トピック

オンプレミス運用の"手間"と"リスク"をAzureで抜本解消、
医師の業務効率化に加え、将来的な多職種連携の情報共有基盤に

 1961年に発足した「健友会」を母体に、2000年の小平医療生活協同組合との合併によって誕生した医療生協の西都保健生活協同組合(以下、西都保健生協)は、2019年から従来利用されてきたオンプレミスの電子カルテから、亀田医療情報株式会社の「クラウドカルテblanc」による刷新を進めています。このblancの稼働を支えているのが、医療情報システムのガイドライン対応などを先進的に推し進めてきたマイクロソフトのMicrosoft Azureです。西都保健生協では今回の移行により、オンプレミスの運用における手間とリスクを一掃。さらに訪問診療時に外出先でのカルテ入力が可能になることで、医師の労働時間の削減においても大きな成果を上げています。今後は医師や看護師、ケアマネージャー、ヘルパーなど多職種の情報共有にもAzureを活用することで、高齢者ケアの高度化を推し進めます。

持続的な健康維持を支える地域医療のための協同組合

 1960年代半ばまで結核療養の町として知られつつも、日常的な疾病を診る診療所の過疎地域であった東京・清瀬地区。西都保健生活協同組合(以下、西都保健生協)は、この地域の医療ニーズから1961年に発足した「健友会」を母体に、北多摩保健生活協同組合を発足、さらに2000年の小平医療生活協同組合との合併を経て誕生した医療生協です。東村山と清瀬、東久留米、小平、西東京の5市で事業を展開。高齢化の進展により高齢者ケアの重要性が社会的に増す中、5つの診療所と2つの歯科医院に加え、3つの訪問介護ステーションとヘルパーステーション、2つのグループホームを連携させた、1万4500名の組合員と地域の期待に応える医療や看護、介護に取り組んでいます。

 そんな西都保健生協が清瀬診療所でカルテの電子化に乗り出したのは12年前に遡ります。その一番の狙いは診療所間の情報共有にありました。

 保健生協の運営方針には、医療体制が社会的に十分に整っていない時代の、「健康のための仕組みを組合員自ら作り上げる」という考えが今も引き継がれています。西都保健生協でも、新型コロナウイルスの感染拡大による外出控えが高齢者を中心に広がる中、衛生管理の在り方の学習会や、加齢による衰え予防に貢献する運動指導などに積極的に取り組んでいます。

 西都保健生協で専務理事を務める田中恒氏は、「この持続的な健康増進の推進に向けた課題として俎上に上ったのが、診療所で用いられる紙のカルテです。カルテには健康に密接に関連する過去の診療経過などがまとめられています。しかし、紙ベースであるため遠く離れた診療所間の共有が難しく、受診先が変わると継続的な診療が困難になります。その解消に向け着目したのが、ネットワーク経由での場所を問わないカルテの確認を可能とする電子カルテだったのです」と理由を説明します。

オンプレミスの電子カルテで浮上した課題

 こうした背景から、西都保健生協では清瀬診療所を皮切りに電子カルテの導入に着手。利用を4診療所にまで広げました。そこで採用されたのが亀田医療情報株式会社のWeb 型電子カルテ「Ecru」です。その導入の経緯を田中氏は次のように振り返ります。

 「西都保健生協の診療所では、医師や看護師、技師などの多職種連携によるチーム医療体制をいち早く築いてきました。多職種による同時並行の作業が可能で、かつ電子カルテとオーダリング、看護支援の機能をワンパッケージ化した診療所向け電子カルテはEcru以外に見当たりませんでした。他製品では一人が作業中だと、ほかの人はアクセスできず仕事が進められなかったのです」(田中氏)

 一方、診療所では非常勤の医師に診察を依頼することも少なくありません。そのため、電子カルテの使い勝手が悪いと"慣れ"の時間を長引かせることとなり、診療の妨げとなりかねません。Ecruの使い勝手の良さについて医師から事前に確認が取れたことで西都保健生協では導入を正式決定。他ベンダーの医事会計システムと組み合わせて順次、オンプレミスで診療所に展開してきました。

 もっとも、約10年にわたり運用を続けるなかで、近年になり電子カルテの課題が指摘されるようになったといいます。その1つが運用の煩雑さです。西都保健生協の診療所では、事務担当者がIT 機器の運用を担っています。ただし、「電子カルテにより、紙データのスキャンや入力などの作業が事務側で新たに発生する中、サーバーのお守りの負担は決して小さくありませんでした」と、みその診療所 事務長の樋口友二氏は言います。ITを専門としない事務担当者にとって、サーバー管理は心理的な負担が大きいものです。北多摩クリニック 事務次長の江野澤嶺氏も「エアコンなどのトラブルに巻き込まれるかたちで、サーバーが停止するかもという不安は常にありました」と当時の気苦労を語ります。

 加えて、田中氏がそれとは別に危機感を募らせたのがデータ保護に関するリスクです。診療でカルテデータは不可欠であり、西都保健生協では電子カルテの導入以来、その保護に向け機器の配置に気を配るとともに、バックアップなどのルールも整えてきました。

 「しかし、東日本大震災の計画停電への対応作業を機に、現状のデータ保護に大きな不安を感じるようになりました。当時は事前にカルテデータを紙に印刷することで乗り切りましたが、万一、大規模災害で診療所が被害を受けた場合、残念ながらオンプレミスでは打つ手がほとんどありません。その点からデータ保護、ひいては事業継続の手段として、クラウドによるデータ共有のアイデアを温めるようになったのです」(田中氏)

在宅診療の推進に向けたいくつもの現場の"壁"

 これらの課題解決に向けて、西都保健生協で電子カルテのリプレース作業が動き始めたのは2019年7月のことです。背景にはEcruと連携・併用していた医事会計システムのEOS(End of Service)が発表され、システムの変更が避けられない事態になったこともあります。

 こうした中、田中氏はクラウド活用のアイデアについて相談していた亀田医療情報の担当者から、当時正式リリース前だった「クラウドカルテblanc」の情報を得て、これに着目します。blancに惹かれた理由として田中氏が最初に挙げるのが、移行後も従来と同様の使い勝手を医師に提供できると見込めたことです。

 「医師にしてみれば、診療ツールは使い慣れたものが良いことは明らかです。その点、blancはEcruの機能を改善したクラウドサービスなので、スムーズな移行の実現という点からも、blancが最適と判断されました」(田中氏)

 無論、クラウドサービスの利用を通じて、サーバー運用作業の外部への切り出しや、堅牢なデータセンターでのデータ保管が実現されることで、従来からの課題であった運用とデータ保護の問題も抜本的に解消できます。加えて、ネットワークを介して利用するクラウドの仕組みにより、在宅診療でも活用が見込めたこともポイントでした。

 在宅診療への対応は、blancがクラウド型として開発された由縁でもあります。亀田医療情報 代表取締役社長の亀田俊光氏は、blanc開発の背景として医療ニーズの変化が大きいと語ります。

 「現在、入院を中心とした医療サービスから、外来、訪問診療、介護福祉サービスへの市場ニーズの大きな移動が起こっています。大きな病院を中心とした医療サービスから、地域の小病院、かかりつけ医や訪問診療の効率化や、医療機関同士の連携も重要になってきています。こうした変化に対し、施設ごとにサーバーを定期的に購入し、情報共有のための情報網を整備する必要のあるシステムでは新しいニーズに対応していくのは難しいと考えました。同時に、時代のニーズに応えるように法律も変化しています。Ecruを開発した当時は不可とされていた院外に医療情報を保管することが、要件を満たしたクラウドにおいて認められるようになっており、ニーズと技術、法整備が合致し、blancを提供するに至っています」(亀田氏)

 西都保健生協では高齢者ケアの一環として24時間体制の在宅診療に取り組んでいます。ただし、「往診」では突発的な診療もしばしば発生するほか、事前予約制の「訪問診療」でも、診療所に帰所後のカルテの入力作業が発生していました。

 「往診のために夜中、医師が自宅から電話で呼び出されることも珍しくありませんが、その際に診療所に立ち寄ることは現実的に困難です。また、在宅診療では帰所後のカルテ入力が労働時間を長引かせる原因になっていました。しかし、blancであれば場所を問わずカルテの確認や入力などの全機能を利用でき、それらの課題も解消できると考えたのです」(田中氏)

 さらに、blancは医事会計システムORCAクラウドとも連携しており、その機能性の高さから、従来からの医事会計システムを代替でき、かつ、移行を容易かつ短期間に完了できると判断されました。そして、これらを総合的に判断し、西都保健生協は電子カルテと医事会計システムをまとめてblancへ移行することを決断。リプレースの検討に着手してわずか半年後の2020年初頭から、各診療所で順次利用が始まっています。

医療への積極的な対応と知見を評価しMicrosoft Azureを採用

 このblancの稼働基盤となっているのが、Microsoft Azureです。Azureは、厚生労働省や経済産業省、総務省が所管する、医療情報システムのガイドラインへの対応に積極的に取り組んでおり、現在、医療分野のシステムの稼働基盤や移行先として急速に利用が広がっています。Azureを採用した理由について、亀田氏は次のように語ります。

 「まず、医療情報システムのガイドライン対応への活動など、医療分野への積極性という点で評価しました。さらに日本マイクロソフトは、クラウドという言葉が生まれる前から病院へのシステム、アプリケーション提供などを行っており、日本の医療ビジネスについて深く理解されている。加えて、オンプレミスのシステムをクラウドサービスに転換するというミッションにおいて、オンプレミスシステムへの理解という点も期待した部分です。運用面だけではなく、移行にあたっての各機能の活用に向けて適切なアドバイスがもらえるものと期待し、実際に期待したとおりの支援を受けられました。もちろん、実績のある安定したデータセンター、国内2拠点で冗長化可能といったクラウド体制も評価致しました」(亀田氏)

 亀田医療情報では、サーバーレスコンピューティングやメッセージング、アジャイル開発のためのAzure Functions、Azure Service Bus、Azure DevOpsなどを利用して連携サービスを構築。また、Azure Security Center やAzure Monitorによる運用の仕組みを整備することで、国内2拠点のデータセンターによる冗長構成でblancを運用しています。

 今回の移行にあたり、西都保健生協にとってAzureは「空気のような存在」だったと田中氏は振り返ります。

 「Azureがblancに利用されていることは聞かされていましたが、それよりも医事会計システムのEOSが迫る中、我々にとって移行を早く完了させることが最優先となっていました。そのために電子カルテと医事会計システムのデータを丸ごとblancに移し替えたわけですが、作業は亀田医療情報が一元的に担うことで、何らトラブルなく移行を完了させています。つまり、特にAzureを意識することはなく、逆に、それほど技術的にこなれていたからこそ、移行を円滑に完了できたのではないでしょうか」(田中氏)

多様な医療従事者の協業を支える基盤の存在に

 blancへの移行は、医療の現場で狙い通りの成果を上げています。みその診療所 所長の小野田美奈子氏は、「見た目は多少変わりましたが、blancの導入後も以前と変わらず操作できています。逆に、blancの機能を使いきれていないのではと感じることもしばしばです」と語ります。

 Ecruから引き継がれた使いやすさについても「非常勤の医師から他の病院で使っている電子カルテよりも使いやすいと言われたこともあります」(小野田氏)と好評で、初めてきた非常勤医師にもレクチャーの手間がかからないと言います。

 一方、北多摩クリニック 所長の保坂幸男氏は、クラウド型で「どこからでも使える」ことを高く評価しています。

 「新型コロナを機に往診が増えており、その回数は当クリニックでも月当たり300から450と1.5倍になるほどです。そうした中、blancにより、カルテが『自分の場所に来る』ようになったメリットはとても大きい。看護師がカルテを持ち運ぶ手間もなくなり、移動中の車内で入力もできることで、医療従事者の負担をそれだけ軽減できています」(保坂氏)

 外出先での操作時には、モバイル・ネットワークの問題から若干のタイムラグが生じているそうです。しかし、「それも、5Gの普及により改善されるはずです」と北多摩クリニック 看護主任 早野美和氏は期待を寄せています。

 オンプレミスにまつわるハードやソフトウェアが一掃されたことで、運用の手間やデータ保護のリスクも抜本的に解消。そのうえで西都保健生協では、医療高度化に向けた次なるシステム活用の模索がすでに始まっています。そこでのテーマの1つが、クラウドによるさらなる多職種間の情報共有です。

 「在宅ケアでは、医師や看護師だけでなく、ケアマネージャーやヘルパーなどの多くのスタッフによる密な連携が欠かせません。そのための情報共有をどう実現するかが、医療の"質"の向上に向けて大きなテーマとなります。その点で、場所を問わず作業が可能なクラウドの可能性の大きさは、blancの利用を通じて肌感覚で理解できました。今後はクラウドによる多職種の情報共有基盤の整備を推し進めたい。そこで、亀田医療情報とマイクロソフトには、我々のIT面でのパートナーとして今後も引き続き協力を仰ぎたいと考えています」(田中氏)