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AIによる即時採点でフォトコンテストに新風 写真投稿・共有サイトの活性化に大きな効果

 写真愛好家による作品投稿を主軸としたオンラインコミュニティ、いわゆるフォトSNSの先駆けとして知られる「GANREF」を運営する株式会社インプレス(以下、インプレス)。このほど、GANREFサイト内のフォトコンテストにおいて、応募作品をAIが採点するというユニークな企画を試みて話題を呼んでいます。AIと聞くと専門的でハードルが高いとの印象を伴いがち。しかし、クラウドから提供される各種サービスや、導入活用を支援するパートナーの充実で、ぐっと身近な存在になったと言えるでしょう。GANREFにおける今回のチャレンジは、既存サービスに「プラスアルファの価値を付加する」取り組みの好例として要注目です。

もっと多くの会員に楽しんでもらえる新たなフォトコンテストを立ち上げたい

 インプレスが運営するGANREFは、「探す楽しさ、見せる喜び、集うトキメキ」をテーマに、投稿した作品(写真)や撮影記などを通して互いにコミュニケーションを図ることができる写真投稿・共有サイトです。サイト内の作品や記事を見ることは誰でもできますが、自らの写真をアップするなどサイト内で積極的な活動をするには会員登録が必要。撮影技法やカメラ機材も含め“写真による創作表現”に興味・関心がある30~50歳代のハイアマチュア層を中心に、登録会員数は4万5000人(2019年12月実績)を数えます。

 会員になると、サイト内での活動や他のメンバーからの評価などに応じて「GANREF Point」が加算される仕組みが適用されます。一定のポイントがたまると会員としてのランクが10段階で上がっていくゲーム感覚の面白さを併せ持っており、それが作品作りや積極的な交流のモチベーションにもなっています。

 人気の高い企画の一つがフォトコンテスト。月刊誌「デジタルカメラマガジン」と連動したデジタルフォトや組写真、プリントといったジャンル別のコンテストのほか、さまざまなパートナーとのコラボレーションによるコンテストが随時開催されています。これらに入賞すると通常より高いGANREF Pointを獲得することができ、腕試しの格好の場となっています。

 もっとも運営サイドとしては、「より多くの人の参加意欲をくすぐるコンテストはできないものだろうか」との思いがありました。GANREF編集部 編集長の富樫真樹氏は、「毎回たくさんの応募をいただいていますが、多くは入賞作品しか表に出ず、大部分の会員の方にとってみれば自分の作品がどのように評価されたのか、どのあたりまで健闘したのかといったことが分かりません。これは私たち運営側にとって非常に歯がゆい所だったのです」と話します。プロの写真家などの専門家が選評するとなると、応募作品すべてにフィードバックすることは非現実的であり、ここに「人による審査」の限界を感じていたのです。

株式会社インプレス GANREF編集部 編集長 富樫真樹氏

絶妙なタイミングでAI活用の提案 机上の空論より実証のスピード感を優先

 何か妙案はないだろうかと考えているタイミングで持ち掛けられたのが「AIを使ったフォトコンテストを実施してみませんか」との話でした。提案したのは、マイクソフトのクラウド基盤「Microsoft Azure」上でのシステム開発を得意とする株式会社ネクストスケープ(以下、ネクストスケープ)です。Azureで提供している、Cognitive Servicesの「Computer Vision」、GUIで機械学習のモデルを構築する「Azure Machine Learning Studio」、AIの開発・デプロイのための事前構成された仮想マシン「Data Science Virtual Machines」などを利用すれば、「比較的容易かつ現実的なコストで実現できる」という内容でした。

 もともとAIを使った画像認識には興味があり、被写体となっているモノを抽出したり、人物を特定したりできることは知っていたという富樫氏。とはいえ「その写真が“どれくらい良いのか”をAIに判定させるという話は少なくとも私は聞いたことがなく当初は懐疑的でもありました。でも、人の審査員と違って、AIならば仮に数万点の応募があっても、その場ですぐに評価してフィードバックできる可能性がある。私たちの日頃の悩みを解決する糸口になるかもしれないとの期待感が日増しに募りました。技術進歩の恩恵で“まずはやってみよう”ができる世の中です。予想不可能な面はありましたが、ぜひチャレンジしようということになりました」と決断の経緯を話します。

 こうした新しい取り組みを始めるにあたり、ネクストスケープがMicrosoft Azureを選択した理由には何があったのでしょうか。同社の上坂貴志氏(システムインテグレーション事業本部 クラウド事業部 部長)はこう話します。「クラウドコンピューティングが進展するようなマクロな潮流も、AIが研ぎ澄まされていくようなミクロな潮流も、同時並行的かつ重層的に加速しているのが今の世の中です。それに個別にキャッチアップして自ら環境を整えようとしても必然的に限界があるでしょう。その点において、多種多様なテクノロジートレンドを一元的なプロットフォーム上に取り込んでいるMicrosoft Azureは、DX(デジタル変革)時代の新たな試みに全方位で応えてくれるので、うってつけなのです」。

 太田宗孝氏(システムインテグレーション事業本部 デジタルマーケティングソリューション部)は「機能面での充足度」を強調します。「前例のない取り組みにおいては最初から正解を見通せないので、ユーザーさんと共に知恵を絞りながらトライアンドエラーを繰り返すことが求められます。眼前の課題を解決し得るアイデアが閃いた時、Microsoft Azureには必ずと言っていい程それを具現化する機能が備わっており、足踏みすることなくプロジェクトを進められるのがいいですね」。

株式会社ネクストスケープ システムインテグレーション事業本部 クラウド事業部 部長 上坂貴志氏
株式会社ネクストスケープ システムインテグレーション事業本部 デジタルマーケティングソリューション部 太田宗孝氏

GANREF Pointの高い写真の傾向を学習し、類似度の高い作品に高得点を与える

 今回、GANREFが臨んだ取り組みは、短期型であり試行錯誤型となるものでした。初めてとなるAIフォトコンテストの企画が正式にスタートしたのは2019年7月のこと。ネクストスケープと共に議論を繰り返す日々が続きました。結局は、実質わずか3カ月程度のタイトなスケジュールながら、Microsoft Azure上での環境整備および機械学習モデルの開発、10万点におよぶ写真データの学習を完遂し、11月14日より無事にコンテストを開始することができたのです。

 もちろん、こうしたアジャイルな展開に漕ぎ着けることができた背後には、多くの工夫がありました。GANREF編集部の有馬貴氏はこのように語ります。「まず応募対象の作品を花の写真に限定しました。これには学習の素材となる写真データがすでに豊富にストックできているという理由もあります。また、専門家の間でも主観によって評価が異なる写真の“良さ”をAIに判定させるのは困難です。そこで『過去のGANREF Pointの高い写真の傾向を学習し、類似度の高い作品に高得点を与える』というできるだけシンプルな方法を採用することにしました」。

株式会社インプレス GANREF編集部 有馬貴氏

 開発の実務を担ったネクストスケープは、大まかにいうと①「Computer Vision」を使用して花の写真から属性データを取得し、Microsoft Azure上のデータベースに格納する、②「Azure Machine Learning Studio」上でクラスタリングモデルを実装し、写真データのクラスタリング環境を構築する。③クラスタごとに評価点を算出するモデルを深層学習のアルゴリズムで構築する、という手順を踏んで完成に近づけていきました。

 「我々はクラウドやAIの専門家ではありません。コンテストの方針決めや会員への告知の方法には責任を持つ一方で、技術的な環境整備については、一部では当社の技術部門に手伝ってもらう場面もありましたが基本的にはネクストスケープさんに一任する形で進めました。疑問が生じて取り合わせても、すぐに明確な答が返ってきたので安心していられました」(富樫氏)。

 有馬氏は「学習用のデータは私が用意することになりました。膨大なデータを対象に一定のフォーマットとサイズに揃える必要があり、画像編集ソフトでバッチプログラムを組んで対処しました。帰社する際に実行ボタンを押し、翌日出社してみると途中でハングアップしていて呆然とするような経験もしましたが、今となってはよい思い出です」と苦笑混じりに話します。

 「順風満帆とはいかなかったものの、随所でAzureならではの環境に助けられました」と話すのはネクストスケープの上坂氏。「例えばモデルの開発や学習のフェーズでは、その実行環境としてData Science Virtual Machines(Data Science VM)に目を付けました。時間に追われる中で、ローカルPCにディープラーニング環境を整えるのは手間や安定性の観点で得策ではありません。現場はモデルの完成度を高めることだけに集中したいのです。モデリングや開発、デプロイのために事前構成され、GPUも利用可能なData Science VMが用意されていたのは有り難かったですね」(同)。

 できあがった機械学習モデルをGANREFの実サービスとして公開するに当たっては、コストの面からMicrosoft AzureのPaaS環境である「Web Apps」へとデプロイする方策を採りました。「もっとも、Data Science VMとWeb Appsとの環境が同一ではないため機械学習モデルがそのまま動かない可能性があったのです。そこで役立ったのがDockerコンテナを使って諸々の環境を丸ごと持って行くという手です。Azureが備える機能やサービスが活きた好例として強く印象に残りました」と太田氏は振り返ります。

約3万3000点の応募があり大きな話題を巻き起こした

 2019年11月14日から12月12日まで4週間にわたって開催された今回のAIフォトコンテストは、当初予想していたよりはるかに盛況となり、約3万3000点の応募がありました。その応募数もさることながら、中には1人で2000枚以上の作品を応募する“強者”もいたほどで「参加してみよう」という意欲をうまく刺激できたことが伺えます。

 「ただ作品をアップロードして終わりの一方通行ではなく、その場で評点が返ってくるリアルタイム性と双方向性に新しさを感じてもらえたのではないでしょうか」と富樫氏は分析します。審査結果が即座に反映されるランキングを掲載したこともあり、「どうやらハイキーで白飛びギリギリで階調表現した写真が高得点を得られるようだ」「単体のクローズアップではなく引き気味で花が一面に広がる構図が有利」など“傾向と対策”に会員同士が意見交換しながら臨むような動きも出てきました。

 「まったく想定していなかったのですが、こうしたところにも高いゲーム性を感じて、皆様に楽しんでいただくことができました。ともすると紋切り型になるコンテストに新風を吹き込むこと、マイブームが過ぎて遠ざかっていた会員をアクティブにすること、GANREFをまだ知らない人にリーチして興味を持ってもらうこと…。すべてにおいて一定の効果があったと見ており、このチャレンジは想定以上の成功を収めたと思います」(富樫氏)。

GANREFのサイトでAIが作品を審査する「『花フォト』勝ち抜きコンテスト」が開催された

 今回の取り組みを足がかりに、GANREF編集部では様々なAIフォトコンテストを企画していくことを視野に入れています。「応募作品に対する“いいね!”やコメントを随時反映しながら再学習するようなモデルを採用すれば、またひと味違うキャラクターのAI審査員ができあがるかもしれません」(有馬氏)などと夢は広がっています。

 「実装に必要なサービスやパートナーが充実している今、導入サイドに必要なのは技術的な専門知識ではなく、何か新しいことをやってみようという意欲と好奇心です。ユニークな事例が世の中にたくさん出てきて、我々もまたそれに刺激を受けて一歩先のチャレンジを試みる。そんなサイクルが出来上がることを期待しています」と締めくくる富樫氏。GANREFの次なる一手に注目が集まります。