるサービスであると考えています。これはOffice製品に共通した開発チームの信念です。
ただ、市場全体を見渡すと、中小企業におけるビジネス機会が大きいことがわかる。中小企業では、Officeを使用していても古いバージョンであることも多いですし、Exchange、SharePointの浸透率はまだまだ低い。特に日本の中小企業への普及率は、先進諸国のなかでも低い状況にあります。個人の生産性を高め、コラボレーションが必要とされているのにかかわらず、それを実現するためのツールが導入されていない中小企業が多い。中小企業へのIT普及は、Microsoftだけの課題ではなく、IT業界全体の課題でもあります。それを打破できる製品、サービスがOffice 365ということになります。
――どんな点でOffice 365は中小企業に最適なサービスであるといえますか。
沼本氏:クラウドであるということが最大の要素です。それによって、中小企業において、「バリア」と「バリュー」という観点で課題を解決できます。
例えば、Microsoftでは、SBS(Small Business Server)という中小企業向けのサーバー製品を提供してきた経緯があります。ただ、これを導入するとなると、ネットワークを敷設して、サーバールームを設置し、サーバーを導入して、コンフィグレーションもユーザー自らが行わなくてはならなかった。そこまでやって、ようやく稼働できるという状況でした。中小企業が利用するには、期間、コスト、スキルという点でバリアがあったのです。
しかし、Office 365であれば、クラウドの特長を生かして、サイトにアクセスして、サインアップすれば、5分後にはもう利用できるようになる。必要なプランを選択し、それに応じて月額600円からのコストを支払えばいいわけですから、参入障壁が一気になくなるのです。これは、ユーザー、パートナー、そして、Microsoftにとっても大きな価値があり、ユーザーにとっては、IT投資をCAPEXからOPEXへと変えていくことができるサービスなのです。
一方で、「バリュー」の面でもクラウドサービスの特徴が生かせます。クラウドの技術を活用することで、リモートでのサポートを実現したり、事業継続についてもより深くサポートできたりする。そして、同時に文書共有やビデオ会議といったリッチな機能も、簡単に利用できる。これだけの機能を低コストで活用できるわけですから、「お値打ちだ」という声があがるのも当然でしょう。私自身、大きな手応えを感じていますよ。
――一方で、コンシューマユーザーへの訴求がないようですが。
沼本氏:いまのOffice 365はどちらかというとコマーシャル向けのサービスだといえます。当面の主力はコマーシャル向けの施策となります。
しかし、弁護士や、個人でコンサルタントをやっている方、またフリーランスライターの方々もそうでしょうが、そうしたSOHOといったユーザーに対して、われわれが訴求する、しないにかかわらず、Office 365が適材であると思えば、ぜひ使っていただきたい。その要求には十分応えることができます。
われわれが思っていなかったロングテールでの活用が出てくるでしょうし、いまわかっていること以外でも新たな「レバー」が見つかることも出てくるはずです。それを排除するものではありません。
■ワンストップでサービスを提供できるシンジケーションパートナー
――Office 365では新たにシンジケーションパートナーという制度を開始しました。この狙いはなんですか?
Office 365の記者発表会には、シンジケーションパートナー3社の代表も登壇し、自社のサービスを紹介している |
中小企業に対し、信頼できるパートナーとしてワンストップソリューションを提供する |
沼本氏:日本では、NTTコミュニケーションズ、大塚商会、リコーの3社がシンジケーションパートナーとなっています。これらのパートナーでは、Microsoftのデータセンターから提供するOffice 365を活用し、各社が持つそれぞれのサービスと一括で提供してもらう仕組みとしています。いわば、ワンストップでクラウドを提供することができるパートナーだといえます。
Office 365を導入する上で、ネットワークの敷設はどうするのか、Active Directoryの認証はどうするのかといった導入サポート、運用サポートなどをシンジケーションパートナーが担当します。
ではなぜ、こうした制度が生まれたのか。それは、中小企業ユーザーが、より安心してクラウドを利用していただきたいという狙いからです。クラウドへの移行を考えた時に、どうしても不安が残るのは確かです。そこに中小企業ユーザーと密接な連携を行っている、信頼できるアドバイザーともいえる企業がサポートしてくれるのならば、多くの中小企業が安心してクラウドを導入できるのではないでしょうか。
実は、シンジケーションパートナーは、日本だけの制度ではありません。むしろ日本の方がユニークな形態だといえます。
世界のほとんどの場合は、テレコミュニケーション系のパートナーが多いんです。この背景には、中小企業に対して、スケールを持って、最もタッチしている企業はどこかという考え方があります。テレコミュニケーション系の企業は、ブロードバンドの提供というサービスメニューを持っている。それに対して、これまでのように、単にブロードバンドというパイプだけを売るのではなく、ブロードバンドとOffice 365をセットにして、ワンストップで販売してもらうという提案をしていくことになる。
また、北米では中小企業向けソフトウェアを開発しているIntuitなどがシンジケーションパートナーとなっていますが、これも中小企業に最も強いパイプを持っている企業という点で共通しています。
日本のようにMicrosoftのLAR契約を行っているトラディショナルなディーラーが、シンジケーションパートナーとなっている例は珍しいんですよ。根幹にあるのは、中小企業に対して、IT活用、クラウド活用の加速を図るということです。
ただ、シンジケーションパートナーの販売比率がどの程度にまで高まるのかは、現時点ではわかりません。新たな制度ですから、その役割には期待しています。
■1年間365日サポートし、サービスを提供するという意味を込めた
――ところで、Office 365の名称の由来はどこにあるのですか。
沼本氏:名称をつける時にはOfficeベースにするのか、それとも新しい名前にするのかといった議論はありましたが、Officeがクラウドサービスとして進化した時には、やはりOfficeベースの名称の方が自然です。
その上で、サービスの特徴を示すものとして、どんな言葉を盛り込むか。そこに、1年間365日、Microsoftがサポートし、提供するサービスであるという意味を込めたのが「365」というわけです。つまり、「雨の日も、風の日も、サービスを提供する」ということなんです(笑)。
かなり幅広い範囲からブランド候補を出し、それを、私を含めたコアな少人数のメンバーが、なんども繰り返し議論をして決めました。ただし、Microsoftの公式文書には、Office 365の名称の由来については、一切なにも書かれてはいませんよ(笑)
――BPOSの名称を継承するという発想はありませんでしたか。
沼本氏:BPOSは、Exchange、SharePoint、Communication Server(現Lync Online)で構成されていたサービスです。
しかし、Office 365という新たな製品をとらえた場合、これはBPOSの次世代バージョンとは位置づけられませんし、新しいプラットフォームを立ち上げ、一段階違うレベルのサービスを提供したいと考えていた。
そして、最大の違いは、Office製品が入るサービスであり、Officeを統合したサービスということなんです。この大きなステップチェンジを示すブランドはなにかということを考えたら、やはりOffice 365が適切なブランドではないでしょうか。私はこのブランドをすごく気に入っていますよ。
――Office 365の広がりに対して、どんな目標を設定していますか。
沼本氏:社内には数値目標はありますが、公表できるものはありません。しかし、中長期的にみて、Officeの利用者のなかで、Office 365がどのぐらいの割合で利用されているのかといったことは重要な指標ですね。ただこれも、OfficeとExchangeがかなりの割合で併用されている大手企業と、Exchangeがほとんど利用されていない中小企業とでは比率は違いますよね。
できるだけOffice 365を利用しているユーザーの比率を高めたいと考えています。私は、みなさんがなにかをしようと思った時の「当たり前」のレベルを、いかに引き上げるかということに力を注いでいます。
例えば情報を共有したいという場合に、これまでのように、メールに資料を添付するのではなく、クラウドにコピーを置いて、みんなで共有してもらうというモダンな共有方法の方が最適な場合が多い。こうした「新たな当たり前」を簡単に使っていただき、普及させるツールや環境を作りたい。Office 365は、新たな当たり前を実現するための重要なツールとなります。
――Office 365の発表を前後して、Googleが「Google Appsを検討すべき365の理由」という記事を、Googleの公式ブログに掲載しました。Microsoftとしては、Google Appsへの対抗という点ではどう意識していますか。
沼本氏:Officeアプリケーションの世界では、彼らはチャレンジャーですから、いろんなことを言ってくるでしょうし、市場に参入してから5年ぐらい取り組んでいますが、エンタープライズ市場におけるメールのシェアは1%以下と言われていますから、焦りもあると思います。死に物狂いでやってくるでしょう。
しかし、それに一喜一憂するつもりはありません。オンプレミスのOffice 2010は、コンシューマ市場において、全世界で1秒間に1本が販売されていますし、販売スピードは過去最高のものになっていますし、Web Appsも新たなユーザー体験をこれまでに5億人以上に提供している。さらにエンタープライズ市場でも、デプロイメントの数は、Office 2007に比べて5倍以上のスピードとなっています。
私は大変強い手応えを感じています。このモメンタムをOffice 365につなげていきたい。そして、Officeをどんどんクラウドに進化させていきたいと考えています。1年後に、いま私が想定している以上に、大きなインパクトが出れば面白いと思っていますよ。