インタビュー

Red Hat AI、Lightspeed、OpenShift――、Red Hat クリス・ライトCTOが語るOSSベースのAIプラットフォーム戦略

 米Red Hatは、Linuxディストリビューション「Red Hat Enterprise Linux(RHEL)」を中核事業とする企業だ。さらに近年では、コンテナプラットフォームの「Red Hat OpenShift」や、OpenShiftを使ったAIプラットフォーム、インフラ構築自動化ツールの「Red Hat Ansible Automation Platform」などの事業にも力を入れている。

 こうしたRed Hatの最近の事業と製品について、10月に都内で開催されたイベント「Red Hat Summit: Connect 2025 Tokyo」に来日したRed Hatのクリス・ライト(Chris Wright)氏(CTO兼グローバルエンジニアリング シニアバイスプレジデント)に、AIやOpenShiftの分野を中心に話を聞いた。

Red Hatのクリス・ライト(Chris Wright)氏(CTO兼グローバルエンジニアリング シニアバイスプレジデント)

Red HatのAIプラットフォームは「Any model. Any accelerator. Any cloud.」

 まずはAI分野について。この分野でRed Hatは、プラットフォーム製品をリリースする立場だ。

 「Red Hatは主に、AIのモデルやアプリケーションを実行するためのプラットフォームを提供します。そこでは、低レイヤーのハードウェアやアクセラレーター、あるいはアクセラレーターなしの環境をサポートします」とライト氏は言う。

 実際の製品としては、OpenShiftをベースにAIアプリケーションのための機能を組み合わせた「Red Hat OpenShift AI」や、LLMの推論(inference)エンジン「Red Hat AI Inference Server」、AI向けのRHEL起動イメージにRed Hat AI Inference ServerなどのAI機能を組み合わせた「Red Hat Enterprise Linux AI」がある。そして、これらを「Red Hat AI」としてブランディングしている。

 いずれの製品も基本的に、Red Hatが直接クラウドサービスとするのではなく、ソフトウェア製品としてリリースされる。さらに、オープンソースソフトウェア(OSS)をベースにしていることも特徴だ。

 こうしたアプローチは、RHELやOpenShiftなど、その時代ごとの企業アプリケーション実行プラットフォーム製品を、OSSをベースにリリースしてきたRed Hatの路線に沿ったものといえる。

 このRed HatのAIへのアプローチを示すキャッチフレーズに「Any model. Any accelerator. Any cloud.(あらゆるモデル、あらゆるアクセラレーターを、あらゆるクラウドで)」がある。

 これは、アプリケーションワークロードを、OSSベースのプラットフォームによって、オンプレミスやクラウド、エッジなど柔軟にデプロイして動かすというもので、同社のクラウドへのアプローチである「オープンハブリッドクラウド」のビジョンを、AIにまで拡大したものといえそうだ。

「Any model. Any accelerator. Any cloud.」(「Red Hat Summit: Connect 2025 Tokyo」基調講演より)

 「重要なのはアプリケーションであり、いかに柔軟で選択肢の幅を広げるかということに焦点を当てています」とライト氏は言う。

 企業において事業でAIを展開するときには、どのモデルを使うのか、どのハードウェアアクセラレーター(GPUなど)を使うのか、パブリッククラウドにデプロイするか独自データセンターにデプロイするか、といったさまざまな選択肢がある。「この選択肢に柔軟性を持たせて、どんなモデルでも、どんなハードウェアアクセラレーターでも、あるいはハイブリッドクラウドでも独自データセンターでも自由に選べるようにするという考え方です」とライト氏は説明した。

OSSをベースにした柔軟性でソブリンAIにも対応

 ただし、AIの製品やサービスはすでに各社から多数登場している。AIプラットフォームも、パブリッククラウドのサービスを中心に、すでにいろいろ存在している。その中で、Red Hatの強みとなることは何か。

 この点についてライト氏は「すべてOSSに基づいて作られている」ことをあらためて強調した。

 「競合他社は、多くの部分で垂直統合されたスタックになっていることが多く、どのクラウドを使うのか、どのモデルを使うのか、どのハードウェアを使うかに制約がある場合が多い。それに対してRed Hatでは、オープンソースに基づくことで、“Any model. Any accelerator. Any cloud.”の柔軟性を実現できます」(ライト氏)。

 AIプラットフォームに柔軟性が求められるケースとして、ライト氏は「ソブリンAI(主権AI)」と「デジタル主権(digital sovereignty)」を挙げる。

 「地政学的懸念などのさまざまな理由により、デジタル主権はいまIT業界でホットなテーマです。各国の企業や政府では、主権の及ばないものに依存せずに、データや技術スタックを確保しておきたい、という希望が高まっています。これは特にAIで重要になります」とライト氏は言う。

 ただし、これは複雑なトピックだ。「地域によって主権の定義も異なり、法規制も異なり、必ずしも統一されていません。デジタル主権も、データの主権や、オペレーションの主権、テクノロジーの主権などの、複数の要素から構成されています」とライト氏。

 こうしたデジタル主権を実現するにあたり、「Red Hatのすべての製品がOSSに基づいていることは、非常に強力だと考えています。OSSは単一の占有企業を持たず、開発コミュニティのグローバルなコミュニケーションで構築されているからです」とライト氏は語った。

 つまり、OSSをベースにすることにより、データだけでなく、技術スタックの主権を持つことができる。さらに、OSSでオープンな技術であることから、オペレーションの主権も特定の企業に依存せずに国や地域の中の事業者が持つことができる、というわけだ。

オープンハイブリッドクラウドをAIに拡大(「Red Hat Summit: Connect 2025 Tokyo」基調講演より)

Red Hat製品の利用をAIが助ける「Lightspeed」シリーズ

 話を少し変えて、Red Hat製品そのものの機能としてAIを使うケースについてもライト氏に話を聞いた。

 これにはRed Hatのいくつかの製品に「Lightspeed」の名称で組み込まれている機能がある。「ユーザーインターフェイスの一部としてAIを使うことにより、製品のユーザビリティを改善するものです」とライト氏は説明した。

 最初のものは、2023年に発表された「Ansible Lightspeed」だ。インフラ構築自動化ツールのAnsibleでは、システム構成をプレイブックと呼ばれるテキスト形式(YAML形式)のファイルで記述する。Ansible Lightspeedは、Ansibleのプレイブックを書くのを生成AIが助ける一種のコーディングアシスタントで、「システム管理者などインフラを自動化しようとするエンジニアが、Ansibleのプレイブックをより迅速に書けるようになり、自動化がしやすくなります」とライト氏は説明する。

 一般のコーディングアシスタントと同様に、発表以後の2年間でAnsible Lightspeedにも多くの機能が追加されてきた。「コード生成だけでなく、ドキュメントを基に質問に回答する機能もあります。最適なデプロイ方法はどうか、このアクションを実行するにはどうするか、といったことを聞けます」(ライト氏)。

 Ansibleに続いて、RHELとOpenShiftにも、「Red Hat Enterprise Linux Lightspeed」と「OpenShift Lightspeed」の機能が登場した。「ユーザーは、Red Hatの専門知識やナレッジベース、ドキュメントを基にしたAIに質問して、RHELやOpenShiftをより効率的に活用できるようになります」(ライト氏)。

RHEL 10にRHEL Lightspeedが搭載(「Red Hat Summit: Connect 2025 Tokyo」基調講演より)

 最近では、システム運用にAIを利用し、障害検知や対応などを省力化・自動化する「AIOps」の動きもある。システムの構築運用の担当者などを対象に、システムを構成する製品をリリースしてきたRed Hatとしては、AIOpsのようにAIに助けられた運用は今後のITインフラ運用を変えると考えているだろうか。

 ライト氏の答えは「Yes」だ。「これは以前から予測していたことです。システムのログやアラート、メトリクスを取得して問題の根本原因を特定するPoCや、その問題に自動的に対応するためのプレイブックを生成するPoCなども行いました」とライト氏は紹介した。

 これによって、問題を自己修復する自律的なインフラ運用が実現することになる。「完全に自動になるのはまだ将来の話ですが、そのための基盤ができ始めているところです」とライト氏は語り、そのビルディングブロックの1つとして、アラートなどのイベントからAnsibleを実行する「Event-Driven Ansible」を挙げた。

Event-Driven AnsibleなどIT運用の自動化

OpenShiftでAIも仮想マシンも動く

 AI関連でも名前が挙がったように、Red Hatでは、RHELのほかに、KubernetesをベースにしたコンテナプラットフォームOpenShiftにも力を入れている。いわば、企業アプリケーションにおいて、Linuxに対するRHELのような役割を、Kubernetesに対するOpenShiftが担っているといえる。

 あらためて、OpenShiftの利用企業にとっての意義を聞いてみた。

 企業はOpenShiftにより、マイクロサービスやCI/CDなどクラウドネイティブな手法を使ったアプリケーションを構築できる。「新しいクラウドネイティブなアプリケーションを開発するだけでなく、既存のアプリケーションのモダナイゼーションも可能になります」とライト氏は言う。

 「これにより、顧客企業は、アプリケーションのデプロイ先を、パブリッククラウドやプライベートクラウド、エッジなどから自由に選べ、選択肢が増えます。つまり、ハイブリッドクラウドの柔軟性を提供できます」(ライト氏)。

 さらにOpenShiftには、その上でコンテナだけでなく仮想マシンを動かすこともできる「OpenShift Virtualization」の機能も加わった。前述したように、AIのワークロードを動かす機能もある。

 「同じOpenShiftのプラットフォームで、さまざまな技術のワークロードを動かす環境を実現できます」(ライト氏)。

 そのほか、ネットワークやインフラの機能や、オブザーバビリティ情報の取得などの機能により、運用管理を助けるようになっているなど、「広範なプラットフォームであって、コアとなるKubernetesの機能をはるかに超えています」とライト氏は強調した。

 AIプラットフォームとしてOpenShiftを使うメリットについても尋ねた。

 これについてライト氏は、まず、アクセラレーターなどハードウェアをサポートしつつカプセル化して、スケールアウトして高速な推論を実行できることを挙げた。さらに、AI以外のアプリケーションで学んだ、CI/CDパイプラインなどの開発プラクティスを、AIのモデルやアプリケーションの開発に適用できることも挙げた。

 Red Hatが今後OpenShiftで拡充していきたい点についても聞いた。

 ライト氏はまず、コアのOpenShiftが安定して成熟したプラットフォームになっていると前置き。その上で、最近追加した技術として仮想マシンとAIへの対応を挙げ、「この領域については今後も継続して投資し、強化していきます」と語った。

 加えて、OpenShiftへのAI機能の組み込み、つまりOpenShift Lightspeedの充実もライト氏は挙げた。「顧客がAIによってRed Hatの専門知識にアクセスできるように、引き続き投資していきます」(ライト氏)。

OSS開発にAIは味方か敵か?

 やや余談になるが、ライト氏は、Linuxカーネル開発のメンテナーの一人として長く活動してきた。

 いくつかのオープンソース開発コミュニティではいま、AIによるコードの安易なパッチ提出が議論になっている。QEMUプロジェクトなど、AIによるコードの提出を禁止する開発コミュニティも出てきた。

 この問題について、開発コミュニティでパッチを受け取る立場を知り、かつエンジニアにAIを提供する立場でもあるライト氏に、どのように思うか個人的な意見を聞いてみた。

 ライト氏はまず前提として、ソフトウェアの開発にAIが非常に有望だと考えているとしつつ、OSSは多数あってそれぞれの開発コミュニティの判断を尊重すると述べた。

 中でも懸念される点として、コードの質の問題や、コードのライセンスの問題などにより、メンテナーの負荷が増えてしまうことを同氏は挙げた。

 その上でライト氏は、ソフトウェア開発は単にコーディングだけではなく、コードによって問題を解決するのが目的だと指摘。それには、コーディングや、テスト、ドキュメント、コードレビューなどさまざまなステップがあり、それぞれをAIで支援できるだろうと述べた。そして、コミュニティが慣れていったときに、メンテナーのコードレビューなどをAIが助けて負荷を減らす可能性があるといった点に触れ、「オープンソースの開発もAIを活用して改善される部分も多いと思います」とポジティブに答えた。

 その上で、ツールの改善は、OSSの開発プロセスにも恩恵があると思っているとして、「Red Hatとしてもそういった動きを支持していきたい」と語った。

「Red Hat Summit: Connect 2025 Tokyo」で、「Red Hat APAC Innovation Awards 2025」授賞式に登壇したクリス・ライト氏(右)と、レッドハット株式会社 代表取締役社長の三浦美穂氏(左)