【AWS SUMMIT 基調講演】成功事例が示す“Go Enterprise with AWS”

AWSのエンタープライズ戦略とは?


 2006年に事業をスタートさせたAmazon Web Services(以下、AWS)は、いまや世界8カ所にリージョン(データセンター群)を設置し、190カ国、数十万以上の企業が利用するITインフラへと成長した。

 国内でも2011年に待望の東京リージョンがローンチし、AWS史上かつてないスピードで成長を続けており、9月13日はついに3つ目のアベイラビリティゾーンの開設を発表している。AWS日本法人であるアマゾン データ サービス ジャパン 代表取締役社長の長崎忠雄氏は「日本のお客さまがパイオニアとなってクラウド市場でイノベーションを起こしている」と語るが、特にここ1、2年、国内エンタープライズ企業のクラウドへの取り組みは、単なるコスト削減にとどまらない、イノベーティブな事例が増えている。

 圧倒的なリソース、魅力的な価格帯、豊富なサービスメニュー、そして“共有型”のセキュリティで、クラウドに懐疑的だった国内企業のニーズを確実にとらえるAWS。「AWSがコカコーラだとすると、いまだにペプシコーラの存在が現れていない」と長崎社長が断言するように、数あるクラウドベンダの中でもその強さは他社を大きくしのぐ。

 AWSはいかにして顧客のビジネスを成功へと導いているのか。本稿では9月14日、「Go Enterprise」をテーマに行われたAWS SUMMIT TOKYO 2012の2日目基調講演で長崎社長が紹介した国内外のAWS導入事例を中心に、成功するクラウド導入の条件を見ていきたい。

 

エンタープライズにとってのクラウドのメリットはコストだけじゃない

アマゾン データ サービス ジャパン株式会社 代表取締役社長の長崎忠雄氏

 長崎社長は冒頭、スライドにて数社のAWS導入事例を紹介した。

・サムソン――スマートTVを世界に拡大するプラットフォームを構築するため、オンプレミスではなくAWSを選択。これにより3400万ドルのコスト削減、運用面では85%の削減が実現。猛烈な国際競争にあっては1日でも遅れたら他社に敗北するため、コスト削減だけでなくリードタイムの短縮が成功の大きな要因

・シャープ――イノベーティブなスマートフォン向けアプリ「教えてリモコン」をAWSで展開。テレビ番組を軸にしたソーシャルネットワークによるコミュニケーションを実現

・花王――グローバルレベルのインフラ統合において、対外的コーポレートサイトおよびCMSをフルプロダクションでAWSに移行。移行期間はわずか4カ月。冗長化を図るため複数のアベイラビリティゾーンでシステムを構築し、可用性を向上

・京セラドキュメントソリューションズジャパン――東京リージョン開設に伴い、国内にデータを置けるようになったので「FAXお預かりサービス」をホスティングベンダからAWSに乗り換え。SLAが明確な点が信頼性評価のポイント

・東芝メディカルシステムズ――医療画像保存にAmazon S3を利用。センシティブなデータの代表ともいえる医療情報だが、院内だけでなくクラウド上で“安全”に保管することで信頼性の向上を図る

 これらの事例からもわかるように、コスト削減だけでなく、リードタイムの短縮やイノベーティブなサービスの構築、そしてこれまではクラウドの懸念点とされていた安全性/信頼性がAWSの強みとなり、エンタープライズ企業の採用が進んでいる要因となっている。


AWSの採用企業

 

クラウドは使いながら改善していくもの~導入企業3社の声

 基調講演ではさらに続けて、ワークスアプリケーションズ、ガリバーインターナショナル、リクルートの3社が、それぞれのAWS導入事例を紹介した。以下、その概要をお伝えする。

ワークスアプリケーションズ ソリューションプランニンググループ ゼネラルマネージャー 鈴木竜氏
 ERPパッケージ、特に人事給与では国内単体シェアNo.1の導入数だが、“ERP on Cloud”、すなわちクラウドの利用事例があまり増えない。本来、クラウドとERPは相性がいいのだが、企業として重要な基幹データを外部に出すことに懐疑的な企業はまだ少なくない。そこで2008年から社内にクラウド専門研究部門を設置、100名規模のクラウド専門家を置いている。自社内の1000台すべてのサーバーをAWSに移行し、自社の人事給与もAWSで稼働、クラウド運用に関するノウハウを数多く積んできた。

 ERP on Cloudのメリットは「運用」「速度」「コスト」の3点。特にピーク時にあわせてマシンを用意する必要がないのは、エンタープライズ企業にとってすごく大きなメリット。また、速度はレスポンスだけでなく調達速度の速さ、やめるときの速さも含む。もちろん、コストは大幅に圧縮される。(フロントエンドだけでなく)バックエンドを支えるサービスもクラウドになる時代、当社は運用もサポートするので安心してERP on Cloudを実現してほしい。

ガリバーインターナショナル CIO 許哲氏
 現在、徐々にオンプレミスからAWSにシステムを移行中。iPadを営業1500名に配布し、査定システムサービスを開始するなど、クラウド上でさまざまな取り組みを行っている。プランニングに時間をかけて一気に移行するのではなく、小さく切り刻んではじめるスタートが当社には合っていた。AAWSはかめばかむほど、使い込めば使い込むほど自分たちの筋肉が鍛えられる感じがする。習うよりは慣れろ、の精神で試行錯誤しながら、痛みを感じなら、ノウハウを身に着けているところ。

 現在、AWSの運用は1名でOK、PC1台あればどこからでもできる点が魅力。ガリバーが提供するのは中古車という現物ではなくクルマから始まる体験。お客さまに“WOW!”を感じてもらい、安心してクルマを使え、カーライフをエンジョイできること。これはクラウドも同じ。これからもやりたいサービスをすぐに立ち上げ、試行錯誤を繰り返しながら、どんどん新しいことに試していきたい。

リクルート 住宅カンパニー MP統括部SUUMOネット推進部 部長 川本広二氏
 SUUMOのビジネスは自分たちで納期を決めることができない。ビジネスの濁流の中でボートをこぎながら、その場で決定していく感じ。システム開発も時間をかけていては市場は待ってくれないのでスピードが何より重要なのでAWSを選択した。ただしセキュリティに関する調整が難しかったので、オンプレミスとクラウドのハイブリッドで現実的なスタートを切り、運用実績を積むことから始めた。

 スマホアプリの「なぞって検索」がTVで紹介されたとき400PV/秒まで負荷が上がったが、オートスケール機能で事なきを得た。クラウドの魅力は「改善(improvement)」と「革新(innovation)」。革新にあたる部分ではビッグデータ&リアルタイムを掲げ、S3上に蓄積したデータをクラウド上のHadoopクラスタで分析、EMR(MapReduce)でリアルタイム施策を出している。商材データを加工し、レコメンドパネルを作成するにはEC2上のNode.jsおよびMySQLで構築したシステムで行っている。クラウドはまずは使って実績を作ることが大切。そのノウハウが競争戦略上の武器になり、ビジネスを加速させるツールとなる。


ワークスアプリケーションズ ソリューションプランニンググループ ゼネラルマネージャー 鈴木竜氏ガリバーインターナショナル CIO 許哲氏リクルート 住宅カンパニー MP統括部SUUMOネット推進部 部長 川本広二氏

 3社に共通するのは、まずはクラウドを導入し、使いながら徐々に改善していくことを推奨している点だ。すべてを一気に切り替えるのではなく、可能な部分から徐々に始める、トライアル的な事業であえて使ってみる、運用など一部を外部に任せるなど、まずは使ってみるところからスタートするほうが、たしかに現実的だといえる。

 

クラウドの5つの懸念とAWSの回答

 もっとも、成功事例をいくつ並べられても、クラウドに対する不安をぬぐい去れない企業は少なくない。長崎社長はここで「クラウドに対する懸念TOP5」として、以下のポイントを挙げている。

・コスト
・セキュリティ
・耐障害性
・移行性
・ライセンス

 コストに関してはクラウドのメリットとして語られることが多いが、逆に「なぜ安くなるのか」を理解できていないユーザーも多い。長崎社長は「AWSは、誰も予測できないピーク設計から顧客を解放する」と強調する。ピーク時にあわせてサーバーの台数を増やせば大幅な余剰が生まれ、逆にアクセスに対してサーバーのキャパシティが足りなくなれば機会損失となる。そういった煩雑なキャパシティプランニングからユーザーを解放するのがAWSである。

 AWSでは1時間あたりの従量課金モデル「オンデマンドインスタンス」、年間予約で最大70%引きの「リザーブドインスタンス」、場合によっては70%以上の値引きもある時価システム「スポットインスタンス」の3つの料金体系を用意している。

 この3つの料金体系をうまく使い分けているのが、写真共有SNSのPiterestだ。ベースをリザーブドにし、スケールする部分をオンデマンドとスポットを使い分け、コストの最適化を図っている。

 また、AWSの低価格性についてはもう一点、強調すべきこととして「物販で培った“規模”というAmazon.comのDNA」が基本になっていると長崎社長は語る。たくさんもうけたら、その分を顧客に還元する、このビジネスモデルをクラウドにも適用しているから低価格が実現しているとする。「世界で一番顧客にフォーカスする企業」と自信を見せるのも、価格で顧客に還元しているという実績があればこそだ。


3種類のコスト使い分けで最適化を果たしたPinterest

 セキュリティに関しては、日々「セキュリティについて聞かれないことはない」と長崎社長。AWSの最大の特徴は、「シェアードレスポンシビリティモデル(共有型セキュリティモデル)」をうたっている点だ。顧客によって必要なセキュリティのレベルは異なるため、万人に共通するセキュリティモデルは存在しない。

 セキュリティに対して適度なフォーカスを実現するため、顧客とAWSの間で担保する領域を分け、AWSは「ハイパーバイザより下の部分はきっちり守る」(長崎社長)ことを宣言している。もちろん、AWSによる一方的な安全宣言にならないよう、信頼できる複数の第三者認証も取得している。

 AWSのセキュリティに対する姿勢は例えばデータセンターの運営などにも見ることができる。例えば東京リージョンは地震の断層地帯にあわせて複数のアベイラビリティゾーンを配置しているが、米国ならハリケーン、南米であれば地盤といった、天災を考慮した設計/配置となっている。

 また、データセンターの場所はほとんどの社員も知らない機密事項となっている。データセンター自体も堅牢な監視システムが敷かれており、物理的なアクセスを厳密に管理している点も特徴だ。「AWSではデータセンターツアーというものが存在しない」(長崎社長)とのことだが、データセンターそのものをセンシティブな情報として扱っていることから、コアのビジネスである仮想マシンの運用を行うデータセンターをトッププライオリティとして守っていることがうかがい知れる。


セキュリティに関してはあらゆる情報を公開し透明化を図る

 耐障害性については、複数のリージョン/アベイラビリティゾーンを「顧客が自分で選べる」ことを掲げている。長崎社長は「国内のお客さまでも、あえて冗長化のために国外のデータセンターを使いたいという要望がある。そういった要望にももちろん応えられるし、国外に出したくないのであれば東京リージョンでマルチアベイラビリティゾーン構成を取ることもできる」とし、顧客の要望に応じた可用性を実現していると強調、S3にいたっては「ナインイレブン(99.999999999%)の可用性」という。

 講演では同社エバンジェリストの堀内康弘氏が、地理的に離れた3カ所において、数分で冗長性の高い環境(S3およびGlacier)を立ち上げるデモを行い、簡単にインスタンスを作成できるプロセスを実演してみせた。


同一リージョン内においても冗長性を担保

 移行性については、クラウドのロックオンなどが問題とされる昨今、AWSは「セキュアなプライベートネットワークを、IPアドレスやサブネットマスクなど、既存の環境を何ひとつ変えなくても構築可能」であるとしている。実際、データセンターを3つもっていたある顧客は、そのうちの1つをつぶし、これまでのネットワークリソースをそのままにAWS上で再構築したという。「AWSは決してロックオンにならない。オンプレミスとのハイブリッド的な使い方も容易。ネットワークだけでなく、開発環境なども同様にスムーズに移行できる。これまでお客さまが作ってきたエコシステムを破壊しない」(長崎社長)。

 ライセンスに関しては、「3、4年前までできなかったことができるようになってきた」と長崎社長。例えばOracle DatabaseやSAP ERPなどの現行ライセンスをクラウドに持ち込むのは、少し前なら考えられないことだったが、現在はこうした問題もクリアできている。


既存の環境をそのままクラウドに移行可能さまざまな商用ライセンスのクラウドへの持ち込みが可能に

 

 クラウドに対するエンタープライズ企業の不安を、実績でもってひとつひとつぬぐい去っていくAWS。長崎社長が言うように「これまでできなかったことが、クラウドで確実にできるようになっている」のは、間違いなくAWSの功績が大きい。「クラウドをエンジンにビジネスを加速するお手伝いをしたい」と講演を締めた長崎社長。目的はクラウドを使わせることではなく、クラウドで顧客のビジネスを活性化させること。コスト削減だけではない分野でクラウドが注目される時代が国内エンタープライズの世界にもようやく訪れはじめたのかもしれない。

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