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平野社長の後任はいつ発表されるのか? 日本マイクロソフトらしくない社長交代劇、その背景を見る

 日本マイクロソフトの平野拓也社長が2019年8月31日付で退任し、9月1日付で、米MicrosoftのOne Microsoft Partner Group(ワンマイクロソフトパートナーグループ) バイスプレジデント グローバルシステムインテグレータ(GSI) ビジネス担当に就任する。

 グローバルシステムインテグレータとは、その名の通り、グローバルで展開するSIerのことを指し、そのなかには、コンサルティングに長けた大手SIerも含まれる。具体的には、アクセンチュアや富士通などがGSIパートナーに名を連ねる。

 Microsoftでは、クラウド時代のビジネスモデルへとシフトするとともに、企業変革やデジタルトランフォーメーションの支援を強化。バリュークリエイション型のビジネスを推進しようとしている。それにあわせて、業種、業態といったインダストリーの観点から、顧客とより密着した関係構築をグローバルで加速しているところだ。

 ここでは、既存SIerとの連携を強化するだけでなく、業種、業態において専門的な知識を持ち、マネジメントコンサルティングを含めて、ソリューション提案が可能なGSIとのパートナーシップを重視しており、平野氏が担当するGSI部門は、その中心的役割を担うことになる。

 米Microsoftにおいて、GSIに力を注いでいくという方針は半年以上前から始まっていた。だが、GSI部門を担当するバイスプレジデントを置くのは今回が初めてである。平野氏の役割がそれだ。

 英国の現地法人などでは直販ビジネスが強いが、それに対して日本マイクロソフトのビジネスは、ほぼ100%がパートナービジネスであり、その現場を知る平野氏が本社のパートナービジネス部門の重点領域担当へと異動することは、平野氏に対して、本社から大きな期待がかかっていることを意味する。

 平野氏は2014年6月までの3年間、中東欧諸国25カ国を担当するゼネラルマネージャーとして、ドイツを拠点にして活躍。営業部門を対象にした社内表彰制度であるTOP SUB AWARDを2年連続で受賞している。

 新興国市場においては最も優秀な成績を収めたゼネラルマネージャーとして表彰されるといった実績を残しており、本社からの評価ももともと高い。その平野社長が母国の日本に戻り、日本マイクロソフトの社長として指揮を振った4年間で、同社の売上高を2倍に拡大。7%だったクラウド売上比率を3年で50%以上に高めるなど、その手腕は本社からも見逃せないものとなっていた。

 個人的な見解であり、本人に確認したものではないが、2018年8月に日本で開催された「Japan Partner Conference 2018」では、今回、平野氏の新たな上司になるOne Microsoft Partner Group担当のガブリエラ・シュースター コーポレートバイスプレジデント(CVP)が来日して、基調講演に登壇。同社のグローバルでのパートナービジネスについて説明したが、このときに平野氏の存在に目をつけたのではないかと思っている。

Japan Partner Conference 2018で登壇した、米Microsoft One Commercial Partner担当のガブリエラ・シュースター CVP。平野社長の上司となる人物だ

 平野氏は、「会議などでは一緒になっていたが、特に強い接点があったわけではない」とするものの、グローバルでのパートナービジネスを強化する上で、中東欧と日本で実績を持つ平野氏の存在は見逃せなかったのだろう。

 ちなみに、日本人の日本マイクロソフト社長経験者が、米本社の役員として登用されるのは、これが初めてのケースとなる。

いまだに発表されない日本マイクロソフトの新社長

 だが、その一方で、日本マイクロソフトの次期社長が現時点でも発表されていないことは、問題だと言わざるを得ない。

 これまで日本マイクロソフトの社長交代は、外資系企業にしては珍しく、スムーズに行われてきた経緯があった。

 ダレン・ヒューストン氏から樋口泰行氏(現パナソニック代表取締役専務)に社長交代する際には、樋口氏が1年1カ月に渡り、COOとして経営をサポート。十分な助走期間を経てから社長に就任した。

 その樋口氏も、平野氏にバトンを渡す際には、中東欧担当のゼネラルマネージャーから戻った同氏を、日本マイクロソフトの執行役専務の立場で1年間に渡る準備期間を経験させた。平野氏は満を持して社長を引き継いだ格好だ。

 外資系企業の場合には、突然の社長交代が行われたり、そのために新社長だけが就任会見に出席し、経営の継続性が疑問視されたり、といったことが多々あるが、日本マイクロソフトは、その点では違っていた。

 しかし今回の場合には、平野氏の突然の移籍とともに、次期社長が明確にならないまま平野氏の社長退任日を迎え、社長不在状態が一定期間続くことになる。

 その点では、平野氏の米国本社への異動は急なものだったことが伺える。実際、平野氏の異動が正式に決まったのは、リリース発表があった7月3日から、わずか数カ月前のことだ。米国本社側の事情で、平野氏の異動が決まったと見ることもできる。

 実は日本マイクロソフトでは、不測の事態などを考慮し、次期社長候補を複数名リストアップして、上司と議論するという仕組みがある。例えば樋口氏は、そのなかに常に平野氏の名前があったことを明かしてくれたことがあった。当然、平野氏も同様に、リストアップと上司との議論を行っていたはずだ。

 平野氏は、「もともと社長を受ける際には、最低でも5年はやるということで、上司と合意をしていた。短期間では受けるつもりはなかった」とし、「結果として、社長の期間は、4年2カ月となり、最低としていた期間を下回ることになった」と振り返る。

 平野氏にとって、想定よりも早いタイミングで社長を退任することになったことが、次期社長の人選に影響したのかもしれない。

 いずれにしろ、社長不在の状態は、パートナーや顧客にとって、不安材料でしかない。もちろん、外資系IT企業のなかには、日本法人の社長が有名無実化しながら、事業を推進している例もある。

 だが、日本マイクロソフトはそうした企業と一線を画す外資系企業であった。「日本に根ざした企業を目指す」として、樋口氏が社名に「日本」を冠してから8年を経過するが、その間、その姿勢は崩れていない。

 実際、平野氏も「次期社長の発表は、もっとスムーズにしたかった反省はある」とする。

当面はアジア地域担当CVP ラルフ・ハウプター氏が実務をサポート

 その一方で実務の方は、Microsoftアジア プレジデントであり、米Microsoft アジア地域担当CVPのラルフ・ハウプター氏がサポートすることになる。

 同氏はシンガポールに拠点を置いているものの、しばらくの期間は、来日が増えることになりそうだ。

 ドイツ生まれのIBM出身者といえば、そのイメージは想像できるが、その一方で、10年以上にわたってセミプロのミュージシャンとして活躍したユニークな経歴も持つ。

 実務ベースでは、日本マイクロソフトの各事業責任を持つ役員で構成される「JSLT(ジャパンシニアリーダーシップチーム)」と呼ぶ経営執行チームの責任も、これまで以上に重くなる。

 2019年8月20日には、2019年7月からスタートした同社2020年度の経営方針記者会見を開催したが、ここには、JSLTのメンバー17人のうち、16人の役員が参加した。会見のなかでも、顧客向けの事業責任を持つ担当役員が、平野氏と一緒に方針を説明してみせた。

 これまでの経営方針記者会見では、社長が1人ですべてを説明していたが、今回はそのスタイルを変え、新年度の新たな取り組みについては担当役員から説明する形をとった。これも次期社長が未発表であるものの、各事業のそれぞれが責任を持って推進していく決意の表れと見ることができるだろう。

 さらに平野氏も、9月1日以降、日本マイクロソフトの特別顧問としての肩書も持ち、日本には月1回のペースで帰国して、日本のビジネスを支援することになる。米国本社に籍を置きながら、日本マイクロソフトの特別顧問という肩書を持つのは異例だ。

 平野氏は、「短期間であれば、いまの体制でも、何も問題なくビジネスが回る。だが特別顧問として、リモートではあるが米国本社から支援を行うとともに、月1回は日本に戻ってきて、お客さまやパートナーとの関係を維持する活動を行う」とする。

次期社長は誰か?

 だが、やはり気になるのは、次期社長が誰になるのかということだ。

 平野氏は、「それほど遠くないうちには発表することができる」とする。早ければ、9月中には、次期社長が発表されそうだ。

 憶測にすぎないが、社内からの昇格であれば、これだけ発表がずれ込む理由が考えられないため、社外からの登用と考えざるを得ない。

 そこで、平野氏に次期社長の条件をズバリ聞いてみた。

 「MicrosoftのCEOであるサティア・ナデラが掲げた『Empower every person and every organization on the planet to achieve more.(地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)』という企業ミッションに共感する人物であることが大前提。同じ志を持ち、価値観が共通であり、このビジョンに共感してもらえる人物。それがクリアできていれば、目標の達成方法は、次期社長が持つやり方でいい。日本マイクロソフトが目指す企業像についても、独自色を出してもらえばいい」とする。

 社内では、次期社長への引き継ぎに関するスキームを確立しているほか、平野氏が次期社長のオンボードをサポートすることで合意。共同で顧客やパートナーへの訪問も予定しているという。その点では、次期社長発表後の引き継ぎに関する課題はないといってもよさそうだ。

 果たして、次期社長の会見は、いつ、どんな形で行われるのか。

 平野氏の米国勤務が本格化している時期だけに、次期社長と平野氏が同席する形での会見は、タイミングとしても調整が難しいかもしれないが、対外的にスムーズな引き継ぎを印象づけるためにも、同席する形での実施を期待したいところだ。

 次期社長の発表以降は、日本に根ざした日本マイクロソフトらしい引き継ぎを見せてほしい。