クラウド&データセンター完全ガイド:特集

データセンター/クラウドサービス選びの「基礎知識」と「重要な観点」

2015年、データセンター/クラウドサービスはこう選ぶ[Part2]

2015年、データセンター/クラウドサービスはこう選ぶ
[Part2] Point of Choice
データセンター/クラウドサービス選びの「基礎知識」と「重要な観点」

ビジネスニーズの変化やテクノロジーの発展などに伴い、データセンターを選ぶ際の観点も大きく様変わりしている。とりわけ、近年ではクラウドサービスの充実ぶりが著しく、選択の幅が広がっている。本パートでは、データセンターおよびクラウドサービスを選定する際のポイントや考慮点について、重要な観点を挙げつつ解説していく。

 情報システムの安定稼働を維持することは容易ではない。地震や津波、停電、火災など、システムやそのインフラを脅かす要因はあまりに多い。システム管理者は、それらの要因から、経営を支える重要なシステムを守り抜くという使命を負っている。

 一般的なオフィスビルでも、ミッションクリティカルなシステムを24時間運用することは決して不可能ではない。しかしながら、大地震にも耐えうる堅牢な建物を用意し、停電や回線の切断に備えてそれらを冗長化し、24時間の監視・管理体制を敷くとなれば、多大なコストと労力を覚悟しなければならないはずだ。

 そこで重要になるのが、外部のデータセンター事業者やクラウドサービス事業者がユーザー企業に向けて提供しているITインフラやアプリケーションサービスの存在だ。災害対策や運用管理をすべて自前で行うのではなく、その一部を外部委託、あるいはサービスとして利用するという運用形態である。

 総務省の発表によると、日本国内のデータセンターサービス市場は、成長著しいクラウドサービスが牽引役となって拡大傾向にあるという。ビジネスの変革やICTサービス市場全体の成長などさまざまな要因が考えられるが、特に日本の場合、2011年3月11日に発生した東日本大震災の経験が1つの要因であることは言うまでもないだろう。

 本稿では、データセンターとクラウドサービスの基礎知識や特徴、選定の観点を解説し、両者をどのような場面で使い分けるべきかの指針を示してみたい。

あらためて、データセンターとは?

 最初に、定義をあらためて確認しよ。データセンターとは、ユーザーからサーバーやストレージなどのIT資産を預かり、運用・保守や各種通信系サービスを提供する専用施設のことと表現できる。

 現在、多くの事業者がデータセンター事業に参入している。企業がデータセンター全体を所有してサービスを提供する場合もあれば、別の企業のデータセンターの一部を間借りして自社サービスとして付加価値と共に提供する場合もある。

 データセンターは一般に、地震や火事、その他の災害に耐えうる強固な建物、不審者の侵入を防ぐ物理(対人)セキュリティ、安定した電源・温度管理を実現するための専用設備などを備えており、利用者が個別に対策を講じる必要はない。そのため、利用者は設備投資を抑えながら、本来の業務に集中することが可能となる。

 各事業者のサービスを比較してみると、一見、大きな差はないように見えてしまう。だからと言って、料金だけで選んでしまうと、後々「期待したほどコスト削減効果が得られない」「場所が遠すぎて訪問しにくい」といった問題に直面しがちである。一度契約して利用を開始してしまうと容易には変更できないため、目的や用途に応じて慎重に選定する必要がある。

 そこでまずは、データセンターの実際の使い方をイメージしてもらい、どのようなことに注意して比較・選定すべきなのかを具体的に見ていくことにする。
データセンターの利用のしかた

 データセンターの利用形態は近年、多様化している。サービスの名称は事業者によってさまざまだが、大別すると、①ハウジング、②ホスティングの2つになる。

(1)ハウジング(コロケーション/ケージング)

 サーバーやストレージといった自社のIT資産をデータセンターに設置し、データセンターが備えるファシリティ(設備、空間など)や各種オプションサービスを利用する形態。データセンターが提供するラックに設置することをハウジングと呼び、個室やケージで囲われたスペースをレンタルして自前のラックを持ち込む、あるいはラックマウントできない特殊な機器を設置することをコロケーションやケージングと呼ぶ。

(2)ホスティング(レンタルサーバー)

 データセンター側が用意したサーバーやストレージ機器を共有または専有で利用する形態。利用する機器のスペックや利用時間、オプションに応じて課金されるのが一般的だ。サーバーにはあらかじめWebサーバーなどの機能やアプリケーション開発環境が実装されている場合もある。前述のハウジングと比べ、ハードウェアの調達が不要であり、リードタイムの短縮や固定費の削減につながるというメリットがある。

 一方、利用できる機器やOS、ミドルウェアがある程度固定されているため、選択の自由度という点ではハウジングに一歩譲る。

データセンター選定の「11の観点」

 使い方を理解したところで、データセンターを選ぶ際に押さえておくべき「11の観点」を説明しよう。

(1)耐災害性

 地震や津波、火災など自然災害にも種類があるが、地震大国の日本では、特に地震対策に関するデータセンターへの期待が大きい。選定の際には、最初に地理・地形的に地震や津波といった災害が起きにくい地域かどうか、そして万が一の際に建物や機器への影響を最小化する仕組みがあるかどうかを確認しておくことが重要だ。

 まず、地震や災害の起こる可能性については、国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」(http://disaportal.gsi.go.jp/)や、防災科学技術研究所の「全国地震動予測地図(J-SHIS)」(http://www.j-shis.bosai.go.jp/about、画面1)などを参照されたい。

画面1:防災科学技術研究所の「全国地震動予測地図(J-SHIS)」で提供されている「J-SHIS Map」(出典:防災科学技術研究所)

 次に、各事業者が取り組む地震への備えに注目しよう。データセンターは地震に強い構造となっている場合がほとんどだ。一口に「地震に強い」と言っても、その構造は大きく3つのタイプがある。ラック内に搭載された機器への影響を減衰させる能力順に並べると次のようになる。

●免震ゴム、ダンパーなどの免震装置で揺れを抑える「免震」
●制震部材で揺れを抑える「制震」
●頑丈な構造で建物自体は揺れに耐える「耐震」

 建物が頑丈なことは重要だ。しかし建物が地震に耐えられたとしても、揺れの影響で機器が故障したのでは意味がない。ラック内に設置されている機材への影響を考慮すると、やはり揺れを最も軽減できる免震構造(図1)が望ましく、最低でも制震構造であることが望ましい。耐震の場合、建物自体は地震に耐えられるがラックに搭載された機器へのダメージは他の構造に比べると大きいとされる。

図1:大地震にも耐える免震構造(出典:セコムトラストシステムズ http://www.secomtrust.net/service/datacenter/datacenter/bcp.html

(2)立地・アクセス

 構築が終わり、運用フェーズに入ってしまえばデータセンターに赴くことはないだろうと考えるかもしれないが、実際はそうでもない。現地でなければできない作業、例えばサーバーの追加やケーブリングの変更、機器交換の立ち合いなどのため、データセンターに頻繁に赴くことになるケースもあるからだ。特にシステム構築時には連日のように通うことになるため、利用料が安いからといってアクセスの悪い地域を選ぶと後悔することもある。

 たとえリモートアクセスが可能な場合であっても、物理的な障害が発生すれば現地に行くことになる。障害からの復旧時間を考えればアクセスのよさは無視できない。また、障害時のことを考えれば、もちろん24時間入館可能であることが望ましい。

 都心に比べ、郊外のデータセンターは利用料が低く抑えられる場合が多いが、アクセスとコストのバランスが重要だ。自社からの所要時間、交通手段などを確認しておきたい。

 なお、メインのデータセンターがすでにあり、バックアップサイト(バックアップデータや待機系システムを設置するデータセンター)としてデータセンターを選定する場合は、アクセスよりもメインのデータセンターからの距離を気にしたい。一度の災害で両方が被災したのでは、バックアップセンターの意味がないからだ。

(3)回線・通信設備

 データセンターが備える通信設備を利用して、インターネット接続、VPN、広域イーサネット、専用線などの接続サービスを提供する。ここはサービスラインナップに差が出やすく、特に通信に強みを持った事業者がバリエーションに富んだサービスを提供している。

 またネットワーク関連サービスとしてDNSサーバーの運用代行、ドメイン名管理、ファイアウォールなどのネットワーク機器のレンタルおよび運用代行サービスを提供している事業者も多い。

(4)空調・温度管理

 東日本大震災の後、家庭・企業問わず節電が求められることとなり、データセンターも例外ではなかった。あるデータセンターでは、停電は免れたものの節電の求めに応じてやむをえず室内温度を上げたところ、機器の故障率が上昇したという話も聞く。たった1℃の違いではあるが、それほど空調管理、温度管理はITシステムへの影響が大きいということだ。

 システムを安定稼働させるには、適切な温度の空気を機器の吸気口に届けることが肝心だ。いかに冷たい空気をサーバーに送り込み、熱せられた空気をうまく排出するかが勝負どころである(図2)。そこで、温度計を持って事前に現地視察に行き、ラック内温度を測ってみることをお薦めする。

 余談ではあるが、データセンターの冷却能力が十分であるにもかかわらず、ラック内温度が異常に上昇してしまうケースもある。これは、機器の設置方法やケーブリングが原因となっている可能性がある。機器が排出した高温の空気をケーブルでせき止めていないか、ある機器の排出口と別の機器の吸入口が向かい合わせになっていないかなど配慮が必要である。

図2:空調効率を高める空間設計(出典:セコムトラストシステムズ http://www.secomtrust.net/service/datacenter/datacenter/ecology.html

(5)物理セキュリティ

 データセンターに機器を設置すると、多くの場合、他のユーザーと同じフロアを共同利用することとなる。そこで、やはり気になるのがセキュリティの問題だ。部外者にラックをこじ開けられて機器やデータを盗まれる、破壊されるといった事態はあってはならない。まったくの部外者が関係者を偽るというケースも考えられるため予防措置が必要だ。

 多くの場合、データセンターでは入館時に事前申請を求めており、予定外の入館は不可としている。また入館、入室ゲートに指静脈、顔認証などの生体認証システムを設置し、事前に登録された人物以外の出入りを防ぐという仕組みもある(写真1)。

写真1:フラッパーゲートと、ICカードと生体(静脈)認証の組み合わせ認証(写真はビットアイルの文京エリア第5 データセンター)

(6)マネージドサービス(オペレーションサービス)

 データセンターに設置した機器の簡易的なオペレーションを代行するサービス。システムの稼働監視や現地でなくてはできない作業、例えば電源オン/オフ、警告ランプ確認、テープ交換、保守ベンダーの作業立ち合いなどが一般的である。一部は標準メニューとして利用料に含まれていることもある。特に遠隔地にあるデータセンターを利用する場合には、これらの作業のためにわざわざ現地に赴くのは負担が大きいため、どのようなマネージドサービスが提供されているかは重要なファクターになる。

 また、データセンター常駐のエンジニアがサーバーやネットワーク、ストレージの設計・構築、設置、運用・保守まで手掛けるといった、ハイレベルなサービスを提供している場合もある。マネージドサービスは、ファシリティに比べてデータセンターごとの特色が出る部分だ。自社のニーズに合ったサービスが提供されているかどうかを見極めたい。

(7)空きスペース/ラックの融通

 人気のあるデータセンターや小規模なデータセンターは利用可能な空きスペースが限られている場合がある。いざラックを増設したくても空きスペースがないのではどうしようもない。またスペースは空いていたとしても別フロアや離れたラックだと作業効率が著しく低下し、配線なども複雑なものとなってしまう。場合によってはネットワーク機器の追加が必要となる。

 データセンター選定の際には、ラック増設のための空きスペースがあるか、また隣接するラックを予約・仮押さえできるかという点についてもチェックしておきたい。

(8)電源

 常に安定した電源を得られることは、データセンターを利用する主要なメリットの1つである。データセンターの電源については、以下のポイントに注目したい。

UPS経由の電源を引き込めるか?

 UPS(Uninterruptible Power Supply:無停電電源装置)は、外部からの電源供給が停止した際に一定時間の電源を供給する装置である。UPS経由の電源がラックに供給されていない場合、UPSを利用者側で用意することもできるが、UPS自体もラックスペースや電源を消費することになるため注意が必要だ。

1ラックに引き込み可能な電源の上限はどれくらいか?
写真2:ラックに搭載するハードウェアは、高密度・高集積型のブレードフォームファクターが主流になりつつある

 集積率の高いブレードサーバー(写真2)やストレージはそのサイズから想像するよりも消費電力が大きい。そのため、1ラック内で使用可能な電源の上限が低いとラックスペースが空いているにもかかわらずそのスペースに機器を増設できなくなる。結果として契約ラック数が増えてしまい、コスト高となってしまうことがある。

複数の電源系統から給電が可能か?

 電源の冗長化はすでに一般化しているが、電源が2つあるからといって、同じ系統の電源を2本つないだ場合、電源パーツの故障には対応できるが、変電所のトラブルや受電設備の故障には当然、対応できない。複数系統の電源を給電することで、よりハイレベルな電源の冗長性を確保できる(図3)。

図3:給電ルートの2重化と電源設備の冗長化(出典:セコムトラストシステムズ http://www.secomtrust.net/service/datacenter/datacenter/bcp.html
法定点検などによる停電の影響を受けないか?

 一般的なデータセンターでは考えにくいことだが、念のため強制的な停電がないことも確認したい。受電設備やPDU(Power Distribution Unit:配電盤)/PDF(Power Distribution Frame:分電盤)の点検のため、強制的に停電を迫られるようなことがないかをチェックしておく(写真3)。

写真3:電源設備の例。左から特別高圧受電設備室、UPS設備室、変電設備室 (出典:セコムトラストシステムズhttp://www.secomtrust.net/service/datacenter/datacenter/bcp.html
自家発電による電源供給時間はどれくらいか?

 電源対策がしっかりなされたデータセンターは、変電所からの給電停止に備えて自家発電機を備えている。例え給電が止まっても一定時間、電力の供給を続けることで、手順に沿って安全にシステム停止させることができる。しかし、燃料が尽きれば当然、すべての給電がゼロになるので、備蓄されている燃料で何時間まで給電されるのかは確認しておきたいところだ。

(9)付帯サービス

 サービスメニューには表記されないことが多いが、意外と重要なのがデータセンターの付帯サービスである。例えば、プロジェクトルームのレンタル、キッティングで発生したダンボールや不要パーツなどの廃棄物を処分してくれるか、荷物の一時保管や宅配便の受け取り/発送が可能かなど、些細なようで無視できない違いがある。これらの付帯サービスはデータセンターに直接問い合わせるなどして確認するほかない。

(10)コスト

 データセンターを選定する際に、コストを考慮しないユーザーはいないだろう。

 実際にデータセンターを利用する場合、必要となるコストはラック利用料だけではない。電源や回線、マネージドサービスなど、さまざまなところでコストがかかってくる。選定に際しては、自社での利用形態から実際にどのぐらいのコストがかかるかを候補のデータセンターごとに算出しトータルで比較するのが賢明であろう。以下では、ハウジング(ラック貸し)を想定し、一般にかかるコストの種別を挙げて説明する。

■ラック利用料
 ラックの利用料は、基本的に月ごとの課金となる。多くの事業者は4分の1、2分の1、フルラックなどラックサイズに応じた料金プランを用意している。また、ラック利用料金に標準の電源が含まれているケースもあり、細かく確認しておく必要がある。

■電源利用料
 ラック利用料金に電源が含まれていない場合や追加電源が必要な場合、オプションとして選択でき、月額に加算される。上述したブレードサーバーや大型ストレージの場合、それほどスペースをとらない筐体サイズでも大量の電力を消費することや、電源が冗長構成になっている場合、定格の2倍の電源を用意する必要があることには注意が必要だ。

■インターネット回線料
 データセンターに備わる広帯域バックボーンを利用した高速なインターネット接続サービスを契約することができる。共用ベストエフォートタイプと専有タイプがあり、もちろん専有タイプのほうが高額となる。

 データセンターによって料金に違いがあるのは当然であるが、見落としがちなのが帯域変更の自由度やリードタイムだ。例えば、繁忙期など一時的に帯域を増やしたい場合に、柔軟に要望に応えてくれるかどうかなどを確認しておくべきだろう。

■保守・運用管理料(マネージドサービス)
 データセンター事業者が提供するマネージドサービスやオペレーションサービスの料金である。もちろん、サービスの内容に応じて料金は変動する。警告ランプ確認や電源のオン/オフなど、ごく基本的な運用は基本メニューとしてラック利用料に含まれている場合もある。

(11)環境性能

 ご存じのように近年は、地球温暖化対策や省エネルギーの推進で、ITシステムにおけるエネルギー効率の改善(いわゆるグリーンIT)が期待されている。とりわけ多数の機器が集積され、空調コストも相当に大きいデータセンターでは、技術革新に伴って改善が大きく進むと考えられるため注目度も高い(図4)。

図4:データセンターの用途別消費電力比率(出典:EPA、グリーンIT推進協議会)

 経済産業省を主体に設立されたグリーンIT推進協議会では、データセンターの省エネルギー度合を評価する基準としてエネルギー効率指標(DPPE) を策定している(http://home.jeita.or.jp/greenit-pc/topics/release/100316_j.html)。

 またデータセンターの電気効率を示す指標としてPUE(Power Usage Eff ectiveness:データセンター全体の消費電力÷IT機器による消費電力)が知られている。1.0に近いほど、無駄な電力消費が少ないことを 示しており、一般的には2.0以内が目標値とされている(図5)。

図5:データセンターの電力効率指標であるPUEの算出式(出典:IIJ の資料を基に編集部で作成)

 CSR(企業の社会的責任)の一環として省エネに取り組んでいる企業では、このような政府が定めるエネルギー効率指標も、利用するデータセンターの選定・評価基準の1つとして参考にすべきだろう。

データセンター利用時の考慮点

 自社にとって最適なデータセンターに出会えたとして、後は移設するだけと思いきや、そう簡単な話ではない。すでに運用中のシステムを移行するのであれば、その段取りについて十分な検討が必要だ。自社業務や顧客影響を考慮して移行時期を決定し、限られた時間内に滞りなくシステムを停止、移設、再開しなくてはならない。システムを停止して別の場所で復元するというのは、単純なようで非常に難度が高いのだ。

 システムの移設・移行にはそういった予期せぬトラブルも発生しがちだ。いったん停止したサーバーは移設後、必ずしも同じ状態で稼働できるとは限らない。紙幅の都合上、本稿では詳しく言及しないが、事前検証を入念に行うなどして、リスク因子は1つでも減らしておくなどの対処が必要だ。人員やノウハウの不足から自社で完遂できないとなれば、ベンダーやSIerの力を借りるべきだろう。

クラウドサービスの選定・利用のポイント

 最後に、ITインフラ選定時に今や必須の選択肢となったクラウドサービスについても要点を解説しておく。

 クラウドサービスの定義を確認しておくと、サービス提供者が所有しているシステム(ほとんどの場合、仮想環境として構築されている)にインターネット経由でアクセスし利用するサービス、となる。ユーザーはそのシステムの実体がどこにあるかを意識することは無く、漠然とインターネットの中、あるいは向こう側にあるように見える。旧来、インターネットは雲(クラウド)に例えられることが多く、これがクラウドと呼ばれるゆえんだ。

 概念だけ聞くと何か難しいもののように感じるかもしれないが、クラウドサービス事業者がデータセンターに構築した仮想環境から仮想サーバーをレンタルしているようなものであり、「仮想サーバーのホスティング」と言い換えることもできるだろう。

 クラウドの最大の特徴は、従来は利用者が機器を購入して自社資産とするしかなかったシステムを社内に抱えることなく、サービスとして利用できる(as a Service)点にある。仮想環境は雲の向こう側にすでにできあがっているのだから、利用開始までのリードタイムはオンプレミスに比べて圧倒的に短縮できる。また、システムが不要となった場合でもサービスを解除するだけでよく、償却や廃棄のことは考えずに済む。

 こうした特徴を持つクラウドサービスについても、まずは使い方をイメージしてもらい、何に注意して比較・選定すべきなのか具体的に見てみることにする。

クラウドサービスの使い方

 前述のとおり、クラウドサービスはクラウドサービス事業者が構築した仮想環境をインターネット経由で提供するものだが、提供されるサービスに応じて3つに分類できる。

■SaaS(Software as a Service)
 インターネット経由でメールやグループウェアなどのアプリケーション・ソフトウェアを提供する。従来のASP(ApplicationService Provider)の発展形に相当する。利用者はハードウェアやソフトウェア開発も不要で、ビジネスニーズに合ったアプリケーションを即座に利用できるというメリットがある。

 一方、用途に応じて細やかなカスタマイズができないことや、サーバーやストレージといった基盤リソースを他のユーザーと共有するサービスの場合は、パフォーマンスなどで制約が発生するケースがあることに留意したい。加えて重要なデータを外部に預けることになるためコンプライアンスやセキュリティに関する検討も重要となる。

■PaaS(Platform as a Service)
 インターネット経由でアプリケーションサーバーやデータベースなど、アプリケーションを開発・実行するためのプラットフォームを提供する。利用者は、自社向けのアプリケーションを効率的に開発、利用することができる。OSやミドルウェア、開発言語が限定されるなど制約を受ける場合もある。

■IaaS(Infrastructure as a Service)
 インターネット経由で、仮想サーバーや仮想ストレージなどインフラ機能を提供する。OSと一部のミドルウェアが提供されているのみであり、アプリケーションは自社で開発・構築する能力がある企業が採用するスタイルである。

 SaaS、PaaSに比べて提供されている機能が限られている分、システム設計の自由度が高いというメリットがある。

クラウドサービス選定の「4つの観点」

 次に、クラウドサービスの場合はどういった点に注目して選定すべきなのか、具体的に見ていくことにする。

(1)サービスメニュー

 上述の通りクラウドサービスは、アプリケーションや開発プラットフォーム、インフラをサービスとして利用する。よって、ユーザーが必要としているサービスメニューが提供されていなければ元も子もないのだ。

 SaaSの場合、サービスを選定する時点で利用したいアプリケーションが大枠レベルでは定まっていることだろう。要件に見合ったサービスを提供している業者を探し、もし複数の業者が見つかった場合には、コストや利用条件の他、後述する選定の観点を頼りに絞り込みを行えばよいだろう。

 PaaS/IaaSの場合、サービスメニューが非常に多岐にわたる。OSやミドルウェア、開発言語、ストレージなど、システムの構成要素ごとにニーズに合ったサービスメニューが提供されているかを確認することになる。

 サービスメニューのバリエーションは大事だが、利用契約やオプション変更の手続きの手間、リードタイムなどにも注意したい。スピードや柔軟性はクラウドの利点と言われているが、例えば突発的な業務処理の拡大に合わせてサーバーを追加したい/ネットワークの帯域を拡張したいというような場合に、即時対応できるのと5営業日かかるのとでは大違いだ。一般にサービスメニューには表れない部分なので別途確認が必要だろう。

(2)セキュリティ

 クラウドでは、データはサービス提供者の管理下にある。そしてデータを保存しているサーバーやストレージはほとんどの場合、他のユーザーと共同利用している。そこでやはり気になるのがセキュリティの問題だ。他のユーザーと論理的に区分けされていることや、アクセス制御の仕組みがあることは最低限、確認しておきたい。

 また外部からのセキュリティ侵害へ対処するためのメニューが提供されているかどうかも重要な比較項目だ。基本的にはインターネット経由でアクセスすることになるため、通信の暗号化や閉域網とのVPN接続など、秘匿性を保つための仕組みがあるかどうかは確認しておきたい。またファイアウォールやウイルスチェックなど、一般的な、つまりオンプレミスと同等のセキュリティ対策が整備できることが望ましいと言えるだろう。

(3)信頼性

 クラウド環境のメンテナンスは、基本的にはサービス提供業者に一任することになる。クラウド環境は一般的に冗長化されており、耐障害性の高い構成となっている。ではシステムの信頼性に関してユーザーが何も考えなくてよいかというと、そうとも言えない。クラウドといえどもサービスが停止することはあるのだ。

 クラウドのサービス停止に備えて、利用者は契約時にサービス提供側とSLA(サービスレベル・アグリーメント)の中で稼働率に関する合意をするケースが多い。クラウドサービスが利用できなくなった場合に、その時間に応じて利用料を返金するというのが一般的だ。SLAの設定が高ければそれだけ信頼性に対する自信があるとも考えられるが、システム管理者としては違約金より実際の信頼性が大事だろう。SLAの内容だけではなく、過去の障害実績、他社の事例、稼働率の実績を確認することを推奨する。

(4)コスト・課金体系

 クラウドサービスは基本的に、利用時間に応じて利用料を支払うのだが、その課金体系はさまざまだ。一般的なものとしては、利用する仮想サーバーのスペックやデータ通信量、アクセスするユーザー数などを基に課金されることが多い。

 そのため、実際の利用状況をシミュレーションしてコストを試算しておくことが重要だ。例えば高性能なシステムを少数のユーザーで利用するようなケースは、ユーザー数課金のサービスを利用するほうがコストを抑えることができるだろう。

ベストなクラウドサービスを選ぶには?

 ここまでクラウドサービス選定の観点を幾つか挙げたが、実際に各社のサービスを比較しようとすると膨大な量の比較項目があることに気づくだろう。最終的に巨大な比較表が完成するかもしれないが、決め手に欠けるという状況に陥るかもしれない。また、せっかくクラウド化しても必ずしもメリットが享受できるとはかぎらない。

 重要なことは、クラウド化しようとしているシステムが、そもそもクラウドに適しているのか、そしてもしクラウド化するなら何を重視してサービスを選ぶべきか、という点である。クラウドサービス提供各社のサービスを比較することも大事だが、まず自社のシステムを詳細に分析してクラウド化の方向付けを行うことが、最適解への近道と言えるだろう。

 データの機密性や利用者数、利用期間、求める性能などさまざまな観点でシステムを分析することで、クラウドに適しているか、何を重視してサービスを選定すべきかを判断するための手助けとなるだろう。自社システムの分析に、クラウド分野で実績のあるベンダーを活用するというのも1つの手だ。

クラウドサービス利用時の考慮点

 データセンターの項でも書いたが、やはり既存システムの移行というケースでは慎重な計画の作成が不可欠だ。既存環境が仮想化されている場合は、クラウド環境への移行支援ツールやサービスが提供されていることも多く、移行の負担を減らすことができるだろう。

 一方、問題となるのが、物理環境からの移行のケースだ。クラウドサービスへの移行が「仮想化」と組み合わさると、難度は格段に上がる。できることなら既存システムをクラウドへ一気に移行することは避けて、仮想化とクラウド移行のステップを分ける、あるいはクラウド上に新規システムを構築しデータのみを移行するなど、移行負荷を下げる手を検討すべきだろう。

 また、クラウドサービスの採用が必ずしもコスト削減につながるとは考えないことだ。クラウド選定の観点にも書いたが、課金体系によってはコストが跳ね上がることも考えられる。クラウド利用によって初期コストが抑えられたとしても、長期利用した場合にオンプレミスとコストが逆転する場合もある。オンプレミスは減価償却されるが、クラウドは一定の利用料を利用期間に渡って払い続けることになるからだ。

データセンターか、それともクラウドサービスか?

 データセンターとクラウドサービスの両方について選定、利用のポイントを挙げてきたが、それぞれに特徴があり一概にどちらがすぐれていると言い切ることはできない。

 オンプレミスのシステムをデータセンターに設置する場合、基本的にはすべてのハードウェア、ソフトウェアを自前で調達することになるため初期コストはかかる。その反面、機器の選択やアプリケーションカスタマイズの自由度は高い。一方のクラウドサービスは、サービス提供側が提供しているサービスしか選択できないという制限はあるが、条件さえ合えば、初期コストを抑えスピーディな構築を実現することも可能だろう。

 セキュリティの面で見れば、ユーザーのクラウドに対する懸念はいまだ根強いと言える。セキュリティにまつわる技術が発達した近年、「自社のサーバーだから安全」「クラウド(共用)だから危険」と断じるのはあまりに安直だが、やはり自社の大事なデータが他社の管理下にある、実体が手元にないのは心理的に大いに不安だとする意見も分かる。クラウドサービスの利用にあたっては、セキュリティに関する関係者、とりわけ経営層の不安を払拭するというハードルも越えなければならない。

 データセンターとクラウドサービス、それぞれにメリットとデメリットがある。近年ではクラウドの環境と自社の閉域網(オンプレミス環境)をVPN接続するというサービスも普及しているため、システムの要件に応じて適材適所という選択もできるようになっている。

一山 正行

プライスウォーターハウスクーパース株式会社 コンサルティング部門 テクノロジー シニアマネージャー
外資系コンサルティングファーム、IT会社役員を経て現職。システム構築関連分野・事業立ち上げ支援を専門とし、システム構築を中心に幅広い領域でのコンサルティングに従事。ITコスト削減、インフラ展開等を中心に顧客に対するサービスを提供。

寺岡 宏

プライスウォーターハウスクーパース株式会社 コンサルティング部門 テクノロジー シニアアソシエイト
データセンター事業者、SIer、ITコンサルティング会社を経て現職。データセンターの移転・統合プロジェクトや、オープン系システムの設計・構築プロジェクトに従事。システム運用を中心に業務効率化、コスト削減などのアドバイザリーサービスを提供。

柳村 利明

プライスウォーターハウスクーパース株式会社 コンサルティング部門 テクノロジー アソシエイト
SIerを経て現職。クラウドや情報セキュリティ関連の規定整備やクラウドを活用したシステムの設計・構築のプロジェクトに従事。システム統合や運用効率化による業務改善などのアドバイザリーサービスを提供。

三浦 俊

プライスウォーターハウスクーパース株式会社 コンサルティング部門 テクノロジー アソシエイト
SIerを経て現職。IT インフラ戦略策定のプロジェクトや情報セキュリティ管理規定整備のプロジェクトに従事。情報セキュリティ対策の有効化等アドバイザリーサービスを提供。