【AWS SUMMIT 基調講演】スタートアップからエンタープライズまで、クラウドが塗り替えるITの世界


 Amazon Web Services(以下、AWS)が、日本の顧客の強い要望に応えるかたちで最初の国内データセンター拠点である「東京リージョン」を設立したのが、2011年3月のことである。以来、東京リージョンは「AWS史上最速」のスピードで初年度成長を遂げ、導入企業の数を単に増やしただけでなく、パートナーやデベロッパーも巻き込んだ日本市場でのAWSエコシステムを確立し、その勢いを拡大し続けている。

 そして東京リージョン設立から1年半後の9月13日、AWSは東京で初の開催となった「AWS SUMMIT TOKYO 2012」の初日に、東京リージョンでは3つめとなるアベイラビリティゾーン(各リージョン内に設置されているデータセンター群。以下、AZ)の開設を発表した。

 AWSは各リージョン内に複数のAZを配置している。1つのAZはほかのAZから独立しており、電力や空調、セキュリティなどもすべて個別に運営することで冗長性を高めている。その一方で、障害時には高速ネットワークを介してAZが互いに連携し合うことで迅速な復旧を可能にしている。ローンチから2年たたないうちに3つめのAZ、つまりデータセンター群を東京リージョンに追加したということは、それだけ東京リージョンの成長が急激である事実を示している。

 AWSがほかのクラウドベンダを大きくしのぐ勢いで成長を続ける理由はどこにあるのだろうか。AWS SUMMIT TOKYO 2012の初日に行われた同社バイスプレジデントのアダム・セリプスキー氏による基調講演「Go Global」から、その回答の一端を探ってみたい。

 

競合他社がまねできない圧倒的なインフラストラクチャ

 セリプスキー氏は最初に「クラウドコンピューティングの特質」と題して、クラウドが果たすべき6つのオファーを取り上げた。

・初期投資が不要
・低額な変動価格
・実際の使用分のみ支払い
・セルフサービスなインフラ
・スケールアップ/ダウンが容易
・市場投入と俊敏性の改善

 従量課金や弾力性、拡張性といった言葉で表現されるこれらは「本当のクラウドなら備えていて当然」の条件であるとセリプスキー氏。顧客を運用の負荷から解放し、自由度の高い基盤として提供されるべきインフラがクラウドであり、逆に言えば、この6つを実現できているクラウドベンダの数はそう多くない。顧客のインフラ負担を軽減する分、ベンダ側には膨大な投資が求められるからである。


バイスプレジデントのアダム・セリプスキー氏クラウドコンピューティングの特質

 AWSは現在、世界8つのリージョン(US GovCloud、米カリフォルニア、米オレゴン、米バージニア、ブラジル、アイルランド、シンガポール、東京)と、コンテンツ配信を行う30カ所以上のエッジロケーションを中心にグローバルインフラを構築している。

 顧客が構築したコンテンツはリージョン内だけではなく、エッジロケーションを経由して世界中で展開/配信が可能で、そのために何らかの変更を加える必要は一切ない。スタートアップからエンタープライズまで、グローバルに事業を展開しようとする企業にとってこのメリットは大きい。

 増え続ける需要に応えるため、AWSはこの1年半で東京リージョンを含む4つのリージョンを新たに立ち上げた。今後もリージョン数を増やしていく方針だとセリプスキー氏。単に数を増やすだけでなく、例えば東京リージョンにおいては「地震が多い日本の事情を考慮し、断層地帯にあわせてAZを配置し、冗長性を確保している」(セリプスキー氏)といったように、各リージョンに対する十分な配慮を決して怠らないという。


AWSのグローバルインフラ新たなAZを東京リージョンで提供する

 同氏は顧客から「AWSのサーバーはどのくらいのペースで増加しているのか」という質問をよく受けるそうだが、その答えは「親会社のAmazon.comが年間売り上げ30億ドル程度だった2000年当時に必要としていたキャパシティと同じだけのリソースを毎日追加している」というもの。今年6月、ストレージサービスのAmazon S3に保存されているオブジェクト数が1兆を超えたとして話題になったが、このスケールを実現するインフラを維持し、拡張していくことができるクラウドベンダがそう多くないことは容易に想像がつく。


AWSの成長

 もう1点、AWSと競合他社の差別化要因として挙げられるのが、セリプスキー氏が「大きく成長してもマージンを保つ」と断言するそのコスト構造だ。AWSは技術やインフラへの投資を行うことで経営効率を改善し、その分を価格の低下というかたちで顧客に還元している。「これまで20回以上に渡って値下げを実施してきた」とセリプスキー氏は言うが、こうしたコストダウンの機会を提供することでより多くの顧客獲得につながり、さらなるインフラ投資を呼び、そして再び経営効率改善へ…という良いサイクルを生んでいる。「AWSの値下げには競合他社の動向はまったく関係ない」という同氏の言葉には、不毛な価格競争とは無縁だという強い自信が表れている。

 

AWSのサービスは顧客の要望から生まれる

 ここでセリプスキー氏は現在AWSが展開する主要なサービスを紹介した。

・ネットワークサービス――企業のインフラをAWSクラウドにシームレスに接続するサービス。VPNでAWSにネットワークトポロジを拡張する「Amazon Virtual Private Cloud」、閉域網でのAWS接続を可能にする「AWS Direct Connect」、スケーラブルなドメインネームサービスの「Amazon Route 53」など

・コンピュートサービス――LinuxとWindowsのスケーラブルなコンピュートサービス。AWSクラウド上の仮想サーバー「Amazon EC2」、ルールベースでEC2をスケーリングする「Auto Scaling」、EC2のための仮想ロードバランサー「Amazon Elastic Load Balancing」

・ストレージサービス――スケーラブルで信頼性が高く、パフォーマンスもすぐれたストレージ。信頼性の高さと圧倒的なスケーラビリティをもつオブジェクトストア「Amazon S3」、EC2のための永続的なブロックストレージ「Amazon Elastic Block Store」、企業のデータをシームレスにS3にバックアップする「AWS Storage Gateway」

・データベースサービス――スケーラブルで可用性の高いデータベースサービス。ハイパフォーマンスなNoSQLデータベースサービス「Amazon DynamoDB」、マネージドなOracle/MySQL/Microsoft SQL Serverを提供する「Amazon RDS」、マネージドMemcached「Amazon ElastiCache」

・アプリケーションサービス――AWSパートナーが提供する各サービス。一般的にアプリケーションとしてニーズのある条件を抽象化している。セキュリティサービス、ログ解析サービス、デベロッパーサービス、BIサービス、テストサービスなど

・展開と管理――企業が必要とするアプリケーションの機能を置き換えるマネージドなサービス。サードパーティによるものも。Webベースの管理インターフェイス「AWS Management Console」、アイデンティティとアクセス管理「AWS IAM」、自動化されたモニタリングとアラート「Amazon CloudWatch」、自動化されたAWSリソースプロビジョニング「AWS CloudFoundation」、Java/PHP/.NET/Pythonアプリケーションの展開と管理「AWS Elastic Beanstalk」

 セリプスキー氏は続けて、7~8月に発表されたばかりの3つの新サービスについて紹介を行った。

 1つは低価格アーカイブストレージサービス「Amazon Glacier」。セリプスキー氏はGlacierについて「無限のアーカイブを長期的に提供する」と表現、特にコンプライアンスの関係上、どうしても保存しなければならないアクセス頻度の低いファイルの格納に最適だとしている。「Glacierには、銀行の金庫のようなデータ格納領域“ボルト(vault)”が用意されており、ユーザーはそこにファイルを放り込めば、アーカイブされた状態で保存される。ファイルが必要になった時はアーカイブからリトリーブするが、数秒で解凍できるわけではない。しかしS3の10%という非常に安価な価格を考えれば、長期的な保存にこれほど適したストレージサービスはない」(セリプスキー氏)。

 2つめは高いI/Oを求めるアプリケーションのためのEBSボリュームである「Provisioned IOPS for EBS」だ。昨今のWebアプリケーションは大量のデータを保存/取得するケースが多いため、高いI/O性能、それも「安定しているI/O、予見的なI/Oが求められる傾向にある」とセリプスキー氏。そういった要望に応えるため、Provisioned IOPS for EBSは1ボリュームあたり1,000IOPSを上限に、必要とするパフォーマンスのレベルを顧客が自分で決めることができる。もし数千IOPSを実現したいのなら、複数のボリュームをまとめてRAIDを構成することも可能だ。この1,000IOPSという数字についてセリプスキー氏は「現状ではこのくらいの数字が妥当だと思っているが、顧客の要望があれば近い将来、大きくしていきたい」と語る。


Amazon GlacierProvisioned IOPS for EBS

 そして3つめが、低レイテンシで高速ストレージへのアクセスが求められるアプリケーション向けの「Amazon EC2 High I/O Instances」だ。米Netflixなども利用しているこのサービスはSSDベースで新しいインスタンスを補強することで、秒間12万回を超えるIOPS(書き込みは8万回)を実現している。「高性能にクラスタ化されたデータベースや、CassandraやMongoDBといったNoSQLに最適」とセリプスキー氏。高速トランザクションを必要とするエンタープライズアプリケーションや、ゲームなどのコンテンツ配信に適したサービスだといえる。

 ここに挙げたいずれのサービスも、顧客からの強いリクエストに沿って生み出されている。この姿勢こそがAmazon.comから引き継いでいるAWSのDNAなのだろう。

 

クラウドコンピューティングの7つの変革

 「クラウドのメリットについては、コスト削減と早い導入の2点について語られることが多いが、決してそれだけではない」とセリプスキー氏。クラウドコンピューティングがビジネスに対して成しうる“7つの変革”として、以下のポイントを挙げた。

1.分散処理アーキテクチャをより簡単に――AWSでは何の工夫もすることなく、複数のAZを活用でき、従来まで苦労していた分散処理アーキテクチャをごく簡単に実現できる

2.共有システムのセキュリティアドバンテージ――セキュリティは、城壁を高くするのでではなく、顧客との”共有モデル”としてとらえる。AWSが担保するのはハイパーバイザより下のインフラ部分のセキュリティ

3.アーキテクチャによるスケーリングからコマンドによるスケーリングへ――熟練のDBAにしかできないようなシャーディングは必要ない。顧客が考えるべきはI/Oだけでいい。スケーリングはDynamoDBのようなアーキテクチャが実現する

4.すべてのデベロッパーの手にスーパーコンピュータを――エリートのためのスパコンではなく、クラウド上で時間課金で手に入る経済的なスパコンをすべてのデベロッパーに

5.たくさんの実験と早い失敗体験――インフラは高いものという伝統を壊し、わずかな投資で新しい取り組みにチャレンジできる機会を提供。失敗してもそのリスクを低くできる
6.ビッグデータ処理にビッグなサーバーは不要――ビッグデータを格納するサーバーに高額な投資をする必要はない。AWS上のHadoopクラスタで膨大なパラレル処理やデータアナリシスをこなせる。データのロード→分析→可視化をクラウドでシンプルに

7.モバイル時代のためのモバイルエコシステム――時代は“モバイルファースト”、アプリ開発はまずモバイルからという期待に変わりつつある。リッチなUIやロケーションサービス、レコメンデーションサービスなどの開発はクラウドが向いている

 いままでできなかったことがクラウドでいとも簡単に、格安でできるようになる。そうなれば、スタートアップもエンタープライズも、リーンなかたちで新しい事業をはじめたり、既存のビジネスをスリム化できる。これまで見えなかったまったく新しいビジネスが見えてくる可能性が高くなる――それがクラウドのもたらす世界だとセリプスキー氏は語る。

 

グローバルを目指す国内企業の導入事例

 基調講演では、AWS導入企業の3社がその事例を壇上で発表した。いずれもビジネスのグローバル展開を見据えた結果、AWSを選んだ企業である。以下、各社の発表内容を簡単に紹介する。

gloops 取締役CTO 池田秀行氏
 ソーシャルゲームは1つヒットが生まれると、急激に拡張する。いったん拡張すればシステム的に膨大なトラフィックをさばかなければならず、使いたい時に必要なだけ使えるリソースが必要。特に数万単位の同時接続、刻々と変わる属性を考慮したI/Oまわりのスケーリングはソーシャルゲームにとって死活問題。またグローバル進出に力を入れている現在、地理的制約を受けることなくリソースが使えることも重要。AWSではIOPSを本番環境で活用している。また、DynamoDBについてはテスト環境で検証中。また物理サーバー上に構築しているHadoopクラスタの一部をElastic MapReduceにもコピーしている。スピード感のあるビジネスを展開していくために、クラウドをツールとして乗りこなし、日本のインターネットの盛り上げに貢献していきたい。

朝日新聞社 国際ビジネスマネージャー 池田伸壹氏
 ひと昔前の新聞社の国際事業とは紙の英字新聞を国内市場向けに出すことだった。いまは多言語(英語、中国語、韓国語)で世界に向けてデジタルで発信している。このサービスの基盤をAWSで構築している。かつて輪転機が報道の世界を変えたように、ジャーナリズムを事業とする者は、時代の最先端の技術を使ってコンテンツを作っていくことで新しい価値を生み出していくべき。クラウドはその重要なツール。新しい技術を取り入れながら、アジアでもっとも信頼されるメディア、政府や企業から自由な立場で報道できるメディアとして生き残っていきたい。

ブイキューブ 代表取締役社長 間下直晃氏
 Web会議やオンラインセミナーといったビジュアルコミュニケーションを展開する企業としては最後発だったが、国内シェアNo.1を取れたのはクラウドベースで事業を展開できたから。グローバル展開を図っている現在、明日から南米で事業を開始しようと思えばすぐにできる環境が整っているのがAWSを選んだ理由。加えてユーザーごとにインスタンスを作成できるので、ほかのユーザーの障害に巻き込まれないマルチテナント環境を提供できる。エンタープライズ企業は少し前までクラウドをまったく信用していなかった。だが昨今の進化で安定性もセキュリティもクラウドの質が高いことが証明されてきた。クラウドのメリットを訴求しながら、アジアでNo.1のビジュアルコミュニケーション企業を目指していきたい。


gloops 取締役CTO 池田秀行氏朝日新聞社 国際ビジネスマネージャー 池田伸壹氏ブイキューブ 代表取締役社長 間下直晃氏
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