特別企画

クラウドファンディングはIoTビジネス具現化への道標となるか?

ベンチャーだけでなく大手企業も積極的に挑戦

 あらゆるモノがインターネットにつながるIoT(Internet of Things)の流れが急速に広がりつつある。その波は、単なるIT業界の技術トレンドにとどまらず、さまざまな業界を巻き込みながら、インターネットを基盤とした新たなビジネスの可能性を模索し始めている。しかし、IoT草創期ともいえる現在、各社ともIoTビジネスへの取り組みは手探り状態であるのが実状で、言葉だけが先行している感も否めない。そうした中で、IoTビジネスを具現化するための有効な手法として、最近注目を集めているのがクラウドファンディングだ。

 クラウドファンディングは、独自のアイデアを基に、新発想の商品やサービスを開発したり、新規ビジネスを立ち上げることを目的として、インターネットを通じて不特定多数の人々からプロジェクトに必要な資金を募る手法。支援者から一定の資金が集まった時点で、その資金を元手にプロジェクトを実行することができる。またクラウドファンティングでは、資金調達ができることに加え、ビジネスアイデア自体を幅広い人々にアピールできるのも大きなメリットだ。そのため一般的には、アイデアや技術的スキルはあるが資金や知名度がないベンチャー、スタートアップなどがチャレンジするのが主流となっている。

 しかし、IoT分野におけるクラウドファンディングに目を向けると、その様相は少し異なってくる。ベンチャーやスタートアップだけでなく、大手企業も積極的にクラウドファンディングに挑戦しているのである。冒頭でも述べたように、IoTの市場は今まさに草創期であり、これから大きく広がる可能性を秘めている。つまり、IoTビジネスにおいてはベンチャーも大手企業もスタートラインは一緒であり、企業規模にかかわらず、IoTビジネスを具現化する第一歩としてクラウドファンディングが活用されているのである。

 IoT分野のクラウドファンディングに積極的に取り組んでいる代表的な大手企業といえば、やはりソニーだろう。ソニーでは、新規事業創出プログラムの新たな施策として、クラウドファンディングとEコマースのサービスを兼ね備えたサイト「First Flight」を2015年7月にオープンしている。このプロジェクトは、グループ内で事業化の初期段階にあるプロジェクトに対して支援者を募り、新規事業の立ち上げと成長を推進するもの。ほかのクラウドファンディングとは異なり、「ティザー」(商品やサービスの提案を行い、メッセージやフィードバックをもらう)、「クラウドファンディング」(期間内に一定数以上の支援者が集まれば商品化)、「Eコマース」(実現した商品やサービスを購入)の3ステージに分かれている点が大きな特長となっている。

 すでに「First Flight」のクラウドファンディングを通じて、いくつかの新規事業を立ち上げており、ウェアラブル端末の機能を持つ腕時計「wena wrist」や、学習リモコン「HUIS REMOTE CONTROLLER」などの製品化に成功している。「wena wrist」は、従来のアナログ時計の機能に加え、「電子マネー」「通知機能」「アクティビティログ機能」の3つの機能をバンド部に搭載した次世代腕時計。クラウドファンディングでは、目標額1000万円のところ1億716万円あまりを集めた。一方、学習リモコン「HUIS REMOTE CONTROLLER」は、家にある複数の家電リモコンを1つに集約し、それぞれのリモコンごとにデザインなどをフルカスタマイズできるというもの。こちらも、目標額の500万円を大幅に上回り、最終金額は2435万円にまで達している。

【お詫びと訂正】
初出時、wena wristの集めた金額を1071万円としておりましたが、1億716万円(正確には1億716万6000円)の誤りでした。お詫びして訂正いたします。

wena wristのWebサイト
HUIS REMOTE CONTROLLERのWebサイト

 このほかにもソニーは、国内最大のクラウドファンディグサイト「Makuake」に、文字盤ベルト一体型の電子ペーパーウォッチ「FES Watch」を出展している。これは、文字盤とベルトが電子ペーパーでできており、ボタン操作で柄を変えることができるという製品で、ソニーグループであることを明かさずにクラウドファンディングに挑戦。その結果、目標金額200万円のところ、わずか3週間で278万円が集まり、追加購入分では800人、1500万円以上の購入があったという。

FES WatchのWebサイト

 ソニー以外でも、IoT分野のクラウドファンディングに取り組む見逃せない企業がある。広告代理店の大手である博報堂DYグループの博報堂アイ・スタジオだ。最近では、同社のデジタルクリエイティブラボラトリーHACKistが、2016年3月13日から16日まで米国テキサス州で行われた大規模なクリエイティブとビジネスの祭典「SXSW(サウスバイサウスウェスト)Trade Show 2016」にブース出展。今回のブースでは、さまざまなニーズや課題に合わせプロトタイプを最適な形へ変化させる概念「Metamorphic Prototyping(メタモルフィック プロトタイピング)」をもとに開発した6つのIoTプロトタイプを展示し、そのうち「POSTIE」と「INUPATHY」の2つの製品でクラウドファンディングをスタートさせている。

 「POSTIE」は、スマートフォンに書いた手書きのメッセージを、そのまま手紙として親しい人に送ることができるIoTデバイス。紙に印刷される手書きのメッセージや写真を通じて、遠く離れた家族やカップルの距離を少しでも縮めたいと考えて開発したという。確かに、FacebookやTwitter、LineなどのSNSが普及したことで、人々のやりとりは簡単・便利・迅速になったが、ネット上でのコミュニケーションは画一的で、そこに“ぬくもり”は感じられない。「POSTIE」では、昔のFAXのようなやりとりと、今のメッセンジャーアプリのような手軽さを組み合わせ、手紙というアナログのメッセージを、スマートフォンを通じて届けることが可能となっている。

 もう一つの「INUPATHY」(イヌパシー社との協業)は、犬の心拍データから感情を割り出して可視化する、世界初の愛犬向けウェアラブル共感デバイス。HRVシステム(心拍変動解析)を活用することで、愛犬のメンタルを中心とした健康管理を実現し、ペットと人との新しい関係構築をサポートする製品となっている。「INUPATHY」を装着すると、うれしい時、ドキドキしている時、リラックスしている時など、愛犬の感情を色と光り方で教えてくれる。感情データはINUPATHY Cloudに蓄積され、専用のスマートフォンアプリで愛犬のメンタルコンディション管理を行い、いつでも確認することが可能だ。また、愛犬と人の関係を向上させるための、最適な遊びも提案してくれるという。

 博報堂アイ・スタジオでは、IoT分野でのクラウドファンディングを積極展開する狙いについて、「現在、さまざまな企業やプロダクションがIoTのプロトタイプを制作しているが、製品化のような“プロトタイプのその先”に行き着くのはとても難しく、ビジネス化には大きな壁が立ちはだかっている。そこで当社では、クラウドファンディングの達成を目指すことで、“プロトタイプのその先”に行き着くためのノウハウや手法を学び、様々なクライアントニーズや社会課題を解決する広告手法と掛け合わせて、IoT分野における新しい広告領域を広げていく」との考えを示している。

 今回、代表的な大手企業2社のクラウドファンディング事例を紹介したが、もちろん、大手企業だけでなく多くのベンチャーやスタートアップが、クラウドファンディングを通じてIoT分野でのビジネスチャンスをうかがっている。IoTビジネスの可能性は、まだまだ未知の領域。大手企業もベンチャーも横一線の中、クラウドファンディングから今後どのようなIoTビジネスが生まれてくるのか注目される。

唐沢 正和