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生成AIが「人の感性」を学ぶ時代へ 東大・山﨑俊彦教授が語る「魅力」分析の最前線
「生成AI Day 2025」より、東京大学大学院 情報理工学系研究科 山﨑俊彦氏
2025年12月5日 09:00
ビジネスの現場では、生成AIの活用が急速に広がる一方で、業務効率化から新規事業開発まで、各社が手探りで試行錯誤を重ねているのが実情だ。一方、大学や研究機関の最前線では、どのようなテーマに挑み、どんな成果が見え始めているのか。マルチメディア処理、画像認識・識別、パターン認識、機械学習などの研究を専門とする東京大学大学院 情報理工学系研究科の山﨑俊彦氏が、「生成AI Days 2025」(主催:インプレス、2025年9月18日)で、最新の応用事例を紹介した。
人が何に惹かれ、何を「魅力的」だと感じるのか。デザイン、広告、ファッション、人間関係――あらゆる場面で「魅力」は大きな役割を果たしているが、その仕組みは複雑で、言語化しがたい。東京大学大学院 情報理工学系研究科 山﨑俊彦氏(写真1)は、この一見すると主観的な「魅力」を、データで理解し、AIで再現することに取り組んでいる。
「魅力」をデータで理解する
「このデザインはセンスがいい」「この広告は印象に残る」と感じるのはなぜか。あるいは「この人が好きだな」と共感するのはなぜか。一見すると主観的で、言語化しがたい「魅力」というものの仕組みを、データで理解できないか。これが、山﨑氏の「魅力工学」研究の出発点である。
例えば、「私が今日着ているファッションを100点満点で採点するとして、AIが80点だと採点したとする」と山﨑氏は切り出す。重要なのはここからで、AIが80点と判定したら、次に知りたくなるのは「では、あと20点はどこにあるのか」という問いである。その理由が分かれば、いいところは伸ばし、悪いところは直すことができる。こうして「より魅力的なもの」が作れるようになるのだ。
このように魅力工学では、データに基づいた科学的なアプローチで「魅力」を定量化し、それをさまざまな分野での予測や解析などに応用していくことを目指している。
「匠の技」をAIで再現する
さまざまなビジネス分野に目を向けると、「匠」と呼ばれる職人がいる。センスがあり、豊かな経験を持ち、その技は業界で高く評価される。デザイン、マーケティング、クリエイティブ――あらゆる領域に匠は存在し、その技術こそが競争力の源泉になっている。
山﨑氏はここに着眼した。その匠の技――無意識の中で判断し、実行される高度な技術――をAIで理解し、再現できないか。
「私が『2匹目のドジョウを狙える』と言っているのはこういう意味です」と山﨑氏は語る。「1匹目のドジョウは、たまたま捕まえられただけかもしれない。でも2匹目、3匹目がどこにいるのか、あるいはどこにいないのか。そうした成功パターンを科学的に分析できれば、『成功』が再現可能になる」。
これを実現するために、山﨑氏の研究室では、アート評価から広告最適化、観光ルート推薦まで、さまざまな分野でAIの活用と課題を探っている。
(研究事例)アートの評価と自動改善――「どこを直せば良くなるか」
研究事例として、山﨑氏がまず取り上げたのはAIによるアート作品の評価と改善の試みである。
画像分析の分野では、既にInstagramなどの投稿画像を分析すれば、「いいね」の数をかなり高い精度で予測可能であるという。それを一歩推し進めたのが、従来「主観的」とされてきたアートの魅力を、人の評価データを用いて定量化するという課題である。
具体的には、学習データとして、複数の評価者による10点満点の採点結果の平均値を使用。従来のAIによる細部の分析(近隣の色の組み合わせなど)と、生成AIによる全体像の把握(バランスや構図など)を組み合わせたハイブリッド手法を採用したことにより、人間の評価とほぼ一致するスコアの算出を実現し、「どの要素を直せば魅力度が上がるか」まで提案できるようになったという。
「AIが絵や写真から『コントラストが弱い』『構図が不安定』といった点を見つけ、改善案を自動で提示する。まさに『制作を支援するAI』に近づいている」と山﨑氏は語る。この技術はアートだけでなく、SNS投稿や商品画像など、印象が成果を左右する領域全般に応用可能だ。感性をデータとして扱い、創作を科学的に支援する新しいアプローチといえるだろう。
(研究事例)経路探索/観光推薦――個人の"わがまま"に応えるAI
山﨑氏の研究領域は、経路探索手法の改善やその応用にも広がっている。
「障害物」「路面状況(砂利・泥など)」といった複数の条件を加味すると、最適な経路の探索には膨大な計算資源が必要となることが多い。そこで山﨑氏は、従来型のアルゴリズムとAIの「いいとこどり」をすることで、現実的な計算処理により、より良いルートを探索する手法を実現したという。
この技術を応用したのが、観光ルート推薦AIである。ユーザーが「足の悪い祖母と一緒に行きたい」「段差の少ない道を希望」「ランチは地元のうどんを食べたい」「予算は◯円で夕方までに戻りたい」など、複数の要望を入力すると、AIが条件を満たす最適な行程を自動生成する。
山﨑氏は「人それぞれのわがままを実現する観光ルートが作れる」と説明する。2025年6月に開催された国際会議ICMR(International Conference on Multimedia Retrieval)で、AIによる観光情報処理の一連の研究はベストペーパー賞を受賞している。
こうした「人の条件に合わせて最適解を導く仕組み」は、観光にとどまらず、物流や小売、都市計画など、多様な業界のDX化に直結する基盤技術として期待される。
AIは道具、使いこなすのは人間
講演の終盤で山﨑氏は、AIとの付き合い方について語った。「AIが職業を奪う」「AIは怖い」といった議論が絶えない中で、「AIはどんなに進化しても道具にすぎない」と山﨑氏は断言する。AIは人間を置き換える存在ではなく、人間の能力を拡張する「手段」だという。
その関係を山﨑氏は料理にたとえた。「AIは包丁や調理器具のようなもの。どれほど高性能でも、食材(データ)の質や料理人(使い手)の腕が伴わなければ、おいしい料理はできません」。一方で、腕のある料理人は包丁を研ぎ、工夫を重ねることで、同じ道具からまったく違う成果を生み出す。「AIがうまく動かないと感じたら、データや使い方を見直してほしい」と山﨑氏は話した。
生成AIの進化が問うのは、技術力そのものではなく、それを生かす人間の知恵と倫理観である。AIが普及するほど、私たちは「正しく問いを立て、結果を見極める力」と、「使い方への責任」を磨いていかなければならない。山﨑氏の言葉は、AIを恐れるよりも、道具として鍛え、共に進化していく時代のあり方を示している。



