大河原克行のクローズアップ!エンタープライズ
光ディスクを利用したアーカイブ市場はどこまで成長するか? パナソニックが挑む「アーカイバルディスク」事業
ディスク1枚500GBの最新製品「LB-DH6シリーズ」を市場投入
2020年8月5日 06:00
パナソニックが、データアーカイブシステム「freeze-ray(フリーズレイ)」の新製品「LB-DH6シリーズ」を発売する。
光ディスク技術を活用したデータ保存を可能にする製品であり、長寿命や高耐久性といった光ディスクの特長を生かしたのが特徴だ。このほど、使用するアーカイバルディスク1枚あたりの容量を500GBに拡張。これにより、19インチラックに7つのモジュールを搭載することで、最大3192TBの大容量光ディスクストレージ環境を実現できる。
本稿では、光ディスクを用いたデータアーカイブシステムへの取り組みと、新製品の特徴などについて、同社に聞いた。
光ディスクを用いた「アーカイバルディスク」事業
パナソニックは、光ディスクの技術進化と需要の変化にあわせて、2016年以降、ブルーレイ(Blu-ray)ディスクと同じ青紫色半導体レーザーを使用した光ディスク「アーカイバルディスク」事業に踏み出しており、データアーカイブシステムとしての用途提案を行っている。
パナソニック コネクティッドソリューションズ社 ストレージ事業開発センター アーカイブディスク事業総括の長谷川博幸氏は、「スマホの普及やSNSの利用拡大、センサーデータの収集など、人類が生成する情報量は爆発的に増加しており、2025年には、現在の4倍にあたる175ZBに増加すると予測されている。しかも、新型コロナウイルスへの対策において、蓄積したデータの活用やリアルタイムデータの利活用が功を奏しており、この勢いはさらに加速する可能性も指摘されている。また、データの利活用がDXを加速するといった動きも見られている。リアルタイムデータの活用も増加し、高速化、大容量化のニーズはますます広がっている」と、データを取り巻く環境を俯瞰(ふかん)する。
例えば、新型コロナウイルスの対策のために、医療現場で治療薬やワクチン開発が進められているが、ここには、大量の論文データや診断データが活用され、それを、AIなどを活用して解析するなどの動きのほか、効率的な物流体制の構築、新たな働き方への改革などにおいても、データの利活用が促進されている。
また中国では、全国人民代表大会(全人代)において打ち出された「新基建」で、デジタルインフラに対する大規模な投資を行うことを盛り込んでおり、データに対するニーズは世界規模で高まっている。
「新型コロナウイルスの感染拡大とともに医療への利用や、経済活動の進化、社会の変化のために、安全、安心で、合理的にデータを保存することが重要になっている。データ保存に対するニーズは、ますます高まっている」(同)と語る。
パナソニックは2013年7月に、ブルーレイディスクを使用した「LB-DM9シリーズ」を発売し、光ディスクを使用したデータアーカイバー事業に参入。当時は、ディスク1枚あたり100GBのBD-R XLを用いており、最大で108TBの容量を実現していた。
2016年10月には、アーカイバルディスクを使用した「LB-DH7シリーズ」を発売。300MBのディスクを使用し、最大で273.6TBにまで容量を拡張した。米Facebookとの連携によって開発した点も話題を集め、アクセス頻度が低い「コールドデータ」の長期間保存とアクセスに効果を発揮するアーカイブシステムとしての提案活動が加速した。
これまでに、核融合科学研究所や産業技術総合研究所のほか、国内の独立行政法人、国立研究開発法人、国内データセンター事業者、造船会社、情報通信システム会社などで導入。「活動データや調査データのバックアップ、設計データなどの長期保存だけでなく、サービス基盤としても利用されている」という。
中でも核融合科学研究所では、「実験時には1日5TBを超えるデータが生成されており、これらのデータをオンラインで世界中の研究者に提供。サービスを止めないための2次ストレージとして利用している。大容量保存、信頼性、長寿命、ランダムアクセス性、低コストが高く評価されている」とのこと。
また、「産業技術総合研究所では地質情報研究部門で利用されており、人工衛星から取得したリモートセンシングデータの保存に活用。地球規模の変化を観測する上で、100年以上保存でき、マイグレーションにおける負担が小さい点が評価されている」とした。
【お詫びと訂正】
- 初出時、核融合科学研究所の名称を誤って記載しておりました。お詫びして訂正いたします。
その一方で、中国では、企業や放送局などに、パナソニックのデータアーカイブシステムが数多く導入されているという。中国華録集団では、道路交通情報などの交通のほか、防犯、セキュリティなどの安全、介護や健康、医療などの養老、金融、歴史的資産などの信用といった領域におけるビックデータを蓄積するデータレイク構想を展開。全国20都市において、社会インフラを支えるためのデータレイクの実現において、パナソニックのデータアーカイブシステムを活用しているという。
さらに、中国の放送局では、中国中央電視台(CCTV)をはじめ、約60局において、データアーカイブシステムが採用されている。
「中国で60%以上のシェアを持つMAM(メディアアセットマネージメント)のソリューションプロバイダーとパナソニックが連携。MAMから直接データアーカイブシステムを操作して、放送システムの利便性を高めていること、低消費電力を生かしてTCOを削減できること、後方互換性と耐久性を生かして、放送データを後世に残せることが評価されている。中国の放送局では、毎年同じ時期に、同じ放送コンテンツを利用するといったケースが多いが、そうした際にも光ディスクを使用していることを感じさせない利便性を実現できている。2022年に予定されている北京での冬季オリンピックにあわせて、4Kや8Kの放送コンテンツが増加すると見込まれており、放送局におけるデータアーカイブシステムの活用が、さらに促進されることが見込まれる」と期待する。
500GBのアーカイバルディスクを用いた「LB-DH6シリーズ」
こうした導入実績をもとに進化させたのが、今回の「LB-DH6シリーズ」である。新たに開発した500GBのアーカイバルディスクを使用。これを12枚搭載した光ディスクマガジンは最大6TBの容量を持ち、19インチラックに最大7つまで搭載できる各モジュールには、76本ずつの光ディスクマガジンが装てんできることから、最大で3192TBの大容量構成を実現する。
「従来製品に比べて、1.67倍の大容量化を実現している。ニーズに応じて、光ディスクマガジンを装てんしたモジュールを追加することにより、保存データ量の増加に応じて柔軟なシステムの拡張が可能になる。初期投資を抑えた最小構成から、書き込み、読み出し機能のニーズに合わせた最大構成までを実現できるほか、後方互換も担保していることから、従来の100GBディスクや300GBディスクのマガジンも使用できる」(パナソニック コネクティッドソリューションズ社 ストレージ事業開発センター 先行開発部の林一英部長)という。
500GBのアーカイバルディスクは、第2世代の技術を活用。「実績がある300GBのアーカイバルディスクと同じ両面ディスク構造、同じ材料を用いた共通技術をベースにしながら、LSIに符号干渉除去技術を搭載することで、データを記録、再生するトラック進行方向の密度(線密度)を1.67倍にすることに成功した。トラック進行方向に隣り合うデータが、データ記録時、再生時に互いに干渉することを防ぐための成分を除去させることができ、高密度でもエラーがなく、データを記録・再生できる」という。
RAID技術の応用により、データをディスクに分散記録。記録時は従来製品と同様に最大432MB/sの転送速度だが、再生時では最大648MB/sと、従来製品と比べて1.5倍の高速データ転送性能を実現しており、より短時間でのデータ読み出しが可能になっている。
また、専用ソフトウェア「データアーカイバーマネージャー」を利用することにより、複数のデータアーカイバーマガジンをひとつの論理ボリュームとして管理できるため、クライアントは、アクセスしようとするファイルがどのマガジンに保管されているかを気にせず、簡単にアクセスできる。またRESTベースのAPIによって、ファイルの読み書きを容易にできたり、NASヘッド機能によって、NASのようなデータアクセスを実現したりすることも可能だ。
さらに、RAID 5/6にも対応し、耐障害性の要求レベルに合わせた選択が可能になっているほか、マガジンヘルスチェック機能を用いて、ディスク全面の記録品質を定期的に監視することもできる。これらの仕組みにより、ドライブやディスクに不測の障害が発生しても、高い可用性と信頼性でデータを保護するという。
また寿命についても、HDDが3~5年、テープ装置では7~10年といわれているのに対して、アーカイバルディスクは100年間の保存寿命を持っていることから、耐久性とともに、定期的なデータ移し替えのコストと工数も削減できるとした。
同社では、「光ディスクは非接触メディアであるため、メディア摩耗によるトラブルが発生する心配がなく、温度や光、湿度の影響も受けにくい。また経年変化に強いため、室温保管することが可能であり、データ保管、運用時の空調電力コストといったランニングコストの削減に貢献し、優れたTCOを実現する」としている。
パナソニックでは先ごろ、1カ月間にわたり、光ディスクマガジンを海の中に浸漬放置する実験を行った。その結果、光ディスクマガジンには、海藻や海洋生物が付着し、かなり汚れた状態となっていたが、そこから光ディスクを取り出して洗浄したところ、光ディスクへの影響は発生せず、データの読み出しができたという。
これは、水害を想定した試験のひとつだ。もちろん、海水に浸漬時のデータ再生を保証しているわけではないが、これだけの耐久性を持っていることが裏づけられたのは確かだろう。
令和2年7月豪雨による災害をはじめ、日本各地で集中豪雨による被害が発生している。仮にこうした被害を受けても、アーカイバルディスクであればデータを回復できる可能性が高いといえる。
また同社では、さらなる極地での耐久実験として、宇宙空間での曝露も行う予定だ。
2020年9月に打ち上げ予定のCygnus NG-14を使用し、JAXAの宇宙ステーション「きぼう」の船外に、500GBのアーカイバルディスクを設置し、1年間に渡る耐久試験を実施するという。
「2020年11月から曝露実験を開始し、1年間に渡り、地球を5840周し、2021年11月に実験を終了。海上回収を行い、記録したデータの読み出しができるかどうかを検証する。これにより、エンタープライズクラスの耐久性や保存性に対する認知度の向上、新たなビジネスチャンスの創出につなげたい」としている。
AI技術によって品質の強化を図る
一方で、生産工程における高品質なものづくりの強化にも余念がない。
アーカイバルディスクの専用生産ラインでは、2018年度から、ディスクを製造する各プロセスの検査項目にAIを活用した画像検査システムを導入。ディスク品質を維持し、長期信頼性を確保しているという。
「短時間に大量の光ディスクを生産するには、ものづくりのばらつきを抑えた高い品質を確保することが大切である。そのために、ディスク1枚ごとの検査結果や製造条件などのデータを収集するとともに、AI分類に基づく、生産プロセスの改善につなげている」(パナソニック コネクティッドソリューションズ社の林部長)。
中間層やカバー層の生産、両面張り合わせなどの工程において、画像検査を実施。AIによる画像認識での不良分類に加えて、各不良の発生個所を特定するほか、生産システムの運転データを組み合わせることで、兆候検出や製造条件の安定化、真因究明、対策実施、メンテナンスや修理時期の判定を実現。これにより、高品質生産を実現できたという。
また、すべてのディスクに対して、実機ドライブによる記録再生検査を実施。これらの検査データは、ディスクごとに保存し、トレーサビリティを担保すると同時に、統計的な分析によって、ディスク品質の安定化に活用している。
「当初は、AI画像認識で光ディスク上の不良欠陥を正しく分類することから開始したが、ディスクの画像データや検査データ、設備データなどを組み合わせることで、いまでは、不良発生個所や不良発生工程の特定、兆候検出ができるようになっている。安定した高品質生産を実現し、安心して利用できる環境を実現している」(同)という。
これらの仕組みを活用することで、これまでは1年かかっていたような改善の速度が、約3カ月で行えるといった成果が上がっているとのこと。
さらに、こうした仕組みは生産性を高めることにもつながっており、設備台数の増加とともに、生産数量の増加にも貢献しているとした。
パナソニックでは、長年にわたり光ディスク事業を推進しており、現在でも、ブルーレイディスクをB2C向けに提供するビジネスも継続している。だが光ディスク事業においては、すでにB2Bの比重が高くなっているという。
またアーカイバルディスクに関しては、中国のデータセンター向けビジネスが多くの比重を占めており、今回の大容量化によって、さらに中国国内のIT系サプライヤー、プラットフォーマー、SNS事業者やeコマース事業者などへの提案を加速したいという。ここでは、中国華録集団との連携によって、さらにビジネスを加速する姿勢をみせる。
また、日本の企業におけるオンプレミス環境におけるデータ保存利用のほか、データセンター向けビジネスも強化する考えだという。
「日本では、警察などからの引き合いもある。急増する貴重なデータ資産を、安心、安全に長期保存できること、堅牢性や長寿命、そして、改ざん不可能な大容量ストレージである点が、さまざまな領域から評価されはじめている。500GBという大容量と、アーカイバルディスクならではの特長を生かした提案をしたい」(パナソニック コネクティッドソリューションズ社ストレージ事業開発センターアーカイブディスク事業総括の長谷川博幸氏)と述べる。
これまでは100GBと300GBの光ディスクを利用した製品を販売していたが、今後は、300GBと500GBのラインアップへと変更。「より大容量が必要なユーザーにもアプローチできるようになる。本体システムでは顧客ニーズにマッチした製品ラインアップを進めていきたい」とする。
そして、アーカイバルディスクそのものの技術進化もさらに続くことになる。
現在500GBのディスク容量は、多値記録の採用により、線密度を向上。2024年ごろには、1TBの容量にまで拡張することが視野に入っている。また、学会での発表では、超多階層技術の活用によって、ディスク容量を10TB以上にする可能性もあり、パナソニックでもその研究に取り組んでいるところだという。
パナソニックでは、こうした技術ロードマップを背景に、長期間に渡って、データアーカイブシステムを提供していく姿勢をみせる。
パナソニック コネクティッドソリューションズ社 ストレージ事業開発センターの古川厚所長は、「アーカイバルディスクを活用したデータアーカイバー事業は、着実に成長を遂げている。次世代に向けてはマジョリティーになるだけの成長性を持った事業だと考えている。将来的には、1000億円の事業規模を目指したい」と意気込む。
社会変革や企業活動の進化に伴ってデータがますます重要視されるなかで、大容量化するアーカイバルディスクを活用したデータアーカイブシステムは、ほかの記録メディアにはない独自の特長を生かしながら、存在感を高めていく可能性がある。