メディア業界からブーイング App Storeの定期課金サービス


 「App Store」のサブスクリプションサービスが、大きな波紋を呼んでいる。雑誌やニュース、音楽、動画などのコンテンツを定期課金方式で販売できるサービスで、メディア、コンテンツ業界の救世主になるかかと期待されていたが、ふたを開けてみると、ブーイング。そして後を追うようにGoogleが、より好条件のサービスを発表した――。

手数料30%、リンク禁止、顧客情報…

 Appleが2月15日に発表したサブスクリプションサービスは、コンテンツプロバイダーが週単位、月単位などの定期課金型で、コンテンツを販売できるものだ。購読期間と価格は自由に設定できるが、Appleが売り上げの30%を手数料として徴収する。

 また契約条件として、コンテンツプロバイダーがApp Store外で行うサブスクリプション販売について、App Storeより安い価格を設定することを禁止。さらにApp Storeで販売するコンテンツに、自社の他のサブスクリプションサービスへのリンクを含めることも禁止した。AppleStoreの顧客情報(名前、メールアドレスなど)は基本的にAppleが保持し、顧客が承諾した場合にはコンテンツプロバイダーにも提供するとしている。

 このサブスクリプションサービスは、News Corpが2月初めに創刊したiPad向け新聞「The Daily」を提供するサブスクリプションと同じものだ。デジタル事業の育成に悩む出版業界を中心に、大きな期待がかかり、多くの関係者が、このサービスが一般提供されれば一気に導入が進むだろうと予想していた。

「一方的な発表」、と不満あらわにするメディア

 だが、正式発表があるや、ブーイングの嵐が起こった。The Guardianが関係者の怒りの声を拾っている。たとえば、英大手のTelegraph Media Groupでモバイルを担当するMark Challinor氏は「手数料を払うのは構わないが、30%は適正だろうか?」とAppleの取り分に疑問をなげかける。デジタル売上の10%がiPadからというFinancial Times(FT)の担当者も「今回の変更に懸念を抱いている、(自社の)ビジネスモデルを危うくする可能性がある」とコメントしている。

 コンテンツ企業は個々の条件よりも、Appleの態度そのものに不信感を抱いているようにも見える。先のTelegraph MediaのChallinor氏は「Appleはすべてを知っていると思っているようだが、そうではない。(一方的に決めるのではなく)対話が必要だ」と強調している。

 自身も出版社で、今回の発表の影響を受けるThe Guardianは、出版社側の反応を“深い不信感”と形容している。非メディアの第三者としては、サンタクララ大学ハイテク法研究所のEric Goldman氏が、Wall Street Journalに「(Appleは)非常に攻撃的な立場を取っている」と批判的なコメントをしている。

 音楽業界の反発も強い。新聞同様、長期的低迷している音楽業界では、Spotify、Last.fmなど、サブスクリプション形式で音楽を提供する事業者が新サービスの影響を受ける。多くはベンチャー企業で、ストリーミングのインフラからレコードレーベルへのライセンス料など多額の初期投資を強いられている。

 Appleが売り上げの30%を得る場合、コンテンツプロバイダーには何が残るのか? 英国のオンライン音楽サービスWe7のCEOは「成長できない」と述べ、Last.fmの共同設立者は「iPhone向けオンライン音楽サブスクリプションを殺すものだ」と怒りをぶちまける。Wall Street Journalも、「この比率(7対3)では、欧州で生き残れない」というフランスのストリーミングサービスDeezerの声を伝えている。

反Apple感情の取り込み狙うGoogle

 一方、ライバルのGoogleは、この好機を見逃さなかった。Googleは翌16日、「One Pass」というサブスクリプションサービスを発表。自社の取り分比率を10%として、顧客情報の提供も約束した。あわせてGoogleは、ドイツの出版大手Axel Springer、Focus Online、仏Le Nouvel Observateurなど複数のメディア企業がOne Passの採用を決定したことも明らかにした。

 これを受け、IT Worldは、両社の戦いでGoogle/Androidが優位になるという構図を示している。現在、iPadのシェアはタブレットの75%を占めるといわれるが、2010年秋からSamsungなど多くのメーカーがAndroidタブレットを発表しており、スマートフォン同様、最初にAppleがリードし、その後Androidが追い上げるというパターンが予想されている。

 そこでGoogleがコンテンツプロバイダー側に有利な条件を提示し、より多くの企業がAndroidに集まれば、消費者はAndroidタブレットを買い、そこからコンテンツを購入するという構図だ。

 今後、コンテンツプロバイダーがApple端末で提供したいというニーズと、コンテンツが欲しいというAppleのニーズとの綱引きになってくると考えられ、そこにGoogleは大きな影響を与えうる。他方でForresterのアナリスト、James McQuivey氏は、The Guardianに対し、デジタルサブスクリプション市場は始まったばかりとしながら、「コンテンツ企業はAppleにもGoogleにも支配されたくないと思っている」と代弁する。

SaaSはサブスクリプションなのか?

 またサブスクリプションサービスは、開発者の混乱も招いている。発端となったのは、Web上の記事から広告などの要素を除去して読みやすくして有料配信しているReadabilityだ。

 同社がApp Storeへの登録を申請したところ、アプリ内サブスクリプションシステムを利用していないという理由で拒否されたという。だが、Readability自身はコンテンツを持たず、オリジナルのコンテンツ提供者に利益を還元している。同社はAppleが30%を徴集するサブスクリプションでは、採算がとれないと苦情を申し立てた。

 Mac Rumorsは、これと関連して、「SaaSアプリは今後もApp Storeの既存の課金システムで提供できるのか、サブスクリプションを利用しなければならないのか」という質問をAppleに投げたiOS開発者の話を紹介している。この質問に対しAppleは、CEOのSteve Jobs氏の名前で回答し、「サブスクリプションはパブリッシングアプリを対象として作成した。SaaSは対象ではない」と述べたという。

 となると、Evernote、Salesforce、DropBoxなどのSaaSは対象外となりそうだが、Readabilityはなぜ拒否されたのだろうか? とMac Rumorsは疑問を投げかける。

 このようにちょっとした混乱で始まったサブスクリプションサービスだが、今後の行方は分からない。Appleが方針を変更する可能性も十分にある。Gartnerのアナリスト、Michael Gartenberg氏は「最終的には市場と顧客が決めるだろう。Appleは比率を下げればよいだけのことだ」と述べている。

 一方、当局も動き出した模様だ。Wall Street Journalは、米司法省が、Appleのサービスについて独占禁止法に抵触しないかの調査を開始したと報じている。

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(岡田陽子=Infostand)
2011/2/28 09:09