特別企画

クラウドは“Eneterprise Ready”なフェーズに~AWS日本法人が2012年を総括

 国内企業のクラウドへの関心は予想以上に高かった、その事実が今年のわれわれのビジネスを強くけん引した――。

 米Amazon Web Services(以下、AWS)の日本法人、アマゾンデータサービスジャパン株式会社 代表取締役社長の長崎忠雄氏は、プレスミーティングでこう発言した。

 2012年、世界のクラウド市場でトップをひた走るAmazon Web Servicesは新たに150以上のサービスをローンチし、その勢いを拡大し続けている。11月末には初となるユーザー&パートナー向けカンファレンスを米国ラスベガスで開催、世界から6000名を超える参加者が集まり、DWH(データウェアハウス)のサービス「Amazon Redshift」のローンチなどエキサイティングな発表もあり、クラウドのトップベンダとしての地位が不動であることを内外に示した格好となった。

 その世界での勢いは、より速度を増して日本市場を席巻し始めている。この2012年、AWSは日本市場においてかつてない成長を遂げた。その成長の要因を本プレスミーティングの内容から分析してみたい。

AWSのフォーカスエリアとサービスの分類

 AWSは2012年、11月末の時点で150を超える新サービス/新機能を発表した。年々、その数は増え続けているが、AWSの新サービスは大きく3つのフォーカスエリアに分類される。
・新規ビジネス
・エンタープライズの新規アプリケーション
・エンタープライズの既存アプリとクラウドのマイグレーション

そして、

・ネットワーキング
・コンピュート
・ストレージ
・データベース
・アプリケーションサービス
・デプロイ&管理

というレイヤごとに各種サービスが提供されている。最も初期のころから提供されているクラウドストレージの「Amazon S3」は2012年6月、格納するオブジェクト数が1兆を超えたとして大きな話題となった。

国内市場成長の要因は「クラウドへの関心の高まり」

アマゾンデータサービスジャパン 代表取締役社長の長崎忠雄氏

 AWSの日本市場における成長を示す資料としてよく引用されるのが、5月に発表された「アマゾン ウェブ サービス 史上最速の初年度成長を遂げたAWS東京リージョン」というタイトルのリリースだ。

 2011年3月に設立された、シンガポールに次ぐアジアで2番めのAWSデータセンター群である東京リージョンは、ローンチ直後からユーザーからの高い支持を獲得、わずか3週間後に2つめのアベイラビリティゾーンを開設し、今年9月には3つ目のアベイラビリティゾーンが登場している。

 「世界各地にあるほかのAWSリージョンと比べても、東京リージョンの成長の速度はダントツ。この結果をわれわれは非常にうれしく受け止めている。日本のお客さまに対してAWSが提供するサービスの価値が確実に届いていると実感できた」(長崎社長)

 東京リージョンが著しい成長を見せた理由として、長崎社長は「われわれが予想していた以上に、日本のお客さまのクラウドに対する関心が高かった。クラウドのバリューが無視できないものだという認識が強まっている」と語り、クラウドへの移行を真剣に検討する企業が確実に増えていると指摘する。

 加えて、東京リージョン設立以前からの顧客から「シンガポールや欧州、米国のデータセンターを利用しているときに比べ、レイテンシの体感速度が大きく違う。やはりデータセンターは近くにあったほうが使いやすい」という声が数多く寄せられたと紹介、新規ユーザーに加え、既存顧客の移行が増えたことも東京リージョンの大きな成長につながったと振り返る。

AWSクラウドを利用する日本企業
AWSリージョンの中でも成長著しい東京リージョンは今年3つめのAZをオープン

 一方でAWSのサービスをユニークにしているのが、ユーザー自身が利用するリージョンやアベイラビリティゾーンを自由に選べる点だ。「例えば東京リージョンだけにデータを置いてもかまわないし、グローバル進出を考えている企業なら、あえて進出する地域に近いリージョンを選ぶということもできる。メインのサービスは東京リージョンで稼働させ、バックアップはシンガポールに、という選択も可能」と長崎氏は説明するが、この柔軟性がAWSのサービスの可用性、信頼性を高めることにもつながっており、ユーザーからの大きな支持を得ているところも見逃せない。

 AWSが業績を伸ばしている大きな理由として、もうひとつ長崎社長が挙げたのが「企業規模を問わずに、誰もが平等にコンピュータリソースを“肌感覚”で利用できるクラウド」という点だ。

 2006年にストレージサービスのAmazon S3でサービスをローンチした当初から、AWSは“スタートアップやSMBのためのプラットフォーム”と言われることが多かった。実際、AWSのユーザーにはスタートアップ企業が少なくない。

 だが、ここ1、2年、日本を含む世界的な流れとして、ミッションクリティカルな要求のきびしいエンタープライズ企業や政府/公共事業によるAWSサービスの大規模導入事例が加速度的に伸びているという現象が起こっている。

 AWS re:Inventでもユーザー企業事例として担当者が登場したNetflix、NASA、NASDAQをはじめ、今年の米国大統領選で当選を果たしたオバマ大統領陣営による事例など、数々の成功体験が紹介された。特にAWSの各種サービスをパズルのように組み合わせて、寄付金サイトをアドホックに立ち上げたり、重点的に攻める地域や有権者層をビッグデータ分析でリアルタイムにあぶり出したオバマ大統領陣営のケースは“期間限定のミッションクリティカル”なクラウド事例として、AWS re:Inventでも大きく注目された。

 クラウドの最大の魅力は、低コストや導入期間の短さだけでなく、その自在なスケールにあると言われるが、AWSがいかに企業規模、ビジネス規模にあわせたスケーリングが自在であるかを、ユーザー事例の豊富さが物語っているといえる。

ラスベガスのイベントでも注目されたオバマ大統領陣営のAWS活用事例

エンタープライズとAWS――セキュリティ、既存資産、アプリケーションを抑えたことがプラスに

アマゾンデータサービスジャパン 技術統括本部長の玉川憲氏氏

 ここでもう少し、エンタープライズにおけるAWSの普及について触れておきたい。

 1、2年前までは“クラウドのセキュリティ”はエンタープライズ企業にとって大きな懸念点のひとつだったことは間違いない。特にAWSのようないわゆるパブリッククラウド(AWS自身はパブリッククラウドやIaaS、PaaSといった呼び方を一切使わない)は、シェアードサービスであるがゆえ、パフォーマンスなどにおいてほかのユーザーの影響を一切受けないということは不可能に近い。このため、オンプレミスやプライベートクラウドに比較して、セキュリティの面で劣るという評価をされがちだった。

 こうした評判に対して、AWSはどう対策をとってきたのか。アマゾンデータサービスジャパン 技術統括本部長の玉川憲氏は、「セキュリティはAWSのNo.1プライオリティ」と断言し、あらゆる角度から信頼性を高める努力を継続していることを強調する。

 「データセンターやネットワークなど物理インフラに関しては24時間365日、専門部隊がきっちりと守っている。また、SOC2、FIPS 140-2、ISO 27001、ITARなど信頼できる第三者機関による認証を通し、積極的に情報を開示している」(玉川氏)。

 加えてAWSの各種サービスは、新規にローンチされる前に親会社のAmazon.comはもちろんのこと、NASDAQやNASAといったセキュリティやコンプライアンスの基準が非常にタイトな企業からのきびしい検証を受ける。つまり「一般のユーザーはセキュリティ要件の高い顧客によってたたかれたサービスをローンチ時から利用できる」(玉川氏)ことになる。

 例えばNASDAQが開発した「FinQloud」は、もともとNASDAQがAWSをバックグラウンドにして構築した顧客向けのクラウドサービスだったが、現在はより多くの金融機関がこれを使えるように公開されている。NASDAQによる検証を一定期間にわたって受けているため、多くのユーザーが信頼に値すると判断してこれを使うようになり、多くのユーザーが使うことでセキュリティの質がさらに高められていくことになる。

セキュリティが最重要であることを強調、各種第三者機関の認証も積極的に取得している
NASAやNASDQなどセキュリティに厳しいコミュニティが事前にシステムをチェック

 セキュリティのほかにもAWSがエンタープライズで普及した理由はいくつかあるが、玉川氏が強調したのが「オンプレミスとのハイブリッドクラウド」「エンタープライズアプリケーション」の2点だ。

 ハイブリッドクラウドでは、顧客のオンプレミス環境とAWSをつなぐ各種ツールの提供、さらにはAWS上のクラウドアプリケーションと顧客のデータセンターをAWS Direct Connectで接続するサービスなどが用意されている。オンプレミスからクラウドへの移行を常に提唱しているAWSだが、例えばAWS IAMにおいてユーザーサイドのLDAPやActive DirectoryからAWSの各種サービスを利用できるようにするなど、既存環境との接続サービスを強化する傾向にある。

 エンタープライズにおいてはクラウドへの急激なシフトが難しい要素も少なくないため、既存の資産とクラウドをつなぎたいという顧客の声に応えたかたちでのサービス拡充と思われる。

 もうひとつのエンタープライズアプリケーションについては、メジャーなアプリケーションベンダとのアライアンスを積極的に進めている点が特徴だ。例えばデータベースサービスのAmazon RDSではOracle DatabaseやSQL Serverといったデータベースのオンプレミスのライセンスをクラウド上でそのまま利用できる。

 また、2012年はSAPとのパートナーシップが大きく発展した年でもあり、SAP ERPのAWS上での運用事例(国内ではケンコーコムが代表)が多く発表されたほか、インメモリデータベースのSAP HANAをAWS上でデプロイしたSAP HANA One、ビジネスインテリジェンスソリューションのSAP BusinessObjectsなど数多くのSAPアプリケーションがAWS上で利用可能となっている。

 ビッグデータ分析やモバイル、そしてスタートアップ支援などの領域におけるAWSとSAPの提携強化は今後も続くと見られているが、エンタープライズアプリケーションの代名詞ともいえるSAP製品との親和性の高さは「AWSはエンタープライズでも安心」といったイメージをユーザーに植え付けるには非常に効果的だといえるだろう。

2012年はSAPとのパートナーシップが拡大した

 「最初からAWS上ですべてのサービスを構築するスタートアップはもちろんのこと、自社が構築してきた資産を生かしながら、将来の投資はAWS上で行うというエンタープライズの動きが加速していることを実感した」と長崎社長は2012年を総括した。

 “Enterprise Ready”な状態が整ったのが2012年だとするならば、2013年は間違いなく“Enterprise Go”、本格的なエンタープライズ市場への参入の年となるだろう。それは、これまで“プライベートクラウド”という市場でエンタープライズのシェアを獲得してきたOracleやIBM、HPといったハードウェアベンダとも競合していくことを示している。

 米国のミッションクリティカルな導入事例の増加に比べ、国内市場でのAWSはまだソーシャルゲーム企業などのスタートアップや新興企業の事例が目立つ。2013年のAWSは金融や製造業といった分野でどこまでエンタープライズ導入事例を増やすことができるのかに注目していきたい。

(五味 明子)