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ユーザーの要望をもとに、IoTと下水道機器を組み合わせた遠隔監視のためのクラウドサービスをAzureで開発

株式会社石垣は、2022年8月、IoTと自社の下水道機器を組み合わせ、離れた場所からスマホの画面で機器の稼働状況や水量を監視できる「ISHIGAKI Cyber Platform “miyoru”」を公開。Microsoft Azure上で提供されるクラウドサービスとして、大きな注目を浴びました。同社では2020年頃から社内の有志によるIoT研究がスタート。それが世の中のトレンドに合わせて全社のDX推進の取り組みに発展し、その最初のマイルストーンとなったのが同サービスです。開発にあたっては日本マイクロソフトのサポートを活用し、なおかつAzureの高い生産性によって、着手からわずか1年での公開を実現しました。

社内のIoTへの関心を出発点に、全社挙げてのDXプロジェクトを起ち上げ

 製造業のDXでは、自社の「ものづくり」の強みを、どう活かしていくかが重要なポイントになります。既存の製品や技術をいかにデジタル技術と組み合わせ、新たなビジネス領域の開拓や価値創造につなげていくのか。ゼロベースで新規ビジネスに取り組める、デジタルネイティブのベンチャー企業やスタートアップとは異なる着眼や工夫が求められてきます。そこが製造業には避けて通れない課題であると同時に、ものづくりニッポン復権の重要な糸口だといえるでしょう。

 株式会社石垣(以下、石垣)は、創業から60年余りの歴史を持つ、濾過器や脱水機、ポンプ等、下水道機器の専業メーカーです。中でも浄水場の最終処理工程で用いられるフィルタープレス型脱水機の市場ではトップシェアを誇り、水に関わるインフラや産業機器分野のリーディングカンパニーとして確固たる地位を築いています。

 同社が、本格的なDX推進に着手したのは2021年。その背景には数年前から社内で進められてきたIoTへの取り組みがあったと、株式会社 石垣 取締役執行役員 企画推進部 部長 石垣 真一郎 氏は振り返ります。

 「当初は特にDXといった構えた意識はなく、IoTで何かできないかという関心から始まったのです。それも社内の各部門が各自で興味を持ってあれこれ試しているという、あくまで自発的な動きでした。しかし世の中にDXという言葉が急速に広がってきて、私たちも取り残されないようにしないといけない。IoTだけに限定することなく、いろいろな領域や方向に向けてチャレンジしてみようと考えました。そこで正式に全社プロジェクトとして、DX推進の取り組みが2020年頃から始まったのです」(石垣氏)

 立ち上げにあたっては、いわゆるDX推進室のような部門を設けて主導するのではなく、社内の各部門が自分たちのお客様の困りごとや課題を出し合う、「具体的な課題の洗い出し」からスタートしました。同社の製品は用途も顧客業界も多岐にわたるため、お客様ごとに課題も要望も異なります。それらをすべて明らかにした上で、これまで蓄積した運用データや顧客データを活用して、課題解決のための新たな提案ができないかを、担当者全員の合議で詰めていったのです。

 「話し合いを繰り返す中で、次第にアイデアや新しい企画が出てきます。それをまたみんなで議論を交わしながら煮詰めていったものを、とにかく一度集約して製品やサービスという形に作ってみようということになりました。その第一弾が、2022年8月に東京で開催された『下水道展 ʼ22 東京』で発表した『ISHIGAKI Cyber Platform “miyoru”』(以下、miyoru)です」(石垣氏)

 miyoruとは、「下水道機器の監視・予測・制御」をクラウドとスマホの組み合わせで実現しようというソリューションです。排水設備や河川のポンプゲートに設置された同社製機器の稼働状況や水量の増減などのデータを、IoTセンサー経由で収集・分析。その結果を、定期的あるいはほぼリアルタイムで、管理者がスマホ画面で確認できる仕組みを実現した画期的なクラウドサービスです。

顧客の声をもとに、稼働監視のためのクラウドサービスを開発

 miyoruの開発プロジェクトが正式にスタートしたのは、2021年7月。すでに同年5月頃から、動きとしては助走態勢に入りつつあったと、株式会社 石垣 企画推進部 情報システム課 課長 中村 晋 氏は語ります。

 「このプロジェクトを当初からサポートしてくれている、日本マイクロソフトのMicrosoft Azure(以下、Azure)営業の方が、5月に当社の担当として着任されたのです。ちょうど私たちはmiyoruの実現に向け動き出そうというタイミングだったので、さっそくIoTに関する様々な疑問や要望の相談に乗っていただき、その後もずっとプロジェクトの一員として参加してもらいながら現在に至っています」(中村氏)

 もともと石垣では、Office 365を導入しており、日本マイクロソフトのパートナー経由でライセンスを購入してきました。それが2020年頃に、IoTをAzureでやってみようという声が社内から挙がったのを契機に、Azureのライセンスを含めてMicrosoft 365のクラウドライセンスに移行。さらに並行してIoTの試験も始めるなどして、新しい全社的な取り組みにつながっていきました。

 こうしたいくつもの流れが、miyoruという形にまとまっていくきっかけとなったのは、同社の排水ポンプのお客様からの要望でした。この製品は全速全水位型横軸水中ポンプ「FLOOD BUSTER(フラッドバスター)」と呼ばれる、ポンプゲートに取り付けるタイプの排水ポンプです。水位に合わせてポンプ本体が自動的に運転状態を切り替えるという、業界でも同社独自の機能が盛り込まれています。

 「ある時、このフラッドバスターを導入されている自治体のお客様から、『どれだけポンプが排水できているのか、稼働状況をスマホで見たい』というご要望があり、当社でIoT化の開発を進めたのです。それをさらに汎用性の高いソリューションに仕上げたのがmiyoruです」(中村氏)

 近年はゲリラ豪雨の頻発などで、河川等の管理者には急激な増水に対する迅速かつ的確な初動対応が求められており、水害防止にも大きく貢献できると同社では期待しています。下水道展で公開した時点では、まだPoCを終えた段階で、いわばプロトタイプとでも言うべきものでしたが、石垣氏は「多くのお客様から注目をいただき、私たちのチャレンジが十分にご評価いただけたと嬉しく思っています」と手応えを語ります。

Azureの生産性の高さが、miyoru開発のスピードアップに貢献

 下水道展での評価や「フラッドバスター」のユーザーの声をもとに、石垣ではmiyoruのさらなる機能改善や追加開発を進めています。現時点では大きく分けて、「監視・予測・制御」の3つのカテゴリーの機能が提供されており、以下の5つのサービスをスマホの画面から利用できるようになっています。

① リアルタイム監視:遠方から機器の稼働状況などをリアルタイムで見られる
② 動画マニュアル:ユーザー自身で設定などができるよう動画による解説を提供
③ 機器異常検知:機器の異常を検知し管理者のスマホにアラートを送信
④ 消耗品の交換予測:消耗品の耐用年数や使用頻度をもとに交換時期の目安を提示
⑤ 浸水予測:Googleマップとオープンデータから機器設置場所の雨量などを提供

 「もちろんこれは現状で実装している機能なので、今後は要望の多い機能を追加したり、予測系の機能にAIを活用して精度向上を図ったりするなどの取り組みを進めていかなくてはなりません。そのためにも、引き続き日本マイクロソフトにはサポートをお願いしたいと思っています」(中村氏)

 今回のプロジェクトでは、立ち上げから現在に至るまで、ほぼ月1回のペースで日本マイクロソフトとのミーティングを行ってきました。ここでは社内の関係者が集まり、日本マイクロソフトの担当者にそれぞれ課題や要望を投げかけ、ディスカッションを行います。開発期間がちょうどコロナ禍と重なったため、ミーティングは毎回Microsoft Teams(以下、Teams)によるリモート会議で開催されてきました。

 「当社でDX推進を担う企画推進部は、企画広報課と情報システム課という2つの課から成り立っていますが、前者は東京本社に、後者は生産拠点のある香川県坂出市に置かれています。Teamsを使うことによって距離が関係なくなり、かえって気軽にミーティングができるようになりました。リアルで会議をしていた頃は人数を最小限に絞ったり、資料を人数分用意したりなど事前準備が大変でした。それがTeamsになってからは、必要な時にすぐ開催できるし、逆に急なキャンセルでも周囲に与える影響が少ない。何より会議のスタイル自体が大きく変わりました。決めないといけない時だけパッと集まって、決めたら即解散といった具合に、リモートならではの柔軟なコミュニケーションが可能になりました」(中村氏)

 さらに中村氏は、今回miyoruをAzure上で開発・運用してきた経験をもとに、Azureの使いやすさがプロジェクトの進捗に大きく貢献したと評価します。

 「Azureのパーツはボタン1つで非常に簡単に作れるので、情報システムの経験者であれば、自分で操作しながら機能を理解して作業を進めることができます。miyoruの開発が2021年7月にスタートして、約1年後の下水道展で公開できるところまでいけたのも、Azureならではの高い開発効率が貢献していると考えています」(中村氏)

 一方、石垣氏は、こうした迅速な開発体制が実現した背景には、Azureならではのフットワークの軽さが、アジャイルな開発サイクルを可能にしたことがあると見ています。

 「かつてIoTの取り組みを始めた時に、スモールスタートでいく基本方針を決めたのです。最初から大きく決めて全員で動くより、小さなことをいくつも試しながら可能性の見極めはスピード重視で行い、いけると判断したらどんどん肉付けしていく。今後も引き続き、小さなベストプラクティスを生み出しながら、最終的に全社へと展開していく姿勢は変わりません。このスピード感を出す上でも、Azureは的確なプラットフォームだったと感じています」(石垣氏)

 当初の想定では、miyoruの一般公開までは2年くらいかかると考えていた石垣氏。製造業の社内にソフトウェア開発を持ち込むのは、やはり敬遠されるのではと懸念していたと明かします。

 「しかし、やってみるもので、いろいろな人の声を積極的に拾い上げるうちに、反応が広がって予想以上のスピードで形にすることができました。本当にみんな、よく頑張ってくれたと驚き、感謝しています」(石垣氏)

ものづくり企業の枠を超え、データが生む新たなビジネスの可能性に挑戦

 石垣ではmiyoruでの実績を踏まえ、今後もIoTをベースにした多彩なソリューションの開発と、新たな市場開拓に取り組んでいこうと考えています。石垣氏は、「当社の製品は、一度導入すれば10年、20年とお使いいただくケースが多く、長期にわたるメンテナンスを提供していく必要があります。そこには必ずさまざまなお客様のニーズが隠れているはず。そこをいかにDXの視点から課題解決していくか、今後も丹念に追っていきたいと考えています」と意欲を見せます。

 また中村氏は、これまで手探りで進めてきた取り組みに、miyoru開発の経験値が積み重ねられたことで、次に追求していくべきものが少しずつ見えてきたと語ります。

 「これまでは、試みてみたいけれども、どうやっていいか分からないという状態でした。しかし今後は、AIを始めとした多彩なテーマに挑戦したい。それも世の中のスタンダードを捉えたいと考えています。そのためにも日本マイクロソフトには、現在の技術トレンドや私たちの開発要件に合っているツールやパーツ、またリファレンスアーキテクチャや業界のベストプラクティスに沿った情報を、的確なタイミングでアドバイスしていただきたいと思っています」(中村氏)

 最後に石垣氏は、同社の強みとして「長年にわたる数多くの導入実績があること」と、「長期間かつ多種多様なお客様の運転データを収集できること」の2つを挙げ、これらのデータをもとに顧客ごとに最適化を図ったソリューションを提案することで、お客様のメリットと自社の優位性をさらに広げていきたいと抱負を語ります。

 「その実現のためにも、今後はIoTだけに止まることなく、DXの取り組みをさらに拡大・推進し、お客様のニーズを積極的に反映できる製品づくりを進めていきます。またmiyoruなどから次々に生み出されてくるIoTデータを分析し、お客様もまだ気づいていない課題やニーズに応える製品・サービスを、先手を打ってご提案していくこと。さらに従来の製品だけでなく、そうしたデータ活用のソリューションやノウハウの提供も含めた、新たなビジネス領域の可能性を探っていきたいと願っています」(石垣氏)

 miyoruでDX推進の最初のマイルストーンに到達した石垣。ものづくり企業の枠を超え、新たなビジネスの可能性を追求する同社の取り組みは、さらなる高みを目指して進行中です。