IT予算大幅削減の衝撃-JUASの企業IT動向調査を見る



 わずか4カ月で企業のIT予算は、約10%も削減―。

 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が4月8日に発表した「第15回企業IT動向調査2009」の内容は、昨今の経済環境の悪化を受けて、企業におけるIT投資予算が大幅に削減されていることを浮き彫りにするものとなった。

 JUASが実施している企業IT動向調査は、1994年から15年間にわたり、継続的に実施されているもので、国内における企業IT動向を調査・分析するものとして、毎年注目されているものだ。

 今回の調査では、昨年11月に、企業のIT部門4000社、および経営企画部門4000社にそれぞれ、24ページ、8ページにのぼるアンケートを送付。IT部門からは864社の有効回答、経営企画部門からは746社から有効回答を得ている。

 さらに今年の場合、IT予算に関する項目について、メールを活用した追加アンケートを3月に実施。270社から有効回答を得て、昨年後半からの経済環境の変化が、IT予算にどんな影響を及ぼしているのかといった観点からも分析している。


JUASの原田俊彦常務理事

 これによると、昨年11月の調査時点では、IT予算を増加させると回答した企業数から、減少させると回答した企業数を引いたDI値がOとなったが、3月時点での追加アンケートでは、DI値がマイナス35と大幅に悪化。わずか4カ月で、IT投資予算を削減している企業が大幅に増えていることが明らかになった。

 JUASの原田俊彦常務理事は、「平均してみると、IT予算額は約10%減少していることになる。30%以上も減少したという企業が22%に達しているほか、売上高が大きな企業ほど、削減の影響が出ている」とする。

 売上高100億円以下の企業でIT予算が減少すると回答した企業の比率は38%であるのに対して、1000億円~1兆円未満では67%、1兆円以上では64%に達している。

 IT予算の減少については、「新規投資の削減による中期計画の見直し」、「予算一律カットへの対応」などのほか、「設備の新規導入、更新の中止・延期」、「保守内容の見直し、ベンダーへの保守費用削減依頼」、「外注から内製化への開発方式の見直し」などがあがっている。

 新規投資に関しては、「事業継続に必要な最低限のものに限定」、「費用対効果の出ない業務効率案件の見直し」、「新規戦略投資やセキュリティ対策、未知なる脅威への対策費の中止」、「事業拡大やプロセス改革などの中期的な投資案件の見直し」など、中止や延期、厳選、規模の縮小といった動きが見られているのが特徴だ。

 一方で、ハード老朽化に伴うリプレースや事業継続に不可避な案件、J-SOX対応などの案件、必要最低限の保守などリース料や保守料でカットできないもの、内製化に必要なリソースの確保といった観点では、継続的に投資を行っていくと回答した企業があった。

 いずれにしろ、経済環境の悪化がIT投資予算の削減に大きく影響しているのは明らかで、これがどこまで続くのかが注目されるところだ。


2009年度のIT予算は前年割れとなる見通し1社あたりの平均IT予算額は約10%減少売上高が大きな企業ほど減少の影響は深刻に

 IT部門がIT投資で解決したい中期的に経営課題としては、「業務プロセスの変革」、「経営トップによる迅速な業務把握」、「経営の透明性の確保」が上位となり、そのほか、「情報共有による社内コミュニケーションの強化」、「企業としての社会的責任の履行」などがあげられている。また、中期的な重点投資分野としては、「販売管理システム」、「生産・在庫管理システム」を一番に掲げる企業が多い。だが、上位3位までに回答に項目を広げると、「IT基盤整備」、「内部統制」、「セキュリティ」をあげる企業が増える。

 「企業規模が大きくなるほど、戦略型投資が増加し、業務効率型が減少する傾向にある」(原田常務理事)ということも浮き彫りになった。


「業務プロセスの改革」と「経営トップによる迅速な業績把握・情報把握」への関心が引き続き高い中期的な投資分野は「販売管理」「生産・在庫管理」規模の大きな企業ほど戦略型のIT投資が増加する傾向に

IT投資評価を実施する企業が大幅に増加

500人月以上のプロジェクトに対する品質に不満を持つ企業が3分の1に

 今回の調査では、IT投資評価に関する集計も行っている。

 事前評価を行っている企業は、前回調査では65%だったものが、今回調査では75%に上昇。事後評価に関しては55%から70%へと15ポイントも増加している。

 「特に、売り上げ規模が大きな企業が評価を徹底している。経済環境の厳しさも背景に、IT投資評価を徹底する動きが根付いてきたともいえる」(原田常務理事)と見ている。

 売上高1000億円以上の企業では9割以上が事前評価を実施。事後評価についても、1000億円から1兆円未満の企業で85%が、1兆円以上の企業では93%の企業が実施している。

 一方で、過半数のプロジェクトで工期の遅れが発生していること、半数以上のプロジェクトで予算超過が発生していることのほか、500人月以上の大規模プロジェクトでは、品質に対して不満とする回答が3分の1を超えていることなども明らかになった。

 「品質に対する要求水準が高まっていること、マルチベンダー化によって、システム構築の難しくなっていることなどが背景にあるが、36%の企業が品質に不満を持っていることは、決していい傾向ではない」(原田常務理事)と警告する。

 今回の調査では、品質目標を提示していない企業が半数を切り、大企業でほぼ半数がテスト条件を提示するといった品質に対する意識が高まっていることや、大規模および中規模プロジェクトでは、納品テストから安定稼働までの目標障害件数の提示により、品質に対する満足度が10~20ポイント上昇していることがわかり、「ユーザーには、目標障害件数の提示を、ぜひやってもらいたい」と訴えた。

 また、事前評価実施企業の満足度の割合が高いこと、事後評価まで実施する企業では品質の満足度が30ポイント向上し、工期、予算ともに予定通りとした企業が10~20ポイント向上した結果も公表した。


 さらに、今回の調査では、アンケートのほかにインタビュー形式での調査も実施しているが、インタビュー先の9割が納期や品質、金額でなんらかのトラブルを経験していることが明らかになり、アンケート調査でも、契約締結後、取引においてのトラブルが発生する企業が2割、企業規模別では大企業で、業種別では重要インフラにおいて、3割の企業でもめ事が起きているという。

 理由としては、ユーザー側の要件定義や仕様書があいまいで、ベンダーに解釈の余地を残し、品質、納期、金額のトラブルに発展した例や、マルチベンダー化による責任所在の不明確化、海外ベンダーとの商習慣の違いや契約書の解釈の違いによるトラブルがあるという。

 「契約書の内容がまだ不十分であり、大企業でもトラブル防止に効果がある変更管理手続きを行っているのはわずか3分の1。ベンダー任せというユーザーも約1割ある。双方の責任が明確化するように、契約を可視化すること、海外ベンダーとの契約は文言を厳密に精査すること、途中の交渉をすべてドキュメント化していくことのほか、品質が悪ければ検収しない契約を盛り込むこと、途中段階でのチェックを入れること、ベンダーとの交渉に情報子会社の人材を活用していくことなどが大切」とした。


 システム障害の観点からは、日本の企業システムの信頼性が格段に高いこともわかった。

 今回の調査では、1000人以上の企業における基幹システムの障害によるシステム停止時間は、目標値平均が1.4時間/月、実績値平均では1.3時間/月であることが明らかになった。

 これは北米の2400人以上の企業における基幹システムの停止時間が、目標値平均7.9時間/月、実績値平均14.7時間/月(米ガートナー調べ)となっているのに比べると大きな差が出ている。

 「日本の大企業は高い稼働率目標を掲げ、実際にそれを実現している。北米の大企業と比較すると非常に大きな差があり、いかに日本の情報システムの信頼性が高いかがわかる」とコメントしている。

 一方で、信頼性向上に関する悩みとしては、「IT部門で対応できる要員の不足」と、「システム構成の複雑化による原因追及の難しさ」があがっている。「オープン化によってシステムが複雑化、高度化し、習得すべき技術と対応すべきシステムとベンダーが増え、これまでに増して、トラブルシューティングが難しくなっている。必要機能に絞ること、バックアップ運転の活用、仮想化技術の活用などの工夫の余地が残っている」などとしている。

 一方で、IT部門の役割は、「全社システムの企画」、「IT予算の管理」、「IT戦略の策定」に特化しつつある傾向が進展したほか、情報子会社やアウトソーサーが「システム開発・運用」、「ネットワーク管理」を担う傾向が強く、開発ノウハウの空洞化や縦割り組織の弊害による開発の遅延懸念や、IT人材戦略の適正化といった課題が浮き彫りになったという。

 また、IT人材では、要員も能力も足りているとした企業はわずか6%にとどまり、特に能力不足が深刻な問題になっているという。

 将来の企業のIT部門のあるべき姿としては、「企業のインフラとしてITシステムを24時間365日安定的に運用し、会社に安心感を与えること」、「業務部門と連携して、業務改善のシステムを開発すること」、「企業改革のエンジンとして、企業のイノベーションに貢献すること」があげられた。「特に、今後は、企業のイノベーションに貢献することが注目されるだろう」という。


 テクノロジーやITサービスへの関心としては、「サーバー仮想化」、「SaaS/ASP」、「NGN」、「BI」への関心が高く、大企業では7割の企業がサーバー仮想化を導入、検討中だという。また、SaaSでは、Webなどによる社外向け広報や、メールといった点での活用が進んでいるという。


「サーバー仮想化」「SaaS/ASP」「NGN」「BI」への関心が高い大企業の7割がサーバー仮想化を導入もしくは検討中情報系業務システムでSaaS/ASPの利用が進んでいる

Windows Vistaに対する不満が5割に

 クライアントOSに関する調査では、Windows Vista未導入企業が58%に達する一方で、Windows XPを導入している企業は、実に96%に達していることも、今回の調査結果として公表された。

 JUASでは、Windows Vistaの導入が進まない原因として、「新機能が企業ユースに対して訴求力が少ない点」、「高スペックのCPUや大量のメモリを必要とするため、端末コストがアップすること」、「業務用に開発したソフトの互換性に問題があること」などを理由にあげている。

 また、Windows Vistaに対する安定性・信頼性の評価において、不満および非常に不満とした回答が52%と、過半数に達したほか、Windows Vistaの導入予定時期という設問に対して、「導入しない」と回答したユーザー企業が38%。「2011年度以降」としたユーザー企業は20%となったという。

 JUASでは、「Windows 7のリリース時期を考えると、2011年度以降に導入するとした企業は、Windows Vistaを導入せずに、Windows 7を導入することになる」と分析。導入しないと回答した企業を合わせた58%の企業は、「Vista飛ばしの方針を選択する可能性が高い企業」とした。


JUAS調査部会の寺嶋一郎部会長

 JUASでは、今回の調査などをもとに、ソフトウェアの開発・保守・運用にかかわる代表的な指標を提言。これをユーザー企業に対して広めていく姿勢を見せる一方、経済産業省「情報システム・モデル取引・契約書」を活用していくことを提言した。さらに、ITを活用したビジネスイノベーションを実現するための10つのポイントを提言。「ビジネスイノベーションを実現するには、まずはビジネスモデルを再確認し、ビジネスプロセスの変革に取り組み、そののちに情報システムの変革に取り組むことが必要」などとした。

 今回の調査を総括して、調査を担当した調査部会の寺嶋一郎部会長(積水化学工業コーポレイト情報システムグループ長)は、「経済環境の悪化で、経営層からIT投資がどんな成果を及ぼすのか、どんな価値があるのかを問われるという大きな逆風が吹いている。だが、部分最適から全体最適へと、ITの本来の使われ方が求められるという追い風もある。IT部門のミッションが変わってくるという兆しを今回の調査から浮き彫りになっている」とした。

 経済環境の悪化、企業のIT武装化にプラスとマイナスの要素を投げかけているようだ。

関連情報
(大河原 克行)
2009/4/10 12:24