クラウド&データセンター完全ガイド:特集

クラウド/データセンターをさらに活用するための最新ネットワークサービス(Part 1)

マルチクラウド時代のネットワークサービス

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2019年秋号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2019年9月30日
定価:本体2000円+税

インターネット経由で利用することが前提だったクラウドサービスも、社内システムとの連携などから閉域網経由で利用したいという要望や、SaaSの利用増などでより効率的なネットワーク構成が必要とされるケースなどが増えている。ITシステムそのものがクラウドによって変化する中、今回の特集ではクラウドサービスとデータセンターや企業を結ぶネットワークサービスに焦点を当て、新たなITインフラのあり方について紹介していく。 text:渡邉利和

ハイブリッドからマルチへ

 クラウドの時代を切り拓いたとされるAmazon Web Services(AWS)がサービスを開始してから10年以上経過し、「クラウドファースト」「クラウドマスト」といった状況を経て、現在では「クラウドを活用するかどうか」ではなく、「クラウドをどう活用するか」が問題となる状況に移っている。

 最近の変化としては、オンプレミス、プライベートクラウド、パブリッククラウドを組み合わせた“ハイブリッドクラウド”から、さらに複数のパブリッククラウドを適宜使い分ける“マルチクラウド”へのシフトが顕著になってきたことだろう。パブリックックラウド各社の競争は、今のところ単なる価格競争ではなく、機能/サービスの差別化の方向で進んでおり、「どれか1つを選べば良い」という状況ではないためだ。

 また、顕著な方向性として、初期のクラウド需要を牽引したIaaSから、より上位レイヤのサービスへのシフトが起こっている点も重要だろう。IaaSの時代の主要ワークロードは仮想サーバだったが、現在では、新しい「DX系のワークロード」を中心にコンテナが急速に普及しつつあり、Kubernetesなどの環境をマネージドサービスとして提供するPaaSなどの利用が増えている。さらに、Office 365のユーザーが順調に伸びており、SaaSの活用も増えている。

 IaaSであれば、もしかしたらコストパフォーマンスが最良の1社が圧倒的なシェアを持つこともあり得たかもしれないが、SaaSではさまざまな事業者が並び立ち、競い合う方がむしろ自然だろう。ユーザー企業の観点からすれば、「各社が提供するさまざまなクラウドサービスを比較検討して自社にとってのベストを選ぶ」ことが必須となってきている状況だ。

ネットワークの問題

 パブリッククラウドの出現当初は、“インターネット上で提供されるサービス”であり、インターネット経由で利用することが大前提だったクラウドサービスだが、SaaSの利用などが拡大すると、「本来は社内に閉じ込めておきたい業務のトラフィックがインターネットを流れてしまう」といった問題が懸念されるようになってくる。

 そこで提供されるようになったのがインターネットではなく専用線を経由してクラウドサービスを利用できる環境で、“AWS Dicrect Connect” や“Azure ExpressRoute”、GCP(Google Cloud Platform) では“Dedicated Interconnect”と、各社各様の名称で呼んでいるが、いずれもシンプルに「専用線接続」だと考えてよいだろう。

 ただし、ユーザー企業とクラウドサービスを直接繋ぐという形ではなく、通信サービス事業者やデータセンター事業者などをパートナーとして、パートナー経由で利用する形になる。こうした各種専用線接続サービスが提供されるようになったことで、PaaSやSaaSといった上位レイヤのサービスでは、トラフィックをインターネットに出さず、閉域網だけで完結させる使い方も可能になり、実際に多くのユーザー企業がこうした使い方を選んでいると見られている。

 実のところ、こうした「閉域網重視」の姿勢は日本市場では顕著だが、グローバルで見ればむしろ例外的な状況だという指摘もある。この背景にあるのは、国内の専用線接続サービスが高信頼かつ相対的に安価だからで、海外では高額な上に回線断が珍しくないことから、パブリックなブロードバンドネットワーク経由で必要な通信品質を確保するための手段としてSD-WANが採用されているという形になっているようだ。

 日本ではグローバルの水準から見れば専用線のコストが安いと言われるわけだが、それでも帯域が無尽蔵に使えるというわけではなく、帯域を効率よく有効活用することが求められる状況に変わりはない。最近では、SaaSの活用が急増傾向にあるという状況と合わせて、増大するトラフィックをどうやって効率よく処理するかという点で工夫が求められる状況になりつつある。こうした点を背景に、特に国内ユーザーの関心が高いと言われるのが「(インターネット)ブレイクアウト」と言われる手法だ。日本では事実上、このブレイクアウトを実現するための手段としてSD-WANが使われているという状況だとされる。

セキュリティやガバナンスも課題

 マルチクラウド時代になって、セキュリティやガバナンスの問題にも改めて注目が集まりつつある。PaaSやSaaSの普及により、業務で利用されるアプリケーションやデータがクラウド上に存在するという状況が当たり前になったことで、従来の「企業内ネットワークとインターネットの境界を防御する」という形でのセキュリティ対策では守れない領域が出現した形になっているためだ。

 さらに、企業のIT部門が把握できない形でのIT活用、いわゆる“シャドウIT”の問題に関しても、クラウドやSaaSに関するものが増えているようだ。業務に利用するにはセキュリティ上懸念があるようなコンシューマ向けのサービスを社員が個人的に利用開始してしまう、といった形が多いようだが、こうしたトラフィックを発見し、適切に対応できるような可視化の仕組みを構築することが必要になってきている。

 かつて語られた「クラウドファースト」「クラウドマスト」といった言葉は、実際にはまだユーザー企業の“常識”がオンプレミスであったからこその言葉だった。現在ではクラウドの活用がユーザー企業の常識となっており、殊更にクラウドの重要性を語る例も少なくなってきている。しかし、こうした状況でユーザー企業が効率よくクラウドを活用できているかというと、それはまた別の問題だ。

 かつては、「所有から利用へ」という大きなトレンドを前提に、企業ITシステムもオンプレミスからクラウドに切り替わるという予測も語られていたようだが、現時点ではオンプレミスを完全に排除してクラウドのみにしたという例はむしろ例外的で、基本的にはオンプレミスとクラウドを併用する形に落ち着いている。比率の濃淡は企業毎にまちまちなので、「クラウドがメインだが、一部オンプレミスが残っている」という例もあれば、「オンプレミスを基本に、一部のサービスはクラウドを使い始めている」という例もあるわけだが、どちらにしても、オンプレミスとクラウドを併用し、それぞれの特性に合わせた使い方を工夫していく必要がある、という点に変わりはない。

 クラウドの活用経験が積み上がってきた結果、クラウドを新たなデザインパターンと位置づけ、「場所」や「コスト」だけの問題ではないと考える人も増えてきているようだ。クラウドがもたらすメリットは、コストの効率化や運用負荷の軽減が主と考えられてきたわけだが、それ以上にクラウドを活用することでもたらされる「俊敏性」を重視する考え方だ。

 あえて言うなら、「従来のITをクラウドで運用することでコスト削減を実現する」という考え方から、「クラウドを前提とした新しいITのあり方を考える」という考えかたが出てきているということだ。端的には、「デジタルトランスフォーメーション」といった考え方もそうだし、それを支える技法としてのDevOpsなども、クラウドを前提とした新しい考え方と一例と見ることができるかもしれない。抽象的な「ITシステム」が確固として存在した上で、その実行の場となる器がオンプレミスからクラウドに変わる、という考え方から、「ITシステムそのものがクラウドによって変わっていく」と考える方が現実的だし、そう考えた上で今後のITインフラのあり方について見直していく必要がある、というのが現在の状況ではないだろうか。